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需給調整市場における近時の議論について
2025.12.15
需給調整市場とは、一般送配電事業者が電力供給区域の周波数制御や需給バランスの調整に必要な調整力を市場で調達するための市場であり、現在急増している蓄電池事業においても一般的に活用されることが想定されています。需給調整市場の仕組及び制度の変化は、蓄電池事業者の運用や収益に影響する重要なポイントとなります。
ここでは、近時の需給調整市場に関する議論の状況や今後の制度動向についてご紹介いたします。
需給調整市場に関する近時の委員会における議論について
本年10月29日に開催された第108回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会 制度検討作業部会(※1)において、2026年度以降の需給調整市場の対応方針について議論されました。
既に、需給調整市場については、2026年の3月13日を予定して、従来の週間商品を前日取引化する方針が示されています。これに加えて、以下の制度改定案も示されており、系統用蓄電池の事業者には影響があると考えられます。
- 需給調整市場における募集量の減少
一次~三次①の全ての商品で、市場による調達量を最大1σ(標準偏差)相当とする案が示されています。これによって、一次と二次①の募集量は従来の3σから1σに減少します。 - 需給調整市場における上限価格の見直し
一次~三次①の上限価格を全商品(単一・複合問わず)7.21円/ΔkW・30分とすること。なお、現在は、一次・二次①の単一商品及び全ての複合商品は19.51円/ΔkW・30分、二次②・三次①の単一商品は7.21円/ΔkW・30分とされていますが、制度改定案によれば、現在の二次②・三次①に併せることになります。
(※1)資源エネルギー庁2025年10月29日「需給調整市場について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/jisedai_kiban/system_review/pdf/108_04_00.pdf
現在の需給調整市場における取引
(1) 需給調整市場とは
需給調整市場は、電力需給の瞬時変動や予測不能な誤差(再生可能エネルギーの変動、需要急変等)に対し、系統運営主体(一般送配電事業者)等が「調整力」(上げ方向の出力増または需要抑制による供給力増)を事前に確保・活用するための市場です。
この市場において、一次~三次という区分は、機能・応動速度・維持時間・調達タイミングの観点から分類されており、速やかな対応が求められるものほど「一次」、遅め・数分以上の対応が対象となるものほど「三次」に位置しています。
(2)「一次~三次①」市場について
「一次~三次①」(一次調整力・二次調整力①・二次調整力②・三次調整力①の4商品)については、現在週間商品として位置づけられており、取引実施日の週の土曜日~翌金曜日において調整力を供出可能とする能力(ΔkW)の売買を行います。入札受付期間は、実需給日に対応する前週月曜日14時から同火曜日14時までとされており、その後、約定処理は火曜日15時までに行われる運用が定められています。
(取引スケジュール(一次~三次調整力①))

EPRX 需給調整市場の商品要件と取引スケジュール 第5版P4
https://www.eprx.or.jp/outline/shouhin_ver.5_20250529.pdf
現在、「一次〜三次①」の商品区分として運用されている「週間商品」については、2026年3月13日の取引(受渡日は3月14日)より、従前より「前日取引」(いわゆる「前日市場」)へとスケジュールを変更することが予定されています。
取引所自体も「2026年度取引に向けた取引規程改定」を2025年10月2日に公表しており、その中で「一次調整力~三次調整力①の前日取引化」が改定事項に含まれています(※2)。
(※2)
需給調整市場2026年度取引に向けた取引規程改定に関する意見募集について
https://www.eprx.or.jp/j_information/2025/10/02_0955.php?utm_source=chatgpt.com
現行の週間商品方式では、入札から受渡しまでに約1週間のタイムラグが生じるため、その間に発生し得る需給環境の変化や予測誤差に迅速に対応することが難しいという指摘がなされてきました。特に、応札量が伸び悩み、募集量に対して約定量が不足する状況が続いていることから、市場の十分な競争性の確保や市場機能の活性化という観点で、制度改善の必要性が認識されています。
前日取引化への移行によって、調整力の確保タイミングがスポット市場の結果や翌日の需給見通しに近づき、より高精度の需給予測に基づく調達が可能になります。これにより、実際の需給変動に対して迅速かつ的確に対応できる市場構造への転換が期待されます。さらに、制度設計の議論においては、週間商品の募集量や価格上限の見直しが検討されており、前日取引化は調整力調達コストの抑制や市場競争の強化にも資する制度改定と位置づけられています。
(3)「三次②」市場について
また、すでに前日市場として運用されている商品として「三次調整力②」が存在します。三次調整力②は、FIT制度におけるインバランスリスクを調整するために設けられた市場です。FIT制度では、再エネ発電事業者のインバランスリスクを実質的に免除する「特例制度」が設けられており、その結果、FIT電源の予測誤差を一般送配電事業者が調整する必要があります。一般送配電事業者は前日までに再エネ出力を予測し、小売電気事業者はその予測値を発電計画として用いますが、実需給に至るまでこの計画値の見直しは行われません。そのため、FIT再エネの出力予測誤差のうち、「前日~ゲートクローズ(GC)」までの誤差に対応する必要な調整力を確保します。この役割を担う商品として三次調整力②が前日市場で取引されています。
(取引スケジュール(三次調整力②))

EPRX 需給調整市場の商品要件と取引スケジュール 第5版P3
https://www.eprx.or.jp/outline/shouhin_ver.5_20250529.pdf
需給調整市場における募集量の減少
現在、調整力市場では一次調整力・二次調整力①・二次調整力②・三次調整力①といった各商品において、必要とされる「募集量(確保量)」が異なる考え方で設定されています。一次及び二次①については、需要変動の幅を3σ相当まで見込み、そのうち市場で調達する分と、必要に応じて揚水発電等との随意契約により確保する分とを組み合わせて必要量を確保してきました。一方、二次②及び三次①では、市場での調達量は最大1σ相当とされ、前日12時の時点で広域予備率が12%を下回る場合に限り、追加の必要量を調達する方式によって運用されています。
このように、商品ごとに募集量設定の考え方が異なる状態が続いていますが、2026年度以降、制度運用を統一する方向で見直しが検討されています。具体的には、一次~三次①のすべての調整力商品について、市場で調達する量を「最大1σ相当」に揃える案が示されています。
この場合、一次及び二次①については、従来は市場・随契を合わせて3σ相当量を確保していたところ、今後は市場調達において1σにとどめ、3σまでの不足分は送配電事業者の保有余力によって補う設計が想定されています。また、二次②・三次①については、現行どおり前日12時の広域予備率が閾値を下回る場合には追加調達を行いますが、その追加分についても市場ではなく余力によって賄う方式に統一される見通しです。
この制度改定案が実現した場合、市場に出される募集量は全体として減少することになります。資源エネルギー庁が公表した資料では、商品横断的に1σ調達へ統一することで、最終的には「市場が扱う容量」を必要量全体のうち比較的小さな部分に限定し、残余は送配電側の余力で柔軟に対応するイメージが示されています。これにより、市場が過剰に膨張し調整力価格が高止まりすることを防ぎつつ、制度間の整合性と運用の透明性を高める狙いがあるとされています。募集量の減少についてのイメージについては資源エネルギー庁の資料の以下の通りです。

資源エネルギー庁2025年10月29日「需給調整市場について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/jisedai_kiban/system_review/pdf/108_04_00.pdf
需給調整市場における上限価格の見直し
複合市場の制度設計については、すでにご説明のとおり、市場(及び必要に応じた随意契約)で確保する募集量を「最大1σ相当」に統一する方向性が示されています。
一方で、需給調整市場における入札価格について、現在設定されている上限価格は以下の通りです。
- 二次②及び三次①の単一商品:7.21円/ΔkW・30分
- 一次・二次①の単一商品及び複合商品:19.51円/ΔkW・30分
これらの水準は、2023年10月31日の第66回電力・ガス基本政策小委員会において示された、「三次②の加重平均単価に1σ相当(または3σ相当)を加算した値」を、2023年9月から2024年2月までの市場データに基づき算定した結果とされております。
一次・二次①及び複合商品に高めの上限価格が設定されている背景には、同小委員会での議論が反映されています。具体的には、週間段階での調達では実需給の不確実性が大きく、市場参加者の供給量が抑制される可能性があるため、多少調達コストが上昇しても、市場を通じて必要な調整力を確実に確保することが優先されるという考え方です。言い換えれば、週間段階での調達は、価格よりも安定供給の確保を重視する設計思想が反映されています。
一方で、現在は市場とそれ以外の調整力調達手段(余力活用電源や揚水等の随意契約)を組み合わせて調整力を確保しており、市場での調達量をコントロールしつつコスト抑制を図ることも重要です。前述の募集量削減を行った場合でも、十分な競争環境が整わず、上限価格に張り付いた約定が多く残ると、一般送配電事業者の調整力調達負担が増大する懸念があります。
こうした背景を踏まえ、2026年度以降における上限価格の見直し案として、以下が検討されています。
一次~三次①の上限価格:全商品(単一・複合問わず)7.21円/ΔkW・30分(=14.42円/ΔkW・h)
他方、三次②については、現行の募集量削減係数の仕組みにより、仮に応札が未達でも市場サイズが縮小するため、いたずらなコスト増大の懸念は低く、上限価格は設定しないとされております。
また、一次から三次①の上限価格について、資源エネルギー庁における資料では、以下のような言及がなされています。
「蓄電池などの新規リソースの参入を促進することは重要でありながら、これらリソースが需給調整市場における高単価約定を前提に大規模投資され、結果的に需要家負担の増大につながる形は望ましくなく、より健全な市場参入が図られるよう一定の価格指標を示すことも必要。こうした点等を勘案し、上限価格については状況に応じて適切な水準となるよう適宜見直しを検討していくこととしてはどうか。」
上記の通り、7.21円/ΔkW・30分(=14.42円/ΔkW・h)という上限価格については、一次・二次①の単一商品及び複合商品への入札を予定されている事業者にとっては大きな変更であると考えられる一方で、蓄電池などの新規リソースの促進の参入については考慮されていることを踏まれると、上記の上限価格については今後議論され、見直される可能性もあると考えられます。
系統用蓄電池事業者への影響
制度動向を踏まえ、系統用蓄電池事業を展開する事業者として留意すべき点を整理致します。
2026年度以降、一次から三次①の需給調整市場における募集量は、従来の3σ相当から最大1σ相当へ統一される予定です。これにより、市場での調達量は全体的に減少し、蓄電池事業者が市場から得られる収益機会は限定される可能性があり、募集量の減少が競争環境にも影響を与えることが予想されます。そのため、事業者は単一市場での参加に留まらず、複合市場への参加や送配電側の余力を活用した柔軟な運用戦略を検討することが重要です。
また、上限価格についても一次から三次①の全商品で7.21円/ΔkW・30分への統一が検討されており、従来の一次・二次①及び複合商品で設定されていた19.51円/ΔkW・30分と比べると、潜在的な収益は低下する可能性があります。このため、事業計画段階での収益性評価を見直す必要があり、価格変動リスクや市場参加機会の減少に対応できる事業設計が求められます。一方で、上記ご説明の通り、7.21円/ΔkW・30分という点については、蓄電池事業者等の新規参入に配慮して、今後調整される可能性もあるようにも思われますので、動向に注視が必要です。また、複合市場への参加は、一次~三次①の複数区分に対応可能な蓄電池にとって収益機会の拡大につながります。加えて、これらの市場が前日取引化されることにより、需給予測の精度が向上し、より迅速かつ的確に調整力を提供できる市場環境へと変化する点も重要なポイントです。
その他エネルギー業界の主な動きについて
- 「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスに関するガイドライン」の改定(2025年11月19日)
需給調整市場において低圧リソースの活用及び機器個別計測を開始する方針が決定され、また、容量市場において、事業者間の連携ルールやフォーマット標準化等の要望が関係事業者より寄せられていることを受けて改定を行うものです。パブリックコメント募集手続が2025年9月1日から同年10月15日まで実施されておりましたが。今般、これらのパブリックコメントの結果が2025年10月31日付で公表され、改定されました。
(「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスに関するガイドライン(案)」に関する意見公募手続の結果について)
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/1040?CLASSNAME=PCM1040&id=620225015&Mode=1
(「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスに関するガイドライン」を改定)
https://www.meti.go.jp/press/2025/11/20251119001/20251119001.html
以上
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