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【裁判例】令和4年(行ケ)第10118号 プログラム事件
2023.11.29
判決の内容
当業者が容易に発明をすることができたものとして出願を拒絶した拒絶査定不服審判の審決を維持した事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和5年8月10日判決(判決全文)
令和4年(行ケ)第10118号(知財高裁第2部・本田知成裁判長)
拒絶審決に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「プログラム」とする特許出願(特願2020-202553号。以下、「本件出願」という。)に係る拒絶査定の不服審判請求事件において、特許庁が、令和4年7月15日付け提出の手続補正書に記載された請求項1-4に係る発明のうち請求項2(以下「本願発明」)に対し、特開2013-106168号公報(甲1)と特開2007-158409号公報(甲4)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件出願は拒絶すべきものと判断した審決(以下「本件審決」という。)に対して、特許出願人である原告が取り消しを求めた事案である。本件審決では、本件出願と甲1発明の間に相違点を認定し、甲1発明に対して甲4技術から認定される公知技術を適用することで相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得るものであると判断し、本願発明の進歩性を否定した。
本事案における争点は、本願発明の進歩性の有無であり、具体的には、相違点「本願発明は、『前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない』ものであるのに対し、甲1発明は、そのような構成に特定されているものではない点」について容易に想到し得たか否かである。
主な争点に対する判断
(1) 結論
原告が主張する審決取消事由は失当であり、原告の請求は理由がない。
(2) 理由
ア.甲1発明(引用発明)について
甲1に記載された発明(引用発明)は、複数の音声出力装置(再生装置等)の音量設定状態を制御することができる制御端末装置(リモートコントローラー)において、複数の音声出力装置(再生装置、ネットワークスピーカー)の音量を個別に容易かつ適切に制御すること、複数の音声出力装置の音量を一括して容易かつ適切に制御することを目的とする発明であると認められるが、制御端末装置と音声出力装置との間の無線通信ができない場合に生じる課題を解決するものであると認めることはできない。
甲1の段落0065には、リモートコントローラにおける音量操作表示は、常に実際の音量設定を表す表示状態とされる旨の記載があるが、リモートコントローラの操作に基づいて再生装置等の音量操作が行われる場合、及び、再生装置等の操作に基づいて再生装置等の音量操作が行われる場合のいずれであっても、リモートコントローラにおける音量操作表示は実際の音量設定を表す表示態様とされるとの趣旨であると解されるから、リモートコントローラと再生装置等との間の無線通信ができない場合を想定し、そのような場合も含めてリモートコントローラにおける音量操作表示と再生装置等等における実際の音量設定が常に一致するようにしていると認めることはできない。
もっとも、甲1の記載を総合しても、甲1に記載された発明において、リモートコントローラと再生装置等との間の無線通信ができない場合を技術的にあり得ないものとしておよそ排除しているとまで認めることはできない。
以上のとおりであるから、甲1に記載された発明については、リモートコントローラと再生装置等との間の無線通信ができない場合を想定し、そのような場合も含めてリモートコントローラ3における音量操作表示と再生装置等における実際の音量設定が常に一致するようにしている発明ではないが、他方で、そのような場合を技術的にあり得ないものとしておよそ排除しているとまではいえない発明であると理解するのが相当である。
イ.甲4により認められる公知技術(本件技術)について
(ア)裁判所の判断
甲4には、具体的には「デジタルカメラが、操作対象の高精細テレビとの間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の『テレビ再生』という項目を操作部で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術」が記載されているものと認められる。しかしながら、甲4において、制御主体がデジタルカメラであること及び制御対象機器が高精細テレビであることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とすることを排除しているなどと認めることもできない。
また、乙1乃至乙3においても、無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか及び制御対象機器が具体的に何であるかが特段の技術的意義を有するものとは認められない。
したがって、制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ及び高精細テレビ)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである。
以上によると、甲4に基づき、本件原出願日当時の公知技術として、本件審決が認定した本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)が存在したものと認めるのが相当である。
(イ) 原告の主張と当該主張に対する裁判所の判断
原告は、乙1乃至乙3を、本件訴訟において提出することは許されないと主張する。しかしながら、審決が認定した技術の意義に係る証拠として、拒絶査定不服審判の手続において審理判断の対象とされた証拠以外の証拠を参酌することは、当該取消訴訟において当然に許されると解するのが相当である。
原告は、本件技術の認定について、甲4に記載された技術を根拠もなく過度に上位概念化するものであると主張するが、上記説示したとおりであるから、原告の主張を採用することはできない。
ウ.本件技術の引用発明への適用について
(ア) 裁判所の判断
引用発明及び本件技術は、いずれも無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術に係るものであり、その属する技術分野を共通にするものと認めるのが相当である。
一般に、無線通信において通信ができない場合が生じ得ることは公知の事実であり、無線通信を利用して電子機器の制御を行う技術においては、制御主体、操作場所、制御対象機器等及び無効なものとされる操作の内容が具体的に何であるかにつき特段の技術的意義はないというべきである。したがって、引用発明に接した本件原出願日当時の当業者は、引用発明に内在する課題として、「無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術においては、制御主体と制御対象機器との間の通信ができない場合、制御主体における表示態様と制御対象機器の実際の状態との間に齟齬が生じる」との周知の課題(本件課題)の存在を認識し得たものと認めるのが相当である。
本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)は、上記本件課題を解決するための手段であると認められるから、引用発明と本件技術は、課題においても共通するといえる。
引用発明に本件技術を適用することにつき阻害要因があるとはいえず、その他、そのような阻害要因があるものと認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、本件原出願日当時の当業者は、引用発明に本件技術を適用し得たものと認めるのが相当である。
(イ) 原告の主張と当該主張に対する裁判所の判断
原告は、甲1に記載された発明及び甲4に記載された技術が共に無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術分野に属するとすることは、技術分野を極めて抽象的なレベルで捉えるものであって相当でないと主張する。しかしながら、無線を利用して電子機器の制御を行うとの技術においては、制御主体、操作場所、制御対象機器及び無効なものとされる操作の内容が具体的に何であるかにつき特段の技術的意義はないというべきであるから、当該技術において、制御主体、操作場所、制御対象機器又は無効なものとされる操作の内容が異なれば、当該技術が属する技術分野が異なることになるということはできない。
原告は、甲1及び甲4とは別の文献である乙1ないし乙3の記載を参酌して技術分野の関係を検討したり、引用発明に係る本件課題の認定をしたりすることは許されないと主張する。しかしながら、技術分野を認定するに当たり、発明ないし技術の意義を検討するために、他の文献の記載を参酌するのが相当でないということはできない。また、審決が判断の根拠とした主引用発明に係る課題の存在を立証するため、拒絶査定不服審判の手続において審理判断の対象とされた証拠以外の証拠の申出をすることは、当該取消訴訟において当然に許されると解するのが相当である。
エ.本件技術と相違点に係る本願発明の構成について
(ア) 裁判所の判断
相違点「本願発明は、『前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない』ものであるのに対し、甲1発明は、そのような構成に特定されているものではない点」について、引用発明は、相違点に係る本願発明の構成のうち「前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器」及び「前記状態表示の表示態様」との部分を備えるものである。
本件技術は、「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」であり、甲4に記載された、「制御装置であるデジタルカメラにおいて、制御対象機器である高精細テレビの状態(画像の再生の有無)を変更する旨の操作をした場合に、制御装置であるデジタルカメラの表示部における制御対象機器(高精細テレビ)の状態表示の表示態様を当該操作がされる前のもの(「テレビ再生」の項目が選択されていないとの表示態様)から当該操作がされた後のもの(「テレビ再生」の項目が選択されたとの表示態様)に変更することが不可能になるようにする」技術と同趣旨の技術(「前記状態表示の表示態様を更新できない」との技術)を含むものと認めるのが相当である。
以上によると、引用発明に本件技術を適用することにより、本願発明の構成に至ることができるものと認められる。
(イ)原告の主張と当該主張に対する裁判所の判断
原告は、甲4には本願発明における課題を解決するための技術的思想が開示されていないから、甲1に記載された発明に甲4に記載された技術を適用しても、相違点に係る本願発明の構成に至ることはないと主張する。
しかしながら、本願発明の課題は、制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でない状態でタッチパネルディスプレイにおけるタッチ操作がされた場合にタッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態が通常どおりに更新されてしまうと、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態と制御対象機器の実際の状態との間に齟齬が生じてしまうというものである。上記ウ(ア)で述べたとおり、本件技術は、本件課題を解決するための手段であると認められるから、本願発明の上記課題を解決するための技術的思想が本件技術に現れていることは明らかである。原告の主張は、前提を誤るものとして失当である。
コメント
原告は、甲1には、無線通信ができない状態について一切記載されていないことから、甲1に記載された発明は、被告が主張するように「リモートコントローラと音声出力装置との間で通信ができない状態」が生じることを想定していると認定することはできないと主張した。
また、原告は、甲4には制御主体はデジタルカメラであり、制御対象機器は高精細テレビであることが記載されていることを理由に、被告が主張するような上位概念化は許容されないと主張した。
しかしながら、裁判所は、甲1に記載された発明は、無線通信ができない場合を技術的にあり得ないものとして排除しているとはいえないとの理由で、原告の主張を採用しなかった。また、裁判所は、甲4についても、無線通信を利用して電子機器の制御を行う技術においては、制御主体や制御対象機器が何であるのかについて、特段の技術的意義を有するものとは認められないとして、原告の主張を採用しなかった。
引用文献に記載された発明や技術をどのように認定するのかについては難しい問題であるが、引用文献の内容をどの程度狭く/広く認定することが許されるのか、本判決は一つの参考になるものと思われる。
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