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スポーツ団体における誹謗中傷対策の実務 -SNS時代に求められる多角的対応について-
2026.07.31
近年、SNSの普及に伴い、アスリートや指導者に対する誹謗中傷が深刻な社会課題として顕在化しています。競技結果や代表選手の選考等を契機として、短期間に大量の投稿が集中し、投稿の対象となったアスリート等に大きな心理的負担を生じさせるケースも少なくありません。このような状況を踏まえ、スポーツ団体における誹謗中傷対策の重要性は、近時一層高まっているといえます。
こうした中、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)及び公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)は、共同で誹謗中傷対策事業を実施するとともに、その取組内容や成果を整理した「アスリート等に対する誹謗中傷対策事業に関する報告書」を公表しています。同報告書において、誹謗中傷への対応は、法的対応にとどまらず、モニタリング、広報・啓発活動、教育・研修などを含む多角的な施策によって構成されるべきものと整理されています。
本稿では、このような報告書の内容も踏まえ、スポーツ団体における誹謗中傷対策について、実務的な観点からご説明します。
多角的な対応の必要性
誹謗中傷への対応というと、まず発信者情報開示請求や損害賠償請求といった法的手段が挙げられるかと思います。また、近時は、より迅速な対応手段として、プラットフォーマーに対する削除要請(プラットフォーム上の通報機能)も実務上広く用いられています。
他方で、これらはいずれも、誹謗中傷が現に発生した後に講じられる事後対応です。SNS上の投稿は短時間で広範囲に拡散するという性質を有するため、事後対応のみによって被害の発生・拡大を十分に防ぐことには、自ずと限界があります。
そのため、誹謗中傷をそもそも発生させないための予防的取組み、すなわち広報・啓発活動及び教育・研修も、スポーツ団体における誹謗中傷対策として重要であるといえます。現に、JOC及びJPCにおいても、望ましい応援のあり方や応援の言葉の持つ力を社会に発信し、アスリートの歩んできた道のりや努力を讃える啓発活動に注力しており、これは予防の重要性を踏まえた取組みと理解することができます。
このように、スポーツ団体における誹謗中傷対策は、事後対応(法的請求・削除要請及びこれらを支えるモニタリング)と予防(広報・啓発活動及び教育・研修)とを両輪として組み合わせ、相互に補完させながら、連動する制度として設計することが重要です。
事後対応としての法的請求・削除要請
まず、誹謗中傷対策事業における法的請求とは、誹謗中傷投稿によって権利を侵害した者に対して、法的責任を追及するというものです。また、SNSを含むオンライン上の誹謗中傷投稿の投稿者については、アカウント名しか分からず、誰が当該投稿を行ったのかが不明であることが一般的です。そのため、誹謗中傷投稿の投稿者に対して法的責任を追及するためには、その前段階として、発信者情報開示請求という裁判手続などを通じ、投稿者を特定する必要があります。
なお、このように、誹謗中傷対策事業における法的請求は、権利侵害の有無といった法的要件の検討から発信者情報開示請求及び損害賠償請求の手続の遂行に至るまで、各段階で専門的な判断を要するため、実務上は弁護士等の専門家が関与して進められることが多いといえます。
そして、法的請求は、被害者から投稿者に対する直接的な手段であるため、損害賠償や謝罪を受けることなどによって当該投稿に係る被害の回復を図ることができるほか、悪質な投稿に対して法的請求を行うという姿勢を示すこと自体でも、誹謗中傷投稿を抑止する役割を期待することもできます。
他方で、SNS投稿は短時間で広範囲に拡散するという性質を有するにもかかわらず、実際に発信者情報開示を行い、第一審で損害賠償請求に係る判決を受けるまでには相応の期間(目安として、1年~2年程度)を要します。また、被害を受けたのは選手本人であるため、民事訴訟法や弁護士法等の観点から、第三者であるスポーツ団体やマネジメント会社等が当事者となって法的請求を行うことは困難といえます。そのため、法的請求は、被害回復や責任追及といった事後的な解決には資するものの、投稿の拡散を直ちに止めるといった被害拡大防止の観点では限界があるともいえます。
これに対し、削除要請とは、誹謗中傷投稿が掲出されたプラットフォーマーに対して、プラットフォーム上の機能を通じて、当該投稿の削除を求めるというものです。削除要請は、プラットフォームのポリシーに基づく対応として、比較的短期間で投稿が削除される可能性があるという点で、実務上重要な手段であると位置付けられます。特に、被害の拡散抑止という観点においては、一定の有効性を有するといえます。また、発信者情報開示請求や損害賠償請求といった法的手続とは異なり、被害者である選手本人ではなく、スポーツ団体自身が主体となって行うことができる点も、削除要請の特徴です。さらに、投稿が削除されるか否かはプラットフォームのポリシーに基づく判断であることから、必ずしも法的手続における判断と一致するとは限らず、厳密には発信者情報開示請求や損害賠償請求では権利侵害等の要件が認められない投稿であっても、ポリシーに抵触するものとして削除に至る可能性があります。加えて、法的請求と同様、スポーツ団体として悪質な投稿の削除要請を行うという姿勢を示すこと自体でも、誹謗中傷投稿への抑止効果を期待することもできます。
もっとも、このように削除要請が比較的広く行い得るものであるからこそ、スポーツ団体が削除要請を行うにあたっては、投稿者の表現の自由にも配慮し、その対象を安易に広げるべきではないという点には留意が必要です。すなわち、削除要請の対象を広く捉えすぎると、本来は正当な批判や論評にとどまる投稿までもが削除要請の対象となり得ますが、特に、被害者である選手本人ではなく、スポーツ団体等が介入して削除要請を行う場合には、投稿者に与える萎縮効果は大きくなるものと考えられ、当該競技をめぐる健全な言論をも過度に萎縮させるおそれがあります。そのため、ある投稿が削除されるべき誹謗中傷に当たるのか、それとも正当な批判の範囲にとどまるのかという線引きについては、名誉毀損や侮辱の成否に関する法的な評価が不可欠であり、法律の専門家である弁護士が判断に関与することが望ましいといえます。
なお、削除可否はプラットフォーマーが判断するため、削除要請の対象を広くしても問題ないという考え方もあり得ますが、被害者本人ではないスポーツ団体による誹謗中傷対策の場合には、言論への介入は制限的であるべきとも考えられます。
以上のとおり、法的請求及び削除要請はいずれも重要な手段であり、その効果を十分に発揮させるためには、各手段の性質を理解した上で、専門的な判断の下で適切に運用することが重要です。
モニタリングの役割について
誹謗中傷対策を行う上では、誹謗中傷投稿を迅速に検知するために、SNS投稿のモニタリングを実施することが考えられます。
最近の誹謗中傷対策におけるモニタリングでは、AIによる検知と弁護士による精査を組み合わせて行うのが一般的であり、実務上はおおむね次のような流れで実施されます。
- AIによる一次検知
選手名・競技名・関連キーワード等を組み合わせ、対象SNSの投稿を自動的に収集・検知します。 - 専門業者による目視精査と証拠保全
AIが検知した投稿(及びAIでは検知が難しいニュースサイトのコメント欄等の投稿)を人の目で確認し、明らかに問題のない投稿(AIによる誤検知)か、誹謗中傷の疑いのある投稿かを区別します。その上で、誹謗中傷の疑いがある投稿については、URL・投稿内容・投稿時刻・アカウント情報等を保存します。 - 弁護士による法的分析
誹謗中傷の疑いのある投稿が、名誉毀損・侮辱等の権利侵害の有無を含め、各プラットフォームのポリシーに抵触するかを評価します。 - 削除要請
ポリシーに抵触すると評価された投稿を対象に、プラットフォーマーへ削除要請を行います。
モニタリングの第一の意義は、スポーツ団体によるモニタリングを通じて法的手段や削除要請を実施することにより、アスリート等本人が誹謗中傷投稿を直接確認しなくてもよいという環境を整備できる点にあります。被害者本人が継続的に誹謗中傷投稿の有無や内容を確認することは、心理的負担の観点からも望ましくなく、競技結果にも悪影響を及ぼすおそれがあります。そのため、第三者によるモニタリング体制を構築することには大きな意味があります。
それに加え、モニタリングは、単なる誹謗中傷投稿の検知にとどまらず、事象に対する世の中の反応(炎上の温度感など)を把握する機能も有するといえます。すなわち、投稿の拡散状況や論調の変化等を把握することで、組織としての対応方針(広報対応の要否やタイミング等)を適切に判断することが可能となります。
このように、モニタリングは、法務や広報について適切に対応・判断するために重要な役割を担うものといえます。
おわりに
SNS時代において、誹謗中傷の問題はスポーツ界に限らず、あらゆる分野に共通する課題となっています。その中で、スポーツ団体における取組みは、他分野における誹謗中傷対策においても参考となり得るものといえます。
誹謗中傷への対応を、個別の事案処理にとどまらず、組織としての制度設計の問題として捉えることが、今後ますます重要になると考えられます。
以上

