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【相続ブログ】財産管理制度(1)所有者不明土地・建物管理制度(改正民法264条の2~264条の8)
2022.11.17
はじめに
令和3年4月21日に、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。
これらの法律は、所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の観点から総合的に民事法制を見直すことを目的としたものですが、令和5年4月1日から順次施行される予定であり、実務上も大きな影響を持つと考えられます。
相続プラクティスグループでは、これらの法律を「相隣関係・共有制度」「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」「財産管理制度」の3つに大別して、ブログとしてそれぞれの内容の記事を連載いたします。
この記事は、「財産管理制度」の第1回目となります。
順次アップ予定ですので、どうぞご期待ください。
所有者不明土地・建物管理制度(改正民法第264条の2~第264条の8)【施行日:令和5年4月1日】
【改正のポイント】 ① 現行の財産管理制度においては、人ごとに、その対象者の財産全般を管理する「人単位」の仕組みとなっていましたが、特定の土地・建物のみを対象とし、効率的かつ適切な管理を可能とする新たな財産管理制度ができました。 |
現行法の下でも、土地や建物の所有者が行方不明の場合には不在者財産管理人を、所有者が死亡して相続人のあることが明らかでない場合には相続財産管理人を、法人が解散したが清算人となる者がない場合には裁判所が選定する清算人をそれぞれ選任して、これらの土地・建物に関する管理を行うことが可能です(民法第25条第1項、第952条第1項、会社法第478条第2項)。しかし、これらの現行の財産管理制度は、対象者の財産全般を管理する「人単位」の仕組みとなっており、土地・建物以外の財産についても調査を尽くし、管理を行うことが必要になるなど、財産管理が非効率になりがちで、予納金も高額になる傾向にあることから、申立人等の利用者にとっては負担が大きいものとなっています。また、所有者を全く特定できない土地・建物については現行の財産管理制度を利用できないため、こうした土地・建物が何ら管理されることなく放置されてしまう場合には対処できないなど、現行の財産管理制度には問題点が指摘されてきました。
こうした問題点を解消するため、今般の改正では、所有者が分からない土地や建物(以下「所有者不明土地・建物」といいます。)の取扱いに関するルールの整備が進められ、改正前民法では対処できなかった所有者不明土地・建物の管理が、一定の要件の下でできるようになりました。すなわち、改正法の下では、所有者不明土地・建物に関して、特定の不動産についてのみ、裁判所による管理命令を発令することができ(改正民法第264条の2第1項、第264条の8第1項)、これが発令された場合に、その不動産の管理を、裁判所により選任された所有者不明土地・建物管理人(以下「管理人」といいます。)において行うことができるようになりました(改正民法第264条の3第1項、第264条の8第5項)。これにより「不動産単位」での管理が実現し、また、所有者が分からない不動産についても効率的かつ適切な管理が可能となるなど、制度が改善されました。
以下では、所有者不明土地・建物に関する新制度について、具体的に見てみたいと思います。
Q1
Aさんは、空き家となっている隣家が自宅に向かって倒壊しそうなため、その管理を誰かにしてもらいたいと考えました。
しかし、その隣家の家主は随分前に亡くなっており、ご子息やご兄弟、姉妹もいないようです。
民法が改正され、所有者が分からない土地や建物の管理に関する新しい制度が定められたと聞いたのですが、どのような場合にこの制度を利用することができますか。
A:
(1) 所有者不明土地・建物とは?
「所有者不明土地・建物」とは、不動産登記簿により所有者が直ちに判明しない、又は所有者が判明しても、その所在が不明で連絡がつかない土地・建物をいいます。
(2) 所有者不明土地・建物の発生原因とは?
所有者不明土地・建物の主要な発生原因として考えられているのは、所有権の登記名義人の住所変更があったにもかかわらず、住所変更に係る登記手続がなされていない場合や、登記名義人が死亡して相続が発生しているが、登記上は従前の登記名義人のままで放置されている場合や、昨今の異常気象や地震といった天災や事故等によって、所有者の所在等が不明となってしまった場合等が想定されます。少子高齢化がかなりの速度で進んでいるといわれている我が国において、所有者不明土地・建物の数は、今後更に増加していくものと考えられます。
(3) 管理命令の請求に必要な準備とは?
それでは、所有者不明土地・建物に関して、どのような場合に管理命令を直ちに請求できるのでしょうか。今回の改正法では、所有者不明土地・建物の管理命令の発令に際して、2つの主たる要件が定められています(なお、手続的な要件に関していえば、予納金の納付等が必要になりますが、これは後ほど(4)で解説します。)。
①必要な調査を尽くしても「所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」場合(改正民法第264条の2第1項)
②管理状況等に照らし管理人による管理の「必要がある」場合(改正民法第264条の2第1項)
上記の①を(ア)で、②を(イ)で詳しく見ていきます。
(ア)必要な調査を尽くしても「所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」場合
1つ目に、対象とされる「所有者不明土地・建物」について必要な調査を尽くしても「所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」場合にあたることが必要です。例えば、以下のようなケースがこれに該当すると判断されることになります。
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もっとも、以上のケースはあくまでも例示であり、これ以外にも、必要な調査を尽くしても「所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」場合に該当する方法は存在すると考えられます。いかなるケースが上記の要件に該当するかについては今後の裁判例の蓄積を待つ必要がありますが、裁判所は個別の事案に応じて調査が尽くされたか否かを判断することになりますので、できる限りの対応をすることで、上記の要件に該当する可能性が高まると考えられます。そのため、登記簿等の書類を確認するだけでなく「現地調査」まで行うことには、調査を尽くしたことを明らかにする上で、相応の意義があると考えられます。また、弁護士に対応を依頼した場合であって、弁護士法第23条の2に基づく照会(いわゆる「23条照会」)をしたにもかかわらず、戸籍謄本等の書面を取得することすらできなかった場合については、そのことを手続上で証明すれば、調査を尽くしたと評価される可能性も高いと考えられます。
(イ)管理状況等に照らし管理人による管理の「必要がある」場合
2つ目に、対象とされる「所有者不明土地・建物」について管理状況等に照らし管理人による管理の「必要がある」場合にあたることが必要です。例えば、以下のようなケースがこれに該当すると判断されることになります。
①ある土地・建物を公共事業における用地として将来使用する予定がある場合 ②ある土地・建物を誰も管理していない場合 |
逆に、所有者不明土地・建物であったとしても、裁判所によって選任された不在者財産管理人や相続財産管理人等が管理している場合は、管理人による管理の「必要がある」場合にはあたりません。
Aさん:「では、具体的に所有者不明土地・建物管理命令の手続はどのように進行するのでしょうか。また、管理人にはどのような権限があって、どのような内容の管理をしてくれるのでしょうか。」 |
(4) 所有者不明土地・建物管理制度に関する手続の流れ
所有者不明土地・建物管理制度に関する手続は、概要以下のとおり進行します。
① 請求・証拠提出
② 異議届出期間の公告
③ 管理命令の発令・管理人の選任
④ 管理人による管理
⑤ 職務の終了(管理命令の取消)
では、それぞれの手続の内容を詳しく見てみましょう。
① 請求・証拠提出
所有者不明土地・建物管理命令の裁判に関する事件は非訟事件であり、その管轄裁判所は、土地・建物の所在地を管轄する地方裁判所です(改正非訟事件手続法(以下「改正非訟法」といいます。なお、改正前後において条文内容に変更のない場合は、単に「非訟法」と称します。)第90条第1項(施行日:令和5年4月1日))。
この命令の請求は、利害関係人が行うことができます。どのような人が利害関係人にあたるのかについては、Q1-2で詳述します。
請求にあたっては、管理費用及び管理人に対する報酬の確保のため、請求人は予納金を納付する必要があります。この予納金は、予定されている管理の内容等を踏まえて個別事案ごとに裁判所において判断されます。新制度では、管理の対象が特定の土地・建物に限られることから、従来の不在者財産管理制度や相続財産管理制度を利用する場合と比べて、予納金は低額になると考えられています。なお、この予納金を納付できない場合には、他の要件が備わっていたとしても、管理命令が発令されなくなってしまいますので、注意が必要です。
② 異議届出期間の公告
請求後、裁判所は、1か月以上の一定の期間、所有者不明土地・建物管理命令の請求がその対象となるべき土地にあったこと等について、公告を行います(改正非訟法第90条第2項)。この公告期間が経過してはじめて、裁判所は所有者不明土地・建物管理命令を発令することができます。
③ 管理命令の発令・管理人の選任
裁判所は、公告期間の経過後、その要件が認められると判断した場合には、所有者不明土地・建物管理命令を発令します。この命令は、請求人と裁判を受ける者である管理人に告知されます(非訟法第56条第1項)。また、命令の効力は、管理人への告知によって生じます(非訟法第56条第2項)。
そして、裁判所書記官による所有者不明土地・建物管理命令の登記の嘱託により、管理人の選任の事実が公示されることとなります(改正非訟法第90条第6項)。
管理人には、個別の事案に応じて、弁護士、司法書士、土地家屋調査士等が選任されます。管理人の権限については、(5)で詳述します。
④ 管理人による管理
管理命令が発令された後は、選任された管理人による管理が行われます。管理人による管理の内容について、詳しくは(5)で後述します。
⑤ 職務の終了(管理命令の取消)
管理命令の対象とされた土地等が処分された場合など、「管理すべき財産がなくなったときその他財産の管理を継続することが相当でなくなったとき」は、管理人若しくは利害関係人の申立てにより又は裁判所の職権で、所有者不明土地・建物管理命令は取り消されます(改正非訟法第90条第10項)。所有者不明土地・建物管理命令の登記は、裁判所書記官が登記の抹消を嘱託することにより、抹消されます(改正非訟法第90条第7項)。
また、管理命令の対象とされた土地等が売却等された場合には、管理人は、それによって生じた金銭を、土地の所有者等のために、その土地の所在地の供託所に供託することができます。この場合、供託がされた事実を所有者や第三者が認識できるようにするために、その旨を公告することが必要となります(改正非訟法第90条第8項)。
(5) 所有者不明土地・建物管理人の権限と義務
所有者不明土地・建物管理人は、弁護士、宅地建物取引業者、司法書士、土地家屋調査士等、個別の事案ごとに裁判所が適切な専門家を選任します。例えば、権利義務関係について法律的な知見を要する事例では弁護士が、土地・建物の形状や構造等に関して専門的な知見を要する事例では土地家屋調査士が選任されることが考えられます。
では、実際に所有者不明土地・建物管理人の権限と義務について詳しく見ていきましょう。
① 所有者不明土地・建物管理人の権限
所有者不明土地・建物を管理及び処分する権利は、所有者不明土地・建物管理人に専属することとされています(改正民法第264条の3第1項、第264条の8第5項)。
所有者不明土地・建物管理人の管理処分権の対象となる財産は、大きく分けて、①所有者不明土地・建物管理命令の対象である土地建物又はその共有持分、②所有者不明土地・建物管理命令の効力が及ぶ動産(例えば、土地・建物内に置かれた所有者又は共有持分権者の物品等)、③所有者不明土地・建物の管理、処分によって所有者不明土地・建物管理人が得た財産(賃貸収入、売却代金等)となります。
所有者不明土地・建物管理人は、所有者不明土地・建物の現状維持を目的とした手入れや修繕等の保存行為及び所有者不明土地・建物の性質を変えない範囲での賃貸等の利用行為や土地・建物の価値を高める改良行為について、裁判所の許可を得ずに行うことができます。
一方、土地・建物の譲渡等、上記の範囲を超える行為(処分行為)を行う場合には、裁判所の許可を得なければならないとされています(改正民法第264条の3第2項本文)。
② 所有者不明土地・建物管理人の義務
所有者不明土地・建物管理人は、所有者不明土地・建物の所有者や共有持分権の対象となる土地・建物については各共有持分権者に対して、善良な管理者の注意をもってその権限を行使すべき義務を負うものとされています(善管注意義務、改正民法第264条の5第1項)。したがって、所有者不明土地・建物の所有者や各共有持分権者の利益を害するような行為は行うことはできません。
なお、所有者不明土地・建物管理人は、改正民法の下で、所有者不明土地・建物の所有者や各共有持分権者以外の利害関係人(隣の土地や家屋の所有者等)に対しては上記の善管注意義務を負いませんが、利害関係人の利益を害するような管理を行った場合、不法行為に基づく損害賠償請求の対象になる可能性があります。
(6) 所有者不明土地・建物に対する管理命令の効力が及ぶ範囲
次に、所有者不明土地・建物に対する管理命令の効力が及ぶ範囲について、具体的な場面を想定して見ていきましょう。
① 所有者不明土地・建物上にある所有者又は共有持分権者以外の第三者の所有する物品や自動車等の動産にも管理命令の効力が及ぶか?
所有者不明土地・建物の所有者又は共有持分権者以外の第三者が所有する動産にまで管理命令の効力は及ばないと考えられています。
② 所有者不明建物の管理人は建物の取り壊しが可能か?
建物の取り壊しは、(5)で説明した「処分行為」に該当しますので、裁判所の許可を得た場合にこれを行うことが可能です。もっとも、所有者不明建物管理人の責務は、適切に所有者不明建物を管理することにあるため、基本的には、建物を取り壊すことは認められにくいと考えられます。そのため、事案に応じた判断にはなりますが、建物の取り壊しについて裁判所から許可を取得するには、建物の価値がほとんどなく管理コストが著しくかかる場合や、建物を存立することで倒壊の危険がある等、建物の存立を前提として適切な管理を継続することが困難な事情が要求されると考えられます。
(7) 土地・建物の双方が、所有者不明の場合
土地・建物の双方の所有者が不明であり、その両方を管理命令の対象としたい場合には、それぞれの要件を充足する限り、所有者不明土地管理命令・所有者不明建物管理命令を両方請求することができます。
もちろん、どちらか一方のみを管理命令の対象とすることで足りると考える場合(Q1のように、倒壊しそうな建物のみをどうにかしてほしいと考えているときなど)には、土地又は建物のどちらか一方を対象として管理命令を請求することができます。
Q1-2
Q1の場合に、Aさんが持家ではなく貸家に住んでいるとき(直接の所有者ではないとき)は、所有者不明建物に対する管理命令を請求することはできるのでしょうか。
A:
所有者不明土地・建物管理命令は、「利害関係人」のみが請求できます(改正民法第264条の2第1項、第264条の8第1項)。
「利害関係人」とは、所有者不明土地・建物の管理について利害関係を有する者をいいますが、一律に決まるものではなく、個別の事案に応じて、判断されることになります。
例えば、所有者不明土地・建物の不適切な管理により不利益を受ける隣地の所有者や、不動産の共有者の一部が不特定又は所在不明である場合の他の共有者が、「利害関係人」に当たります。
設例にあるような所有者不明建物の隣地に居住している貸家の賃借人も、所有者不明建物の倒壊のおそれがあるといったような管理不全により、平穏な生活が害され、不利益を受ける可能性がありますので、「利害関係人」として、所有者不明土地・建物管理命令の発令を請求することができると考えられます。
したがって、Aさんは所有者不明建物に対する管理命令を請求できると考えられます。
[参考]
・法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和4年10月版)」https://www.moj.go.jp/content/001377947.pdf
・村松秀樹=大谷太編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』(一般社団法人金融財政事情研究会、2022)
・参議院「第204回国会 参議院 法務委員会 第9号 令和3年4月20日」 https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/120415206X00920210420/106