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【宇宙ブログ】宇宙裁判所(Space Court)の創設について
2021.03.17
2021年2月1日、アラブ首長国連邦(UAE)は、宇宙領域における商業紛争を解決するための、「宇宙裁判所」(Space Court)の創設を公表しました。近年、宇宙空間の商業利用がグローバルに展開している中で、私企業間の宇宙紛争を取り扱う宇宙裁判所を世界で初めて創設するというものであり、世界的な注目を集めています。今回は、この「宇宙裁判所」の創設について、お話させていただこうと思います。
宇宙裁判所の概要
今回創設された「宇宙裁判所」は、2004年に設立されたドバイ国際金融センター(DIFC)内に設立されることとなります。これまで、私企業の宇宙領域に係る紛争解決に特化した裁判所は存在しなかったこともあり、今回の「宇宙裁判所」の創設は、その初めての試みということとなります。
「宇宙裁判所」についての概要は、未だその多くが明らかにはされておりません。しかし、公表されているところによれば、同裁判所は、宇宙関連紛争処理に係るガイドラインの策定や、宇宙関連紛争を専門とする裁判官の養成などにも取り組むことが予定されているようです。
この「宇宙裁判所」の創設により、各国の私企業は、その契約締結時に合意しておくことにより、宇宙領域に係る商事紛争が生じた場合の解決手段として「宇宙裁判所」による紛争解決という選択肢を採ることが可能となります。
UAEにおける宇宙分野におけるプレゼンス
UAEは、近年、豊富なオイルマネーを背景にして、米国や日本と提携しつつ宇宙分野に多額の投資を行っており、宇宙領域での存在感を高めています。
同国の「宇宙開発計画」の中では、2024年までの月面着陸や約100年後の火星移住など、大胆な目標が次々と打ち出されており、科学技術立国を目指す姿勢を示しています。現に、同国は、2019年には初めて宇宙飛行士を宇宙に送りこむことに成功し、2020年には日本の三菱重工業製のH2Aロケット42号機に積載される形で、Hopeという火星探査機(probe)を火星に向けて打ち上げ、2021年2月10日未明に火星を回る軌道に到達させたことが大きなニュースとなりました。Hopeの計画は、構想からわずか6年での実現とされており、同国の技術的発展が目まぐるしいことは明らかです。
一方で、法整備面でも中東圏をリードしており、2020年には中東で初めて宇宙法を制定し、国内の宇宙商業利用に関する責任の所在について明確にしています。今後も、宇宙投資と並行して、法整備が進んでいくことが想定されています。
宇宙裁判所創設の意義
宇宙以外の領域において、業界専門の裁判所(仲裁)としてもっとも歴史が長いのは、海事仲裁です。海事領域も、宇宙領域と同様に、専門性が高く、1案件あたりの投資金額も莫大で、また事故等が生じた場合にトラブルを必然的に招来する点で類似する点があります。
この海事領域においては、英国の商事仲裁に案件の大半が集中している状況にあります。この背景には、英国を中心に業界が発展してきたため同国に伝統的権威があること、案件が集まることから専門家の質・量が優れていること、同国が英語を母国語とすること、地理的にも多くの海運国からのアクセスがよかったこと等が考えられます。
こうした面を踏まえると、UAEはやや不利な状況にあるといえます。宇宙領域の発展は欧米を中心としてきたところがあり、UAEは宇宙開発分野においてこれを追いかける立場にすぎませんし、同国は英語を母国語とする国でもありません。地理的にも、宇宙先進国であるアメリカから遠く、決して立地も恵まれていません。こうした中でUAEが「宇宙裁判所」を創設したとしても、その利用が期待できるかといわれると疑問な点は残ります。
また、現状では私企業間での宇宙領域に係る紛争事案は当事者間または外交ルートで秘密裏に解決されるのが常であり、裁判所に持ち込むことは証拠の管理の点などからも極めて稀な状況であり、「宇宙裁判所」を利用する機会はほとんどないのが現状です。いくら投資を行って裁判官を育成したとしても、その実務経験の乏しさは否定できないところであり、「宇宙裁判所」が世界各国の信頼のおける裁判所に育つかは怪しい点があります。
その一方で、この「宇宙裁判所」の創設自体により、UAEの宇宙領域における存在感がより高まることで、(海事におけるロンドンのように)宇宙分野の中心地となる可能性もないとは言えません。宇宙の商業利用に関する紛争解決については、UAEが一歩リードしたとも言えます。また、「宇宙裁判所」はドバイ国際金融センターという、既存の仲裁センター内に設置されることから、同センターでの紛争解決ノウハウを活かすことが出来る点も長所になり得ます。Web会議システムの発達により、地理的デメリットの克服も可能となるかもしれません。
いずれにせよ、アラブ首長国連邦の「宇宙裁判所」創立の試み自体は挑戦的で、注目に値すべきものであり、今後もその動向を注視していきたいと思っております。