ブログ
スタートアップ投資と会社法 -申込割当方式と総数引受方式-
2025.06.03
はじめに
弁護士の彈塚寛之/藤森裕介です。
このシリーズでは、スタートアップ投資に関連する様々なトピックについて、日本の会社法との関係を分析することを試みています。内容については、執筆者の個人的見解であり、当事務所の見解ではありませんのでご留意ください。
本ブログでは、スタートアップが株式を第三者割当により発行する際の手続のうち、申込割当方式と総数引受方式について分析したいと思います。
第三者割当の手続
株式会社が特定の第三者に対して株式を有償で発行することを、公募増資や株主割当と区別して、「第三者割当」と言います。
スタートアップがこの第三者割当を行う場合、まず、株主総会決議によって、株式の募集事項(発行する株式の種類や株式数、必要な出資金額、出資金の払込スケジュール等)を定める必要があります(いわゆる発行決議。会社法199条1項、2項)。
その上で、「具体的に誰に何株を割り当てるのか」を決定するのですが、これを決定するための手続として、会社法上、「申込割当方式」と「総数引受方式」が用意されています。
申込割当方式を活用する場合、株式の引受人(=出資者)が出資金を払い込むより前に、①会社が引受人に対して株式の募集事項を通知し(会社法203条1項)、②通知を受けた引受人が引き受けたい株式数を会社に対して申し込み(会社法203条2項)、③申込みを受けた会社が「誰に何株を割り当てるのか」を決定し(いわゆる割当決定。会社法204条1項、2項)、④決定した割当数を引受人に対して通知する(いわゆる割当通知。会社法204条3項)、というプロセスを踏む必要があります。
この際、④の割当通知は、募集事項として定めた出資金の払込スケジュールよりも前に(払込期日又は払込期間の初日の前日までに)行う必要があることから(会社法204条3項)、申込割当方式の手続には、出資金の払込みまで最短でも2日かかることになります。
他方、総数引受方式を活用する場合、①会社と引受人との間で具体的な引受数を定めた契約(総数引受契約)を締結し(会社法205条1項)、②会社において総数引受契約の締結を承認する(会社法205条2項)、というプロセスを踏む必要があります。
総数引受方式の場合、申込割当方式のような時間軸の制約はないため、出資金の払込みまでの全手続を1日で完了させることも可能です。
申込割当方式と総数引受方式
いずれの方式をとるかによって作成する手続書面が異なりますが、両方式にクリティカルな優劣はありません。
上記のとおり、総数引受方式の場合は全手続を1日で完了させることが可能であるため、強いて言えば総数引受方式が採用されるケースが多いように見受けられます。
なお、株式の発行は登記事項であるため、手続の完了後は法務局に必要書類を提出し、所定の登記を行う必要があります。過去には、この際の登記実務を踏まえて、申込割当方式が採用されるケースが存在しました。
すなわち、総数引受方式を採用する場合、上記のとおり会社と引受人との間で総数引受契約を締結する必要があるところ、従前は、登記申請の際に、全ての引受人分について、引受人が押印した「総数引受契約書」を提出する必要がありました。
そこで、速やかに全ての引受人から押印を得ることが難しいようなケース(海外在住の投資家がいる場合等)においては、スムーズに登記を進めるために、総数引受方式を避け、申込割当方式が採用されることがありました。
もっとも、現在では、総数引受契約書の押印が登記審査の対象から外れたため、総数引受契約書に押印がなくても登記申請は受理されることになっています。また、総数引受契約書そのものを提出する代わりに、「総数引受があったことを証する書面」を提出することで足りるケースもあります。
そのため、この点に関する総数引受方式のデメリットは以前よりも解消されていると言えます。
ただし、総数引受方式を採用する場合、引受人の一部との間で総数引受契約を締結できないと、他の引受人との関係でも「総数」引受契約が締結されていないことになってしまいます。また、全ての引受人との間で総数引受契約を締結したとしても、その引受人のうち一部が所定の期間に払込みを怠ると、「総数」性が損なわれ、募集株式の全部について発行の効力を否定するという見解が存在します。
そのため、複数の引受人が存在し、スケジュール通りに全ての引受人との間で総数引受契約を締結できない可能性があるようなケースや、引受人の一部が所定のスケジュールで払込みに応じてくれない可能性があるようなケースでは、保守的に申込割当方式を採用することも考えられます。
※なお、学説上は、このような場合でも、他の引受人による払込みの限度では募集株式の発行を認めるべきであるという見解(一部失権を認める見解)が有力です。
別の話として、スタートアップが資金調達のために株式を発行する場合、出資者との間で、発行する株式の数などを定めた「投資契約書」を締結することが通常です。この場合、登記申請に当たって、総数引受契約書の代わりに、この投資契約書を提出することも可能です。
もっとも、登記申請時に提出した書類は、一定の場合には第三者による閲覧が可能となります。そのため、実務的には、詳細な投資条件が定められた投資契約書を提出するのではなく、登記申請用に必要最低限の内容を定めた総数引受契約書を敢えて作成し、提出することが多いと思われます。
以上