ブログ
2023年金融商品取引法等の一部を改正する法律案の概説
2023.04.04
はじめに
金融庁は、2023年3月14日、「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という。)を第211回国会に提出した。本法案は大きく、①顧客本位の業務運営・金融リテラシーに係るもの、②企業開示に係るもの、③その他のデジタル化の進展等に対応した顧客等の利便向上・保護に係る施策に係るものの3点に大別されるところ、本ブログにおいては本法案のうち、主に、市場制度ワーキング・グループ及び顧客本位タスクフォースにおいて議論された①及び③の内容について概説する。
顧客本位の業務運営・金融リテラシーに係る改正案
つみたてNISAの口座数の増加、若年層等における家計金融資産に占める有価証券保有割合の増加など、家計における資産形成への取組みには一定の進捗が見られるものの、2,000兆円を超える日本の家計金融資産のほぼ半分を引き続き現金・預金が占めるなど、家計の資産構成の変化は小幅に留まっており、家計金融資産の伸びは、欧米諸国に比べて相対的に低いことが指摘されてきたことから、家計の安定的な資産形成を実現していくため、経済や企業の成長の果実が家計に還元される「資金の好循環」の実現に向けた利用者の利便向上とその保護のための施策の検討や取組みを進める必要がある旨の問題意識が顧客本位タスクフォースにおいて提起されていた(注1)。
そこで、当該問題意識に対応すべく、本法案において、顧客本位の業務運営の確保、及び、金融リテラシーの向上に係る取り組みを実施することとされている。
(1) 顧客本位の業務運営の確保について
ア 横断的な誠実義務の新設
現金融商品取引法(以下「現行金商法」という。)第36条第1項及び第66条の7において、金融商品取引業者等及び金融商品仲介業者並びにそれらの役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない旨の義務を規定している。また、同様に現金融サービスの提供に関する法律(以下「現行金サ法」という。)第24条において、金融サービス仲介業者並びにその役員及び使用人に対し、同様の義務が規定されている。
この点につき、金融庁は2017年3月30日に「顧客本位の業務運営に関する原則」を策定したものの、当該原則を採択していない、又は、その趣旨・精神を自ら咀嚼した取組方針等を公表していない金融事業者も多く存在するとの問題意識が提起された(注2)。また、当該問題意識を受け、顧客本位タスクフォースにおいても、十分な取組方針等を公表している業者の比率が低く、顧客本位の業務運営に関する原則を法令上の義務として充実させていくといったことも考えていく必要があるのではないかとの意見も提起されていた。
本法案により改正される金融商品取引法(以下「改正後金商法」という。)では、現行金商法第36条第1項及び第66条の7並びに現行金サ法第24条の規定を削除することとし、本法案により改正される金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律(以下「改正金サ法」という。)第2条において「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」(注3)に対し、横断的に、顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対し誠実かつ公平に業務を遂行すべきである旨の義務を規定している(注4)。
なお、本法案の改正により、「金融サービスの提供に関する法律」は「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」と名称が変更されることとなる点に留意が必要である。
イ 契約締結前等の顧客への情報提供義務について
現行金商法は、金融商品取引業者等に契約締結前交付書面、契約締結時交付書面及び取引残高報告書等の書面交付義務を課しており(現行金商法第37条の3第1項、第37条の4第1項等)、これに伴う形で実質的説明義務を金融商品取引業等に関する内閣府令(以下「金商業等府令」という。)で規定している(金商業等府令第117条第1項第1号)。
一方、2021年の規制改革推進会議経済活性化ワーキング・グループにおいて特に目論見書、契約締結前交付書面、契約締結時交付書面、運用報告書のデジタル原則化について議論されており、投資家保護を図りつつデジタル技術を活用するとの方向性が示された(注5)。
これを踏まえ、金融商品取引契約の締結前等における顧客に対する書面交付を原則義務付ける規定から、電磁的方法を含む「情報提供」義務に変更されることとなった(改正金商法第37条の3第1項、第37条の4第1項、第40条の2第4項、第42条の7第1項)。
また、金融商品取引業者等は、契約締結前に顧客に対し情報の提供を行うときは、顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品取引契約を締結しようとする目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度により、説明をしなければならないこととされている(改正金商法第37条の3第2項)。
(2) 金融リテラシーの向上について
従前より、金融広報中央委員会・金融関係団体において、ライフプランに応じた資産形成の啓発や、投資体験に着目した教材の作成等、金融経済教育に関する取組みが実施されているものの、「金融教育を受けた」と認識している人の割合は7.9%にとどまり、改善の余地が大きい状況にあった(注6)。
そこで、金融リテラシーの向上に向け、政府は、国民の安定的な資本形成の支援に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針(以下「基本方針」という。)を策定しなければならない旨の改正案が盛り込まれている(改正金サ法第82条第1項)。
また、金融経済教育の提供、国民が金融経済教育を容易に受けられるよう、必要な情報の収集、整理及び提供、金融教育を担う人材の要請及び資質の向上に係る支援、金融経済教育の推進に関する調査研究を行う事等を業務とする(改正金サ法第119条)、金融経済教育推進機構を創設することとされている(改正金サ法第86条)。
そして、地方公共団体も国の施策に準じて、安定的な資本形成の支援に関する施策を講じる努力義務が課せられたほか(改正金サ法第84条)、事業者に対して、業務に支障のない範囲内で、国、地方公共団体及び金融経済教育推進機構の取組、教育及び広報に協力する努力義務を課す改正案が盛り込まれている(改正金サ法第85条)。
デジタル化の進展等に対応した顧客等の利便向上・保護に係る施策に係る改正案
デジタル化の進展等により、社会経済情勢が大きく変化していることから、本法案において、①ソーシャルレンディング等に関する規定の整備、②トークン化される不動産特定共同事業契約への対応、③掲示情報等のインターネット公表、④審判手続のデジタル化の4点について規定されている。
(1) ソーシャルレンディング等に関する規定の整備について
インターネットを用いてファンドの募集を行い、投資家から出資された出資金を企業等に貸し付ける仕組みである、いわゆるソーシャルレンディングにおいて、投資家への適切な情報提供、貸付先に対する適切な審査やモニタリング等に関する問題等、投資家保護上不適切な問題事例が発生していた。そして、現行金商法上、ソーシャルレンディングに関しては、主として有価証券に対する投資を行うファンドを運営する投資運用業者と異なり、忠実義務、善管注意義務、主要株主規制といった規制が金融商品取引法上規定されておらず、運用報告書の交付についても、第二種金融商品取引業協会の自主規制で規定されているのみである(注7)。また、電子募集取扱業務のうち、インターネット上で申込みが完結する電子申込型電子募集取扱業務においては、取扱有価証券に関する事前の適切な審査、当該審査結果の契約締結前交付書面への記載、投資判断を行う上で重要な事項の明確な表示、発行者による事業の状況の定期的な情報提供について規定されているものの(金商業等府令第70条第2項、第79条第2項第3号、第83条第1項第6号参照)、ソーシャルレンディング(現行金商法第2条第2項の規定により有価証券とみなされる同項第5号又は第6号に掲げる権利のうち、当該権利を有する者が出資又は拠出をした金銭その他の財産の価額の合計額の50%を超える額を充てて金銭の貸付けを行う事業に係るもの)に関しては、電子募集取扱業務に該当しないことから(現行金商法第29条の2第1項第6号金融商品取引法施行令第15条の4の2)、これらの規制の適用はない。
そこで、ソーシャルレンディング等のファンドについて、以下の改正案が盛り込まれている。
①金融商品取引業の登録申請を行う際、登録申請書に電子募集業務(注8)を行う場合や貸付事業等権利(注9)について改正金商法第2条第8項第7号から第9号までに掲げる行為を業として行う場合には、その旨を記載することが義務付けられる(改正金商法第29条の2第1項第6号及び第10号)。また、金融機関が貸付事業等権利について改正金商法第2条第8項第7号から第9号までに掲げる行為を業として行う場合も同様である(改正金商法第33条の3第7号)。
②貸付事業等権利に係る出資対象事業の状況に係る情報が、当該貸付事業等権利を有する者に提供されることが当該貸付事業等権利に係る契約その他の法律行為において確保されているものとして内閣府令で定めるものでなければ第2条第8項第1号、第2号又は第7号から第9号までに掲げる行為をしてはならないこととされる(改正金商法第40条の3の3)。
③貸付事業等権利を有する者に上記②に規定する契約その他の法律行為に基づき提供されるべき情報が提供されていないことを知りながら、第2条第8項第7号から第9号までに掲げる行為をしてはならないこととされる(改正金商法第40条の3の4)。
④現行金商法において電子募集取扱業務にのみ適用されていた特則(ウェブサイトを通じた情報提供義務)につき(現行金商法第43条の5)、電子募集業務も当該特則の対象とされる(改正金商法第43条の5)。
(2) トークン化される不動産特定共同事業契約への対応
現行金商法において、現物不動産に投資する不動産特定共同事業契約に基づく権利は、集団投資スキーム持分としての特徴を有するものの、不動産特定共同事業法の規制に基づき監督されているため、法令上、集団投資スキーム持分の定義から除外されている(現行金商法第2条第2項第5号ハ)。一方、不動産特定共同事業法は、不動産事業に関する規制を規定するものであるため、現時点で分散台帳技術やトークン化に伴うセカンダリー取引の円滑化を想定した規制が置かれていない状況にある。また、既に不動産投資に係る権利(例えば、受益証券発行信託における受益権や匿名組合出資持分)をセキュリティトークン化した事例があるほか、不動産特定共同事業においても分散台帳技術を活用する動きが見受けられることから、実効的な監督体制の整備が必要となっている(注10)。
そこで、不動産特定共同事業契約(当該不動産特定共同事業契約に基づく権利が、電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されるものに限る。)に表示されるものに限る。)に基づく権利を、金商法上の有価証券とみなされる権利の定義に含める改正案が盛り込まれている(改正金商法第2条第2項第5号)。
(3) 掲示情報等のインターネット公表
2022年6月7日付「デジタル社会の実現に向けた重点計画」において、政府全体で「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」に基づき取り組むこととされており、先行検討項目として「掲示」のデジタル化が求められていた。そこで、政府横断的に、アナログ規制に関する規制の見直しを行い、金融商品取引業者等のウェブサイトにおいて、商号、名称又は氏名等の標識に記載すべき事項について、インターネットにより公衆の閲覧に供しなければならない旨義務付ける改正案が盛り込まれている(改正金商法第36条の2及び第66条の8)。
(4) 審判手続のデジタル化
民事訴訟手続のデジタル化を含む民事訴訟法の改正を踏まえ、審判手続を所管する各省庁においてもデジタル化に向けた取組みが進められていることから、金融商品取引法上の課徴金納付命令に係る審判手続の迅速化及び効率化等のため、電磁的記録による審判手続開始決定(改正金商法第179条)、映像と音声の送受信による相手の状態を相互に認識しながらの通話の方法による審判手続、参考人及び被審人並びに鑑定命令手続における学識経験者に対する審問(改正金商法第180条の2、第185条第2項及び第185条の2第2項並びに第185条の4第3項)、電磁的記録の送達(改正金商法第185条の10、第185条の10の2及び第185条の11第2項)、電磁的事件記録の閲覧等(改正金商法第185条の12)に係る規定の整備を行うこととした(注11)。
施行時期
本法案は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされている。
本法案が成立した場合、その後、金融庁において政府令の改正案がパブリックコメントに付されることが予想され、その内容にも注視が必要である。
(注1)2022年12月9日「金融審議会市場制度ワーキング・グループ顧客本位タスクフォース中間報告」1頁
(注2)顧客本位タスクフォース第1回2022年9月26日付資料2「事務局説明資料」22頁及び顧客本位タスクフォース第2回2022年10月24日付資料2「事務局説明資料」9頁によると、取組方針等を公表している金融事業者数は2022年6月末において、第一種金融商品取引業者は307社中50社、投資助言・代理業者は999社中68社、金融商品仲介業者は799社中14社とのことであった。
(注3)金融サービスの提供等に係る業務を行う者に該当する者は改正金サ法第2条第2項各号に規定されている。
(注4)なお、2022年12月9日付「金融審議会市場制度ワーキング・グループ顧客本位タスクフォース中間報告」において、「誠実公正義務と同様に、具体的な行為規制が捕捉しづらい行為を規制する際の指針としての役割を果たすことが期待される」とも記載されている。
(注5)なお、内閣府令改正事項として、顧客がその必要に応じて書面を求めることができる規定も整備する予定とのことである(2023年3月金融庁作成「金融商品取引法等の一部を改正する法律案 説明資料」2頁参照)。
(注6)顧客本位タスクフォース第1回2022年9月26日付資料2「事務局説明資料」29頁
(注7)第二種金融商品取引業協会「貸付型ファンドに関するQ&A」Q12、Q13、Q18からQ20まで参照
(注8)「電子募集業務」とは、「電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて内閣府令で定めるものにより第2条第8項第7号又は第8号に掲げる行為(政令で定めるものを除く。))を業として行うことをいう」とされている(改正金商法第29条の2第1項第6号)。
(注9)「貸付事業等権利」とは、「第2条第2項第3号から第6号までに掲げる権利のうち、当該権利に係る出資対象事業(当該権利を有する者が出資又は拠出をした金銭その他の財産を充てて行う事業をいう。第40条の3の3において同じ。)が主として金銭の貸付けを行う事業であるものその他の政令で定めるものをいう」とされている(改正金商法第29条の2第1項第10号)。
(注10)市場制度ワーキング・グループ第22回2022年11月18日付資料2「事務局説明資料(資本市場の環境整備)」20頁
(注11)なお、民事訴訟の申立て等に係る規定も準用されている(改正金商法第185条の13)。
Member
PROFILE