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【知的財産ランドスケープ】MOF(金属有機構造体)_前編
2026.03.24
はじめに
私たちの社会は今、カーボンニュートラルの実現やエネルギー効率の向上といった、環境・エネルギーという観点において地球規模の大きな転換期に立たされており、二酸化炭素の回収・貯蔵、水素エネルギーの活用、さらには大気中からの水分採取まで、環境・エネルギー問題の解決に向けた革新的な技術開発が世界中で加速しています。こうした次世代のグリーン・イノベーションにおいて、基盤材料として大きな期待を集めているのが、2025年のノーベル化学賞の受賞対象となったMOF(Metal-Organic Framework:金属有機構造体)です。MOFとは、金属イオンと有機配位子が規則正しく連結し、内部に無数の微細な穴(細孔)を持つ多孔性材料のことであり、その最大の特徴は、驚異的な表面積と、設計の多様性にあります。わずか1グラムのMOFが持つ表面積はサッカー場に匹敵することもあり、組み合わせる金属と有機物の種類を変えることで、特定の分子だけを取り込んだり、反応させたりする「魔法のスポンジ」のような機能を持たせることが可能です。このMOFの技術は、これまでの基礎研究のフェーズから、いよいよ本格的な「社会実装」のフェーズへと移りつつあります。ガス分離・貯蔵、触媒、センサー、ドラッグデリバリーなど、その応用範囲は極めて広く、化学産業から自動車、エレクトロニクス、医療に至るまで、あらゆる産業のサプライチェーンに変革をもたらすポテンシャルを秘めています。
MOFは1997年に京都大学の北川進教授によって発見された素材であり、長年この分野においては、日本企業や大学が伝統的に高い研究開発力を誇り、世界をリードする発明を数多く生み出してきました。この材料は組み合わせのパターンが無限に存在するため、特定の構造や用途、あるいは量産化のための製造プロセスをいかに特許で押さえるかが、ビジネスの成否を大きく左右します。有力な特許網(パテント・ポートフォリオ)を構築することは、競合他社の参入を阻むだけでなく、他社との協業やライセンスビジネスを有利に進めるための強力な武器となります。
こうした背景を踏まえ、本稿では、未来の産業を支える重要材料であるMOFについて、特許の観点から俯瞰した内容をご紹介します。
優先権主張国別特許ファミリー件数
まずは優先権主張国別の特許ファミリー件数(生存分のみ)について調査した結果、中国が8,384件と圧倒的多数を占め、次いで米国が566件、韓国が477件、日本が384件と続きました(左図)。ここで優先権主張国とは、同一特許ファミリーのうち最初の特許が出願された国であり、主に出願人の国籍を示します。特許ファミリー件数は上位4カ国で全体の約97%を占めており、このことは、この4カ国にMOFのイノベーションと特許出願が集中していることを示しています。これを時系列で見ると、2013年あたりから各国共に出願件数を大きく増加させており、この付近に大きな技術的飛躍があったことが示唆されます(右図)。
優先権主張国別特許ファミリー件数

※2024年以降の特許ファミリー件数については未確定値
特許ファミリー件数(中国単独出願を除く)
上記のとおり、特許ファミリー件数だけを見ると中国に圧倒されているようにも見受けられますが、中国では補助金を目的とした実質的な内容のない特許出願(いわゆる非正常出願)の割合が非常に高いとも言われています。そのため、各国の状況をより正確に比較するため、中国にのみ出願された特許(中国単独出願)を除外して再度調査を行った結果、特許ファミリー件数のランキングは中国に代わって米国がトップに立ち、日本は3位に上昇し、中国は4位に後退しました。中国単独出願を除くことで中国の特許ファミリー件数は216件に減少したことから、中国への特許出願の実に97%以上が中国単独出願であることが分かります。
優先権主張国別特許ファミリー件数(中国単独出願除く)
以下は縦軸を優先権主張国、横軸を出願国としたマトリクスマップを示します(このマップからも中国単独出願は除外しています)。このマトリクスマップからは米国を優先権主張国とする出願は、米国以外を出願国とするものの割合が高く、米国のプレーヤーは国内のみならずグローバルなマーケットを強く意識していることが読み取れます。日本については国内の割合が多いものの、米国や欧州の割合もそれなりに高く、重要度の高いものに絞って海外に出願していることがうかがえます。韓国も日本とほぼ同様の傾向が見られます。
優先権主張国×出願国マトリクスマップ

特許スコア(中国単独出願を除く)
続いて、特許調査・分析のための商用ツール「米レクシスネクシス社のLexisNexis® PatentSight+(以下、PatentSight+)」を用いて、2015年以降に出願された特許について、各優先権主張国の特許スコアを評価しました。PatentSight+は「Patent Asset Index」(PAI)という指標を用いて特許の価値を評価します。PAIは特許ポートフォリオ全体の総スコアを示し、「Competitive Impact」(CI)は特許ファミリー1件あたりのスコアを示します。また、CIは技術的価値を示す「Technology Relevance」(TR)と市場的価値を示す「Market Coverage」(MC)を掛け合わせることで算出され、PAIはCIの合計によって算出されます。
PAIの算出方法

優先権主張国別特許スコア

PatentSight+で算出したスコアは、米国や欧州においてやや高めに出る傾向がありますが、それを踏まえても、日本や韓国ではファミリー件数に対してPAIが低く、特に平均スコアを示すCIが米国や中国と比較して低いことが確認されました。つまり、本ツールを用いた指標によると、日本と韓国では出願された特許ファミリー件数は多いものの、価値の高い特許の割合は米国や中国に比べて低いという結果になっています。中国については、PAIとCIが共に高いことから、価値の高い特許については中国国内だけでなく、中国以外の国にもしっかりと出願されていることが分かります。また、オーストラリアについてはファミリー件数は30件と少ないもののCIは最も高い値を示しており、価値の高い特許を保有していることが示唆されます。
続いて、各国特許の技術的価値と市場的価値を確認するために、CIをTRとMCに分解し、縦軸にTR、横軸にMCを設定して、優先権主張国別のバブルチャートを作成しました
優先権主張国別TR×MCバブルチャート

上記バブルチャートに示されているように、日本と韓国はともにTRとMCが他国と比較して低い水準にあります。特に日本のTRは台湾に次いで低く、これは後願の特許に引用される回数(被引用回数)が少ないことを示しています。特許の被引用回数だけでその技術的価値を完全に評価することはできませんが、一般的な論文と同様に、被引用回数は特許の注目度や影響力を示す重要な指標の一つとされています。この点、日本のTRが他国と比較して相対的に低いことは懸念材料であると思われます。オーストラリア、シンガポール、中国、イギリスについてはTRが高い水準にあり、また、シンガポール、イギリスについてはMRも高いことから、これらの国のプレーヤーは技術的価値の高い特許についてはグローバルな観点で保護を図っていることがうかがえます。
次回は、MOF関連の特許について、プレーヤーの観点から見ていきます。
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