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米国経済制裁の基本的構造及び留意点
2023.05.17
はじめに
経済のグローバル化に伴い、多くの日本企業が外国企業と取引を行うようになっている。その結果、日本企業同士の取引であれば特段問題とならなかった米国経済制裁への対応が必要となる場合が増えている。仮に、米国経済制裁に関しては後述する二次制裁のみが問題であると思い込んでいる日本企業があれば、それは致命的な誤解である。米国経済制裁は、米国又は米国人が直接関与しない取引においてもしばしば問題となり、日本企業にとっても重大なリスクとなりうる。
そこで、本稿では、米国経済制裁の構造及び留意点を概説する。
米国経済制裁とは何か
米国財務省の外国資産管理室(The Office of Foreign Assets Control。以下「OFAC」という。)は、米国の安全保障・外交政策等にとって脅威となる国・地域又は団体・個人に対する経済制裁及び取引規制を実施している。その方法としては、後述する包括的制裁プログラム及び限定的(選択的)制裁プログラムの2つがある。
包括的制裁プログラム及び限定的制裁プログラム
包括的制裁プログラムとは、対象となる国又は地域全体に対して、資産凍結、輸出入の禁止、当該国又は地域原産の商品又は役務の取引禁止、金融取引の禁止、米国原産品の輸出の禁止等の制裁を実施する方法である。包括的制裁プログラムは、イラン、キューバ、ウクライナのロシア勢力圏(自称ドネツク人民共和国等)等に対して実施されている。
一方、限定的制裁プログラムとは、対象となる特定の団体又は個人に対して、資産凍結、取引の禁止等の制裁を実施する方法である。限定的制裁プログラムは、ミャンマー、北朝鮮等の団体又は個人等に対して実施されている。なお、日本の暴力団(員)にも限定的制裁プログラムの対象者がいる。
限定的制裁プログラムの対象者
限定的制裁プログラムの対象者は、SDNリスト(Specially Designated Nationals List)に掲載されている者、及びその者が50%以上の持分(Interest)を有する組織である。
最新のSDNリストは、OFACのウェブサイト(https://ofac.treasury.gov/specially-designated-nationals-and-blocked-persons-list-sdn-human-readable-lists(2023年5月16日確認))で確認できる。
米国経済制裁に従う義務を負う者
米国経済制裁に従う義務を負う者は、”US Person”に限られる。ここにいう”US Person”とは、以下のいずれかに該当する者をいう。
①米国籍又は米国永住権を有する個人(米国外に居住する者を含む。)
②米国内の法令に基づいて設立された法人又は団体
③外国法人の支店、営業所又は駐在員事務所のうち、米国内に所在するもの
④米国に居住又は一時訪問している個人(国籍を問わない。)
この点、日本で設立された法人は、基本的に上記のUS Personに該当しないため、米国経済制裁に直接違反することは通常ない。しかしながら、非US Personが、US Personをして米国経済制裁に違反させた(すなわち、US Personによる米国経済制裁違反を生じさせた)場合、当該非US Person自身にも米国経済制裁違反が成立するとした事例(https://ofac.treasury.gov/media/922441/download?inline(2023年5月16日確認))がある。そのため、US Personに該当しない日本企業であっても、US Personが取引に介在する場合は、当該日本企業自身についても米国経済制裁違反が成立し、OFACから後述するペナルティを受ける可能性がある点に特に注意を要する。
違反に対するペナルティ
米国経済制裁違反に対するペナルティの内容は、OFACが事案の影響及び悪質性等を考慮して実質的に決定する。OFACの裁量は広範であり、SDNリストへの掲載(すなわち、違反者自身を制裁対象者に追加する)、刑事罰(懲役又は罰金)、民事制裁金等のペナルティを科すことができる。ただし、特に事業会社が意図せず米国経済制裁に違反した場合、事案にもよるが、民事制裁金のみが科される又は何らペナルティが科されないケースが多い。
なお、米国経済制裁は、違反者の故意又は過失を必要としない厳格責任の立場をとっている。そのため、実際にOFACからペナルティを科されるか否かは別として、米国経済制裁に違反することを違反者が認識していなかったとしても、法的には違反が成立する。
また、非US Personが、自身がUS Personだったならば米国経済制裁に違反したであろう取引を行った場合、当該非US Person自身がSDNリストに掲載され、制裁対象者となることがある。これは一般に二次制裁と呼ばれる。
サンプル事例での検討
米国経済制裁の対象者との間の送金が米ドル建てである場合、例えば送金銀行及び着金銀行がいずれも非米系銀行であったとしても、送金の過程で米国の法令に基づいて設立された銀行を中継するケースが多々あり、当該中継銀行が米国経済制裁に従って送金を阻止するリスクがある。すなわち、米国の法令に基づいて設立された銀行が米国経済制裁に従う結果、米国経済制裁の対象者との間の(特に米ドル建ての)国際決済は事実上不可能となる。なお、仮に米国の法令に基づいて設立された銀行を中継して米国経済制裁の対象者との間の国際決済を実行した場合、上述のとおり、当該国際決済に関与した非US Personは、US Personである中継銀行による米国経済制裁違反を生じさせたとして、当該非US Person自身についても米国経済制裁違反が成立し、OFACからペナルティを科される可能性がある。
さいごに
上述のように、米国経済制裁は米国又は米国人が直接関与しない取引においても問題となる。また、国際取引の増加に伴い、米国経済制裁をはじめ、従前は特段問題にならなかった第三国の法令への対応の重要性が高まっている。なお、本稿はあくまで米国経済制裁の構造及び留意点の概略であり、取引先、取引内容など個別の事案に応じて、米国法弁護士の見解も仰ぎつつ、より具体的な検討を要する点にご留意いただきたい。
以上
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