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異議申立てと無効審判の有効性について
2025.12.24
はじめに
著者は、昨年まで、特許庁において、特許の審査官・審判官として従事していましたが、「異議申立てをしてもほとんど特許取消にならないが、申立てをする意味があるのか」、「無効審判を請求してもほとんど特許無効にならないが、請求をする意味があるのか」という声を耳にすることがありました。
最新の特許行政年次報告書2025年版によれば、2024年に最終処分となった特許異議申立てのうち、維持決定は1,201件(1,297件)であるのに対して、取消決定は141件(171件)でした(なお、( )外の数字は権利単位、( )内の数字は申立単位の件数です。)。同様に、2024年に最終処分となった特許無効審判のうち、請求不成立(特許有効)は38件であるのに対して、請求成立(特許無効)は14件でした。
この数字だけを見ると、そのような声が出るもの無理はないような気がしますが、JSIP2024での特許庁審判部長講演資料で公表されたデータなどを基に、異議申立てや無効審判を行うことの意味について考えてみたいと思います。やや特許庁目線でのお話になってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。
特許異議申立て
特許庁審判制度ハンドブックの最新版(2025年10月)によれば、現在の制度による特許異議申立てが始まった2015年4月から2024年12月までに異議の申立てがあった10,164件の審理結果は、維持88.4%に対して、取消は10.4%でした。
しかし、維持88.4%のうち、訂正されずに(すなわち無傷で)維持決定となったものは37.6%で、50.8%は訂正により権利範囲の変更(多くの場合は、減縮)が生じた上で維持決定となったものです。取消10.4%と訂正されて維持50.8%に、さらに、訂正されて異議申立て却下となった0.9%を合わせると、異議申立てのうちの62.1%は、特許権の権利範囲に何らかの変更が行われたことになります(1年前の統計でも、取消10.7%+訂正されて維持50.5%+訂正されて却下0.9%=62.1%と、ほぼ同じでした。)。この割合は決して小さくはないといえないでしょうか。
なお、特許異議申立ての申立件数は2020年までは年間約1,000件程度で推移していましたが、その後上昇傾向で、2023年は1,411件となりました。2024年はやや減って1,262件でした。
無効審判
2023年に判決のあった侵害訴訟のうち、60%の事件において、対応する特許権の無効審判が特許庁に係属しており、そのうちの9割の訴訟事件において、無効の抗弁がなされて、いわゆるダブルトラックとなっていました。
2023年において、審決、却下、取下・放棄を合わせた合計件数に対して、特許有効の審決がされたのは62.4%、特許無効(全部又は一部)の審決がされたのは12.8%でした。しかし、特許有効の審決62.4%のうち、訂正されることなく(すなわち無傷で)審決されたものは24.8%であるのに対して、訂正により権利範囲の変更(多くの場合は、減縮)が生じた上で審決されたものが37.6%ありました。この結果を見ると、無効審決と訂正されて有効審決とを合わせた50.4%については、特許権の権利範囲に何らかの影響を与えることができたことになります。この割合も決して小さくはないといえないでしょうか。
別の論点として、無効審判のように対世効は必要ないので、ダブルトラックとしない(無効審判を請求しない)で、侵害訴訟で無効の抗弁をすれば十分という考え方もあるかもしれません。ここで、ダブルトラックでは、多くの場合、訴訟の提起後に無効審判が請求されますが、約7割(訴訟提起から1年以上後に審判請求されたものでも約半数)の事件においては、審決が先に判断を示しています。また、内容面でも、2023年において、ダブルトラックとなった無効審判と侵害事件で有効・無効の判断に至った審決と地裁判決の一致率は81%、審決と地裁判決の判断が相違した事件のうち、知財高裁で審決取消となった割合(知財高裁においても、審決と判決が相違した割合)は13%となっており、審決と判決の判断が一致する割合はかなり高くなっています。もちろん、審決が先に出たからといって、裁判所がその判断に拘束されることはありませんが、このような点も無効審判を請求する意味の一つといえないでしょうか。
なお、特許の無効審判請求件数は、2017年から減少傾向で、2023年には84件まで落ち込みましたが、2024年は186件に急増しています。
情報提供
制度上は特許付与後においても可能ですが、主に特許付与前の発明の権利化を阻止する手段として、情報提供制度があります。
「審査官は、提供された情報を見て、活用しているのか」という声もときどき耳にしましたが、しっかりと確認して、活用できるものは拒絶理由通知で引用しています。
特許庁の統計においても、情報提供は年間約5,000件前後で推移し、100件のサンプル調査の結果ではありますが、情報提供を受けた案件の約70%において、情報提供された文献等を拒絶理由通知で引用文献等として利用している、とされています。
ただし、情報提供を行うと、出願人に、その発明の権利化を阻止したい第三者がいる、つまり、重要特許であるということを知らせてしまうことになる点には、注意が必要です。
まとめ
異議申立てで取消決定となる割合、また、無効審判で無効審決となる割合は高くはありませんが、維持決定または有効審決のうち、訂正されずに(無傷で)維持決定または有効審決となったものは半分に満たず、訂正されて維持決定または有効審決となったものを合わせれば、異議申立ての6割以上、無効審判の5割については、特許権の権利範囲に何らかの変更が行われたことになります。
異議申立てや無効審判を検討される際にご参考にしていただければ幸いです。
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