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【知的財産ランドスケープ】半導体材料 マスクブランクス(後編)
2026.01.14
前回のまとめ
前編(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2025/17717.html)では、マスクブランクスに関連する特許について、国別に分析を進めました。今回の後編では、プレイヤーの観点から分析を進めます。
プレイヤー
以下は特許ファミリー件数の多いオーナー上位20を示したものです。
プレイヤー別特許ファミリー件数/特許スコア

トップ2の企業はいずれも日本企業であり、3位以下を見ても、多数の日本企業がランクインしています。一方、日本企業以外では韓国企業の存在感が比較的強く、そのほか、国別ランキングで上位に位置する米国、中国、台湾の企業も顔をそろえています。全体として、日本企業が厚い層を形成している点が特徴的です。
企業の業種に注目すると、材料系の企業が中心となっていますが、半導体製造装置メーカーも一定数含まれています。これは、これらの企業が単に製造装置そのものだけでなく、当該製造装置を用いたマスクブランクスの製造方法についても積極的に権利化していることが一因と考えられます。装置とプロセスの両面から特許ポートフォリオを構築している点がうかがえます。
一方で、大学などの研究機関や政府系機関による出願は非常に少ない状況です。下図は、これらの機関に限定して特許ファミリー件数の多いオーナーを示したものですが、多い場合でも1機関あたり2件程度にとどまっています。
プレイヤー(研究機関及び政府系機関に限る)別特許ファミリー件数

これは、マスクブランクスという技術分野の特異性が一因と考えられます。近年研究開発が進められているEUVマスクブランクスの分野では、EUV露光装置の製造・開発が可能な企業が極めて限られており、マスクブランクスの研究開発の方向性も、当該露光装置メーカーの仕様や要求に強く依存する傾向があります。また、マスクブランクス分野では、歩留まりや欠陥密度、精度といった、実用化・量産適用に直結する課題に研究開発の重心が置かれており、基礎研究を主とする大学等の研究機関や政府系機関が、特許出願の観点でメインプレイヤーになりにくい技術分野であると考えられます。
次に、特許ファミリー件数が上位の日本の3プレイヤーについて詳しく見ていきます。
・HOYA
HOYAは全217ファミリーの特許を出願しており、その中でも特許スコアが高いものとしては、EUV露光で使用される反射型マスクのマスクブランクスに関する出願が挙げられます。これらの出願には、マスクブランクスの基板に特徴を有するものも含まれており(例:US10921705B2)、ガラスメーカーとしての技術的蓄積を背景に、マスクブランクスの基板を起点とした研究開発を進めていることがうかがえます。一方で、特許スコアの高い出願全体を見ると、基板そのものに着目した出願件数よりも、マスクブランクス全体の構成や特性に関する出願件数の方が多く、HOYAの研究開発戦略は、基板技術に強みを持ちつつも、それにとどまらず、マスクブランクス全体の技術領域において主導的なポジションを確立しようとする意図に基づくものと考えられます。
特許スコアの高い特許ファミリー(HOYA)

・信越化学
信越化学は全121ファミリーの特許を出願しており、その中でも特許スコアが高いものとしては、レジスト技術に関連する出願が挙げられます。既報のとおり、信越化学はフォトレジスト分野に強みを有する企業であり、特許戦略においてもフォトレジストを中核技術として位置付けつつ、フォトレジストの適用対象であるマスクブランクスにまで権利範囲が及ぶよう構成されていることが分かります。具体的には、マスクブランクス単独を対象とした出願は特許スコアの高い出願群の中には確認されない一方で、フォトレジスト技術を基軸とし、その適用先としてマスクブランクスを含む構成の出願(US12429772B2、US10416558B2、US10295477B2)が複数見られます。これらの点から、信越化学は自社のコア技術であるフォトレジストを起点として、周辺領域へと権利範囲を拡張する戦略を採用していると評価できます。
特許スコアの高い特許ファミリー(信越化学)

・AGC
AGCは全61ファミリー(旧商号「ASAHI GLASS」名義の出願を含めると、86ファミリー)の特許を出願しており、特許スコアが高いものはいずれも、EUVリソグラフィに使用される反射型マスクのマスクブランクスに関するものです。AGCは、ガラス原料の製造から、マスクブランクスの基板に用いられる超低熱膨張ガラスなどの高品質ガラスの製造までを自社で手がけることが可能なメーカーであり、材料段階から基板、さらにマスクブランクス用途までを見据えた一貫した技術基盤を有している点に強みがあると考えられます。
特許スコアの高い特許ファミリー(AGC)

まとめ
マスクブランクスに関連する特許出願の動向を見ると、日本企業が世界的に重要な位置を占めていることがうかがえます。特にEUV露光で使用される反射型マスクブランクスの分野では、日本企業による出願が多く、グローバルな半導体製造を支える基盤技術として、日本が一定の技術的存在感を示していると評価できます。一方で、マスクブランクスに関する特許出願は主として民間企業によるものが中心であり、大学や政府系研究機関からの出願は限定的です。この点は、マスクブランクスが装置仕様や量産プロセスとの密接な関係を前提とする実用志向の強い技術分野であることを反映していると考えられます。
現在日本企業が技術的優位性を有するマスクブランクス分野においても、海外企業や他国における研究開発は着実に進められています。また、今後、半導体回路のさらなる微細化が進展する中で、EUVリソグラフィの重要性は一層高まると見込まれており、これに伴い、EUV露光で使用される反射型マスクブランクスに対しても、より高い精度、低欠陥化、および安定した品質が求められるようになります。こうした世界の研究開発状況や技術動向を踏まえると、日本が現在の技術的優位性を将来にわたって維持するためには、継続的な研究開発投資と産業基盤の強化が不可欠であるといえます。
半導体は国際情勢や政策判断の影響を強く受ける戦略的産業であり、その中核を支えるマスクブランクス技術の重要性は、今後さらに高まると考えられます。日本が強みを有する材料・部材分野の一つとして、EUV時代の要請に応える形でマスクブランクス技術を着実に高度化していくことは、将来の半導体製造体制の安定確保という観点からも、引き続き重要な課題であるといえるでしょう。

