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スタートアップ投資と会社法 -ストックオプションのIPO要件等に関する考察-
2025.06.03
はじめに
弁護士の彈塚寛之/藤森裕介です。
このシリーズでは、スタートアップ投資に関連する様々なトピックについて、日本の会社法との関係を分析することを試みています。内容については、執筆者の個人的見解であり、当事務所の見解ではありませんのでご留意ください。
本ブログでは、日本のストックオプションに定められるIPO要件・在籍要件について、なぜそのような要件が存在するのか、会社法の観点を交えて分析してみたいと思います。
日本のストックオプションの設計
日本のスタートアップエコシステムの課題として、ストックオプションの使い勝手が悪く、優秀な人材を採用しにくいという点が挙げられることがあります。
日本のスタートアップで導入されているストックオプションでは、以下の行使条件が設定されている例が多いと思われます。
①IPOしないと行使できない(IPOが新株予約権の行使条件となる)
②退職すると行使できない(退職により新株予約権の行使条件が満たされなくなり、また、これにより会社側での無償取得も可能となる)
①のIPO要件が設定されている場合、近年ではスタートアップのIPOまでの年数が10年を超えることも珍しくないため、ストックオプションの付与を受けても、実際にその行使により経済的リターンを手にするには相応の年数が必要となります。
加えて、②の在籍要件により、IPO前に退職することで経済的リターンを手放す設計になるため、特に初期のステージのスタートアップに参入する場合、現実的なインセンティブとして機能しにくいという問題意識が指摘されることがあります。
これに対して、例えば米国で一般的なストックオプションには、IPO要件や在職要件はありません。その代わり、付与から一定期間内に退職した場合には、退職までの期間に応じて、行使できるストックオプションの割合が段階的に変動するという仕組み(べスティング)が設けられることが通常です。
そのため、スタートアップに参加する人材にとって、「いつまで在職すればどの程度の経済的インセンティブが得られるのか」が明確で、インセンティブとして機能しやすいということが言えます。
IPO要件・在籍要件が存在する理由
それでは、なぜ日本においては、ストックオプションにIPO要件や在籍要件が普及したのでしょうか。
この点、終身雇用を前提とする社会的背景が指摘されることもありますが、個人的な推測では、「スタートアップにおいては、非協力的な株主が生じると会社運営が阻害されるから、エグジット前の株主数はなるべく少ない方が望ましい」という考え方も根底にあるように思います。
このような考え方が生じる理由はいくつか考えられますが、例えば、日本では、株主総会決議を書面で成立させるためには、株主全員の同意が必要になります。そのため、会社運営に非協力的、あるいは無頓着な株主が1名でもいると、株主総会決議事項(例えば株式発行による資金調達)を行う都度、書面ではなく実際に株主総会を開催する必要が生じ、円滑な会社運営が阻害される可能性があります。
※これに対して、米国では、そもそも株主総会で決議すべき事項が日本と比して少ない上、決議成立に必要な議決権数さえ集まれば、株主全員の同意がなくても書面決議を成立させることができるため、このような問題意識は生じません。
※本ブログ執筆時点において、株主総会の書面決議の成立要件を変更する法改正の機運も生じているため、動向に注目する必要があります。
また、日本では、スタートアップを買収する場合の手法として、株式譲渡が一般的です。そのため、買収を実行するに当たっては、株主全員が買収者と合意する必要があるところ、非協力的な株主がいると買収が阻害されるリスクが高まります。
※これに対して、米国では、スタートアップを買収する場合には合併によることが多く、その実行のために全株主の同意は不要であるため、このような問題意識は生じにくいと言えます。
このような状況等を背景として、日本のスタートアップにおいては、会社に非協力的、あるいは会社運営に無頓着な株主が生じることの危機意識や、ひいては、エグジット前に零細株主が増えることの不安が持たれることが意識されやすいように思われます。
このように考えると、退職した従業員がストックオプションを行使し、エグジット前に株式を保有すると、会社側としてコントロールしにくい株主が増える側面がありますので、これを防ぐための仕組みとして、そもそもストックオプションにIPO要件や在籍要件が設定されているとも説明できそうです。
おわりに
もっとも、近時は日本においても、ストックオプションをよりフェアで健全なインセンティブとして機能させるため、IPO要件を撤廃したり、退職時にはべスティングで処理するなど、米国型に近い設計が増えてきているように思います。
加えて、近年、税制の観点からも、スタートアップにおいてストックオプションを運用しやすくする改正等が多くなされており、様々な方の努力の結果、日本のストックオプションは良い意味で変革期を迎えているように思います。
ストックオプションを導入予定のスタートアップにおいては、既存の慣習に捉われることなく、どのようなインセンティブ設計にしたいのかをフラットに検討し、その理念をストックオプションの設計に反映させることが良いと思われます。
以上