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対内直接投資等に関する外為法の改正に向けた議論の状況
2025.12.25
導入
2019年の外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)の改正が2020年5月8日に施行されてから今年は5年目となり、施行状況等について検討される時期となっている(外為法附則5条)。現在、財務省に設置された関税・外国為替等審議会外国為替等分科会において、対内直接投資審査制度の見直しが議論されている。そこで、現在の議論の状況及びどのような運用や問題点をクリアする必要があるかなどの検討のポイントを述べる。なお、現在議論されている内容どおりに外為法が改正されるとは限られない点には留意されたい。
見直しが検討されている制度等
(1)間接取得
ア 議論の状況
外国投資家が、指定業種を営む日本企業の株式を直接保有する外国企業等(以下「直接保有者」という。)の株式を取得等する以下の各行為(以下「間接取得」という。)を対内直接投資等に含め、事前届出を必要とすることが検討されている(注1)。
- 間接取得者が、日本企業の株式・議決権を保有する直接保有者の議決権を新たに50%以上保有することとなる議決権の取得
- 間接取得者の関係者が、直接保有者の役員の過半数を占める行為
また、直接保有者の議決権割合等を踏まえ、間接取得者のリスク属性に応じた届出制度の創設も検討されている。
イ 検討のポイント等
もっとも、間接取得の規制は、域外適用の問題を抱える。また、現在の直接投資のみを対象とする外為法の法制度とどのように整合性をとるかを含めて慎重な制度設計が必要である。実際にかかる改正が行われるのかについて注視していく必要がある。
(2)誓約事項
ア 議論の状況
事前届出の審査の過程で、国の安全等に係る対内直接投資等に該当する懸念が残る場合(外為法27条3項)、かかる懸念を軽減するため、特に経産省との間で誓約事項を合意し、取下げをした上で事前届出書の「経営関与の方法」欄に別紙として誓約事項を添付した再届出をする運用が行われている。
もっとも、かかる運用は外為法において明示的に定められたものではない。そのため、上記の運用方法につき、透明性の向上を図る観点から、概ね以下の内容が検討されている(注2)。
- 事前届出書の記載事項にリスク軽減措置の追加
- 審査の過程におけるリスク軽減措置の追加修正許容
- リスク軽減措置を講じることについての勧告・命令の明文化
- リスク軽減措置の内容を変更する場合における変更の届出及び当該届出に対する勧告、中止命令等
イ 検討のポイント等
近時、届出の取下げ及び再届出が行われることで、法定の審査期間である5か月を超える事案も出ている(注3)。そのため、誓約事項を制度上明確化することは外国投資家の予測可能性を高め、買収スケジュールの見通し等に役立つものとなると考えられる。
また、誓約事項の違反が届出書の虚偽記載(注4)や虚偽届出(注5)を構成するか必ずしも明確ではないため、誓約事項に違反した場合のペナルティも明確化されることが期待される。
(3)役員の再任
ア 議論の状況
2019年の外為法改正により外国投資家が事前届出をしなければならない株式取得の閾値が下げられるとともに(注6)、取締役又は監査役の選任議案への同意を含む行為時事前届出が追加されたが、特に後者の届出件数が増加し(注7)、外国投資家及び当局の審査体制にとって負担となっている。
そこで、取締役又は監査役の選任議案への同意に関し、「再任」に係るもので「特段の事情の変更がない」場合、届出を不要とすることが議論されている(注8)。
イ 検討のポイント等
我が国では上場会社のみならず、非上場のスタートアップ企業においても、取締役を1年ごとに再任する会社が多い一方で、外国投資家は、外為法の事前届出を行うことを避けるために、株主総会における役員選任議案において議決権行使を棄権する場合がある(注9)。外国投資家が棄権すると、発行会社において書面決議(会社法319条1項)が不可能となり、株主総会を開催せざるを得ず、機動的な意思決定を実現できない事態になりうる。
したがって、役員の再任に係る手続緩和は、外国投資家のみならず、発行会社であるスタートアップ企業にとってもメリットが大きいと考えられる。
また、「特段の事情」として考えられるのは、①就任役員の状況に変更が生じた場合(例えば、候補者が任期中に新たに外国政府機関に就任した場合(注10))や②発行会社の事業に変更が生じた場合(例えば、発行会社が従来営んでいた指定業種以外の業種が新たに指定業種に追加され、当該新たな指定業種との関係で役員の就任を認めるかどうかを審査する場合)等が考えられるが、いずれにしても、「特段の事情」の中身が明確化される必要がある。
ウ その他
役員選任議案への同意に関しては、「株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している」相手方を外国投資家とした場合の関係者を取締役又は監査役に選任する場合における事前届出の緩和にも言及されている(注11)。
典型的には、株主間で役員指名権を合意しているケースが想定されるが、これ以外にも、スタートアップにおける利益分配契約も該当し得る。利益分配契約には、Exitによる利益分配への協力義務が定められることが一般的である。同義務には、例えばエグジット手法として合併が選択される場合、当該合併に係る株主総会議案に賛成の議決権を行使する義務が含まれると解され、これが「株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している」場合に該当すると解され得る。この結果、スタートアップ企業に投資している外国投資家にとって、自ら役員を派遣していないにもかかわらず、役員選任の度に事前届出が必要となり得る。
実際に外為法が改正され、事前届出が必要となる役員選任議案への同意の範囲が限定されれば、実務における負担の軽減が期待できる。
(4)指定業種の対象範囲の見直し
ア 議論の状況
2019年から2024年にかけて、情報通信技術関連業種、感染症医療品製造業、特定重要物質等の製造業などが指定業種に追加された。2024年度は、情報通信事業の届出件数が2,072件と全体の56%を占める(注12)。
そこで、経済安全保障に係る他の法令との整合性に留意して、サイバーセキュリティ対策等の観点から必要なものに限定されているかを整理して、対象を限定することが議論されている(注13)。
イ 検討のポイント等
指定業種である受託開発ソフトウェア業、組込みソフトウェア業、パッケージソフトウェア業及び情報処理サービス業は、日本標準産業分類において明示的に別に分類されているゲームに関連するものを除き、その対象が広い。したがって、真に届出を要するものを限定するニーズは高いと思われる一方で、対象範囲をどの程度限定することができるかは、今後の議論が待たれる。
(5)非指定業種への投資に関する国の安全に係るリスク対応
ア 議論の状況
特にリスクの高い投資家による事前届出を要しない非指定業種への投資に関して、国の安全に係るリスクが顕在化した場合、事前届出免除制度を利用できない外国投資家による株式・議決権の10%以上の取得に限定して、概ね以下の改正が検討されている(注14)。
① 国の安全に係るリスクが顕在化した場合の報告を求めること
② リスク軽減措置や株式の処分等の必要な措置の勧告・命令
イ 検討のポイント等
外国投資家の予見可能性と法的安定性の観点から、株式取得時には事後報告で足りるものとして制度設計されていることから、国の安全に係るリスクが顕在化する場合とはどのような場合かが検討される必要がある。もし、そのような事態がある場合には、既に株式取得は実行されていることとの関係でどのような措置を取りうるのか、適切な措置を定める必要がある。
(6)情報発信及び執行体制の強化
ア 議論の状況
当局による情報発信としては、2020年から該当性リスト(注15)及び審査に際して考慮する要素(注16)がそれぞれ公表され、2023年以降はアニュアルレポートが日本語版と英語版で公表されている。執行体制としては、2020年、財務省国際局に投資企画審査室を設置して体制を強化している。
もっとも、事前届出漏れの件数は2024年度は356件に上り(注17)、依然として多く、外国投資家に日本の外為法が広く知られているとはいい難い状況である。
そこで、当局からより積極的な情報発信や当局の運用基準を明確化することで、情報発信を強化することが議論されている。
また、執行体制の強化として、国家安全保障局をはじめとする安全保障関連部局等と協力して審査を行う省庁横断的な体制を強化することや、投資実行後のモニタリングを強化することが検討されている。さらに、事前届出の審査が完了し、投資が実行された後のモニタリングを強化することが議論されている。
イ 検討のポイント等
外国投資家に外為法の認知度を上げるために、当局によるより積極的な情報発信が期待される。また、当局の運用基準を公開することで外国投資家にとっては事前届出の審査可否や審査期間等が予測可能になれば、対内直接投資等のハードルが下がることになる。
他方で、これまで当局は事前届出の懈怠に対して比較的温和な対応をとり、通常は、事案調査票の提出を指導するのみであったが、今後は、かかる実務が変わり、事前届出の懈怠が摘発されたり又は外為法上の罰則が実際に適用されたりするなど実務が変わる可能性もあるため、外為法違反に対する当局の対応が変化するのか注視していく必要がある。
最後に
間接取得が対内直接投資等に含まれる場合、実務に与える影響が重大であるため、各国の制度を踏まえた慎重な検討が必要であると考えられる。実際にかかる改正が行われるか否か、また、改正される場合の改正時期については現時点で明らかとなっていないため、今後引き続き注視していく必要がある。
その他の議論については、概ねメリハリのある対内直接投資等に係る規制を志向するものであり、外国投資家にとって歓迎されるものも多いと思われるが、当局の取締りが強化される可能性がある点には注意する必要がある。
(注1)令和 7年11月20日開催の関税・外国為替等審議会外国為替等分科会における配布資料②12頁
(注2)前掲(注1)6頁~7頁
(注3)例えば、YAGEO Electronics Japan 合同会社(台湾企業傘下の日本法人)による芝浦電子の公開買付けに係る案件でも、YAGEO Electronics Japan 合同会社は、当局との交渉で、事前届出を取り下げたうえで、何らかの誓約事項を追記して事前届出を再提出したものと推察される。
(注4)外為法70条1項22号
(注5)虚偽の届出は措置命令の対象となる(外為法29条2項)。措置命令に違反したときには刑事罰の対象となる(外為法70条1項26号)。
(注6)上場会社の株式取得については、株主提案権(会社法303条2項)の基準を踏まえて、10%から1%に閾値が下げられた。
(注7)財務省「外為法・投資審査制度アニュアルレポート(2024年度)」によると、行為時事前届出件数は、2020年は731件、2021年は1,244件、2022年は892件、2023年は1,266件、2024年は1,058件と推移している。
(注8)前掲(注1)4頁。なお、国の安全等の観点から問題がないとして禁止期間を短縮する例として役員の再任に係る株主総会議案への同意を挙げるものとして、竹﨑祐喜ほか「厚生労働省における外為法に基づく投資審査の実務」旬刊商事法務2406号57頁。
(注9)棄権につき、日銀「外為法Q&A(対内直接投資・特定取得編)(令和7年11月改定)」Q45
(注10)令和 7年10月31日開催の関税・外国為替等審議会外国為替等分科会議事録
(注11)前掲(注10)
(注12)前掲(注7)25頁
(注13)前掲(注1)4頁
(注14)令和 7年12月12日開催の関税・外国為替等審議会外国為替等分科会における配布資料②9頁
(注15)https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/gaitame_kawase/fdi/index.htm
(注16)https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/gaitame_kawase/gaitame/recent_revised/gaitamehou_20200508.htm
(注17)前掲(注7)29頁
