ブログ
【EU法務】一般製品安全規則(GPSR)の要点と実務上の留意点 ~サイバーセキュリティ、メンタルヘルス、AI等をふまえたサプライチェーンの各事業者に求められる対応~【前編】
2026.05.08
はじめに
EUの一般製品安全規則(General Product Safety Regulation (EU) 2023/988:以下「GPSR」) は、製造業者だけでなく、輸入業者、流通(販売)業者、フルフィルメントサービスプロバイダー、そしてオンラインプラットフォーマーに至るまで、サプライチェーンに関与する各事業者に広範に義務を課しており、関係する事業者は多く存在します。そのこともあって、日本語で書かれた公表情報も一定数見られます。しかし、GPSRの原文を見ると、未だ日本でクローズアップされていない事項が散見されます。
そこで、本稿では、既出の日本語での公表情報ではあまり触れられていない実務上のポイントを中心に要点を紹介します。加えて、欧州委員会は、2025年11月21日、事業者向けにGPSRの適用に関する公式ガイドライン(Commission Notice C/2025/6233:以下「本ガイドライン」)を公表しており、実務上参考になるので、その点にも触れます。
GPSRの原文と近時のホットトピックから見る、GPSRのポイント
本稿でお伝えしたいポイントを箇条書き形式で要約すると、以下の諸点です。
|
① 安全性のリスク分析における以下の要素の考慮の必要性
② 食べられない製品について、食品であるかのような包装、デザインにすること等についての問題意識(本ガイドライン) ③ AIの自己学習機能やソフトウェアのアップデートを踏まえ、安全性を「点」ではなく「線」で検証することの重要性(GPSR第6条第1項(h))その場合、製造物の開発や指示・警告表示の検討に際し、「寿命」(標準使用期間等)をどのように考えるかという問題が今後の実務で顕在化しうると予想されること ④ 日本企業が越境EC等を通じてEU域内で商品を販売する場合の留意点
⑤ 品安全の根幹を担う「製造業者(メーカー)」向けのチェックリストの要点 ⑥ 例えば、以下のような日本のリコールの実務との相違点の認識
【以上、後編】 |
GPSRのポイント
(1)安全性のリスク分析における考慮要素
まず前提として、日本の製造物責任法とは異なり、EUにおいて「製造物」(product)には、サービスも含まれる点[1]は、既に広く知られているところです。本ガイドラインにおいても、GPSRの「製造物」(product)には、アプリやソフトウェアも含まれることが記載されています[2]。
次に、製造物が安全な製造物か否かをアセスメントする際にどのような要素を考慮すべきかがGPSRには規定されています(GPRS第6条第1項各号)。例えば、サイバーセキュリティの脆弱性等も要素に含まれている点は、既に知られているところです(GPSR第6条第1項(g))。
そして、製造業者は、市場に製品を置く前に、リスク分析をすることが求められ(GPSR第9条第2項)、技術文書を作成する必要があります(GPSR第9条第2項)。
加えて、本稿では、以下の点を特に指摘しておきます。
① 消費者の健康と安全に関わる環境リスクの考慮
GPSRの前文第23項は、製造物の安全性のアセスメントの要素について種々の記載がありますが、この中でも、消費者の健康と安全に関わる環境リスクも考慮すべきことが明記されている点は留意すべきです[3]。本ガイドラインにおいても、環境リスクについても一定の場合に考慮要素になることが改めて記載されています[4]。
昨今では、PFAS(有機フッ素化合物)規制等が各国のリーガルトピックとして話題となっており、米国等でも訴訟が起きていることは周知のとおりです。EUにおいて、このような特定の化学物質がもたらすリスクは、第一義的にはREACH規則等の個別法令によって規制されます。しかし、それらの個別法令でカバーしきれない新たな化学物質や、環境への流出が消費者の健康・安全に未知の影響を及ぼすようなケースにおいては、まさにこのGPSRの「環境リスク」の概念がセーフティネットとして適用され得ます。したがって、PFAS問題に代表されるような「環境経由で消費者の健康に波及するリスク」についても、広く感度を高めておく必要があります。
よって、製造物が安全に稼働するか否かはもとより、その製造物に使用している材料・物質等についても、消費者の健康と安全に関わる環境リスクがないかという点は注意すべきです。
② メンタルヘルス等の健康リスクの考慮
GPSRの前文第23項は、製造物の安全性のアセスメントの要素の記述の中で、メンタルヘルスについて明示的に記述している点は留意すべきです。本ガイドラインにおいても、メンタルヘルスがリスクに含まれることが改めて記載されています[5]。
日本の製造物責任法やいわゆる製品安全四法(消費生活用製品安全法、電気用品安全法、ガス事業法、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律)における安全性に関する昨今の大きな話題の一つは、モバイルバッテリーの発火事故等です。もっとも、メンタルヘルスについては、必ずしも製造物責任等の文脈で多くの議論が蓄積されてきたわけではありません。昨今では、SNSの使用について年齢制限等の議論が起きているところですが、GPSRにおいては、デジタルコネクテッド製品について、メンタルヘルスを含めた健康リスクについて考慮すべきとした上で、子どもへの影響がありうる場合には、最も高い安全基準、セキュリティ基準、プライバシー基準(the highest standards of safety, security and privacy)を満たすべきことが書かれている点が特筆すべき点であるといえます[6]。
③ 子どもをはじめとする脆弱な消費者の保護の視点
子どもをはじめとした脆弱な消費者(vulnerable consumers)の保護は重要なテーマであり、GPSRも随所にこの点の問題意識が現れています(前述の前文第23項のみならず、GPSR第6条第1項(d)、(e))。
製造物の開発においては、対象年齢の検討はもとより、過度な利用によってメンタルヘルスを含む健康上のリスク(睡眠障害、不安、うつ等)が生じないか、使用者の対象年齢や使用の限度について制限を設けておく必要はないかといった点は慎重に議論する必要があります。
日本国内法においても、消費生活用製品安全法の改正により、特定玩具(乳幼児用玩具)の新規制が導入されたのをはじめ[7]、子どもの保護については一定の議論があるところであることに併せて留意すべきです。
④ 食品模倣製品(food-imitating products)や子どもの注意を惹く製品(child-appealing products)に対する留意点
本ガイドラインにおいて、「食品模倣製品(food-imitating products)」(GPSR第6条第1項(f)(i)参照)や「子どもの注意を惹く製品(child-appealing products)」(GPSR第6条第1項(f)(ii)参照)について特記されている点は留意が必要です。
すなわち、食品ではないものの、食品に見え、消費者が誤って口にしてしまうような製造物については、リスクアセスメントにおいて特に留意すべきことが記載されています[8]。
また、子どもの注意を惹く製品(child-appealing products)について、本来は子ども用製品ではないが、子どもの注意を惹くデザインになっている結果、子どもが使用してしまうリスクがあるような製品についてのリスクアセスメントは慎重に行うべきことが記載されています。本ガイドラインにおいて、漫画のキャラクター等でデコレーションされたバッテリーや洗剤が例として挙げられています。
日本でも昨今、非食品製品について、食品に似たパッケージデザインを用いたことによる誤飲や誤食リスクがニュース報道された事例が存在しています。このような製品についてはリスクに対する感度を高めておき、製品のデザインやパッケージデザインの在り方においては、このように海外でも留意すべき製品として議論されていることを認識しておくことが期待されます。
(2)点ではなく線で安全性を検証すること(「寿命」は誰がどのように決めるのか)
製品の安全性は、引渡時(上市時点)という「点」の評価にとどまらず、実際の使用期間を含む製品の寿命全体(entire lifespan)という「線」でみる必要があります(GPSR前文第23項参照)。
特に、AIの自己学習機能やソフトウェアのアップデート等によって製品の機能が進化・変化する場合には、その後の変化や予測される機能(evolving, learning and predictive functionalities)も踏まえたリスクアセスメントを実施しなければなりません(GPSR第6条第1項(h)、前文第25項)。
ここで指摘しておきたいのは、そもそも寿命(lifespan)とは、誰がどのように決めるかという問題点です。製造物によっては、その使用環境や使用頻度によって、当然、耐久期間に幅が生じます。そうすると、いつまで安全性を保てるのかという点は、今後議論になり得ます。製造物の開発や指示・警告表示の検討に際し、「寿命」(標準使用期間等)をどのように考えるかという問題が今後の実務で顕在化しえます。この点については、現に、法律相談も生じているところです。
このほかに留意すべき点として、この販売後の継続的な安全性監視がメーカー(製造業者)のみの義務ではないという点が挙げられます。たとえば、販売業者(流通業者)(GPSR第12条第4項・第20条第3項)やオンラインプラットフォーマー(GPSR第22条第12項)についても、製品の安全上の問題や事故を認知した場合には、速やかにメーカーや市場監視当局へ報告し、是正措置に協力・関与する厳格な義務を負っています[9]。つまり、製品を市場に出した後も、メーカーだけでなくサプライチェーンを構成する各事業者が連携し、それぞれの役割に応じて継続的に製品の安全性を監視し、有事には即座に対応できる実務プロセス(社内体制)を構築しておくことが強く求められています(GPSR第14条、第22条第3項)。
‐後編に続く‐
[1] GPSR第3条(1)。なお、製造物責任指令(Directive (EU) 2024/2853)においては、第4条(1)
[2] 本ガイドライン2.1.(7頁)
[3] “Those risks can also include environmental risk insofar as it poses a risk to the health and safety of consumers.” (前文第23項)
[4] 本ガイドライン1.2.(5頁)
[5] 本ガイドライン1.2.(5頁)
[6] “That assessment should take into account the health risk posed by digitally connected products, including the risk to mental health, especially of vulnerable consumers, in particular children. Therefore, when assessing the safety of digitally connected products likely to have an impact on children, manufacturers should ensure that the products they make available on the market meet the highest standards of safety, security and privacy by design, in the best interests of children.” (前文第23項)
[7] 参考「乳幼児用玩具に対して新しい規制が導入されました!」(METI/経済産業省)
[8] 本ガイドライン3.1.1.(13頁)
[9] 本ガイドライン3.1.4.(26頁)“If you consider or have reason to believe on the basis of the information in your possession, that a product you have made available on the market is dangerous or not in conformity with the requirements in point 1 above, you must immediately take the following steps:
A) Inform the manufacturer or the importer, as applicable, of this.
This transmission of information is key to addressing the safety or non-compliance issue quickly.
B) Ensure that the corrective measures necessary to effectively bring the product into conformity are taken, including withdrawal or recall, if appropriate. If you initiate a recall, refer to point 3.4.1; and
C) Ensure that the market surveillance authorities of the Member States in which the product has been made available on the market are immediately informed of this through the Safety Business Gateway.”

