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同じ特許に対する特許異議申立て及び特許無効審判について
2024.05.08
はじめに
特許異議申立て(以下、単に「異議申立て」という。)制度は、特許付与後の一定期間、第三者に特許の見直しを求める機会を付与する制度です。異議申立てがあったときは、特許庁の審判官合議体が特許処分の適否について審理し、その結果、当該特許に瑕疵があると判断した場合は、その特許の全部又は一部を取り消すことで、特許の早期安定化を図ります。
一方、特許無効審判(以下、単に「無効審判」という。)制度は、特許付与後のいつでも、瑕疵ある特許を無効とし得る制度です。無効審判の請求があったときは、特許庁の審判官合議体が特許を無効にすべきか否かについて審理し、その結果、当該特許に瑕疵があると判断した場合は、その特許の全部又は一部を無効にすることで、特許を初めから存在しなかった、又は後発的に無効理由に該当するに至った時から存在しなかったものとします。
これら異議申立てと無効審判の間では、異議申立理由(取消理由)と請求理由(無効理由)の大部分が重複するものの、一事不再理効は働きません。したがって、異議申立てにおいて維持決定がなされた特許に対して、同一の事実及び同一の証拠に基づいて、無効審判を請求することができますし、請求された無効審判においては、先の異議申立ての決定内容に拘泥されないはずです。
一方で、維持決定がなされた特許に対して、異議申立てと同じ理由及び証拠をそのまま用いて無効審判を請求しても同じ結果になるのが当然と考える結果、そのような戦略を採用しようとはしないのが通常と思われます。
この点、本当のところはどうなのでしょうか。
そのような疑問を解消すべく、異議申立てにおいて維持決定がなされた特許に対して、同一の事実及び同一の証拠に基づいて請求された無効審判があるのか否か、そのような事案があった場合に、どのような結果になったのかを簡単に調査したので、本稿ではその調査結果を紹介させていただきます。
調査対象
調査対象期間は、現在の異議申立て制度が始まった2015年4月1日から2024年3月31日までとしました。
今回は特許庁における状況を調査するのが目的ですので、取消訴訟まで進んだのか否か、取消訴訟で特許庁の判断が覆されたのか否かまでは確認しておりません。
調査結果
調査対象期間の間、異議申立ての件数は10249件であったのに対して、無効審判の件数は885件でした。このうち、異議申立てがなされ、かつ無効審判が請求された特許は62件でした。この件数が多いか少ないかは判断が難しいものの、年間6~7件程度はある計算になります。なお、調査は簡易的に行ったため、実際の件数と多少のずれがある点はご容赦いただければと思います(例えば、異議申立て又は無効審判請求後に取下・放棄された件は含まれていない可能性があります)。
上記62件のうち、異議申立てで特許が維持され、かつ最終的に特許無効となったのは4件でした。また、それとは別に異議申立てで取消になったものが1件ありましたが、この件は異議申立ての取消決定が確定するまでの間に予備的に無効審判が請求されたものであり、取消決定が確定した後、無効審判は却下となりました。
上記4件の概要は下記のとおりです。
特許第6025266号
異議申立てにおける異議申立理由は新規事項追加、サポート要件違反、明確性要件違反、実施可能要件違反、進歩性欠如でしたが、訂正することなく維持決定となりました。
無効審判における請求理由はサポート要件違反、明確性要件違反、実施可能要件違反、進歩性欠如であり、訂正して当該訂正は認められたものの、明確性要件違反、サポート要件違反、実施可能要件違反(ただし、職権で通知した実施可能要件違反)、進歩性欠如で請求成立(無効)の審決でした。進歩性欠如の証拠について、異議申立てでは3件でしたが、無効審判では12件でした。このうち、異議申立てと無効審判で共通する証拠は1件あるものの、審決では本件特許発明との対比はなされていませんでした。
特許第6126983号
異議申し立てにおける異議申立理由はサポート要件違反、明確性要件違反、実施可能要件違反、拡大先願、進歩性欠如でしたが、訂正して当該訂正は認められ、維持決定となりました。
無効審判における請求理由はサポート要件違反、明確性要件違反、実施可能要件違反、拡大先願、新規性欠如、進歩性欠如であり、訂正して当該訂正は認められ、サポート要件違反、実施可能要件違反、進歩性欠如で請求成立(無効)の審決でした。拡大先願、新規性欠如及び進歩性欠如の証拠について、異議申立てでは9件でしたが、無効審判では48件でした。異議申立てにおける証拠の一部は無効審判の審決でも採用されており、その証拠とそれ以外の証拠に基づいて無効と判断された無効理由(進歩性欠如)もありました。
特許第6301541号
異議申立てにおける異議申立理由は進歩性欠如であり、また、職権による取消理由として新規性欠如もありました。訂正して当該訂正は認められ、維持決定となりました。
無効審判における請求理由は新規性欠如、進歩性欠如、冒認出願、共同出願違反であり、訂正することなく、新規性欠如、進歩性欠如で請求成立(無効)の審決でした。新規性欠如及び進歩性欠如の証拠について、異議申立てでは3件でしたが、無効審判では79件でした。異議申立てにおける証拠はいずれも無効審判の審決でも採用されており、それらの証拠のみで無効と判断された無効理由(進歩性欠如)もありました。
特許第6309504号
異議申立てにおける異議申立理由は進歩性欠如でしたが、訂正することなく維持決定となりました。
無効審判は2回請求されており、1回目の無効審判における請求理由は進歩性欠如でしたが、訂正することなく請求不成立(有効)の審決でした。2回目の無効審判における請求理由は新規性欠如、進歩性欠如でした。訂正して当該訂正は認められたものの、請求成立(無効)の審決でした。進歩性欠如の証拠について、異議申立てでは2件でしたが、1回目の無効審判では3件、2回目の無効審判では審決で取り上げられたものが17件でした。このうち、異議申立てと1回目及び2回目の無効審判で共通する証拠はなく、1回目の無効審判と2回目の無効審判で共通する証拠は1件のみでした。
所感
異議申立てにおいて維持された特許でも、無効審判において無効となったものが4件ありました。このうち、同じ証拠に基づいて進歩性欠如と判断されたものが1件ありました。また、異議申立てにおいて、いわゆる記載要件違反と判断されなかったにも関わらず、無効審判において記載要件違反と判断された件が2件ありました。
つまり、異議申立てにおいて進歩性があるとの判断で維持決定がなされた特許に対して、同一の証拠で進歩性がないと判断されて無効になったケースがあり、異議申立てにおいて記載要件を満たしているとの判断で維持決定がなされた特許に対して、記載要件違反と判断されて無効になったケースもあったということになります。
とはいえ、そのようなケースは非常に少ないので、異議申立てと全く同じ理由で無効審判を請求するのは当然にリスクもあり、異議申立理由とは異なる請求理由も検討する方がよいのはいうまでもありません。また、異議申立てにおける取消決定の割合は一部取消を含めても10%未満であり、無効審決の割合が一部無効を含めて10数%である無効審決よりも一段と低いのが現状です。コストの観点も含めると、異議申立てをするのに二の足を踏むのも致し方ないと感じます。
一方で、今回の調査結果を踏まえると、まずは異議申立てをした上で、たとえ維持決定が出されても、更に証拠を収集し、論理を詳細に組み立てて、(新たな請求理由に加えて)異議申立理由と同じ理由で無効審判を請求するのも一つの手段と考えます。
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