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【英国雇用法】英国平等法(Equality Act 2010)に基づくセクハラ防止義務の導入と実務対応のポイント(1)
2025.07.08
はじめに
英国では、従前より英国平等法(Equality Act 2010)において、セクハラ(Sexual Harassment)が禁止されてきましたが、2024年10月26日より、雇用主に対し、セクハラを未然に防止するための「合理的な措置(reasonable steps)」を講じるという義務(セクハラ防止義務)が新たに法定化されました。
この義務は、セクハラが発生した後に対応するのではなく、リスクを予見し、あらかじめ対策を講じることを求める予防的かつ積極的な義務です。従来、雇用主は、従業員によるセクハラについて使用者責任を免れるために「あらゆる合理的な措置(all reasonable steps)」を講じていたことを抗弁として主張することができましたが、今回導入されたセクハラ防止義務は、抗弁とは別に、独立した法的義務として新たに法定化された点に大きな特徴があります。
さらに、この義務の適用対象は雇用契約に基づく従業員(employee)に限られず、派遣労働者、業務委託の自営業者、求職者、インターン等も含まれ得るとされており、その保護範囲は非常に広範です。また、義務の対象となるセクハラも、社内の従業員による行為にとどまらず、顧客や取引先など第三者によるものも含まれる点には特に注意が必要です。また、新制度のもとでは、雇用審判所(Employment Tribunal)が、セクハラ防止義務を怠った雇用主に対し、最大で25%の補償額増額を命じることが可能となるほか、英国平等人権委員会(Equality and Human Rights Commission, EHRC)が当該雇用主に対して調査、差止命令など強制的措置を講じることができるなど、規制の実効性も強化されています。
英国では、日本と比べてセクハラに対する社会的意識が高く、労働紛争も訴訟に発展しやすい傾向にあります。実際に、在英日系企業がセクハラを巡るトラブルに巻き込まれる事例も少なくありません。今回の改正を受けて、企業としては体制整備と実務対応の強化が急務といえます。
本稿では、まず英国法におけるセクハラの法的定義や判断基準について概説します。次稿では、新たなセクハラ防止義務の概要及びEHRCが2024年9月に公表した新ガイダンスを踏まえ、企業が講ずべき具体的な対応策を詳しく解説します。
英国法におけるハラスメントの分類
英国平等法は、ハラスメントを以下の3つの類型に分類しています。
- 保護特性(protected characteristics)に関連するハラスメント(年齢、障害、性別移行、人種、宗教又は信条、性別、性的指向)
- セクシュアル・ハラスメント(sexual harassment)
- ハラスメントを受けたことに対する報復的な不利益取扱い(victimisation)
1のように性別に基づく差別的言動(例:女性従業員にのみ雑務を割り当てる、育児休業取得を理由に昇進を拒否するなど)や、3のようにハラスメントの申告に対する報復(例:訴えたことを理由に昇進から外す)は、2のセクハラとは異なる別類型のハラスメントとして取り扱われます。
セクハラの法的定義
英国平等法では、セクハラは以下の(i)(ii)の要素を満たすものと定義しています。
(i)性的な性質を持つ望ましくない行為(unwanted conduct of a sexual nature)であって、
(ii)個人の尊厳を侵害する、又は威圧的・敵対的・品位を損なう・屈辱的・攻撃的な環境を生じさせる目的又は効果を有するもの
英国法におけるセクハラは、日本の男女雇用機会均等法に定める環境型セクハラに概ね対応する概念であり、日本法上セクハラに該当する行為の大半は、英国法においてもセクハラと評価される可能性が高いといえます。
望ましくない行為(unwanted conduct)の判断基準と具体例
新ガイダンスは、望ましくない行為の例を多数示しており、その範囲が非常に広い点に注意が必要です。対象には、被害者に対する直接的な言動だけでなく、周囲の環境に影響を与える行為(acts affecting a person’s surroundings)なども含まれます。
そして、ある行為が「望ましくない」と評価されるかは、まず被害者の主観的な感覚に基づいて判断されます。ただし、行為が行われた場の状況、加害者の地位、関係性、第三者の受け止め方など、客観的事情も併せて考慮されます。「望ましくない」と判断されるにあたり、被害者が明示的に異議を唱える必要はありませんが、異議を唱えたかどうかは一つの事情として考慮されます。尊厳を明白に侵害するような行為であれば、その他の考慮を要さず、それ自体でセクハラと評価され得ます。たとえば、新ガイダンスでは、上司が昇進面談で「あなたが最も容姿が良いから有力候補だ」と発言するような事例は、典型的なセクハラとされるとされています。
性的な性質を有する行為の具体例
新ガイダンスでは、以下のような行為が性的な性質を有する行為(of a sexual nature)に該当するとされています:
- 性的なコメントや冗談(sexual comments or jokes)
- 性的に露骨な画像、ポスター、写真の掲示(displaying sexually graphic pictures, posters or photographs)
- 含みのある視線や凝視(suggestive looks, staring or leering)
- 口説きや性的な誘い(propositions and sexual advances)
- 性的な見返りを条件とする提案(making promises in return for sexual favours)
- 性的なジェスチャー(sexual gestures)
- 私生活や性生活に関する執拗な質問又は自己の性生活に関する発言(intrusive questions about a person’s private or sex life, or discussing one’s own sex life)
- SNS上での性的な投稿やメッセージの送信(sexual posts or contact on social media)
- 性的な噂の流布(spreading sexual rumours about a person)
- 性的に露骨なメールやメッセージの送信(sending sexually explicit emails or text messages)
- 望まれない接触、ハグ、マッサージ、キス等(unwelcome touching, hugging, massaging or kissing)
これらの行為は、日本法においても性的な言動としてセクハラになりますが、文化等の背景の違いから、日本人にとってはどこまでが許容されるかの判断が難しい場面もある点に注意が必要です。
尊厳の侵害及び有害な環境の判断基準
新ガイダンスによれば、行為者にハラスメントの意図がなかった場合でも、客観的に見て当該行為が性的で望ましくないものであり、かつ、結果的に被害者の尊厳を侵害したり、職場に威圧的・敵対的・屈辱的・攻撃的な雰囲気を生じさせた場合には、セクハラと評価され得ると明記されています(「そんなつもりではなかった」という弁解は通用しません。)。
この効果があったかどうかの判断にあたっては、望ましくない行為の判断基準と同様、以下の要素が考慮されます:
- 被害者の主観的な受け止め方
- 当該行為の前後を含めた状況全体(例:被害者の健康状態、過去の被害経験、行為者・被害者の職場内での地位、文化的・宗教的背景、周囲の雰囲気等)
これらの要素を総合的に勘案し、裁判所や雇用審判所が客観的な判断を下します。多くの場合は、(i)性的な性質を持つ望ましくない行為に該当すれば、概ね(ii)個人の尊厳を侵害する、又は威圧的・敵対的・品位を損なう・屈辱的・攻撃的な環境を生じさせる目的又は効果を有すると評価できるため、実務上は(i)への該当性が先行して重点的に判断されます((i)に該当しながら、(ii)不該当となるのは例外的)。
実務対応のヒント
前述のとおり、日本法上セクハラとされる行為は、多くの場合英国法上もセクハラに該当します。しかし、両国間には文化的・宗教的・職場慣行・権利意識の差異があるため、日本では問題視されなかった行為や、理論上は日本でもセクハラに該当するものの実務上は看過されてきた行為が、英国では重大な法的問題として表面化することがよくあります。
このため、日本企業としては、日本法上の認識にとどまることなく、英国の法的基準や社会的背景を踏まえた実務対応を行うことが極めて重要です。これらの具体的な対応方針については、次回の記事で詳しく取り上げます。
おわりに
本稿では、英国平等法におけるセクハラの定義と判断基準について解説しました。次回は、EHRCの新ガイダンスを踏まえ、企業がセクハラ防止のために履行すべき合理的な措置(reasonable steps)の具体的内容と、日本企業が取るべき実務対応策を詳述します。