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応用美術の保護③~日本の保護制度の沿革
2025.03.10
はじめに
知的財産高等裁判所(第2部:清水響裁判長)は、令和6年9月25日、子供用椅子「TRIPP TRAPP」(トリップトラップ)の著作物性を否定する判決(令和5年(ネ)第10111号)を下しました。これは同一製品について著作物性を認めた知財高裁平成27年4月14日判決(平成26年(ネ)第10063号;第2部:清水節裁判長)を真っ向から否定するものでした。実用に供されあるいは産業上利用される美的な創作物、いわゆる「応用美術」の著作物性については、統一された判断基準がなく、裁判例では、様々な基準で様々な判断がなされ、混迷を極めています。そこで、応用美術の法的保護について、①欧州連合(EU)の状況、②米国法の考え方、③日本の制度の沿革、④日本の裁判例、の4つのテーマに分けて議論を整理します。
今回は、応用美術の法的保護に関する保護制度の沿革(③)を概説します。
日本における応用美術の保護制度(意匠法・著作権法)
日本では、いわゆる「応用美術」は、意匠法と著作権法の交錯領域にあることから、これらの守備範囲をどのように画定すべきか、という観点から、著作物としての保護の可否が議論されてきました。前述の令和6年9月25日知財高裁判決に係る事件においても、意匠法と著作権法の保護範囲を踏まえ、応用美術の著作物性の判断基準が一つの争点となり、この点に関連して、「実用品については、その機能を実現するための形状等の表現につき様々な創作・工夫をする余地があるとしても、それが視覚を通じて美感を起こさせるものである限り、その創作的表現は、著作権法により保護しなくても、意匠法によって保護することが可能であり、かつ、通常はそれで足りるはずである。」との判示がされています。
このように、日本においては、応用美術の保護にあたり、意匠権と著作権による保護の棲み分けが意識されています。これらの棲み分けを検討するにあたっては、それぞれの保護制度の前提をなす沿革からひも解く必要があります。そこで、意匠法・著作権法の制定・改正時において、応用美術の保護についてどのように考えられていたのか整理します。
意匠法・著作権法の制定・改正経緯からみる応用美術の保護範囲
(1)明治21年 意匠条例の制定
明治21年、旧著作権法の制定よりも前に、意匠を保護する法制度として、意匠条例が制定されました。意匠条例における保護対象は、「工業上の物品に応用すべき形状、模様若しくは色彩に係る新規の意匠」(意匠条例1条)であり、意匠条例は、まさに「応用美術」の保護制度であったといえます(注1)。
(2)明治32年 旧著作権法の制定/大正10年 意匠法の改正
明治32年に現在の著作権法の基盤となる旧著作権法が制定されました。旧著作権法においては、「応用美術」を保護対象とせず、その保護を意匠法に委ね、意匠法と著作権法の保護対象を峻別していました(注2)。
大正10年には意匠法が改正され、この改正の過程で「意匠」の定義が改めて検討されました。当時はすでに旧著作権法が存在しており、「意匠」の定義の検討の際に、著作権法の保護対象である美術の著作物との関係が意識され、意匠法の立法者は、意匠法の保護対象である意匠と著作権法の保護対象とを峻別するという見解に立っていました(注3)。
(3)昭和3~4年 意匠法の改正作業
昭和3年から4年にかけて、意匠法の全面的な改正作業が進められました。昭和3年には、ベルヌ条約ローマ改正会議において、応用美術の保護についての提案がなされるなど、著作権法に関して国際的な応用美術の保護の必要性が議論されていたことを受けた改正作業とも思われますが、当該改正作業においては、意匠の定義についても審議がなされました。当該審議においては、美術的考案に基づく物品であって複製を目的とするものは意匠とみなされ、他方、複製ではなく美術品とすることを目的とする場合には、美術品とみなすべきであるといった議論もなされましたが、当該改正作業は、予算が執行されなかったために中止されました(注4)。
(4)昭和44年 著作権法の改正
ア 改正審議の端緒
昭和23年、ブラッセルでベルヌ条約が改正されました(ブラッセル改正条約)。ブラッセル改正条約では、保護されるべき著作物の例示に「応用美術の著作物」が加えられたうえで、応用美術の著作物と意匠法等の適用の範囲や、その保護の条件を定めることを国内法に委ねていたところ、世界の主要国は、ブラッセル改正条約に加入しており、保護の態様に相違はあるものの、応用美術を著作権法で保護する法制を採用していました。これに対し、日本の著作権制度は、昭和3年にローマで改正されたベルヌ条約の基準に留まっており、国際的基準に立ち遅れていたことから、日本の著作権制度をブラッセル改正条約の水準まで引き上げるため、昭和37年、日本の著作権制度の全面改正に向けて審議が開始され、著作権法における応用美術の保護が検討されることになりました(注5)。
イ 著作権制度審議会における審議
応用美術の保護の問題は、文部省に設けられた著作権制度審議会の第二小委員会において審議されました(注5、注6)。この点、応用美術は、本来産業上の利用を目的とするものであり、単純に彫刻、絵画等と同様に著作権法により保護することとすると、産業界に対し大きな影響を与えるおそれがあることから、慎重な審議が行われました。
● 著作権制度審議会・第二小委員会 中間報告
昭和38年11月4日、同委員会の中間報告において、「応用美術の著作物として保護するものの範囲については、工業所有権による保護との関係も考慮して、曖昧さを残すことのないよう、できるだけ明確に規定することが適当である」こと、「応用美術の著作物として保護する作品は、基本的には美術工芸の範囲に属するものとし、さらに、実用目的から独立してそれ自体美術的な価値あるものにも保護を及ぼすという考え方でその範囲を検討する」ことが示されました。もっとも、「保護すべき著作物、意匠法等との関係」については「なお結論を得るにいたらず、さらに審議を進めること」とされました。
● 著作権制度審議会 審議結果報告
その後、昭和40年5月に、著作権制度審議会の審議結果報告において、応用美術の保護に関する基本的な方針が提示されました(注7)。また、応用美術が、①美術工芸品、装身具等実用品自体であるもの、②家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、③文鎮のひな型等量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの、④染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものという4類型に整理されることを前提に、保護される応用美術の範囲について、「それ自体が実用品であるものについては、美術工芸の範囲に属するもの」に限定しつつ、「量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、それ自体が彫刻、絵画等の美術的著作物であり得るもの」も保護範囲とされ、美術工芸品以外にも実用品のデザインが著作権法の保護対象となり得るという方針が示されました。
● 著作権制度審議会 再審議結果報告
上記審議結果報告に対しては、権利者側関係団体、使用者側関係団体、双方からの意見が出され(注8)、これを踏まえて再審議が行われました。しかし、双方の意見の対立が極めて大きかったことから、昭和41年3月の再審議結果報告では、「関係者の同意を期待しうる適切な意匠法等との調整措置を求めることは、極めて困難であると考えられる」とされ、その結果、「応用美術の保護に関しては、従前の小委員会の審議結果を変更することなく、これを答申の原則的な考え方とする」とされました。他方で、同時に、「従前の小委員会の審議結果によることが困難である場合」に備えて、以下の代替案が提案されました。
- 著作物の例示に美術工芸品を掲げる
- 産業上の利用を目的として創作されたものであっても、それが純粋美術と同様な意味において美術的著作物にあたるものであれば、美術的著作物として取り扱うこととする
- ポスター等の美術的なグラフィックの作品については、現に意匠法等との間に格別の問題を生じていないところであり、美術的著作物あるいは美術的著作物の複製として取り扱うこととする
● 文部大臣に対する答申
上記再審議結果を踏まえて、昭和41年4月20日に、著作権制度審議会は文部大臣に対して答申を行い、以下の2案が提示されました。
(第1案) |
(第2案) |
ウ 法案の作成
著作権制度審議会の答申を踏まえて、以下のような経緯で、著作権法の改正案が作成されていきました。
● 文化局草案
昭和41年10月、文部省文化局は、著作権法の改正案の草案を作成しました。応用美術の保護に関しては、以下のように規定されており、「美術工芸品その他の美術の著作物」とされていることからも明らかであるとおり、「美術工芸品」は「美術の著作物」の例示として位置づけられていました。
(保護を受ける著作物) |
● 第3次案
上記草案に対しては、各関係団体からの意見が提出されました。これらの意見聴取等を経て、更に慎重な検討が行われ、昭和43年1月、第3次案が作成され、応用美術の保護に関しては、次のように規定されていました。
(著作物の例示) |
● 国会に提出された法案
その後、昭和44年4月、著作権法2条2項に「この法律において、『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と規定する著作権法案が国会に提出されることとなりました。同法案では、著作権法と意匠法の調整措置の規定が設けられなかったことから、文部大臣に対する答申の第2案(上記(4)イの末尾に掲載したもの)に基づくものとされています。
エ 国会における審議
国会においても、応用美術の保護の問題は重要な論点の一つとして審議されましたが、意匠法と著作権法による保護の関係は明確にされず、この点は将来の課題あるいは将来の裁判所による判断に委ねるものとされました。このような経緯を経て、著作権法2条2項を含む現行著作権法が成立しましたが、衆議院と参議院の文教委員会において、応用美術の保護等について将来的に積極的に検討すべき旨の附帯決議がなされました(注5)。
おわりに
以上のとおり、日本においては、当初、意匠法の保護対象である意匠と著作権法の保護対象とを峻別していました。しかし、昭和23年のベルヌ条約の改正を受けて、世界の主要国が応用美術を著作権法で保護する法制を採用したことを機に、日本においても、意匠法との関係を意識しつつ応用美術の著作権法による保護が検討されるようになりました。当初、立案当局は、量産品のひな型又は実用品の模様として用いられる目的とするものについても、それ自体が彫刻、絵画等の美術的著作物であり得るものは著作権法による保護対象とするとともに、意匠法等との調整措置を積極的に構ずる方法をとるのが適当であるとしていました。しかし、使用者側等の強い反対により、最終的には、美術工芸品を著作権法上保護することを明らかにするにとどめ、その他の応用美術の保護の取扱い等については将来の課題とされました(注5)。このような議論の流れを受けて、その後の裁判例においても、応用美術の保護について様々な基準で様々な判断がなされています。
(注1)意匠条例の起草理由書では、制度創設の目的について、「夫レ意匠保護法ノ設アルトキハ應用美術ノ思想發達シ新案續出シテ工業振起シ…」と述べられ、さらに、意匠の保護目的について、「時間、資金、知能ヲ費シテ發明シタル者ノ功労ニ酬ヒ以テ應用美術ノ上ニ於テ新規精巧ノ思想ヲ振作セシメントスル」ことにあると述べられています(下線は筆者による加筆。農商務省「意匠条例ヲ定ム」『公文類聚第十二編民業門坑業附三』(明治21年))。
(注2)旧著作権法の起草者である水野錬太郎は、自身の体系書等において「著作権法ニシテ保護スル精神的創作物ノ範囲ハ…単ニ学芸美術ノ著作物ニ限定セラルルナリ工業上ノ応用ヲ目的トスル創作物若クハ趣美的意匠ノ創作ノ保護ハ特許法又ハ意匠法ノ関スルモノナリ」、「第一條ノ美術著作物ナル文字ハ純美術ノミヲ見タルモノニシテ應用美術ヲ包含セズト解スルヲ至當ナリト認ム。少クモ立法當時ノ思想ニ於テハ應用美術ヲ包含セザリシモノナリト信ズ。」と述べています(水野錬太郎「著作権法(明治38年法政大学講義録)」(水野錬太郎著作権論文刊行会、1974年[復刻刊行])、「著作権保護萬國会議ノ成果ト内國法」(法学協会雑誌27巻10号、1909年))。
(注3)大正10年の意匠法改正により、意匠権の保護対象は「物品ニ關シ形状、模様若ハ色彩又ハ其ノ結合ニ係ル新規ノ意匠ノ工業的考案」へと改められましたが、第44回帝国議会衆議院の立法審議において、政府委員は、「此工業的ト云フ文字ヲ用ヰマシタノハ、美術的所謂著作権ニ対シテ著作物ノ範囲ニ属シナイト云フ趣旨ヲ現シタ文字デアリマス…其ノ範囲ハ著作権ノ範囲ニゾクスベト(原文ママ)モノデナイト斯ウ考ヘテ居リマス…是ハ著作権ノ美術的ノ考案ト区別スルト云フ意味二於テ、工業的ト云フ文字ヲ附ケマシタ次第デアリマス」と答弁しています(第44回帝國議会衆議院特許法改正法律案外4件委員會議録(速記)第五回)。
(注4)特許庁意匠課「意匠制度120年の歩み」第7章 大正10年意匠法の時代
(注5)「民法と著作権法の諸問題―半田正夫教授還暦記念論集―」(株式会社法学書院、1993年)
(注6)著作権法百年史編集委員會「著作権法百年史 資料編」(著作権法百年史編集委員会、2000年)
(注7)応用美術の保護に関する基本的な方針として、以下が提示されました(注6)。
・一般の美術的著作物と同様な独創的な美術的創作物について、それが実用に供されるということのために、あるいは産業上利用する目的を有するということのために著作物としての保護をまったく与えられないとすることは、適当ではない
・当小委員会は、この度の改正の機会において、産業上の利用に関する著作権法と意匠法・商標法との調整につき以下の考慮をはらいつつ、応用美術の著作物に対する著作権法による保護の関係を明らかにするのが適当と考える
・著作権法と意匠法・商標法との重複ないし抵触によって生ずることの予想される混乱に対処するために適当な調整措置を講ずる必要があるところであるが、それ以前に、両者の保護の対象をできる限り判然と区別することによって、混乱の生ずる余地を少なくすることが望ましい
・応用美術の著作物といわれるもののすべてを著作権法によって保護することは適当ではなく、そのうちから、さらに、厳格な考え方によってその範囲を限定すべきであ…る
(注8)権利者関係団体からは「意匠法と著作権法とでは、保護の建前、保護の対象、人格権の保護等の点で異なり、現行意匠法によってはデザイナーの権利を保護することはむずかしく、著作権法の保護によるのが妥当と考えられる」(日本室内設計家協会ほか7団体)などの意見が出され、他方、使用者側関係団体からは「工業上の利用を目的とした応用美術は、例えば染織図案は染織意匠の下図であり、その本質は工業上利用するための意匠そのものであって、純粋美術絵画および美術工芸品と同一扱いとすべき性質のものではない。」(繊維業界を中心とする使用者関係14団体)などの意見が出されました(注6)。
①応用美術の保護①~欧州での保護
②応用美術の保護②~米国での保護
③応用美術の保護③~日本の保護制度の沿革
④応用美術の保護④~関連する裁判例