対談・座談・インタビュー
スタートアップ・ファイナンスの最前線 (2)コンバーティブル・セキュリティーズ
2021.04.23
連載・スタートアップ・ファイナンスの最前線
(1)近時の日米スタートアップ投資概況
コンバーティブル・エクイティ
小川弁護士
第1回に引き続き、「いま」のスタートアップ投資のトレンドなどについて話していきたいと思います。
まず前回のおさらいですが、①米国ではシードファイナンスで普通株式(Common Stock)が使われることはまずないこと、②日本では引き続き普通株式を用いたケースがそれなりに見られること、などについて話が出ました。
国内のシードファイナンスでも、もちろん種類株式が利用される例は増えている印象ですが、そちらの主要な論点は、種類株式そのものの設計というより、どちらかというと、主として株主間契約の条項に関連するものが多い印象です。その論点についてはまた機会を改めるとして、今回は、シードファイナンスの独特のメソッド、例えば、国内ではJ-KISSに代表されるようなコンバーティブルエクイティ型(「CE型」)の新株予約権について議論をしていきましょう。経産省も、昨年末に『「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン』を策定して公表するなど、一部、引き続き注目を集めていますね。我々もご相談をいただく機会が非常に多いものの一つです。
竹内弁護士は、J-KISSがモデルとしている、といいますか、J-KISSの原型である米国のSAFEやKISSの投資を扱うケースも多いと思います。
竹内弁護士
米国では特にSAFEが、Pre-seed/Seed roundのファイナンス手法として確立している感があります。
SAFEが登場したのは、私がちょうどWSGRでお世話になり始めた2014年後半なのですが、その時点ではシリコンバレーの一部でしか認識されていないマイナーな投資手法といったイメージでした。それが、カリフォルニア全体、東海岸、そして米国全体に普及し、どんどんとその地位を確立していきました。
その使われ方も、本来予定されていたPre-seed/Seedで数千万円~1億程度といった少額の投資に限られず、数億円や10億円規模の投資でも用いられることがあります。
小川弁護士
東海岸のスタートアップでも活用されている状況ですか?
竹内弁護士
大変に活用されています。いまや全米で通用するFinancing toolになっていると思います。
小川弁護士
いまや、コンバーティブルエクイティは米国中に広がっている手法、ということですね。
話は逸れますが、米国では中西部のスタートアップなども、盛り上がっているようですね。私も以前、中西部のとあるLitigation Financeのスタートアップに「なるほどなぁ、こういう商売があるんだなぁ」と感心した(正確には、凄いなアメリカ、と思った)ことがありまして、中西部はユニークなスタートアップがありそうだぞ、一方であまり情報が聞こえてこないな、と大変に興味を持っています。
日本だと、どうしてもカリフォルニアを中心とする西海岸とニューヨーク、ボストンあたりの案件、会話が中心になりますが、そういったアメリカ全土のスタートアップのことも、もっともっと知りたいですね。今日座談会に参加している若手のメンバーが留学に行くときには、是非そういった世界も開拓してもらいましょう。
シードラウンド以外での活用状況
小川弁護士
話の腰を折ってすみません笑。
米国ではコンバーティブルエクイティが結構な金額感の調達機会でも使われているということですが、シリーズA以降のメジャーラウンド間で、ブリッジ的に使われることもありますでしょうか?
竹内弁護士
よく見かけるようになりました。従前は、ブリッジをかける場合にはConvertible Noteが大半だったと思いますが、最近はSAFEも見るようになっています。ただ、ざっくりとした印象ですが、やはりブリッジになるとまだConvertible Noteの割合は高いという印象ではありますね。
小川弁護士
なるほど、SAFEのようなコンバーティブルエクイティは、投資手法としての地位は確立しているものの、シード以外、例えばブリッジのニーズ、位置づけとの関係などでは、微調整が必要なケースがある、ということかもしれませんね。
国内ではどうでしょう、CB(新株予約権付社債)あるいはCE型新株予約権の使われ方は、日本でも典型的にはシードファイナンスだと思いますが、それ以外はどういった使われ方がありますでしょうか。
松永弁護士
少し前までは、エンジェルがCB(新株予約権付社債)で投資するケースも時々見かけた印象でしたが、最近はほとんど見かけないので、エンジェルによる利用は減ったのかもしれません。
小川弁護士
たしかに、一部ありましたが最近はあまり見ませんね。エンジェルはエンジェル投資家の方が「型」をもっておられることも多いので、その「型」が変わったり、あるいはエンジェル税制の関係などもあるかもしれません。
では最近、シリーズA「以降」に、CE型新株予約権を用いたラウンドを行ったケースを担当された方はいますか?
竹内弁護士
そのあたりは是非、皆さんの経験を聞いてみたいですね。
石原弁護士
私の経験上はやはりシードファイナンスがほとんどですが、ダウンラウンドというか、体力増強のためのラウンドの交渉をしている過程でランウェイが危うくなり、とりあえずということで当面の運転資金をCE型新株予約権で入れたケースはありました。これは今の議論で言うと、ブリッジファイナンスということだと思いますが、シリーズA以降ではありました。
松村弁護士
日本の案件においても、ブリッジ的にCE型新株予約権が使われるケースは一定数あるという理解です。最近サポートさせていただいた案件でも、B種優先株式を発行した後に、CE型新株予約権を使用したケースがありました。
竹内弁護士
松村弁護士のケースでは、CE型新株予約権で投資をする投資家は、既存の株主間契約との関係ではどのように扱われていましたか?株式と新株予約権ですから、法律上権利性には大きな差があるわけですが、一方で投資家の意識としては「新株予約権なので仕方ない」と割り切れない部分もあることは想像に難くありません。自分たちも、株主間契約の当事者として扱われるべき、というような議論になりませんでしたか?
彈塚弁護士
最近、私もシリーズB以降にCE型新株予約権を発行するケースを担当させていただいたのですが、そのケースは、既存投資家によるブリッジの色彩が強かったです。すなわち、シリーズAで既に出資している投資家が、本格的にシリーズBが始まる前のキャッシュポジション改善の趣旨等で、ブリッジ的に、CE型新株予約権を引き受けていました。そのため、「新しい投資家は新株予約権しか保有していないが、株主間契約に(株主同様の権利を確保した形で)加入するか、すべきか、どのような権利が与えられるべきか」といったことが議論になることはありませんでした。
その例のように、日本のスタートアップだと、純粋なブリッジは既存株主が提供するケースも少なくないようには感じますが、もちろんブリッジ投資家が既存株主ではないケースもあると思いますし、そのようなケースではご指摘のような問題がありますよね。
もしそのような事態に直面した場合には、株主間契約への「株主然」とした加入は避けるべきか、加入するとしても株式への転換前は実質的な権利が発効しないように建て付けるか、など、検討することが多くありそうです。
松村弁護士
私の同種案件の経験上も、これまでは、株主間契約への加入の是非が正面から問題になるケースはあまり記憶にありません。
小川弁護士
ブリッジの金額間、次のラウンドの蓋然性などにもよるのかもしれませんね。また、ブリッジとはいいつつ、実はランウェイはそれほど深刻でなく、タイミング的に「いまは盛大にラウンドを開けるときではない」というようなケースももちろんあります。そのようなケースでは、フォローオンも検討しているような投資家の目線でみると、おそらく実質的には強く株主間契約上の権利を確保しなければならない必要性がそこまで高くない場合もありますし。
吉田弁護士
私は、正に竹内弁護士のご指摘のような例を担当したことがあります。一部既存投資家と重複していたが、すべてではないブリッジ投資家も株主間契約に入り、新ラウンドのリード投資家とほぼ同様の権利を得る形になりました。
竹内弁護士
なるほど、事例としてはやはりありますよね。私も、以前、CB(新株予約権付社債)で投資を受けた際に、投資家側から、ほぼ、種類株式を用いた通常のメジャーラウンドの株主間契約と同内容の「新株予約権付社債投資契約」の締結を求められたことがありました。
もちろん投資家側が「大金を投じる以上はきちんとした権利を確保しないと」と考えることは理解できるのですが、そのときには、どうしても「そうであれば端的に優先株を利用した方が早いし、お互いにとってわかりやすいのではないか」という考えが頭の片隅に残りましたね。
CB(新株予約権付社債)の特徴?
彈塚弁護士
いま話が出ましたので、少しCBの話をしてもいいでしょうか。私の印象でも、日本でCB(新株予約権付社債)のラウンドを行う際、投資家の方は、通常の濃度の株主間契約のような権利関係を構築することを求める傾向があるように感じます。実際、私が担当させていただいているケースでも、投資家側、スタートアップ側いずれのケースにおいても、それなりに重たい契約を締結している例がほとんどです。
言い換えると、元々の位置づけと異なり、特にCBについては、CE型新株予約権に比べても、「スピード重視で定型書式で進めるためのメソッド」という意識はあまり持たれてない気がします。もちろん、投資金額が大きいことや、コンセプトがあまり伝わりきっていないということもあるのかもしれませんけれども。
吉田弁護士
むしろCBの投資は「CBラウンド」という感じがしますよね。以前、シリーズA、シリーズBに相当するメジャーラウンド2回をCBでやりきったような事例も担当させていただいたことがあります。
本論からは逸れますが、CE型新株予約権に比べ、CB(新株予約権付社債)は、検討論点がとにかく多く、本当に気を遣いますよね。
松永弁護士
仰るとおり、アドバイザーの立場からすると、CB(新株予約権付社債)は、スタートアップにしても投資家にしても、選択肢があるのであれば避けた方が望ましいと言いたくなりますね。本質的に、社債は難しいです。
彈塚弁護士
同感です苦笑
松村弁護士
会社法的な意味合いで言えば、CBにしてもCE型新株予約権にしても、「株主」ではない以上は「株主」として株主間契約の当事者に参加するわけではないことになります。したがって、テクニカルに株主とは異なる取扱いにならざるを得ないポイントもあるように思いますが、「あたかも株主であるかのように」権利関係を定めることも、契約ドラフティングという観点からは不可能ではないため、かえって整理が難しくなるということもあるかもしれませんね。
竹内弁護士
それはそうなのでしょうね。
彈塚弁護士
結局、それが株式であろうが新株予約権であろうが、多額の資金を投資する投資家が強い保護、権利を求めることは当然で、日本だと、CE型新株予約権は数千万円程度のシード又はブリッジのファイナンスに使われることが多い一方で、CBは「この金額ならば、株式のラウンドにしたほうが良いのでは…?」という規模のファイナンスでも使われることが多い印象なので、そのあたりも、CBが使われるケースでは投資家が株主間契約のような保護、権利を求める背景なのかもしれません。
金澤弁護士
原則論や感覚の問題はさておくとすると、一般的な株主間契約の条項を思い浮かべてみると、情報受領権、事前承諾・協議権、新株引受権、(議決権行使はできませんが)取締役指名権など、株主でなくても付与できる条項もそれなりにあると思いますので、原理的に株主間契約に参加できないという性質のものではないのでしょうね。
小川弁護士
個別の契約上の権利という意味では、プロラタ出資権は、少し問題になりますよね。CBなりCE型新株予約権が何株に転換されるかは設計次第で、典型的なもののようにキャップとディスカウントの双方が設定されているようなケースで、いったい何株をベースとしてプロラタを計算して良いのかは、一義的に定まるものではないという理解をしています。
金澤弁護士
はい、それと、みなし清算のウォーターフォールにどう位置づけるかは、悩ましいと思っています。みなし清算のトリガー事由とCBまたはCE型新株予約権の転換イベント、償還イベントが一致していれば良いのですが、そこにズレがあると気持ち悪さがどうしても残ります。
石原弁護士
M&A(スタートアップ買収)の案件で、そこが問題になり、誰にいくら支払うのかが厳密にはよく分からない、という状況を見たことがあります。結局、全当事者間で適切な摺り合わせができたために、大きな問題にはなりませんでしたが、強く異論を唱える方がいたらどうなってしまうのだろう、と思いました。
松永弁護士
CBにしてもCE型新株予約権にしても、転換前のEXITイベント発生時の扱いは、まだまだこなれていない部分がありますよね。
竹内弁護士
なるほど、国内でも、やはりCBの方が付随する契約の作り込みも含めて複雑化する傾向にあるんですね。米国でも、SAFEに比べるとConvertible Noteの方が手間が多少かかるのは事実です。ただ、日本のように濃度の高い、といいますか、有り体に言えば「コテコテ」の契約にはならないですね。もちろん、Side letterレベルでいくつか個別性のある合意をすることはありますが、そうはいってもConvertible Noteで投資をする、ということの意味合い、建前を崩さない常識的な内容になっているように思います。
コンバーティブル系の権利は、本質的には株主ではないわけです。その点で、投資家側から見て十分な保護がそもそも受けられるのだろうか、という点は、やはり認識し、消化した上で投資をする必要があります。
米国のSAFEも同じ問題はあるわけでして、実際米国でも、SAFEはトラブルになると「全くSAFEじゃないぞ」という笑えない冗談のような話もあります。契約上の権利を措くと、株式を保有している株主に与えられる、会社法上のベーシックな保護が受けられないわけので、立場はどうしても弱くなりますね。
公開ひな形の意味合い
彈塚弁護士
J-KISSを含めてですが、CE型新株予約権の投資契約書の場合、「適格ファイナンスのラウンドで株主間契約が締結された場合、CEの保有者も、株主間契約上の主要な権利を持つよ」という趣旨の条項が規定されることが多いと思うのですが、逆に言うと、CEの場合は「転換までは株主間契約上の権利は持たない」という認識が形成されやすい、という狙いもあるのでしょうか。
松村弁護士
その点は、J-KISSのように、「公開」されているひな形ということの効用としてあるかもしれないですね。
竹内弁護士
日本でのJ-KISSですが、いまでも公表されているひな型がそのまま使われることが多い印象ですか?
彈塚弁護士
比較的多いと思います。ただ、投資家がクライアントのケースで、クライアントがリードをとっているときは、公開されているひな型を踏まえてアップデートしたフォーマットをベースにしている例も多い印象です。
いずれにせよ、「公開されているひな型をベースにしています」という前提で交渉できると、スピード感が上がってメリットがあるなと実感することも多いです。
竹内弁護士
確かにそうですね。米国でSAFEが普及したのもその点が大きいように思います。ただ一方で、弁護士としては、逆にやりにくさを感じることもありますよね。削除しても、削除したことがすぐに把握される。
金澤弁護士
それは本当にそう思います。結局、公開ひな型をベースとする投資手法である以上、それを用いるのであれば、ひな型との乖離という観点でのみ検討されることになるメリットデメリットですね。
竹内弁護士
実は、公開ひな型ベースのメソッドの拡充という観点も含めてなのですが、SAFEを意識したJ-SAFE的なものを作ろうと思って取り組んでいます。これも、公開できる段階に至ったら、紹介していきたいですね。
彈塚弁護士
それは面白そうです。CE型新株予約権のメカニズムを維持したまま、新株予約権ではなく株式を用いる例も出てきていますよね。まだまだ発展の余地がありそうです。
小川弁護士
議論は尽きませんが、予定時間を大幅に超過しましたので、今日はここまでにしましょう。ありがとうございました。