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【相続ブログ】財産管理制度(2)管理不全土地・建物管理制度
2023.01.12
はじめに
令和3年4月21日に、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。
これらの法律は、所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の観点から総合的に民事法制を見直すことを目的としたものですが、令和5年4月1日から順次施行される予定であり、実務上も大きな影響を持つと考えられます。
相続プラクティスグループでは、これらの法律を「相隣関係・共有制度」「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」「財産管理制度」の3つに大別して、ブログとしてそれぞれの内容の記事を連載いたします。
この記事は、「財産管理制度」の第2回目となります。
「相隣関係・共有制度」「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」についても順次アップ予定ですので、どうぞご期待ください。
管理不全土地・建物管理制度(改正民法第264条の9~第264条の14)【施行日:令和5年4月1日】
【改正のポイント】 管理不全土地・建物について、裁判所が、利害関係人の請求により、管理人による管理を命じることを可能とする制度を創設することにより、管理不全土地・建物の実情に応じた適切かつ継続的な管理を行うことが可能になりました。 |
現行法の下でも、荒廃・老朽化等によって、周囲に危険を生じさせる管理不全土地・建物について、近隣の土地所有者等は、管理不全土地・建物の所有者に対して、所有権に基づいて、自己の所有する土地上から管理不全建物の一部又は全部を撤去するように請求したり(妨害排除請求)、あるいは土地等を妨害する状態が起こる前に予防することを請求したり(妨害予防請求)、不法行為に基づく損害賠償を請求したりすることが可能です。この場合、訴訟を提起して、その判決を得て、強制執行をすることにより解決が図られることになります。
しかし、現行法の制度では、土地・建物の実情に応じた適切かつ継続的な管理が困難であり、また事前に是正措置の内容を確定する必要があるなど、管理不全土地・建物について、対応が硬直化してしまうという問題点が指摘されてきました。
こうした問題点を解消するため、今回の改正では、管理不全土地・建物の取扱いに関するルールの整備が進められ、改正前民法では対処できなかった管理不全土地・建物の管理が、一定の要件の下でできるようになりました。
改正法の下では、管理不全土地・建物に関して、裁判所が、利害関係人の請求により、管理命令を発令することができ、これが発令された場合には、その不動産の管理を、裁判所により選任された管理不全土地・建物管理人(以下「管理人」といいます。)において行うことができるようになりました。
これにより、管理人を通じて、管理不全土地・建物の実情に応じた適切かつ継続的な管理を行うことが可能になるなど、制度が改善されました。
以下では、管理不全土地・建物に関する新制度について、具体的に見てみたいと思います。
Q2
Bさんは、ゴミ屋敷と化している隣家から、普段どおりの生活が出来ないほどの異臭がしたり、隣家で発生した害虫がBさんの自宅にまで現れたりして困っています。
民法が改正され、適切に管理されていない土地や建物の管理に関する新しい制度が定められたと聞いたのですが、どのような場合にこの制度を利用することができますか。
A:
(1) 管理不全土地・建物とは?
「管理不全土地・建物」とは、所有者による管理が適切に行われず、荒廃・老朽化等によって周囲に危険を生じさせている土地・建物をいいます。
(2) 管理不全土地・建物の発生原因とは?
管理不全土地・建物の主要な発生原因として考えられているのは、土地を用いて事業活動を行うニーズの低下や、人口の都市部への集中、少子高齢化等による管理の担い手の減少等により、土地や建物の管理が適切になされなくなってしまうことです。前回の記事で紹介した「所有者不明土地・建物」と同様に、少子高齢化がかなりの速度で進んでいるといわれている我が国において、管理不全土地・建物の数は、今後更に増加していくものと考えられます。
(3) 管理命令の請求に必要な準備とは?
それでは、管理不全土地・建物に関して、どのような場合に管理命令を請求できるのでしょうか。今回の改正法では、管理不全土地・建物の管理命令に関して、2つの主な要件が定められています(なお、手続的な要件に関していえば、予納金の納付等が必要になりますが、これは後ほど(4)で解説します。)。
①所有者による土地・建物の「管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある」場合(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)
②管理状況等に照らし管理人による管理の「必要がある」場合(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)
上記の①を(ア)で、②を(イ)で詳しく見ていきます。
(ア)所有者による土地・建物の「管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある」場合
一つ目に、対象とされる土地・建物の「管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある」場合にあたることが必要です。例えば、以下のようなケースがこれに該当すると判断されることになります。
・建物にひび割れ・破損が生じているが、所有者がこれを放置しているため、隣地に倒壊するおそれがある場合 |
もっとも、以上のケースはあくまでも例示であり、これ以外にも、土地・建物の「管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある」場合は存在すると考えられます。例えば、不可抗力によって他人の権利等を侵害する状態が生じた後に、所有者等が適切に対応しないため、現在も侵害の状態が継続しているケースなども上記の場合に該当し得ると考えられます。いかなるケースが上記の要件に該当するかについては今後の裁判例の蓄積を待つ必要がありますが、裁判所は個別の事案に応じて土地・建物の「管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある」か否かを判断することになります。
(イ)管理状況等に照らし管理人による管理の「必要がある」場合
二つ目に、対象とされる管理不全土地・建物について、管理状況等に照らし管理人による管理の「必要がある」場合にあたることが必要です。例えば、以下のようなケースがこれに該当すると判断されることになります。
・建物のひび割れ・破損を修復しなければ、隣地に倒壊する蓋然性が認められる場合 |
前述のとおり、(ア)の要件を満たした場合には、他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるといえますので、その侵害を除去する必要性も認められるケースが多いものと考えられます。そのため、(ア)の要件を満たす限り、基本的には、(イ)の要件を満たす関係にあるものと考えられます。なお、仮に当該土地・建物の所有者が管理命令の発令に反対していても、発令の必要性は認められる可能性がありますが、所有者が当該土地・建物に居住しており、管理人による管理行為を妨害することが明確に予想され、管理人による実効的な管理が期待できないような場合には、本制度を利用するのではなく、民事訴訟に基づく解決(所有権に基づく妨害排除請求や妨害予防請求などの物権的請求権の行使等)によって対応することが適切であると考えられています。
Bさん:「私は、管理不全土地・建物管理命令の申立ができるのでしょうか。手続の流れについても知りたいです。また、管理人にはどのような権限があって、どのような内容の管理をしてくれるのでしょうか。」 |
A:
管理不全土地・建物管理命令は、「利害関係人」のみが請求できます(改正民法第264条の9第1項、第264条の14第1項)。
「利害関係人」とは、管理不全土地・建物の管理について利害関係を有する者をいいますが、一律に決まるものではなく、個別の事案に応じて、判断されることになります。
例えば、土地に設置された擁壁にひび割れ・破損が生じているにもかかわらず、土地の所有者がこれを放置し、隣地に向けて崩壊するおそれがある場合における当該隣地の所有者や、ゴミが土地に不法投棄されたにもかかわらず、土地の所有者がこれを放置し、臭気や害虫の発生による健康への被害を生じさせている場合における当該被害を受けている者などが、「利害関係人」に当たります。
設例にあるような管理不全建物の隣地に居住しているBさんも、管理不全建物からの臭気や害虫によって平穏な生活を害され、健康への被害が生じる可能性がありますので、「利害関係人」として、管理不全建物管理命令の発令を請求することができると考えられます。
なお、隣地の建物内ではなく敷地にゴミが投棄されており、当該敷地も管理の対象としたい場合には、管理不全建物管理命令に加え、管理不全土地管理命令の発令を申し立てる必要があります。
(4) 管理不全土地・建物管理制度に関する手続の流れ
管理不全土地・建物管理制度に関する手続は、概要以下のとおり進行します。
① 請求・証拠提出
② 所有者の陳述の聴取
③ 管理命令の発令・管理人の選任
④ 管理人による管理
⑤ 職務の終了(管理命令の取消)
では、それぞれの手続の内容を詳しく見てみましょう。
① 請求・証拠提出
管理不全土地・建物管理命令の裁判に関する事件は非訟事件(通常の訴訟手続とは異なる手続により、裁判所が民事の法律関係について後見的に介入して処理する事件をいいます。)であり、その管轄裁判所は、土地・建物の所在地を管轄する地方裁判所です(改正非訟事件手続法(以下「改正非訟法」といいます。なお、改正前後において条文内容に変更のない場合は、単に「非訟法」と称します。)第91条第1項(施行日:令和5年4月1日))。
この命令の請求は、前述した利害関係人が行うことができます。
請求にあたっては、管理費用及び管理人に対する報酬の確保のため、請求人は予納金を納付する必要があります。この予納金は、予定されている管理の内容等を踏まえて個別事案ごとに裁判所において判断されます。なお、この予納金を納付できない場合には、他の要件が備わっていたとしても、管理命令が発令されなくなってしまいますので、注意が必要です。
② 所有者の陳述の聴取
所有者不明土地・建物管理命令の場合とは異なり、管理不全土地・建物管理命令の手続においては、土地・建物の所有者の所在が判明していることもあるため、所有者の手続保障を図る観点から、原則として裁判所は土地・建物の所有者の陳述を聴かなければなりません(改正非訟法第91条第3項第1号、第10項)。
他方で、管理不全土地・建物を緊急に管理する必要があるケースにも対応することができるよう、土地・建物の所有者の陳述を聴く手続を経ることによりその請求の目的を達することができない事情があるときは、裁判所は、所有者の陳述を聴かないで管理不全土地・建物管理命令を発令することができます(改正非訟法第91条第3項ただし書)。例えば、管理不全土地の擁壁等について、緊急に修繕措置等の管理不全土地管理人による管理をする必要があるものの、土地の所有者と連絡が取れないケースがこれにあたると考えられます。
この聴取手続を経て、所有者が管理人の選任に強く反対し、管理の妨害行為など管理人による管理を拒む行為をすることが想定される場合の多くは、管理人による実効的な管理が期待できず、従来通り訴訟によって対応することが適切であるとして、管理命令が発令されないと考えられています。ただ、所有者が管理人の選任に反対していたとしても、所有者が遠方に居住する等により、実際に管理人による管理を妨害することが想定されない場合には、管理命令が発令される可能性があります。
③ 管理命令の発令・管理人の選任
②の手続終了後、管理命令発令の要件の充足が認められた場合、管理命令が発令されます。この命令は、請求人並びに裁判を受ける者である管理人及び管理不全土地・建物の所有者に告知されます(非訟法第56条第1項)。また、命令の効力は、裁判を受ける者である管理人及び管理不全土地・建物の所有者への告知によって生じます(非訟法第56条第2項)。
所有者不明土地・建物管理命令の場合は、共有持分単位で管理命令が発令されることがありましたが(改正民法第264条の2第1項)、管理不全土地・建物管理命令は、共有の土地・建物であっても共有持分単位ではなく、土地・建物全体を対象として発令されます(改正民法第264条の9第2項)。
管理命令に対して、土地・建物の所有者は、不服申立として即時抗告をすることができます(改正非訟法第91条第8項第1号、第10項)。これは、所有者不明土地・建物管理命令とは異なり、管理不全土地・建物管理命令の場合には土地・建物の所有者の所在が判明していても発せられるものであるため、所有者に与える影響を考慮した規定です。
管理人には、個別の事案に応じて、弁護士、司法書士、土地家屋調査士等適切な専門家が選任されます。管理人の権限については、(5)で詳述します。
④ 管理人による管理
管理命令が発令された後は、選任された管理人による管理が行われます。管理人による管理の内容について、詳しくは(5)で後述します。
⑤ 職務の終了(管理命令の取消)
管理命令の対象とされた土地等が処分された場合など、「管理すべき財産がなくなったときその他財産の管理を継続することが相当でなくなったとき」は、管理人若しくは利害関係人の申立により又は裁判所の職権で、管理命令は取り消されます(改正非訟法第91条第7項、第10項)。
また、例えば、管理命令の対象とされた土地等が売却等された場合には、管理人は、それによって生じた金銭を、土地の所有者や共有持分権者等のために、その土地の所在地の供託所に供託することができます。この場合、供託がされた事実を所有者や第三者が認識できるようにするために、その旨を公告することが必要となります(改正非訟法第91条第5項)。
(5) 管理不全土地・建物管理人の権限と義務
管理不全土地・建物管理人は、弁護士、宅地建物取引業者、司法書士、土地家屋調査士等、個別の事案ごとに裁判所が適切な専門家を選任します。例えば、管理不全状態にある土地を管理するにあたって法的判断が必要となる場合(第三者との間で土地の工事の請負契約を締結する必要がある場合や、管理行為を行うにつき土地の所有者との調整が必要となる場合など)では、弁護士・司法書士が選任されることが考えられます。
では、実際に管理不全土地・建物管理人の権限と義務について詳しく見ていきましょう。
① 管理不全土地・建物管理人の権限
管理人の管理処分権の対象となる財産は、大きく分けて、① 管理不全土地・建物管理命令の対象である土地・建物、② 管理不全土地・建物管理命令の効力が及ぶ動産(例えば、土地・建物内に置かれた所有者又は共有持分権者の物品等)、③ ①②の管理、処分によって管理人が得た財産(土地・建物の賃貸収入、動産の売却代金等)となります(改正民法第264条の10第1項)。
管理人は、管理不全土地・建物の手入れや修繕等の保存行為及び管理不全土地・建物の性質を変えない範囲での賃貸等の利用行為、土地・建物の価値を高める改良行為について、裁判所の許可を得ずに行うことができます(改正民法第264条の10第2項)。
一方、上記の範囲を超える行為を行う場合には、裁判所の許可を得なければならないとされています(改正民法第264条の10第2項本文)。この点については(6)②もご参照ください。
② 管理不全土地・建物管理人の義務
管理人は、管理不全土地・建物の所有者に対して、善良な管理者の注意をもってその権限を行使すべき義務を負うものとされています(善管注意義務、改正民法第264条の11第1項)。したがって、管理不全土地・建物の所有者の利益を害するような行為は行うことはできません。
なお、管理人は、改正民法の下で、管理不全土地・建物の所有者以外の利害関係人(隣の土地や家屋の所有者等)に対しては上記の善管注意義務を負いませんが、利害関係人の利益を害するような管理を行った場合、不法行為に基づく損害賠償請求の対象になる可能性があります。
(6) 管理不全土地・建物に対する管理命令の効力が及ぶ範囲
次に、管理不全土地・建物に対する管理命令の効力が及ぶ範囲について、具体的な場面を想定して見ていきましょう。
① 管理不全土地・建物上にある所有者以外の第三者の所有する物品や自動車等の動産にも管理命令の効力が及ぶか?
管理不全土地・建物の所有者以外の第三者が所有する動産にまで管理命令の効力は及ばないと考えられています。ただし、土地上に不法投棄されたゴミなどは、通常は所有権が放棄されて所有者がいない物となっていると考えられるため、管理人が処分することができると解されます。
② 管理不全土地・建物の管理人は土地の売却や建物の取り壊しが可能か?
(5)で説明したとおり、管理人が土地・建物の性質を変えるような変更行為を行う場合や、土地・建物を処分する(処分行為)ときには、裁判所の許可を得ることが必要です。中でも、土地の売却や建物の取り壊しといった処分行為を行う場合には、裁判所が許可を出すための要件として、土地・建物の所有者の同意が必要とされています(改正民法第264の10第3項)。他方、田畑を宅地に造成する工事を行う等、変更行為を行うにとどまる場合には、裁判所が許可をするにあたって所有者の同意は不要です。
Q3
ここまでの説明を踏まえると、連載第1回のQ1で出てきたAさんの建物は、所有者不明かつ管理不全の建物であるということになります。
「所有者不明建物管理命令の請求」も「管理不全建物管理命令の請求」も両方できるような場合に、Aさんは、どちらの申立をすべきでしょうか。
所有者不明建物管理命令の請求、管理不全建物管理命令の請求の双方の要件を満たす場合に、どちらの請求を選択するかは、請求者の意思に委ねられます。
ただし、所有者不明建物管理人に当該建物の管理処分権が専属し、建物の所有者の同意がなくとも、裁判所の許可に基づき建物の取り壊しといった処分行為を行うことができるのに対し、管理不全建物管理人は、Q2(6)②で述べた通り、建物の所有者の同意がなければ、建物の取り壊しといった処分行為を行うことができません。
所有者不明建物管理命令の請求、管理不全建物管理命令の請求の双方の要件を満たす場合には、管理人の権限がより広く、柔軟な対応を可能とする所有者不明建物管理命令を選択するべきではないかと考えられます。
[参考]
・法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和4年10月版)」https://www.moj.go.jp/content/001377947.pdf
・村松秀樹=大谷太編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』(一般社団法人金融財政事情研究会、2022)
・国土交通省「所有者不明土地ガイドブック(令和4年3月版)」https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/content/001482580.pdf