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【Web3ブログ】シリーズ:DAOの財務管理における米国の課題と展望―第7回:ガバナンス強化と外的補強~マキャベリDAOとBORGモデル~
2025.08.26
外部からの法的構造の整備に注目が集まる中、a16zcryptoが提唱する《Machiavelli for DAOs》は、DAOの“内側”から制度改革を進めようとする新たな視点を提示しています。
参照:Miles Jennings “Machiavelli for DAOs: principles for fixing decentralized governance (part 1)” (Sept. 21, 2023) https://a16zcrypto.com/posts/article/machiavelli-principles-dao-decentralized-governance/
Miles Jennings “Machiavelli for DAOs: designing effective decentralized governance (part 2)” (Sept. 21, 2023) https://a16zcrypto.com/posts/article/machiavelli-daos-designing-effective-decentralized-governance/
この提案は、ガバナンスの“器”だけでなく“中身”=意思決定の仕組みそのものを変えるべきという問題意識に基づいており、DAOの統治の質的向上を目指す理論的かつ実践的なフレームワークとして注目されています。
マキャベリDAOモデルとは何か?
Machiavelli for DAOsは、DAOにおける無関心な投票、権限の集中、提案の形骸化といった実務上の課題をふまえ、「貢献に基づく正当な統治」を実現する制度設計を提案しています。その中心に据えられているのが、二つの評議会によるガバナンス構造です。
このモデルでは、まず「ステークホルダー評議会」(Stakeholder Council)が設けられます。ここには、開発者やコントリビューターなど、プロトコルの実務運営に積極的に関与してきた参加者が加わります。評議会の構成は、提案の通過実績や開発貢献など、能力・実績主義に基づいて決定され、DAOの中核的な意思決定を担う役割を果たします。
これと並行して設置されるのが、「代議評議会」(Delegate Council)です。こちらはトークン保有者の投票によって選出される代表によって構成され、Stakeholder Councilの活動を独立した監視機関としてチェックする機能を持ちます。単なるトークン主義ではなく、民主的正統性と抑制・均衡の原則を制度的に織り込む点が特徴です。
この二重構造により、DAOは実務者による責任ある運営とコミュニティによる正当な監督を両立できる体制へと進化することが期待されています。
制度的工夫:正当性・責任・分配のバランス
Machiavelli DAOモデルは、意思決定の実効性と正当性のバランスを確保するために、いくつかの制度的工夫を盛り込んでいます。
まず、ステークホルダーには活動量や成果に応じた報酬制度が設けられ、継続的な貢献を促すインセンティブが与えられます。あわせて、評議員に一定量のトークンをステーク(担保)させることにより、ガバナンスに対する責任と利害関係を明確にリンクさせています。一方で、報酬上限を設けることにより、評議員が過度に自己利益を追求することを防ぎ、よりバランスのとれた意思決定を促すことを目的としています。
また、任期制の導入や評議員の入れ替え可能性を確保することで、権限の固定化を防ぎ、ガバナンスの流動性と活性化を図っています。そして重要なのが、ステークホルダー評議会と代議評議会の双方に拒否権や承認権を付与し、相互に牽制し合う仕組みを整備している点です。これにより、DAO内の権力構造にchecks and balancesを組み込み、透明性と健全性を高めています。
このように、Machiavelli DAOは、単なる形式的ガバナンスに陥ることなく、責任ある統治と持続的な貢献を両立させる実効性のある制度設計を志向しています。
BORGモデル:ガバナンス・ロジックを法構造に組み込む
内側からの設計強化を図るマキャベリ型設計に対し、DAOと現実世界の結びつきを外から補強するのが、Delphi Labsが提唱するBORGモデルです。サイボーグの比喩のとおり、BORGは法人のガバナンス文書とスマートコントラクトを連動させ、DAOの意思決定を法的執行に直結させる制度的インフラと位置付けられています。
参照: Delphi Labs “Assimilating the BORG: A New Framework for CryptoLaw Entities“ https://delphilabs.medium.com/assimilating-the-borg-a-new-cryptolegal-framework-for-dao-adjacent-entities-569e54a43f83
BORGの類型:2つの応用モデル
Delphi Labsは、BORGモデルを2つの類型に整理しています。
ひとつは、「Tech-Augmented Company」(テック・オーグメンテッド企業)と呼ばれるモデルです。これは、プログラム可能な株式やスマートコントラクトを用いて、配当・清算・ガバナンスのロジックを自動化する法人で、DAOに限らず一般企業にも応用できる制度的構想です。既存の株式会社を進化させる方向性に近く、Web3時代の新しい法人像を描く試みといえます。
もう一つは、DAOとの関係がより密接な「DAO-Adjacent Entities」(DAO隣接エンティティ)です。このモデルでは、DAOがオンチェーン上で意思決定を行い、その実行部分をBORGがDAOに隣接する外部の法人格として担うという、明確な役割分担が設計の中核にあります。たとえば、DAOの投票によって決定された支出や取引をBORGがマルチシグで送金したり、投票結果に基づいて契約をBORGの法人名義で結びます。また、緊急停止機能やセーフガードを備えたガバナンス機構の実装や、税務報告やコンプライアンス対応など、DAOだけでは処理しきれない実務もBORGが引き受けることが想定されています。
BORGの本質:DAOの意思決定を「現実に届かせる」制度的仕組み
従来からのリーガル・ラッパーとBORGは、DAOによる資産保有や契約締結の課題を克服するとともに、トークン保有者個人が不必要な法的リスクを負わないようにする点で共通しています。もっとも、リーガル・ラッパー はDAOそのものに法人格を付与したり、DAOを代理する外部法人を設立する仕組みであるのに対し、BORGはDAOの外側に位置しつつ、DAOのオンチェーン意思決定と技術的に連動して現実社会での執行を担う点に特徴があります。
BORGの真価は、「DAO」という概念が拡散して定義が曖昧になりつつある中で、スマートコントラクトやブロックチェーンを活用した多様な活動を法的に支える「柔軟な橋渡し役」として機能できることにあります。DAOよりも中央集権的で裁量性が強く、透明性が相対的に低くなる場合でも、DAOの投票をオラクルのように利用することで一定のチェック機能を保持することが可能となります。
さらにBORGは、DAO全体を「DAO法」や「特定のDAO法人形態」に縛り付ける必要がなく、特定の法域の制度改正を待つことなく導入しうる点も利点とされています。すなわち、BORGはDAOの法的リスクを緩和しつつ、Web3.0を現実に接続するための実務的な制度基盤を提供するものとして期待されています。
これにて本シリーズは完結となります。
今後も引き続き、制度的整合性と分散型技術のあり方をめぐる議論の深化に注目していきたいと思います。
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