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現行外為法で初の中止勧告
2026.04.24
2026年4月22日、MMホールディングス合同会社(以下「MMH」といいます。)による株式会社牧野フライス製作所(以下「牧野フライス」といいます。)の株式に対する公開買付け(以下「本件公開買付け」といいます。)及びその後の一連の株式取得(以下、本件公開買付けと併せて「本件株式取得」といいます。)について、対内直接投資等を規制する外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」といいます。)に基づく中止勧告(以下「本件中止勧告」といいます。)が行われました。現行外為法下において中止勧告を受けた事案は、公表事例としては初めてと見られます。
法令及び実務上の審査プロセス
外国投資家が対内直接投資等に係る事前届出を行う場合、届出の受理日から起算して30日を経過する日まで(以下「禁止期間」といいます。)は、当該届出に係る対内直接投資等を行うことができません(外為法27条2項)。禁止期間中に、財務大臣及び事業所管大臣は、対内直接投資等が国の安全を損ない、公の秩序の維持を妨げ、又は公衆の安全の保護に支障を来すおそれがないか等の観点から審査します(注1)。
通常、財務省及び事業所管省庁(主に経済産業省)は、届出者の属性、投資判断の経緯、及び、投資実行後における発行会社の事業の縮小又は廃止の予定等を質問票の形式で届出者に確認することとなります。なお、届出者からの回答を踏まえて、必要に応じて追加の質問等が行われることがあります。
2024年度は、2,903件の事前届出のうち、約30%が5営業日以内、約79%が2週間以内で審査が終了しているため(注2)、通常は、2週間以内で審査が終了するケースが多いといえます。
審査に必要な回答を得た場合であっても、事業所管省庁は、届出者に対して、国の安全等の観点からの懸念を軽減するための措置に係る誓約事項(外国政府の経営への影響排除、事業廃止・事業譲渡の提案禁止及び秘密情報の取得・開示禁止等)を提示することがあります。届出者は、これに応諾する場合、事前届出を取り下げた上で、誓約事項を記載した事前届出書を再度提出して、審査の完了を待つことになります。
また、国の安全等の観点から問題があると認められた場合には、財務大臣及び事業所管大臣は、関税・外国為替等審議会の意見を聞いたうえで、中止の勧告・命令を行うことができます(外為法27条5項)。中止勧告を受けた届出者は、勧告を受けた日から起算して10日以内に、当該勧告を応諾するか通知しなければなりません(同条6項)。応諾しない場合又は応諾の通知をしない場合には、財務大臣及び事業所管大臣は中止命令を発令することができます(同条10項)。
本件株式取得に対する審査状況等
(1)FDI(外国直接投資)の審査状況
MMHは、MBKパートナーズ株式会社が100%出資して設立した会社であり、本件公開買付け時には、MBKパートナーズ株式会社又はその関係会社(以下「MBKパートナーズ」と総称します。)がサービスを提供するファンドが持分の全てを保有する予定とされています。MBKパートナーズは、日本、中国及び韓国でのPE投資に特化しているとされています(注3)。
2025年6月3日に本件公開買付け開始の予定がリリースされた時点では、日本、米国、フランス、ドイツ、イタリアの投資規制に係る手続を完了する必要があることが公表されています(注4)。MMHは、既に、ドイツ(2025年11月中旬まで)、イタリア(2025年12月中旬まで)、フランス(2026年1月上旬まで)及び米国(2026年1月下旬)におけるFDIのクリアランスを取得し(注5)、日本における対内直接投資等の事前届出に係る審査を待つのみとなっていました。本件株式取得について、審査期間がどの程度だったのかは公開情報からは不明ですが、遅くとも上記の本件公開買付け開始の予定がリリースされた時点で実質的な審査が始まっていたと仮定すると、約10カ月もの間審査されていたこととなり、通常の案件に比してかなり長期間に及んだといえます(注6)。
(2)本件中止勧告の判断について
MMHの2026年4月23日付け「株式会社牧野フライス製作所株式(証券コード:6135)に対する公開買付けの実施に向けた進捗状況等のお知らせ」(以下「本件プレスリリース」といいます。)において、本件中止勧告について以下のとおり記載されています(注7)。
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本件勧告によれば、対象者[筆者注:牧野フライス]は、軍事転用の可能性が特に高い機微な貨物として輸出に際して経済産業大臣の許可が必要となる高性能な工作機械を製造しているほか、これに関する技術及び情報を保有しており、これらは日本国の防衛装備品の製造事業者においても広く利用されていること、対象者が保有する情報には、単一の情報では必ずしも機微性が認められないとしても他の情報と組み合わせることで国の安全の確保に係る機微情報となるおそれがある情報が存在し、企業価値向上施策の立案及び実行に必要な調達情報や営業情報といった情報もこれに含まれるところ、公開買付者による機微情報へのアクセスに係る懸念に対応するためには、企業価値を向上させるために必要となる情報にアクセスすることも困難となり、これは、公開買付者の投資目的と両立しないこと等から、本株式取得は外為法第27条第3項に規定する「国の安全等に係る対内直接投資等」に該当すると判断したとのことです。なお、本件勧告においては、当該判断の理由として、MBKパートナーズ株式会社及びそのグループ企業(以下「MBKPグループ」といいます。)がサービスを提供するケイマン諸島籍のファンドが、公開買付者の全ての株式を所有する点を除き、公開買付者を含むMBKPグループの属性及び資本構成に関する言及は一切ありません。 |
また、同日、片山さつき財務大臣は、財政金融委員会の冒頭において、本件中止勧告に関して、以下のとおり発言しました(以下「財務大臣発言」といいます。)(注8)。
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本件投資は、MBKが牧野フライス製作所を完全子会社することが企図されていること、それから牧野フライス製作所は世界有数の工作機械を製造する企業であり、我が国防衛装備品の製造事業者にも広く利用されていること等を踏まえ、国の安全の確保等に係る生産基盤及び技術基盤の維持に与える影響の程度、国の安全の確保等に係る技術又は情報が流出する可能性等を考慮して審査をしました。この結果、財務省及び経済産業省としては、本件投資は国の安全を損なう事態を生ずるおそれがあると認められたことから、外為法に基づき審議会でご議論をいただき、意見を聴いたうえで、本件投資の中止を勧告することが必要不可欠であるとの判断に至ったものです。 |
審査過程等は公開されないため、その詳細は不明ではあるものの、本件プレスリリース及び財務大臣発言から以下の点を読み取れます。
- 審査当局は、牧野フライスの事業のうち防衛装備品に係る工作機械の製造が国の安全等に深く関わるため、本件株式取得に我が国の安全確保等へのおそれがあると判断したこと
- 審査当局は、当該事業に係る技術・情報、企業価値向上施策の立案及び実行に必要な調達情報や営業情報といった情報を保護すべきと判断し、MMHがこれを取得することを懸念したこと
- MMHが上記の情報を取得できない場合には、企業価値を向上させるために必要となる情報にアクセスすることも困難となると思われること
- 本件中止勧告においてMMHの属性及び資本構成については明言されていないこと
また、本件プレスリリース及び財務大臣発言は、財務省及び経済産業省が、防衛装備品に関する事業のサプライチェーンを我が国に確保する点並びに(サプライチェーンのみならず、)技術及び情報の管理に重大な関心を持っていることを示唆しています。
今後の流れ
本件中止勧告にあたり、外為法27条5項に基づき関税・外国為替等審議会の意見を聴取する機会を経ているため、今後、関税・外国為替等審議会の意見等が公表される可能性もあります(注9)。
加えて、今後の流れとして、MMHは、本件プレスリリースにおいて、2026年5月1日までに本件中止勧告を応諾するか否かを通知することを予定しており、本件中止勧告を応諾するか否か及び本件公開買付けに関する今後の対応について現在検討中である旨を公表しています。MMH及び当局の対応については、今後の動向が注目されます。
最後に
本件中止勧告は、現行の外為法の下では初めてとなる中止勧告であることから、極めて重要な先例になると考えられます。近年の我が国当局による安全保障に関わる事業への対内直接投資等に対する審査期間の長期化及び審査の厳格化を示すものとして、今後の対内直接投資等の実務に多大な影響を与える可能性があります。
(注1)国の安全等に係る審査において考慮される事項については、財務省「外為法に基づく対内直接投資等の事前届出について財務省及び事業所管省庁が審査に際して考慮する要素」を参照。
(注2)財務省「外為法・投資審査制度アニュアルレポート(2024年度)」27頁
(注3)https://ir.makino.co.jp/news/pdf/2025/20250603_2.pdf
(注4)前掲(注3)。なお、ニデック株式会社が牧野フライスに対して公開買付けを進めていた際には、米国、ドイツ、フランス、イタリアのほか、スロバキア、スペイン、チェコにおけるFDI規制に係る届出が行われています(尾藤正憲=堀木淳也=佐藤悠己「公開買付けにおける外国為替及び外国貿易法上の対内直接投資等に係る事前届出の事例分析(2021年から2025年上半期)」旬刊商事法務2406号34頁〔図表3〕)。もっとも、ニデック株式会社は外国投資家ではないと思われるため、日本の対内直接投資等の届出はしていないものと考えられます。
(注5)2026年1月30日付け「株式会社牧野フライス製作所株式(証券コード:6135)に対する公開買付けの実施に向けた進捗状況等のお知らせ」https://ir.makino.co.jp/news/pdf/2026/20260130.pdf
(注6)なお、審査が長期間に及んだ公開買付けの事例として、他にもYAGEO Electronics Japan合同会社による株式会社芝浦電子に対する公開買付けがあります。この件では当局による審査に約7カ月を要しました(尾藤正憲=堀木淳也=佐藤悠己「公開買付けにおける外国為替及び外国貿易法上の対内直接投資等に係る事前届出の事例分析(2021年から2025年上半期)」旬刊商事法務2406号28頁)。
(注7) 2026年4月23日付け「株式会社牧野フライス製作所株式(証券コード:6135)に対する公開買付けの実施に向けた進捗状況等のお知らせ」https://ir.makino.co.jp/news/pdf/2026/20260423.pdf
(注8)2026年4月23日財政金融委員会https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.phpの最初の質疑応答
(注9)2008年5月、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンドが電源開発株式会社の株式の保有比率を9.9%から20%まで引き上げる株式取得に対して中止命令が出された事案があります。同事案では、公の秩序の維持が妨げられるおそれがあるとして、関税・外国為替等審議会の意見を踏まえて、2008年4月に中止勧告、同年5月に中止命令が出されました。当該意見の全文は、2008年4月15日関税・外国為替等審議会外国為替等分科会第2回外資特別部会(議会要旨)https://warp.ndl.go.jp/web/20100601065329/www.mof.go.jp/singikai/kanzegaita/gijiyosi/a200415.htmの別添に公表されています。
