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【知的財産ランドスケープ】宇宙ビジネスにおける特許情報を用いたランドスケープ分析③ ロケットビジネス(オーナー)
2024.12.17
前回のまとめ
第1回および第2回では、宇宙ビジネスの中でも人工衛星の機器製造、データ利用、軌道上サービスを含む「衛星ビジネス」に着目し、オーナーと技術の観点からランドスケープ分析を行いました。今回は、宇宙ビジネスのもう一つの重要分野であるロケットビジネスに焦点を当て、同様のアプローチで分析を行いましたので、その内容についてご紹介します。
宇宙ビジネスの技術領域
出所:宇宙分野における知財戦略の策定に向けた研究機関等や国の委託研究による発明の保護の在り方について(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2018_09_youyaku.pdf
全体傾向
衛星ビジネスの分析の場合と同様に、まずは、優先権主張国別の特許ファミリー件数について調査しました。ここでいう優先権主張国とは、同一特許ファミリーのうち最初に特許が出願された国を指し、通常は出願者の国籍を示します。その結果、1980年からの特許ファミリー件数は、2010年までは米国、日本、ロシア(旧ソ連)からの出願が大半を占めていましたが、2010年以降、中国からの出願が急増していることがわかります。1980年以降の累計では、中国からの出願件数は約3,900件に達し、これは米国(467件)の約8倍、日本(180件)の約22倍に相当します。一方、日本からの出願件数は2009年あたりに一旦増加が見られたものの、その後は毎年20件前後とほぼ横ばいで推移しています。
特許ファミリー件数年次推移
優先権主張国別特許ファミリー件数
オーナーランキング
上記のとおり、特許ファミリー件数だけを見ると中国が圧倒しており、この背景には、政府による研究開発支援や、特許出願を奨励する政策が大きく影響しているものと思われます。一方で、中国では政府からの補助金を目的とした実質的な技術内容に乏しい特許出願(いわゆる非正常出願)の割合が非常に高いことも指摘されています。そのため、各国の状況をより正確に比較するため、中国およびロシアにのみ出願された特許(中国・ロシア単独出願)を除外し、且つ、特許が生存しているものに限定した上でオーナーランキングについて調査しました。その結果、Safran、Airbus、RTX Corpといった大手航空・宇宙メーカーや、各国の政府系研究機関が上位を占めていました。新興企業としては、Amazonのジェフ・ベゾズが立ち上げたBlue Originのみが上位にランクインしています。
オーナー別特許ファミリー件数
これを優先権主張国別に見ると、米国やフランス、ドイツの企業が多数を占めており、日本からはIHIの他、三菱重工、三菱電機、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が上位にランクインしています。
オーナー×優先権主張国
これらの上位にランクインした企業は、自社技術に関する積極的な特許出願と強固な特許ポートフォリオの構築を通じて、ロケットビジネスにおける市場での競争優位性を確立していることが示唆されます。日本の主要プレイヤーであるIHI、三菱重工、三菱電機は、それぞれが特定の技術分野に強みを持っています。例えば、IHIは液体ロケットエンジンの開発で高い技術力を誇り、三菱重工はH-IIA/Bロケットの製造を手掛けるなど、日本のロケット打ち上げ事業を支える中心的存在です。一方、JAXAは研究機関として基礎研究から応用技術の開発まで幅広く取り組んでおり、民間企業との連携を通じて宇宙産業全体を牽引しています。衛星ビジネスと比較すると、ロケットビジネスでは上位にランクインしているのは、従来からの大手航空・宇宙メーカーが中心である点が際立ちます。これは、ロケット開発が非常に高度な技術力を要すること、並びに多大な資本投下が必要であることから、技術的・資本的な参入障壁が衛星ビジネスよりも高いためと推測されます。
特許スコア
続いて、これまでと同様に、技術的価値を示すTR(Technology Relevance)を縦軸に、過去5年の出願割合を横軸に取ったバブルチャートを作成し、各オーナーのポジショニングを確認しました。以下のバブルチャートの見方としては、TRが高いほど技術的注目度が高いことを示し、過去5年割合が高いほど近年のトレンドであることを意味します。したがって、右上の象限にポジショニングされるものは、技術的注目度が高く、かつ、近年のトレンドを反映している、ということになり、「要注目」のオーナーや技術であることを示唆しています。
技術スコア(TR)×過去5年割合
このバブルチャートにオーナーをポジショニングしたのが以下の図です。中国航天技集団(CASC)はTRも直近5年の出願割合もいずれも高く、要注目のオーナーであるといえます。一方、Blue OriginはTRではCASCには及ばないものの、直近5年の出願割合が最も高いことから、今後の技術進展が期待されるオーナーであることを示唆しています。
技術スコア(TR)×過去5年割合(オーナー別)
なお、CASCは1999年に設立された、中国の宇宙開発計画を担う国有企業です。Web上の記事によると、多くの下部組織から成る組織であり、ロケット、ミサイル、衛星、地上機器といった宇宙・防衛における各種製品の他、民需産業においても、機械、化学工業、電気通信機器などの多岐にわたる製品を生産しているとのことです。今回の分析では中国単独出願を除外したため、CASCの特許ファミリー件数は12件に留まりましたが、中国のみに出願されているものはおおよそ1,057件確認されました。CASCは国有企業でありながら、中国においては特許出願を通じて自社の技術を積極的に保護する一方、自社の技術情報を広く開示しています。
以下、CASC、Blue Originについて、特許のミクロ分析によりさらに深掘りしました。
CASC
CASCの全12ファミリーには、液体推進剤ロケットエンジンの衝撃荷重に対する構造応答を予測する方法(EP4257818A1)、火星表面での運搬ロケット推進剤原位製造一体化システムおよび方法(CN115304440A)、液体ロケットエンジンの異形毛細構造ヘッドの積層造形(3Dプリント)成形方法(CN116213753A)、など、液体ロケットエンジンの製造・評価に関するものや、火星でのロケット推進剤の製造に関する出願が含まれています。
TRの高い特許ファミリー(CASC)
EP4257818A1は、液体ロケットエンジンの衝撃荷重に対する構造応答を予測する方法に関する特許であり、複数の荷重源からの強制変位データを基にエンジン全体の構造ダイナミクスを解析することで、エンジンの重要部位や揺動ベアリングの強度をより正確に評価できるとされています。
EP4257818A1の図面
CN115304440Aは、火星探査におけるロケット推進剤の現場(火星)での製造に関する特許であり、火星の大気に豊富に含まれる二酸化炭素からメタン推進剤を生成し、火星の含水鉱物から水を電解して液体酸素を製造するシステムおよび方法を提供するものです。この一体化システムにより、推進剤の同時製造が可能となり、地球からの補給を削減できるため、火星探査や将来の宇宙植民のための持続可能な技術基盤を構築することができるとされています。
CN115304440Aの図面
CASCについては、自国開発の「長征」シリーズロケットを用いて、通信衛星や気象衛星の打ち上げに成功しており、中国国内外で商業打ち上げサービスを提供しています。2025年には直径が5mの大型再使用ロケットの打ち上げを予定しており、再使用技術を活用したコスト削減と競争力強化を目指していることがニュースなどで報告されています。この新型ロケットは、米国のSpaceXによる再使用型ロケットと直接競合することが予想され、国際市場における中国の存在感をさらに高める可能性があります。
CASCのロケットビジネス関連ニュース
出所:UchuBiz
https://uchubiz.com/article/new53726/
https://uchubiz.com/article/new43388/
Blue Origin
Blue Originは全22ファミリーの特許のうち、TRが高いものとしては、ロケットタンクの液体レベル測定、および関連するシステムと方法(US2019/277224A1)、推進剤の体積および混合比の制御(US2019/345896A1)、ロケット用の高温熱保護システムおよび関連方法(US11598289B1)、ロケット燃料の効率的な利用や、ロケットの熱保護に関するものが多く見られます。
TRの高い特許ファミリー(Blue Origin)
US2019/277224A1は、ロケット燃料タンク内の液体レベルを測定し、液体の挙動(例えば、スロッシング現象)を検出し、ロケットの制御を行うシステムおよび方法に関する特許です。従来の湿式レベルセンサーに代わり、カメラやイメージセンサーを用いることで、より高精度で信頼性の高い液体レベル測定が可能になるとされています。また、液体のスロッシングを検出し、それに応じてロケットの空力制御面や推力ベクトルを調整することで、バッフルの使用を軽減または不要にし、ロケットの重量を削減し、ペイロード能力を向上させることができるとされています。
US2019/277224A1の図面
US11598289B1は、ロケットエンジンノズルや他のランチビークル部品を冷却・断熱するためのシステムおよび装置に関する特許であり、絶縁層と2つのファブリック層で構成された柔軟な熱保護装置が用いられ、外層には金属を使用して耐衝撃性を向上させています。本装置は水を保持し、高温にさらされると水が蒸発して熱を吸収し、機器を保護することができることから、再使用可能なロケットの熱負荷を低減できるとされています。
US11598289B1の図面
Blue Originの特許には、上記のとおりロケットの再利用性を高める技術や、軽量を通じてペイロード能力を向上させる技術が多く見られます。同社は、低コストかつ高性能なロケットの開発に注力し、それを支える特許ポートフォリオの構築に戦略的に取り組んでいることが伺えます。
Blue Originのニュースとしては、直近では、有人飛行が可能な「New Shepard」(ニューシェパード)ロケットの打ち上げに成功したことなどが報告されています。New Shepardは、主に観光目的のサブオービタル飛行を想定して設計されています。宇宙旅行者に微小重力(無重量)を体験させることができ、宇宙観光市場における先駆的なロケットと位置付けられています。この再利用可能なロケットは、環境負荷を軽減しながら低コストでの運用を目指しており、Blue Originが追求する持続可能な宇宙ビジネスモデルを象徴しています。
Blue Originのロケットビジネス関連ニュース
出所:UchuBiz
https://uchubiz.com/article/new54192/
今回は宇宙ビジネスの中でもロケットビジネスに着目し、まずはオーナー別にランドスケープ分析を行いました。次回は、同じくロケットビジネスにおける技術別の分析結果についてご紹介します。
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