ブログ
【欧州法務ブログ】EU公益通報者保護指令について抑えるべき基礎知識
2024.05.09
はじめに
EUでの新たな公益通報者保護指令[1]は、2019年12月16日から施行されていますが、EU加盟国は、2021年12月17日までに同指令の内容を国内法で定めることが義務付けられていました。本稿の執筆時時点において(2024年5月7日現在)、ほぼ全てのEU加盟国において、本指令の内容を定める国内法が制定されています[2]。また、本指令では、EU加盟国は、2023年12月17日までに50名以上及び249名以下の従業員がいる民間企業に対して公益通報者保護制度を設置する義務を実施することを定めています[3]。
本指令の目的は、民間企業や公的機関に対して、公益通報者保護制度の設置を義務付けることにより、本指令で定めるEU法違反を通報する内部通報者を保護して、EU法の遵守と執行の強化を図ることにあります。本指令では、本指令で保護されている内部通報を妨げようとする組織や個人に対して、EU加盟国内法で罰則を定めることも規定していますので、本指令及びEU加盟国の国内法を十分の理解しておく必要があります。そこで本稿では、EUで活動する民間企業に設置が義務付けられることになった公益通報者保護制度を中心に本指令の概要を御紹介します。
本指令が保護の対象とする通報に係る違反行為
本指令では、以下の分野におけるEU法に違反する行為についての通報が保護の対象とされています。
- 公共調達
- 金融サービスに関する規制
- マネーロンダリング防止
- 製品の安全性や識別性に関する規制
- 環境保護
- 消費者とデータ保護
- 公衆衛生に関する規制
- 核及び放射線に関する規制
- 食品及び飼料の安全性や動物の健康や福祉に関する規制
- プライバシー保護
- 国家補助、競争法、法人税等のEU域内市場に関する規制
EU加盟国は、上記以外の分野についても国内法で保護の対象とすることが認められています。例えば、上に記載されていないハラスメントや差別等についてEU加盟国の国内法で保護の対象とされることも考えられます。
内部通報者の保護
本指令では、雇用者が内部通報者に対して、あらゆる形態での報復措置(停職、解雇、降格、昇進の見送り、減給、労働時間の変更、ハラスメント等)を禁止しています。保護される内部通報者には、雇用関係にある被用者に限らず、広くコンサルタントやサプライヤー等も含まれます[4]。内部通報者は、通報時に通報する内容が真実かつ正確であり、上記のEU法の違反行為に関連するものであると合理的に信じていれば、保護の対象とされています。そのような内部通報者が通報後に報復措置を受けた場合、報復措置は、通報を原因とするものと推定され、雇用主側が通報を原因とするものでないことを立証する必要があります。また同指令では、内部通報者が内部通報を行ったことにより、雇用契約や秘密保持契約等で定められている守秘義務に違反したことにはならないことも明確にされています。
内部通報者保護制度
本指令の特徴の一つとして、上記のとおり50名以上及び249名以下の従業員がいる民間企業に対しても内部通報者保護制度を設置する義務を課している点が挙げられます。具体的な内部通報者保護制度の内容に関して、EU加盟国の国内法で定めることが認められていますが[5]、企業が定める内部通報者保護制度は、本指令で定める以下の最低限の要件を満たしている必要があります[6]。
- 内部通報者の守秘性が確保され、権限のない従業員によるアクセスを防止する安全な方法で設計、確立及び運用されること
- 通報受領後、7日以内に報告者に受領確認を行うこと
- 中立かつ公平な権限のある担当部署が通報の対応を行うこと
- 担当部署は、通報者と連携し、必要に応じて通報者に追加情報の提供を求め、対応内容を報告すること。対応内容の報告は、原則として、通報の受領確認後3カ月以内とすること
- 外部通報をするための手続に関して、明確かつ容易にアクセスできる情報を提供すること
[1]DIRECTIVE (EU) 2019/1937 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 October 2019 on the protection of persons who report breaches of Union law
[2] エストニア、ポーランドを除く
[3]本指令第26条2項。なお、250名以上の従業員がいる民間企業は、2021年12月17日までに公益通報者保護制度の設置を義務付けられています。
[4]本指令前文39では、次の者が内部通報者に含まれるとされています。従業員、フリーランス、請負業者、下請け業者、サプライヤー、株主、管理職、元従業員、将来の従業員
[5]例えば、匿名での通報について、企業に対応する義務を課すかは各EU加盟国の判断に委ねられています(本指令前文34)
[6]本指令第9条1項
Member
PROFILE