ブログ
年次有給休暇中に病気になったら? - フランス破毀院が認めた「休暇を取り直す権利」
2025.11.25
はじめに
休暇中に、突然体調を崩してしまったら...。その休暇は「消化された」とみなされるのか、それとも「取り直す」ことができるのか。
フランスでは長い間、休暇中に病気になったとしても、休暇を再取得することは認められていませんでした。しかし2025年9月10日、破毀院社会部(判決番号23-22.732)は従来の見解を覆し、「休暇中に病気となった労働者は、その期間に重なった日数分の休暇を後日取得できる」と判断しました。この判決は、フランスの年次有給休暇制度をEU法に整合させる画期的な転換点となりました。
本稿では、今回の判例変更に至った背景と法的根拠、さらに2024年に導入された「15か月ルール」との関係について整理します。
休暇と病気休暇の本質的な違い
まず、両者の目的の違いを理解することが重要です。年次有給休暇(congé payé)の目的は「休息と余暇の時間を保障する」ことにあります。一方で、病気休暇(congé de maladie)は「健康の回復」を目的とするものであり、両者は本質的に異なります。
この本質的な違いこそが、今回の判決の根拠となっています。病気で寝込んでいる期間は、真の意味での「休息と余暇」とは言えないからです。
EU法との不一致と長年の遅れ
欧州司法裁判所(CJUE)は、この違いを踏まえ、重要な判断を積み重ねてきました。2009年のSchultz-Hoff事件(C-350/06)および2012年のANGED事件(C-78/11)では、休暇中に病気になった労働者は、その期間に重なった日数を後日取得できると明言しています。さらに2023年には、病気などが原因で年次有給休暇を取得できなかった場合、その繰越期間を最大15か月とすることを加盟国に認めました。
一方フランスでは、1996年12月4日の破毀院判決(判決番号93-44.907)により「休暇中の病気による再取得は不可」との立場が確立されており、法改正も行われないまま、EU法との不一致が約30年間続いていました。
欧州委員会による是正勧告とフランス国内の動き
この不一致を受け、欧州委員会は2025年6月18日、フランス政府に是正勧告書を送付しました。同委員会は「フランスの現行法は、休暇中に病気となった労働者に休暇の再取得を保障しておらず、EUの労働時間指令に違反している」と指摘しています。
欧州委員会の勧告以前から、フランス国内でも実務上の変化が少しずつ進んでいました。2022年5月18日のヴェルサイユ控訴院は、病気によって中断された休暇は後日に取得できると判断しています。また、労働省が運営するウェブサイト「デジタル労働法典(Code du travail numérique)」では、休暇中に病気となった場合には、病気期間と重なった日数の休暇を後日取得できるとの説明が掲載されていました。
このように、行政と下級裁判所の双方で従来の立場を見直す方向が示されており、今回の破毀院判決はその流れを最終的に確認したものといえます。
2024年の法改正により15か月ルールが導入されました
2024年4月22日に公布された法律(loi n° 2024-364)により、労働法典L.3141-19-1条以下が新たに制定されました。この改正は、病気や事故により休暇を取得できなかった場合に備えて、15か月間の繰越期間を設ける仕組みを導入したものです。
労働法典第L.3141-19-1条は次のように定めています。「労働者が病気や事故のために、年次有給休暇取得期間内に有給休暇をすべてまたは一部取得できなかった場合、その休暇を取得するための15か月の繰越期間を認める」。
さらに、第L.3141-19-3条は、雇用主に対し、復職後1か月以内に「休暇残日数」と「取得期限」を通知する義務を課しています。この通知は、受領日を特定できる方法で行わなければなりません。具体的には、受領証付き郵便や給与明細への記載などの方法が考えられます。15か月の期間は、労働者がこの通知を受け取った日から起算されます。
本判決により年次有給休暇中の病気も再取得の対象となります
今回の破毀院判決は、「年次有給休暇中に病気が発生した場合も、未取得休暇と同様に再取得の対象となる」と明確に判断しました。判決は次のように述べています。「労働法典L.3141-3条をEU指令2003/88/CE第7条に照らして解釈すると、労働者が年次有給休暇中に病気のため就労不能となった場合、その期間に重なった年次有給休暇日を後日取得できる権利を有する」と明言しました。
破毀院は、年次有給休暇の目的は「休息と余暇」であり、病気休暇の目的である「治癒」とは異なると強調しました。休暇中に病気となって十分に休めなかった場合、その期間の休暇は本来の目的を果たしていないため、後日に取得する権利があるという考え方です。
なお、再取得を行うには医師により就業不可能であることが診断され、発行される診断書(arrêt de travail)を雇用主に提出することが前提とされています。かかる診断書がなければ、病気によって休暇が中断されたことが証明できないからです。
今回の判決により、病気中に取得できなかった有給休暇だけでなく、休暇中に病気が発生した場合も15か月ルールの対象に含まれることが明確になりました。つまり、2024年に導入された制度が、今回の判決によって実務上も完全に機能する形となったのです。
実務上の留意点
繰越期間の15か月は、雇用主の通知を労働者が受け取った日から始まります。つまり、通知を怠ると、15か月のカウントダウンが開始されず、結果として休暇が時効消滅しないリスクが生じてしまいます。
このため、企業は以下の点に注意する必要があります。まず、休暇中に病気が発生した場合は、従業員から提出された医師の診断書を速やかに受領し保管することです。次に、復職後1か月以内に、残日数と取得期限を明記した通知を交付し、受領日を確認できる形で記録を残すことが求められます。さらに、勤怠管理システムで、休暇と病気期間が重なった日数を自動的に差し戻せるよう設定しておくことが望ましいでしょう。
通知義務を怠った場合、企業側に不利な法的リスクが生じる可能性があります。通知がなされない限り15か月の期間が開始しないため、理論上、休暇権利が無期限に残存し続けることになります。これは企業にとって休暇の管理やコスト予測が困難になる要因であり、将来的に大量の未消化休暇債務を抱えるリスクにつながります。したがって、復職時の通知手続きを確実に履行することが、企業のリスク管理上も極めて重要です。
まとめ
今回の破毀院判決は、フランスの年次有給休暇制度をEU法と完全に整合させる転換点となりました。休暇中に病気になった場合でも、病気によって休暇の目的が果たされなかったときは、その日数分を後日に取り直すことができます。
また、2024年の法改正で導入された15か月ルールとの組み合わせにより、再取得可能な期間と手続が明確化され、実務上の不確実性が大きく減りました。休暇は「休むための権利」、病気休暇は「治すための権利」です。この二つの目的をそれぞれ保障する仕組みとして、今回の法改正と判例の整合は、フランス労働法の新たな均衡を示すものといえるでしょう。


