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【労働法ブログ】スタートアップ企業における労働基準法の適用(最新の行政通達)
2025.01.08
はじめに
「スタートアップ企業」とは、新たに事業を開始し、かつ、新しい技術やビジネスモデルを有し、急成長を目指す企業を意味するところ、こうした企業においては、経営者と従業員の線引きが明確でないことなどにより、そもそも契約形態が明確でない、労働時間の管理が行われていない、割増賃金が支給されていないといった事象もしばしば見られるところである。そのような中、令和6年9月30日付けで、厚生労働省労働基準局より、「スタートアップ企業で働く者や新技術・新商品の研究開発に従事する労働者への労働基準法の適用に関する解釈について」(基発0930第3号)という行政通達(以下「本通達」という。)が発出され、以下の点についての解釈指針が明確化されるに至ったため、本ブログでは、本通達の詳細について解説する。
- スタートアップ企業で働く者が「労働者」に該当するか否か及び「管理監督者等」に該当するか否かの判断における基本的な考え方
- 新技術・新商品の研究開発に従事する労働者に係る労働基準法(昭和22年法律第49号。以下「労基法」という。)第36条第11項及び第38条の3の適用に関する判断の考え方
「スタートアップ企業で働く者や新技術・新商品の研究開発に従事する労働者への労働基準法の適用に関する解釈について」(令和6年9月30日基発0930第3号)
https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T241022K0010.pdf
スタートアップ企業で働く者の取扱いについて
- 「労働者」の該当性
労働基準法第9条では、「労働者」を「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定している。この「労働者」に当たるか否か、すなわち「労働者性」は、契約の形式や名称にかかわらず、使用従属性の有無等によって判断される。具体的には、仕事の依頼・業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所や勤務時間の拘束性の有無、労務提供の代替性の有無及び報酬の労務対償性等を判断要素として、個々の働き方の実態を勘案して総合的に判断されるものとされていた(労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)(昭和60年12月19日))。
本通達では、労基法の適用については、企業の創業年数に応じて異なるものではなく、スタートアップ企業においても当然に労基法の適用を受けること、スタートアップ企業の役員(社長や取締役、最高経営責任者(CEO)、最高財務責任者(CFO)等)が労基法上の労働者に該当するか否かについても、上記の判断要素に基づき、実態を勘案して総合的に判断されることなど、従来の考え方を踏襲する解釈が改めて示された。
さらに一歩進んで、本通達では、スタートアップ企業の役員については一般的には労基法上の労働者に該当しないことを改めて示した上で、明示的に役員と判断できる役職がない者であっても、以下のような実態があり、上記の判断要素に照らして使用従属性が認められないと考えられる者については、労働基準法上の「労働者」には該当しないとの考え方が示された。
① 組織において特定の部門に在籍せず、職位(職務の内容と権限等に応じた地位)等も与えられていないために、業務遂行上の指揮監督・指示系統に属していない
② 創業時のメンバーなどで、明確な役割分担もなく、創業者と一体となって事業の立ち上げの主戦力として経営に参画する
一方で、本通達は、取締役であっても、取締役就任の経緯、法令上の業務執行権限の有無、取締役としての業務執行の有無、拘束性の有無・内容、提供する業務の内容、業務に対する対価の性質及び額などを総合考慮しつつ、会社との実質的な指揮監督関係や従属関係を踏まえて、当該者が労基法上の労働者であると判断した裁判例(京都地判平27.7.31)等があることに留意する必要がある旨を指摘しており、「労働者」に関する従前の解釈に変更を加えるものではないが、スタートアップ企業において類型的に見られる実態に即して解釈を明確化した点には一定の意義があるものと考えられる。 - 「管理監督者」の該当性
労働基準法第41条第2号に規定する「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)については、労基法第4章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されない。
スタートアップ企業の役職者等が管理監督者に該当するか否かについては、従来、昭和22年9月13日発基第17号及び昭和63年3月14日基発第150号・婦発第47号に基づき、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であって、労働時間、休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを、職務内容、責任と権限、勤務態様及び賃金等の待遇を踏まえ、実態に即して総合的に判断するとの行政解釈が示されていた。
その上で、本通達では、スタートアップ企業の労働者のうち、以下の者であって、賃金定期給与である基本給、役付手当等においてその地位にふさわしい待遇がなされていたり、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているものは、一般的には管理監督者の範囲に含めて差し支えないものと考えられるとの考え方が示された。
① 取締役等役員を兼務する者
② 部長等で経営者に直属する組織の長
③ ①及び②と当該企業内において同格以上に位置づけられている者であって、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当するもの(チーム構成、取引に関する事項、スケジュール等について決定権限があり、全社的なプロジェクト遂行の現場業務を統括する「プロジェクトリーダー」や、全社的なプロジェクト全体の技術面に特化して統括する立場にある者など)
(※)この「プロジェクトリーダー」とは、次のような権限を有している者をいうものとされている。
(1) プロジェクトチームの構成を決定する権限
(2) プロジェクトの取引に関する事項を決定する権限
(3) プロジェクトのスケジュールを決定する権限
一方で、例えば、役職上は部長等に該当する場合であっても、経営や人事に関する重要な権限を持っていない、実際には出社・退社時刻を自らの裁量的な判断で決定できない、給与や一時金の面において管理監督者にふさわしい待遇を受けていないといった場合には、管理監督者には該当しないと考えられるなど、いずれにしても実態に即して判断すべきものとされており、こちらも管理監督者に関する従前の解釈に変更を加えるものではないが、プロジェクトリーダーなどスタートアップ企業において類型的に見られる実態に即して解釈を明確化した点には一定の意義があるものと考えられる。 - 「機密の事務を取り扱う者」の該当性
労基法第41条第2号に規定する「機密の事務を取り扱う者」についても、労基法第4章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されない。
この「機密の事務を取り扱う者」については、従来より、秘書その他職務が経営者又は監督若しくは管理の地位にある者の活動と一体不可分であって、厳格な労働時間管理になじまない者をいうものと解されてきた(昭和22年9月13日発基第17号)。
本通達では、スタートアップ企業の労働者のうち、上記のような実態が認められる者については「機密の事務を取り扱う者」に該当し得ると考えられる旨を改めて指摘するにとどまっており、新たな解釈を示したというよりは、スタートアップ企業において「機密の事務を取り扱う者」の正しい適用を確保するために改めて注意喚起を行ったものと理解される。 - 「専門業務型裁量労働制」の適用
専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務について、労使で対象業務を定め、実際に労働者がその業務に従事する場合、労使であらかじめ定めた時間働いたものとみなす制度である。
この制度の対象となる業務は、労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号。以下「労基則」という。)第24条の2の2第2項、または同条第2項第6号に基づき、厚生労働大臣が指定する業務(平成9年労働省告示第7号)に定められている。これに加えて、労働基準法第38条の3に定める要件を満たす場合に限り、専門業務型裁量労働制を適用することが可能となる。
本通達では、スタートアップ企業の労働者のうち、新商品又は新技術の研究開発の業務(労基法第38条の3第1項第6号、労基則第24条の2の2第2項1号)や事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)(労基法第38条の3第1項第6号、労基則第24条の2の2第2項2号)に従事する者については上記の適用を受けるという、いわば当然の内容が指摘されており、この点についても、新たな解釈を示したというよりは、スタートアップ企業において専門業務型裁量労働制の正しい適用を確保するために改めて注意喚起を行ったものと理解される。
新技術や新商品の研究開発に従事する労働者の取扱いについて
- 「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」の該当性
労基法第36条第11項に規定する「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」については、時間外労働の限度時間等の規定が適用されない。
この「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」については、従前から、専門的、科学的な知識、技術を有する者が従事する新技術、新商品等の研究開発の業務をいい、必ずしも本邦初といったものである必要はないが、当該企業において新規のものでなければならず、既存の商品やサービスにとどまるものや、商品を専ら製造する業務などはここに含まれないとの行政解釈が示されていた(平成30年12月28日基発1228第15号)。
本通達では、上記の行政解釈が改めて確認されたにとどまり、新たな解釈は特段示されていない。 - 「専門業務型裁量労働制」の適用
専門業務型裁量労働制の対象業務として、労基則第24条の2の2第2項第1号に規定する「新商品又は新技術の研究開発の業務」が定められている。
こちらの業務についても、労基法第36条第11項と同様に、材料、製品、生産・製造工程等の開発又は技術的改善等を内容とするものと考えられ、必ずしも本邦初といったものである必要はないが、当該企業において新規のものでなければならず、既存の商品やサービスにとどまるものや、商品を専ら製造する業務などはここに含まれないことが明確化された。
なお、専門業務型裁量労働制の適用労働者に対しては、労基法第38条の3第1項第4号の規定等に基づく健康・福祉確保措置等を実施しなければならないことに留意する必要がある。