ブログ
【速報】【米国】【特許】 USPTOが改正発明者認定ガイダンスを公表
2025.12.02
背景
2025年11月28日付で、米国特許商標庁(USPTO)は、2024年2月に公表したAI支援発明の発明者認定ガイダンスを撤回し、改訂版ガイダンスを公表した。旧ガイダンスは、AI利用発明をその他の発明と区別し、CAFC判例に基づく共同発明者認定の基準(Pannu CAFC判決に基づく三要素[1])を援用して、自然人が「重要な貢献(significant contribution)」をしたかどうかを判断する枠組みを導入した。改訂ガイダンスは、AIは発明行為における「道具」に過ぎないと位置づけ、AI利用発明を特別扱いせず、共同発明者認定基準を適用しない方針に転換した。改定ガイダンスの発明者認定は、従来のCAFC判例に基づく「着想(Conception)」[2]への貢献の有無のみで発明者を認定する基準へと回帰した。
この方針転換の表向きの理由は、AIを共同発明者と同列に扱うことによる混乱や、貢献度の判定基準が不明確であることの解消とされている。[3]しかし、背景には政権交代に伴う特許庁長官の変更があり、プロパテント(特許重視)への強力な舵切りが行われた影響が大きいと考えられる。
[1] Pannu v. Iolab Corp., 155 F.3d 1344 (Fed. Cir. 1998).
[2] Burroughs Wellcome Co. v. Barr Labs., Inc., 40 F.3d 1223 (Fed. Cir. 1994).
[3] USPTO Director Squires Clarifies Human Inventors Can Use AI Like Any Other Tool, but Under Federal Circuit Case Law, AI Can’t Be Named as Inventor, IP Fray (Nov. 28, 2025), https://ipfray.com/uspto-director-squires-clarifies-human-inventors-can-use-ai-like-any-other-tool-but-under-federal-circuit-case-law-ai-cant-be-named-as-inventor/.
改訂ガイダンスの発明者認定基準
改訂ガイダンスは、Thaler v. Vidal CAFC判決[4]で確認された自然人のみが発明者として記載できる自然人発明者要件(Human Inventorship)を維持しつつ、その認定基準は劇的に緩和した。新基準では、自然人がクレームされた発明の着想を完成させた場合、そのAI利用の程度にかかわらず発明者として認定されることになる。2024年ガイダンスで要求された「重要な貢献」基準は撤廃されたので、AIを使って構成要素を特定し、着想を完成させた自然人は、AIの関与度に関係なく発明者と認定されることになった。
[4] Thaler v. Vidal, 43 F.4th 1207, 1212 (Fed. Cir. 2022).
権利取得・行使への影響
新しい基準では、AI利用の有無にかかわらず、クレームに係る発明の着想を完成させた自然人が発明者となる。事実上、現在の技術レベル(完全自律型AIが一般化していない状況)においては、人間が何らかの形で関与している限り、自然人発明者要件を満たすことになる。出願に発明完成に関与した自然人を記載しておけば、発明者適格違反で拒絶・無効となるリスクは極めて低くなった。
更に、実務上の大きなメリットとして、2024年ガイダンスで課されていたAI利用確認義務やDuty of Candorの強化は撤廃され、出願前の出願人の負担が軽減された。ただし、ガイダンスはUSPTO審査官の運用指針であり、将来、特許権が行使された際、裁判所(CAFC)がこの緩やかな基準を支持するかは未知数である。したがって、将来の訴訟リスクに備え、発明過程におけるAI利用の記録(プロンプトや出力結果など)は、引き続き保存しておくことが得策であろう。
コメント
今回の改正は、平たく言えば「CAFC判例に基づく自然人発明者要件は建前として残すが、USPTOはいちいち審査しない」という方向転換である。そもそも、米国先発明法(AIA)改正後、USPTOが発明者適格を実質的に審査できるのは冒認(Derivation)手続に限られている。通常の審査において、審査官が出願人のAI利用の実態を証拠収集することは不可能であり、実行不可能な審査を出願人と庁に強いていた旧ガイダンスを見直し、制度設計上の合理性を取り戻したと考えることができる。
一方で、自然人の貢献が軽微で、発明の核心である技術的課題の解決をAIが特定した場合でも、自然人による発明として特許を付与することの妥当性という根本的問題は残る。ただ、米国では構成要素の一部に貢献すれば共同発明者となり得るため、「AIを高度な道具として使い、構成要素を特定した人間を発明者とする」という理屈は、比較的受け入れられやすい土壌がある。一方、発明を技術思想としてとらえる日本では、発明の核心に貢献しない自然人を発明者とすることには抵抗を感じる特許関係者も多いかもしれない。
現段階では、人間がAIを管理・操作している以上、利用者を発明者としても大きな問題は生じないように思われる。将来的に「人間の関与・認識なしに」発明を完成させる完全自律型AIが登場した際には、AI利用発明とAI発明の区別やAI発明の保護の可否について再検討することが必要になろう。それまでは、AI利用発明を差別せず、イノベーションを促進する今回の改正ガイダンスの方向性は、実務的に歓迎すべきものと言えそうである。
Member
PROFILE
