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公開買付開示ガイドラインの実務上の留意点について
2024.10.17
はじめに
2024年9月17日、金融庁は、「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)(案)」に対するパブリックコメントの結果を公表し、同年10月1日より「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)」(以下「公開買付開示ガイドライン」といいます。)の適用が開始されています。公開買付開示ガイドラインは、現行の公開買付制度を前提として、関東財務局に対して公開買付届出書審査における審査の留意事項を示すとともに、法令上の開示事項等にかかる金融庁の考え方を示すものとなります。従前より実施されていた審査上の留意事項等をトレースするものが多いと考えられますが、一部の内容については公開買付届出書審査における新しい審査の観点と考えられるものも見受けられます。本稿では、主にこうした新しい審査の観点についてフォーカスし、その内容と実務上の留意点について解説します[1]。
公開買付届出書審査における新しい観点
(1) 買付け等の目的に応じた審査のポイントの変化
公開買付開示ガイドラインでは、一般的な留意事項として、関東財務局が個別の事情、具体的な事案等に応じて、投資情報として重要な事項であるか否かを実質的に判断して審査を行う必要があることを明示しています(公開買付開示ガイドラインA4)。その上で、公開買付けを、①全部取得を目的とする公開買付けと②部分取得を目的とする公開買付けの2つの類型に区別し、それぞれで審査のポイントが異なることが明示されました[2]。個別事項においても、2つの類型において審査のポイントが異なることは明記されており、その概要は以下の通りです。
審査項目 |
①全部取得を目的とする公開買付け |
②部分取得を目的とする公開買付け |
一般論として重要な事項(A4) |
公開買付価格の公正性 |
公開買付価格の公正性に加え、買付け等の目的や買付け後の経営方針等 |
公開買付者の概要(BI.第1-3-2) |
投資者の投資判断に重大な誤解を生じさせるような記載がないか審査 |
公開買付者の実態が明らかになるように記載されているか審査[3] |
対象者の意見の内容等(BI.第1-3-3) |
1株当たり純資産額を下回る公開買付価格となる場合の特有の留意事項あり |
公開買付けと同時又は近接した時点で第三者割当を組み合わせる場合の特有の留意事項あり |
公開買付け後の経営方針(BI.第1-3-4) |
概括的な記載で足りる |
可能な限り具体的に記載されているか審査 |
上場廃止等となる見込み及びその理由(BI.第1-3-7) |
特段の新設された留意事項は無し |
上場維持基準に適合しないこととなる見込みがある場合の特有の留意事項あり |
同一の目的を有する他の取引(BI.第1-3-10) |
公開買付け後の自己株式取得や再出資について特有の留意事項あり |
公開買付けと同時又は近接した時点で第三者割当を組み合わせる場合の特有の留意事項あり |
ただし、①全部取得を目的とする公開買付けであっても、買付予定数の下限が設定されていない場合や、公開買付け後に公開買付者やその特別関係者が有する議決権が3分の2以上とならないような買付予定数の下限が設定されている場合等には、全部取得の目的を達成することができない蓋然性に応じ、②部分取得を目的とする公開買付けに準じて審査することとされています。
公開買付開示ガイドラインの適用後の公開買付届出書審査においては、上記のような区別を踏まえて、審査の重点は変わってくると考えられるため、公開買付届出書上の記載においてもこれらを踏まえた対応が必要になると考えられます。
(2) 重複にかかる記載の省略
公開買付届出書上の記載として、同じような記載が複数個所でなされることが見受けられており、関東財務局から同じ記載を他の箇所でも記載するように指導されるケースが見受けられました。今般、公開買付開示ガイドラインでは、公開買付届出書等に記載する内容が、複数の記載項目において重複することとなる場合には、参照先を明示する等により、いずれかの記載項目における記載を省略することができる旨明確化されました(公開買付開示ガイドラインB柱書)。特に、「算定の経緯」欄における公開買付者と対象者との間の公開買付価格に関する交渉の内容及び過程については、【買付け等の目的】を参照すべき旨を記載することで、「算定の経緯」欄における具体的な記載を省略することができると明示されています(公開買付開示ガイドラインBI.第1-4-(2)-4)。
実務上の対応としても、「算定の経緯」欄における公開買付者と対象者との間の公開買付価格に関する交渉の内容及び過程については、「上記「3 買付け等の目的」の「(2) 本公開買付けの実施を決定するに至った背景、目的及び意思決定の過程、並びに本公開買付け後の経営方針」に記載のとおりです」、といった記載で足りることになると考えられます。
(3) 対象者等との協議・交渉の経緯及び概要
公開買付けの実施の決定に先立つ対象者や特別委員会との協議・交渉について、具体的な記載事項(時期・内容等)の審査ポイントが明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第1-3-2②)。特に公開買付価格に関する協議・交渉の内容については、提案の日付・価格(価格が提示されずに考え方のみ提示された場合には当該考え方)が記載されているか審査することとされている一方、一方当事者の内心や協議・交渉上の秘密等の開示を求めることで適切な協議・交渉を妨げることがないよう留意することとされています。
実務上の対応としては、実際に協議・交渉の場においてやりとりされた内容(例えば、レターを通じて協議・交渉している場合には、当該レターに記載されている価格や考え方)を記載し、そのやりとりの背景となる考え方については記載しないという取扱いが考えられます。
(4) 1株当たり純資産額を下回る公開買付価格となる場合の特有の留意事項
全部取得を目的とする公開買付けの公開買付価格が、対象者の直近の1株当たり純資産額を下回る水準となる場合には、①当該1株当たり純資産額、②当該公開買付価格が当該1株当たり純資産額を下回る割合、③対象者が当該公開買付価格に公正性・合理性があると認めた判断根拠が記載されているか審査される旨明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第1-3-3③)。このうち③については、対象者の個別具体的な事業内容、財務状況等を踏まえて記載されているかが審査されることとされています。
実務上の対応としては、単に「継続企業である当社の企業価値の算定において純資産額を重視すべきではない」とのみ記載するのではなく、対象者の保有資産の性質に応じて、売却した場合に生じる追加コストや課税について記載することが考えられます。
(5) 応募株券等への担保権の設定
応募株券等に担保権が設定されている場合に、当該担保権の内容が公開買付届出書にて記載される事例も見受けられましたが、公開買付開示ガイドラインでは、記載が必要であるのは公開買付者が認識している範囲である旨明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第1-3-8)。
実務上の対応としても、大量保有報告書等の確認や応募株主との交渉の結果として公開買付者が認識した範囲で記載すれば足りることになると考えられます。
(6) 公開買付期間の計算
実務上、公開買付期間の末日での応募は一定の時間(概ね午後3時~4時)で締め切られ、終日応募ができないことが一般的になっていますが、公開買付開示ガイドラインでは、このように終日応募可能になっていない場合であっても、それが応募事務手続上一般に想定され得る範囲内である限り、これらを1営業日と数えて記載することは妨げられない旨明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第1-4-(1))。
「応募事務手続上一般に想定され得る範囲内」であるか否かという要件はあるものの、午後3時~4時までといった従前の実務上の対応であれば1日とカウントすることについて特段問題はないと考えられます。
(7) 最近行った取引の範囲の明示
「算定の基礎」欄において、公開買付価格との差額の内容を記載すべきとされる「買付者が最近行った取引」が原則公開買付けの公表前1年間に実施された取引であることが明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第1-4-(2)-1)。
もっとも、取引の目的や背景等に照らして投資判断上重要となり得る場合には、例外的に1年以上前の取引についても記載することが求められます。この例外としては、例えば、全部取得を目的とする公開買付けを公表する1年以上前に、同一の対象会社に対して部分取得を目的とする公開買付けを実施していたような場合が想定されます。
(8) 撤回事由としての数値基準
公開買付けの撤回事由として従前より設定されることがあった、公開買付開始公告を行った日以後に発生した事情により対象者の事業上重要な契約が終了した場合や、対象者の重要な子会社に一定の事実が発生した場合等について撤回事由とすることができる数値基準が明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第1-11-1)。「事業上重要な契約」については最近事業年度における対象者の単体及び連結での売上高の10%以上、「重要な子会社」については最近事業年度の末日における対象者の単体及び連結での総資産額の帳簿価格の1%以上が基準とされ、実務上の対応としても、このような数値基準を満たすかを判断することで撤回事由の設定を決定できるものと考えられます。
(9) 公開買付期間中の監査完了による訂正の要否
「公開買付者と対象者との取引等」における「最近の3事業年度」の欄で記載について、公開買付期間中に監査が完了した場合であっても、参考情報として記載された数値と監査完了の数値に軽微でない差異が生じた場合のみ、訂正届出書の提出が必要であることが明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第4-1)。実務上も訂正の要否の判断に当たっては、監査完了後の数値が従前の記載から軽微な差異の範囲にとどまるかを検討することになると考えられます。
(10) 決算短信等の変更等にかかる訂正の要否
「その他」の欄に、決算短信等の内容を記載した場合で、その後対象者にてその内容を変更等したときに訂正届出書の提出が必要な場合の考え方が明示されました(公開買付開示ガイドラインBI.第5-3)。従前より公開買付期間中の継続開示書類の提出に伴う訂正届出書の提出の要否についての考え方は示されてきましたが、公開買付開示ガイドラインでは、訂正が必要な具体例として、公開買付届出書に記載された株式価値算定書の前提となる財務予測に大幅な増減益を生じさせるような業績に係る情報の公表を行った場合が示されており、実務上も参考になると考えられます。
(11) 予告公表の際のファイナンス審査
従前より、予告公表の公表文の事前相談ではファイナンス審査は実施されていなかったものの、公開買付開示ガイドラインでは予告公表の段階であってもファイナンス審査が実施される場合がある旨明記されています(公開買付開示ガイドラインBIII.5)。もっとも、ファイナンス審査が実施されるのは、資力やトラックレコード等を含む公開買付者の属性等を踏まえ、公開買付けに要する資金の調達方法が明確でないことがうかがわれる場合とされており、かなり例外的な場面に限られるものと考えられますので、予告公表の段階でファイナンス審査を求められることは極めて稀であると考えられます。
(12) その他(関東財務局のウェブサイトの整備)
パブリックコメントへの回答において、金融庁は事前相談の開始時期等について関東財務局のウェブサイト等での公表を検討するとしていましたが、2024年10月1日より、関東財務局のウェブサイトにて公開買付届出書の事前相談等について掲載されています(https://lfb.mof.go.jp/kantou/disclo/pagekthp00400042.html)。開始時期や撤回事由の設定にかかる疎明資料等が掲載されており、実務上も参考になると考えられます。
最後に
公開買付開示ガイドラインは、従前の公開買付届出書審査における審査の観点を明文化することで審査の透明性を図っているものと考えられますが、上記のように新しい審査の観点等も示しているので、実務上はこれらにも留意して対応していくことが必要となります。公開買付開示ガイドラインは、今後の法改正に伴いアップデートがされる予定とのことですが、当該アップデートに際しても新たな観点が追加される可能性もあり、その動向にも注視していく必要があります。
[1] ガイドライン全般についての解説については、拙著「「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)」の解説」旬刊商事法務2370号(2024)119頁以下を参照ください。
[2] 本稿における用語は、特に指定のない限り、公開買付開示ガイドラインと同様とします。
[3] 公開買付者が継続開示会社である場合には、当該公開買付者に係る直近の有価証券報告書等の継続開示書類に記載された事実の程度で記載されているかの審査。
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