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応用美術の保護①~欧州での保護
2025.03.06
はじめに
知的財産高等裁判所(第2部:清水響裁判長)は、令和6年9月25日、子供用椅子「TRIPP TRAPP」(トリップトラップ)の著作物性を否定する判決(令和5年(ネ)第10111号)を下しました。これは同一製品について著作物性を認めた知財高裁平成27年4月14日判決(平成26年(ネ)第10063号;第2部:清水節裁判長)を真っ向から否定するものでした。実用に供されあるいは産業上利用される美的な創作物、いわゆる「応用美術」の著作物性については、統一された判断基準がなく、裁判例では、様々な基準で様々な判断がなされ、混迷を極めています。そこで、応用美術の法的保護について、①欧州連合(EU)の状況、②米国法の考え方、③日本の制度の沿革、④日本の裁判例、の4つのテーマに分けて議論を整理します。
まずは、応用美術の法的保護を巡る欧州連合(EU)の状況(①)を概説します。
EUの法制度概要
日本では応用美術の著作権法上の保護については、意匠法上の保護との棲み分けの観点から否定的な意見が論じられることがあります。一方、EUでは、著作権法と意匠法との重畳的な保護が、規則(Regulation)及び指令(Directive)(注1)において明確に認められています。以下、関連する規則や指令をいくつか紹介します。
- 欧州意匠指令(98/71/EC)(注2)
登録意匠に関する加盟国間の制度調和を目的として、欧州共同体(EC)時代の1998年に採択されました。著作権法の国際的調和が達成できない状況においては、意匠法と著作権法に基づく保護の重畳的付与に関する原則を確立することが重要であること、また、意匠権によって保護される意匠はその意匠が創作された日から当該加盟国の著作権法に基づく保護を取得する資格も有する旨が規定されています(前文(8)及び第17条)。
- 欧州共同体意匠規則(No.6/2002)(注3)
意匠に関する加盟国間の法制の調和を目的として、2002年に採択されました。上述の欧州意匠指令(98/71/EC)において明確にされた、意匠法と著作権法の重畳的保護の原則をそのまま引き継いでいます(前文(32)、第96条(2))。
- 欧州情報社会指令(2001/29/EC)(注4)
情報社会における著作権の調和を目的として、2001年に採択されました。同指令では、複製権(Reproduction Right)等の著作権の保護に関する規定は、意匠権(Design Rights)には影響を与えないことが明記されています(第9条)。
以上のように、EUでは、規則及び指令によって著作権法と意匠法との重畳的な保護が明示的に認められています。一方で、EUにおいては、応用美術の著作物性の有無及びその判断基準を直接的に定めた統一的な立法はまだなく、後述のとおり、裁判所の先行判決によりその解釈が示されています。
応用美術に関する欧州連合司法裁判所の主な先行判決
EU各国の裁判所は、特定の事件を審理する過程で、欧州連合司法裁判所(CJEU:Court of Justice of the European Union)に対し、EUの条約・規則・指令等についての解釈又は有効性に関する判断を求めることができます。このCJEUによる判断は、先行判決(Preliminary Ruling)と呼ばれ、先行判決において示された解釈は既判力(Force of Res Judicata)を有し、照会を求めた当該国の裁判所のみならず、加盟国の全ての裁判所を拘束します。
EUでは、この先行判決の集積によって著作権と意匠権の重畳的保護がより強固なものになったほか、応用美術の著作物性についても他の類型の著作物と同様に判断されるべき、という判断が下されています。以下では応用美術の保護に関する主な先行判決を紹介します。
(1)2011年1月27日:Flos事件(C-168/09)(注5)
意匠権の保護期間が満了し、パブリックドメインとなったランプの模倣について、著作権法上の保護が認められるかが争点になりました。CJEUは、欧州意匠指令(98/71/EC)第17条に関して、パブリックドメインとなった意匠についても著作権保護が与えられる旨の判断を示し、重畳的保護を否定したり、応用美術に係る著作権について特に短期の保護期間を設けたりすることは許されない旨を述べました。
(2)2019年9月12日:Cofemel事件(C-683/17)(注6)
ジーンズ、スウェット、Tシャツ等の衣服のデザインに著作物性が認められるかが争点となりました。CJEUは、衣服等のデザインについても他の類型の著作物についてこれまでCJEUが示してきたものと同様の基準によって著作物性が判断されるべきであること、具体的には、①第一に、著作者自身の知的創作として、オリジナルの主題が存在すること(First, that concept entails that there exist an original subject matter, in the sense of being the author’s own intellectual creation)、②第二に、著作物としての分類は、その創作の表現である要素に限られること(Second, classification as a work is reserved to the elements that are the expression of such creation)が、必要であることを示しました(第29段落)。したがって、加盟国の著作権法上、応用美術の保護について、実用的目的を超えた特段の美的に顕著な視覚的効果の存在を要件とすることは、欧州情報社会指令(2001/29/EC)に違反する旨を説示しました。
(3)2020年6月11日:Brompton事件(C‑833/18)(注7)
機能的な折り畳み自転車のBromptonについて、欧州情報社会指令(2001/29/EC)の著作物性が問題となった事案において、CJEUは、同指令の第2条から第5条の著作権保護は、その形状が少なくとも一部において技術的結果を得るために必要な製品についても適用され、その製品が知的創作の結果としてのオリジナル作品であり、その形状を通じて作者が自由かつ創造的な選択を行うことで、独自の方法で創造的能力を表現し、その形状が作者の個性を反映している場合には適用されると判示しました。すなわち、Cofemel事件で示された基準を踏まえ、実用性によってその形状が一部限定されるデザインについても保護の対象となる可能性があるとの判断を示しました。
Bromptonのバイクの写真(注8)
(4)2024年10月24日:Kwantum事件(C-227/23)(注9)
スイスのVitra社のDSWチェアは、米国国籍のチャールズ&レイ・イームズ夫妻によりデザインされ米国において製造されているため、この椅子がEU法域において保護されるかが争点となりました。
CJEUは、ベルヌ条約第2条第7項によればベルヌ条約の加盟国において応用美術作品が保護されるためには、その作品が生まれた国と権利が行使される国の両方において著作権保護の基準を満たさなければならないところ(相互主義)、同項を根拠に欧州情報社会指令(2001/29/EC)に基づく義務を排除することはできない、すなわち各国が独自の相互主義条項を定めることはできないと説示し、Cofemelで判断された基準を満たす応用美術作品は、その創作された国にかかわらず、EU全域で著作権保護の対象となることが認められました。
(5)現在付託中の案件
本原稿執筆時点において、応用美術に関して以下の事件がCJEUへ付託中であり、今後、先行判決が下される可能性があります。
・ Mio事件 (C-580/23)(注10)
・ USM Haller事件 (C-795/23)(注11)
おわりに
今回みたように、EUでは、規則及び指令によって著作権法と意匠法との重畳的な保護が明示的に認められることを前提とし、パブリックドメインとなった意匠について著作権法上の保護がみとめられるか(Flos事件)、実用的目的を超えた特段の美的に顕著な視覚的効果の存在を要件とすることが許されるか(Cofemel事件)、実用性によってその形状が一部限定されるデザインについても保護の対象となるか(Brompton事件)、EU域外で創作された応用美術はEU全域で著作権保護の対象となるか(Kwantum事件)といった、応用美術の著作物性についても他の類型の著作物と同様に判断されるべきであることを前提とした個別の論点について議論が進められている現状にあります。
(注1)規則(Regulation)は、全ての加盟国に直接適用され加盟国における国内法と同じ拘束力をもつものです。指令(Directive)は、指令の中で命じられた結果についてのみ加盟国を拘束し、それを達成するための手段と方法が加盟国に任されます。
(注2)Directive 98/71/EC of the European Parliament and of the Council of 13 October 1998 on the legal protection of designs
(注3)Council Regulation (EC) No 6/2002 of 12 December 2001 on Community designs
(注4)Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the harmonisation of certain aspects of copyright and related rights in the information society
(注5)Case C-168/09, Flos SpA v Semeraro Casa e Famiglia SpA., ECLI:EU:C:2011:29
(注6)Case C-683/17, Cofemel – Sociedade de Vestuário SA v G-Star Raw CV.. ECLI:EU:C:2019:721
(注7)Case C‑833/18, SI and Brompton Bicycle Ltd v Chedech / Get2Get., ECLI:EU:C:2020:461
(注8)https://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?text=&docid=223082&pageIndex=0&doclang=en&mode=lst&dir=&occ=first&part=1&cid=19145095より引用
(注9)Case C-227/23, Kwantum Nederland BV and Kwantum België BV v Vitra Collections AG., ECLI:EU:C:2024:914
(注10)https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:62023CN0580
(注11)https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A62023CN0795
①応用美術の保護①~欧州での保護
②応用美術の保護②~米国での保護
③応用美術の保護③~日本の保護制度の沿革
④応用美術の保護④~関連する裁判例