対談・座談・インタビュー
特許紛争の現在(1)
2020.10.01
特許に関する業務を幅広く取り扱うTMIの弁護士、弁理士によるリレー対談。我が国を中心とする世界の特許紛争の変容や近時のトピックスなどについて、実際に案件を担当している専門家を中心に議論します。
はじめに
根本弁護士
初回の今回は、岡田弁護士、松山弁護士、友村弁護士と私、根本で議論していきます。よろしくお願いいたします。
まずは最近留学から戻った友村弁護士から伺います。留学前と帰国後での特許紛争案件の印象の変化など、如何ですか?
友村弁護士
米国での留学と米欧中の法律・特許事務所での実務研修を経て、2019年に事務所に復帰しました。復帰後も引き続き特許案件を中心に取り扱っています。
帰国してから現在まで特許実務に携わってきた感想としては、数年前に比べ、より高い専門性や業界知識が必要となる事案が増えたように思われます。例えば、AI、IoT、ブロックチェーン関連発明の案件や標準必須特許を巡る案件、また、特許法と独禁法との交錯について正面から問われるような案件もありました。
根本弁護士
たしかに、TMIは、Tech系の技術分野に精通し、またスタートアップ支援を得意とする弁護士・弁理士が数多く在籍していることや、新しいビジネスや技術に対するチャレンジを積極的に後押しする文化があることもあって、そのような技術分野の案件を受任する機会が増えていますね。
AIを巡る特許
松山弁護士
実際、国内全体の特許出願件数は減少している中で、AI関連発明の国内出願件数は年々右肩上がりで増加しているようですね。
2020年7月に特許庁が取り纏めた調査結果によると、2018年におけるAI関連発明の国内出願件数は4,728件、うち深層学習に言及するものは2,474件とのことでした 。いわゆる学習済みモデルについても日本では権利化が認められるなど、特許査定率も年々上昇していて、近年は 80%前後で堅調に推移しています。
ただ、「権利行使がしやすいクレーム」は、必ずしも多くない印象です。例えば、入力と出力のみをクレームすれば侵害の立証が容易になりますが、被告製品のプログラムのアルゴリズムに立ち入らないと充足性の立証ができないようなアルゴリズム自体に関するクレームは、特許にはなるものの、権利行使するにはハードルが高いと思います。
岡田弁護士
技術分野を問わず近年の特許査定率は高い傾向にありますが、それでも80%前後というのは高いですね。また、確かにAIに関する特許を巡る「紛争」となると、まだほとんどない状況かと思います。紛争を事前に回避するために行われるFTO(Freedom to Operate)調査のご依頼も、感覚的にはまだあまり多くはないように思われます。
根本弁護士
そうですね。この分野はスタートアップも多いですが、他社の知財侵害の問題は上場のスケジュールを大幅に狂わせることにもなりかねませんし、競合に対する権利行使も躊躇しない傾向がありますので、早い段階からFTOを進めることは重要なのですが、AI関連のビジネスを展開されているベンチャー企業の間では、この点についてのリスクにまだそこまでフォーカスされていないのかもしれません。
ただ、実際に個々の特許発明のクレームを見てみると、立証まで考えたときにこれで紛争を戦い抜くのは大変そうだ、と思われるものも確かに散見されますね。ちなみに弁理士の方々と一緒に開催しているAI関連発明の出願戦略と訴訟戦略に関するセミナーは毎回とても盛況ですので実務界の関心自体は高いように感じています。
友村弁護士
立証という点では、令和元年の特許法改正で査証制度が新設されましたね。法改正の際にはソフトウェア関連発明の立証の容易化ということも言われていたと思いますが、AI関連発明に関して査証制度は有用な手法になりますでしょうか。
松山弁護士
査証制度の施行は2020年10月からなので、まだ実際に利用された実績はなく、未知の点も多いですが、活用の仕方次第では、対象となるサーバーを確認したり、ソースコードや設計書を取得したりするなど、AI関連発明に関しても有用な手段にはなり得ると思います。
現状は、AI関連発明の訴訟自体が極めて少ないですが、侵害立証の困難さもその一因にあるように思うので、査証制度を活用すれば権利行使可能になるようなクレーム作成を目指していくということも考えられるかと思います。
差止請求の制約の可否
根本弁護士
先ほどIoTという話も出ましたが、この分野では差止請求の制約の可否等について議論されているようですね。
岡田弁護士
IoT関連技術は、これまでこのような技術が全く使われていなかった製品・サービスにまで使われるようになり、それに伴って、これまで特許紛争には縁がなかった業界が、特許権者からの権利主張を受け、特許紛争に巻き込まれる、という例が出始めています。そのような業界の1つが自動車業界で、近年、コネクテッドカーとか自動運転が話題になっていますが、それらに関連する新しい製品・サービスのために新しい技術を搭載したことで特許権者から権利主張を受け、日本を含む世界で特許訴訟にもなっている例もあります。
このような現状を踏まえ、従来の特許法の枠組みにしたがって差止請求を認めてもよいのか、という議論がされています。
松山弁護士
特許法の改正を審議する、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会において、「AI・IoT 技術の時代にふさわしい特許制度の在り方」について議論をしており、その一環で差止請求権についても議論がされています。私も、同委員会の委員としてかかる議論に参加させて頂いています。
差止請求権については、米国では、損害賠償による救済が不十分な場合に衡平の原則に基づき補完的に認められる権利として位置づけられていますが、日本ではドイツと同様に、特許権の根幹的な権利救済手段と考えられているので、侵害と判断されれば、差止めも当然に認められるということ
になっています。ただ、近時は、例えば、一つの電子デバイス製品に膨大な数の特許発明が関連するような場合、製品全体への特許発明の貢献度が極めて小さいにも関わらず、差止めまで認めてよいのか、特に、標準必須特許は社会インフラなどを提供する事業に用いられていることも多く、差止めを回避すべき場面も多くあると思うところ、現行法の下での権利濫用の議論で対応できるのか、法改正での対応が必要かという議論がなされています。
標準必須特許
根本弁護士
岡田弁護士は標準必須特許に関する案件を数多く扱われていますが、標準必須特許に関する最近の実務の動向についてはいかがでしょうか。
岡田弁護士
先ほどのIoTの話で挙げました自動車業界の案件もそうですが、標準必須特許に関する特許紛争の数は、世界的に大きく増加しているという印象です。
標準必須特許に基づく権利行使は、国際的な議論になってきています。最近、英国では、概要、英国裁判所が英国のみならず世界全体の特許ポートフォリオに関するライセンス条項を決定し、これを受諾するか差止請求権を甘受するかの選択を被告側にせまる、という方法を認めた最高裁判決が出され話題になっています。また,ドイツや中国でも、次々と標準必須特許に基づく差止請求や損害賠償に関する裁判例が出されて、世界的な議論がなされているところです。
議論の中身は、差止請求をどのような場合に認めるべきか、適正な実施料をどう算定するか、権利者は誰と交渉すべきなのか、各国の特許ポートフォリオがあることをどのように解決するか、など多岐にわたります。
日本での標準必須特許に関する訴訟でも、これらの海外の裁判所の判断や世界での議論を踏まえて、日本での主張・立証や戦略を考えていく必要があり、非常にダイナミックな動きのある分野だと感じています。
根本弁護士
必須性・充足性、有効性についての特殊性はありますか?
岡田弁護士
基本的に、被告側がその標準に沿った製品を使用していること自体には争いはないことが多いので、特許権者としては、まずそのことを指摘して、充足性を主張することになると思います。ただ、いわゆる標準必須特許の中に入っていても、(その特許がその規格にとって必須であるという)必須性の判定や、特許の有効性の判定が事前に精緻にされていないこともあるので、標準に沿った製品を使用していることで直ちに侵害が認められる、ということにはならないと思います。したがって、訴訟では、多少の特殊性はありつつも、他の特許訴訟と同様に、充足性や有効性の議論は同じくされるという理解です。
(第2回につづく)