対談・座談・インタビュー
M&Aの最前線(1)
2020.10.01
日本におけるM&Aの黎明期から最前線で数多くのM&A案件に関与してきたM&Aローヤーたちに、過去から現在にかけてのM&Aを取り巻く環境の変遷や弁護士のM&Aへの関わりなどについて聞きます。
日本のM&A黎明期
髙原弁護士
今回は「M&Aの最前線」という大きなテーマを頂いての対談となりますが、長きに亘り我が国におけるM&A実務をリードしてこられ、今もなお最前線で多忙を極めておられる岩倉弁護士、十市弁護士から、貴重なお話を伺っていきたいと思います。
まず導入として、現在のM&Aを考えるに当たり、一昔前の我が国のM&Aがどのようなものであったのかという視点から目を向けていきたいと思います。
岩倉弁護士は、1987年に弁護士になられ、その後、M&Aの黎明期を含め、数多くのM&A案件を手掛けてこられましたと思います。まずは、特に80年代後半から90年代の日本企業のM&Aとの関わりをお聞かせ頂けますでしょうか。
岩倉弁護士
当時は、当然ながら、今に比べると、まだまだ日本企業のM&Aが一般化しているとは言い難い状況でした。しかし、全くなかったわけではありません。80年代にも、バブル経済を背景に、いわゆるIN-OUT型のディール(日本企業による海外企業を対象とするM&A)は大型のものも存在していました。ソニーによるCBSのレコード部門やコロンビア・ピクチャーズ・エンターテイメントの買収や、ブリヂストンによるファイアストンの買収といった大型買収です。バブル最盛期の平成初期には、世界の時価総額ランキングに入っている企業の過半数が日本企業であったと記憶しています。この頃のIN-OUTは確かに勢いがありましたが、今振り返ると、資金力と勢いに任せたディールも少なくなった気がしますね。
他方、当時、OUT-IN型(海外企業による日本企業を対象とするM&A)も、徐々にではありますが増えてきていたという認識です。それまでは、日本の資本市場はグローバルの中で経済的にも文化的にも非常に閉鎖的であったかと思いますが、外資による国内投資の規制の整理(外資法から外為法への規制整理など)を通じて、グローバルのマネーを日本に呼び込もうとする国策の影響などもあったように思います。ただ、当時、外資が入ってくると言ってもアメリカが中心で、少しぐらいはヨーロッパもあったかと思いますが、中国や東南アジアの国の企業によるOUT-IN型の大型ディールはほとんど聞いたことがなかった記憶です。現在は中国をはじめとする東南アジアの企業による巨額の日本企業買収なども珍しくなくなりましたね。
当時の国内のIN-IN型のM&Aも、肌感覚としては、必ずしも少なかったわけではなく、それなりにはあったように思います。ただし、IN-OUT型の案件などに比べると、サイズ感、インパクトなどもあったのかもしれませんが、あまり注目を集めてはいなかったように思います。当時はまだメインバンク制が機能しており、銀行によるガバナンスが影響力を持っていました。銀行や政府が、陰に日向に色々な調整機能を果たしていた時代でした。それから、最近また敵対的買収が話題になっていますが、実は、当時既に敵対的買収は行われていましたね。ミネベアによる(東証一部の精密部品やモータ等を開発している)三協精機に対する敵対的買収案件など、思い出深い案件も多くあります。
いずれにせよ、今に比べると、非常にプリミティブな時代であったことは間違いないですね。
髙原弁護士
そうですね。80年代後半は日本企業がアメリカを始めとする海外に出て行き、アメリカにとって脅威となるような日本企業が数多く存在していたように思います。三菱地所によるロックフェラーセンターの買収なども大変印象的でした。
私は2001年にアメリカへの留学から事務所に復帰したのですが、その頃は、日本の弁護士事務所で、現在のような大規模な事務所はまだ存在せず、ようやく、2つの事務所が統合し、100名を超える弁護士事務所が出始めた頃でした。
十市弁護士が弁護士になられたのもちょうどその頃かと思いますが、当時は、M&Aにどのように関わっておられたのですか。
十市弁護士
今思い返すと非常にプリミティブな状態で、デューデリジェンスというのは何をやるのか、ということをゼロから考えながらやっていたような時代であったと思います。最初に私がデューデリジェンスをしたときは、まだデューデリジェンスの「型」と呼べるようなものもなく、デューデリジェンス報告書も、一つずつ考えながら試行錯誤して作っていっていたという記憶です。ただそのようなことが面白くて、M&Aを多く手掛けるようになったと思います。
M&Aのノウハウが普及していくきっかけ
髙原弁護士
ちょうどその頃ですが、金融機関の経営悪化が相次いだ時期でもあり、不良債権処理の問題も、大きな話題となっていました。その中で、IN-IN型のM&Aも大幅に増加し、TMIがM&A案件に関わる機会も増えてきました。
もっとも、その頃は、まだM&Aのノウハウはあまりオープンにはなっていなかったと思いますが、そのあたりについていかがでしょうか。
岩倉弁護士
M&Aのノウハウという意味で思い出すのは、1989年にイギリスのポリーペック・インターナショナルという会社が日本の山水電気を買収した案件ですね。本件は、初めての外国企業による東証一部上場企業の買収となりました。私は、当時、ポリーペック側のアドバイザーとして、山水電気のデューデリジェンスや契約交渉に携わったのですが、当時はまだデューデリジェンスの「型」といったものは日本には全くなかったように思います。当時、海外の著名ローファームに留学中の先輩弁護士から海外の法律事務所のデューデリジェンス報告書を送ってもらい、それも参考にしながら試行錯誤で進めていき、最終的に英文約800頁の報告書を作成しました。
国内におけるM&Aのノウハウの普及という点では、髙原弁護士が仰ったとおり、金融機関の破綻という事情が大きく作用したように思います。私自身も、90年代後半から保険会社の破綻やそれに関連するM&Aに多く関与させて頂きましたが、そういった案件で作成したデューデリジェンス報告書などは、銀行を始め多くのステークホルダーに回ることになりますから、そこで急速にM&Aノウハウが普及していった、というのが実感です。
また、産業再生機構の設立、運用開始も大きな契機だったと思います。倒産という分野はM&Aと切っても切れない関係にあり、もともとM&Aを主軸にしていた弁護士やその他のアドバイザーから、倒産の世界のプロフェッショナルにその知見・ノウハウが広がっていったという面もありました。私自身も、2003年頃に三井鉱山の再生案件に携わったことがあるのですが、その際も、当時産業再生機構の産業再生委員長にM&Aに関するレクチャーやディスカッションを何度もさせて頂いたことを思い出します。
髙原弁護士
2000年の初め頃からさらにM&Aが拡がってきたと思うのです。その中で電子メールの普及や、各種契約書のデータ化、そして、インターネットを通じた情報共有の促進は、M&Aに限らず専門的な案件を取り扱う弁護士のすそ野をかなり広くした、という印象を持っているのですが、いかがでしょうか。
十市弁護士
私が仕事を始めたのは2000年4月でしたので、まさにメールを使い始めるかどうかという時期でした。今でもよく覚えていますが、その当時、長い契約書などはファックスでやり取りをしていましたから、ファックスが途中で詰まったりすると本当に大変だったように思います。そういう意味では、案件のスピード感などは今とは全く異なりました。例えば、外国の依頼者とやり取りするときも、ファックスなどが中心で、一度回答をすると、次に返事が返ってくるのが1週間後といったスピード感も珍しくありませんでした。その後にメールが普及して、一晩で何度もやり取りができるようになり、いろいろなことのスピードが劇的に早くなったという印象です。
ファンドの台頭
髙原弁護士
さきほど産業再生機構の話も出てきましたが、私自身、2003年頃から徐々にプライベートエクイティファンドとのお付き合いが増えてきました。2000年代始め頃から日本でもプライベートエクイティファンドが普及してきて、それまでのM&Aと少し変わってきたという印象がありますが、お二方の感覚はいかがですか。
岩倉弁護士
2001年頃にアメリカのネットバブルがはじけて、その後リーマンショック(2008年)までの間、アメリカのM&Aマーケットの中で大きな存在感を示していたものの一つは間違いなくプライベートエクイティファンドだと思いますし、日本でも、いくつかのプライベートエクイティファンドが出てきて活躍し、2000年初旬の日本のM&Aに大きな影響を与えたように思います。
それから少しして、「ハゲタカファンド」といった言葉も出てきましたが、少なくとも、プライベートエクイティファンドが日本で出てきた当初は、敵視されるような存在ではなかったように思いますね。
十市弁護士
私が2000年代前半で一番印象に残っているファンドはリップルウッドで、金融機関の買収やその関連で締結されていた契約上の条項の存在が政治問題になったことなどはご記憶の方も多いと思います。2000年代の前半に私が弁護士になった直後には、リップルウッドが当事者で、社会的にも話題となる案件も多かったように記憶をしており、私も関係する当事者のアドバイザーとして、関係する案件などにもいくつか関与をしましたので、特に印象に残っています。
この当時、多くのファンドは、一部のマスコミから「ハゲタカファンド」などとも表現されていましたが、今から考えれば、彼らの主張・考え方は、合理性を追求した金融工学的な裏付けがあるものであった部分もあるように思いますし、まだよく分からないものに対する過剰な拒否反応の部分もあったのではないかと思います。当時の日本企業にとって、ファンドというのは、非常に新しいもので、なかなか受け入れられないものであったと思うのですが、今から考えると、日本のマーケットにファンドとその役割というものを紹介したという意味では、この時期に活発に活動していたファンドの貢献も、少なくないのではないかと思います。
髙原弁護士
今、ハゲタカという言葉がでました。今の若い世代の弁護士たちは、ドラマや小説で知っているかもしれませんね。お二方は、お仕事の中で「ハゲタカ」にまつわる印象に残るトピックなどはありますか。
岩倉弁護士
十市弁護士からも発言があったように、当時、「ハゲタカ」と呼ばれていたファンドが本当に全て悪だったかと言うと、私は、そうではなかったと思います。当時そのような評価を受けていたファンドの中にも、実際にお会いしてみるときちんとした方は多くいらっしゃいましたし、穏当で常識的な方も多かったという印象です。その時期は、グリーンメーラー的な評価を受けているファンドやアクティビストの台頭、これらが当事者となっている象徴的な裁判などもありましたから、外資のファンドに対して「ハゲタカ」という一括りの評価がされてしまっていた部分があった、ということかもしれませんね。
十市弁護士
全く同感です。先ほども述べた通り、いわゆるバイアウトファンドは金融工学に基づいた発想で物事を考えていて、アクティビストファンドやヘッジファンドなどとは、その戦略なども大きく異なっており、今から考えれば、決しておかしなことを言っていないファンドも多かったと思います。ただ、当時の日本のマーケットはそのような発想に慣れていなかったので、「ファンド」という概念で、まとめて評価していたように思います。
ここ10年の変化
髙原弁護士
リーマンショック後、いったん外資ファンドのようなプレイヤーの席巻が落ち着き、景気の影響もあってか、日本でも前向きなM&Aが停滞した時期があったかと思います。
その後、アベノミクスの影響などもあり、またM&Aが加速度的に進んでいったという印象がありますが、ここ10年のM&Aについては、どうお感じですか。
十市弁護士
私個人としては、ここ10年で、誤解を恐れずに言えば、「M&Aのコモディティ化」が進んだという印象をもっています。2008年のリーマン危機後、M&Aは大きく減少しましたが、2011年の震災後の景気回復の中でM&Aのすそ野が広がるとともに、M&Aのプレイヤーやアドバイザーのすそ野も広がったように思います。そして、ある程度、M&Aの「型」のようなものができて、それが普及する中で、ある程度の部分までであれば、比較的多くの弁護士が取り扱えるような状況になってきて、競争も激しくなってきた、そんな時代に突入したのではないか、と考えています。
岩倉弁護士
そうですね。十市弁護士ご指摘のような面はあると思います。ただ、M&Aに関連するプロフェッショナルのすそ野が広がることは企業や市場にとって悪いことではないはずですし、弁護士においても、一層、差別化のための工夫が進むという点では、プラスの効果も大きいのではないかと思います。
それから、アベノミクスの成果の1つと言えるのかもしれませんが、ここ10年で見たときに、企業の持続的な成長というものを深く考える風潮が進んできて、それがM&Aを加速させるファクターになっている、という面を感じます。2011年の東日本大震災のあたりで日本経済は一旦停滞し、世界的に見て成長力や競争力が低いという構造的な問題を直視させられたわけですが、その中で、国全体として、「日本経済を成長させないといけない」、「低収益の会社をどんどん成長させなければいけない」という使命感が一層強くなったのではないでしょうか。それが、アベノミクスにおける企業統治の重視、ダブルコード時代の到来のきっかけになりましたし、個別の企業としても、規模だけを求めるのではなく、ノンコア事業の切り離しも含めた組織体制の見直しや株式持合いの解消を進めることとなりました。それらが、支配権の移転という意味だけでなく、様々なディールスタイルのM&Aの増加に繋がった面はあると思います。
また、もちろん、ステークホルダーとして株主のみが大事なわけではありませんが、企業経営の中で「株主の利益」というファクターがしっかりと重視されるようになってきたようにも思います。
十市弁護士
今、「株主の利益」という話が出てきましたが、その点で一つ加えるとしたら「利益相反」の考え方も、ここ10年の変化の中で重要なポイントになってきたと思います。2005年のとあるMBO(マネジメント・バイアウト)などを皮切りに、日本でも時期によって多寡はあるものの、MBOが普及してきていますが、2000年代後半にいくつかの価格決定の申立が提起され、その中でMBOや親子間取引に内在する構造的な利益相反性などが問題視されることとなりました。昨年「公正M&A指針」という形で改定をされましたが、このような経緯を踏まえ、2007年にいわゆる「MBO指針」と呼ばれる指針が制定されたこともあって、その頃から、利益相反(コンフリクト・オブ・インタレスト)という概念が、上場会社のM&Aの中で意識されるようになったと思います。
弁護士がM&Aにおいて果たす役割
髙原弁護士
たしかに公正性とか透明性といった点がM&Aの中で重大な要素として議論されるようになったのは、ここ10年ぐらいの話かもしれませんね。
昔は、M&Aのスキームとして、合併、営業譲渡、第三者割当増資ぐらいしかなく、株式交換とか会社分割といった制度もなかったので、スキームも複雑ではなく、手続実施時の公正性・透明性といった要素も今ほどは意識されていなかったように感じます。
例えば、企業が合併するときも、対外的な見え方を重視し、株式分割を実施して、あえて統合比率を1対1にすることを望む。こういった過去には見られた「日本特有の意識」も、ここ15年から20年の間に、より洗練され、実態が重視されるようになってきた面もあるかもしれませんね。
このような中で、弁護士がM&Aにおいて果たす役割も変わってきたように思われますでしょうか。
岩倉弁護士
弁護士が果たす役割は、案件によっても違いますよね。すごく洗練されたトランザクションで、プリンシパルもFAも洗練された案件では、弁護士に求められる役割がすごく明確になっていることが多いようにも感じますが、他方で、初めてM&Aをするような企業であれば、例えば一部上場企業であっても、FAの紹介から、何をすべきかまでレクチャーをすることも当然あります。また、案件のトップから距離が近い場合には、リーガルアドバイスを超えたアドバイスを求められることも少なくないですよね。
十市弁護士
個人的には、株式価値のValuationであったり、数字に対する最低限の知識・理解があることは、M&Aを専門とする弁護士の大前提としての「基礎的なスキル」になったと感じます。以前は、弁護士は数字の世界には入ってくるなという風潮があったような気がしますし、弁護士の側にも遠慮や「それは弁護士の仕事ではない」というニュアンスを持つ人が多かったように思います。ただ、今は、案件によるものの、そのような風潮はあまりなくなってきており、勿論限界もありますが、アドバイザーの一員として、様々な角度から案件に積極的に関与することを求められる案件も多くはなってきている気がします。
髙原弁護士
今のM&A実務では、ある種の「型」ができてしまったことの弊害として、役割を自分で決めてしまっている人が多いのではないか、という気はしています。これはもったいないですよね。業務自体が固定化される部分があることは否めませんが、そのような中でも、少しでも自分なりの変化を見せて、動いていかなければならない思うところです。近年の傾向の1つとして、事業のカーブアウト的な案件が増えてきたように感じます。このような事案では、契約書は定型的なものではなく、技術ライセンスのアレンジや各種財産の切り出し方、担保の設定などにかなり配慮が必要になりますから、それぞれの分野を専門とする弁護士や弁理士とも緊密な連携を求められることがあります。M&Aに関わる若手は、そのような案件にこそ積極的に入っていった方が色々な勉強になるのではないかと思います。
十市弁護士
法務デューデリジェンスを行い、契約書のドラフティング・修正を行い、クロージングのお手伝いをする、というのはミニマムで、あとはその案件ごとに求められる役割は違うのでしょうけど、それを自分なりに感じ取ってプロアクティブにやるということだと思います。期待される役割は、案件によって異なるので、自分なりのバリュー、クライアントに対する実質的な貢献を打ち出していくということになるのだと思いますので、M&Aを扱う弁護士には、そのようなセンスも求められるようになってきているように思います。
M&Aローヤーを目指す若手に一言
髙原弁護士
最後となりますが、M&Aローヤーを目指す若手に一言お願いします。
岩倉弁護士
私は、30年以上前から、当時数少なかったM&Aにどっぷりと浸かってくることができました。好きで選んだ分野ですが、本当にこの分野を専門の一つに選んで良かったと思います。先ほど出たお話と関連しますが、完全にコモディティ化されたものであれば、私はおそらく途中で飽きてしまったかもしれません。しかし、ありがたいことに、日本のM&A市場はここ数十年の間、変化し続けている。金融危機だとかバブル崩壊など、その時々の経済的な事件、状況と絡み合いながら、様々な要素が変化する中で実務の前線にいることができました。これまで関与させて頂いたM&A案件はみな、本当に面白かったと思っています。
また、この変化のスピードは、今後も続いていくでしょう。例えば、最近話題になっているように、アメリカでは「SPAC」といった買収することを目的にIPOさせる会社なども考え出され、実際にトライしてみる事例が出てきている。海外はどんどんと新しいことを考えるわけです。マーケットの中で、どうやって勝っていくかということを。
こう言ってしまうと自虐的な部分もあるかもしれませんが、日本のM&Aは、アメリカの実務の影響を強く、また直接に受けてきました。そうすると、日本にまだないアメリカの発想は、今後日本に輸入されてくるでしょう。これからも益々色々あると思いますよ。新しい取引形態だとか。だから、海外の動向を含め、勉強することでM&Aは面白くなる。
結局実現はできなかったのだけれど、過去、大型の銀行統合案件で、当時日本では一般的でなかったものの、米国であれば必ず入ったであろう契約条項を入れることに拘ったことがあります。当事銀行の頭取クラスにまで、説明して理解して貰おうと努力しました。決して、条項そのものを自分でゼロから生み出したわけではありませんが、私自身は、日本にない実務を日本に持ち込むことも、立派な創造であると考えています。こういった考えを持ちながら案件に携わると一層勉強になるし、楽しみも増すように思います。
十市弁護士
岩倉弁護士が仰せの通り、日本のM&Aプラクティスは、今までも、そしておそらく今も、アメリカのプラクティスを追っているという傾向が強くあります。誤解を恐れずに言うと、アメリカの実務を輸入して、ローカライズしてきたという歴史も否定できない部分があると考えています。日本のM&Aプラクティスにおいては、今後もアメリカのM&Aプラクティスは重要な意味を持ち続けると思いますが、一方で、ヨーロッパという軸にも注目すべきかもしれません。M&Aプラクティスという観点では、ヨーロッパもアメリカの影響を受けていると言えますが、ヨーロッパでも、アメリカのM&Aプラクティスの全てが良い、正しいと受け止められているわけではないように思いますし、ヨーロッパの弁護士と話をしていても、ヨーロッパにはヨーロッパ流のM&Aプラクティスがあるように思います。その意味で、自分自身もそうですが、若い弁護士の方は、アメリカはもちろんですが、ヨーロッパのM&Aプラクティスにも注視をしつつも、日本のマーケットには何が合うのか、ということも意識すると、一層仕事の幅が広がり、仕事が楽しくなるのではないかと思います。
また、何から何までというわけにはいかないという意味での限界はありますが、将来、M&Aをプラクティスの中心とする場合でも、若いうちには色々な分野の仕事、例えば、知的財産権とか不動産とかのプロパーのような仕事も含めてですけれども、できるだけ多くに触れた方がいいと思っています。よく言われることですが、個々の案件によるものの、M&Aは「法律のデパート」であり、あらゆる法律が関係してきます。自分が全体を見る立場になったときに、若い時代に一度でも経験をしたことがあるのとないのとでは対応力が異なりますので、若い時代に様々な経験をしていくと、将来、仕事の幅が広がると思います。
髙原弁護士
ありがとうございました。最後に私からも一言申し上げますが、自分で研鑽を積むことはもちろんですが、若い時には、特に、クライアントを含む様々な人から学んで吸収するという意識を強く持ってもらいたいと思っています。
私自身、これまでの業務の半分程が、プライベートエクイティファンドによる投資に関係する業務でした。ファンドのプレイヤーの方々は金融やコンサル出身など多彩なバックグラウンドを持つ、とてもプロフェッショナルな方々でした。また、ファンドにアドバイスをされている会計・税務の専門家、金融機関の方々も専門性が高い方々でした。そのような方々に様々なことを教えてもらい、鍛えていただいたのが、私の30代から40代前半でした。吸収できる時期というのは若い時期だと思うので、その間に頑張ってほしいと思います。
楽な道などありませんが、特にM&Aローヤーを目指す人たちにとって、若い頃は一件一件の業務が重たく、辛いこともあるかと思います。それでも、やはり時間を割いて真正面からそれぞれのディールに取り組むことで、その後の成長につながるのではないかと思います。
また、私が留学したときに、世界の資本市場に関する講義がありましたが、そこで、会計基準の世界的な統一の話をしていたことが印象に残っています。会計の世界では、これほど積極的に世界基準を作ろうとしているのか、と驚いたことを覚えています。法律の世界はお国柄や文化の影響もあり、会計とは違う面も多いとは思いますが、昨今のガバナンスに関する議論を見ていると、本質的にあるべき姿は世界中どこでも変わらない、と感じます。その意味で、岩倉弁護士、十市弁護士が仰るように、海外の動向、いまは特にアメリカやヨーロッパでしょうか、それを学ぶことには大きなメリットがあるのではないかと思います。
本日は、お忙しいところありがとうございました。