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才口弁護士に聞いてみよう(20)
2022.04.01
TMIの顧問弁護士であり、最高裁判事の重責も務められた才口弁護士に聞く、現代の「仕事」と「生き方」のヒント。
私は8年目の弁護士です。先日、案件で修羅場と呼べるようなイレギュラーな事態が生じ、クライアントの前にもかかわらず、慌てふためいてしまい、先輩弁護士から「修羅場にこそ弁護士の本分があるのだから、アシスタントの前では決して慌てふためいてはいけない」と厳しく叱責を受けました。先生は、50年以上、弁護士・裁判官を務めておられるのですが、これまでの弁護士・裁判官人生で「最大の修羅場」と呼べるようなものは、ありましたでしょうか、また、その修羅場をどのようにして切り抜けられたのでしょうか。
半世紀を超えた法曹人生の中で修羅場とおぼしき場面を追懐します。
人生つづら折り、山あり谷ありの曲がりくねった坂道です。まして、倒産弁護士でしたから修羅場が多かったかもしれません。
生来、大ざっぱな性分ですから、瞬時かつ大量・迅速処理の倒産事件には適していました。
弁護士登録した1966年頃(半世紀以上前)、倒産事件は日のあたる分野ではありませんでした。
イソ弁を2年間終えて所属した事務所は会社整理や再建事件を多く手掛け、債権者集会などに出席する機会がありました。債権者集会では灰皿が飛び交い、社長が椅子で殴られることなども珍しくありませんでした。
倒産の法的処理のバイブルであった「倒産五法」も有効に機能せず、特に「和議法」は“詐欺法”と喧伝されていた状況であり、私的整理が主流の倒産事件処理時代でした。
こんな状況の中から徐々に法的倒産手続に関与することになり、多くの会社更生事件の管財人などを務めましたから、幾多の試練と苦難の場がありました。
それが修羅場であったかどうかはわかりませんが、著名な事件、歴史上の人物が登場する事件、まして担当裁判官との確執などを巡る葛藤については語れません。
そこで、法制審議会倒産法部会における新倒産法制の制定と改正直前の修羅場の一幕を披露することにします。
倒産法部会は、1996年10月8日に発足し2004年11月26日までの約8年間に新・旧合計65回の審議会が開催され、民事再生法を皮切りに、会社更生法、破産法、特別清算手続と新倒産法制の制定と改正を行いました。司法制度改革の潮流とバブル経済崩壊後に続発した倒産あるいは経済破綻に対応する抜本的かつ画期的な立法作業でした。
作業の最終段階である「民事再生法」の制定直前に法務省から提出された倒産犯罪の厳罰化案をめぐり、われわれ弁護士会メンバーがこぞって同案に強硬に異論を唱え、これを阻止したことがありました。
まず、論客を自認する故 田原睦夫委員(元最高裁判事)が法務省案に対し「牽強付会」と反論して論陣の火ぶたを切りました。委員会は騒然となり審議は中断しました。そこで、不遜にも私が「民事再生法制定・施行の直前に当委員会の長年の結束と友好にもとる改正案を強行採決するのであれば、弁護士会委員及び幹事は全員即刻本会議から退席する。最終判断は部会長の人格と識見を信頼して一任する」と発言しました。会議は暫時休憩し、部会長の故 竹下守夫先生(法務省顧問・一橋大学名誉教授)は事態収拾のため継続審議とし、次回審議会において倒産犯罪の厳罰化の審議は新破産法の改正に委ねる旨英断され、大事に至らずに済みました。
倒産犯罪厳罰化の法務省案は、倒産直前の債務者及び関係者の実態を詳細に検討し、また多くの弁護士が倒産犯罪に関与している趣旨の各種資料が提出されました。
当時、日弁連倒産法改正問題検討委員会の正・副委員長であった私と田原睦夫委員は、この詳細な資料を初めて目にし、また、本林徹日弁連会長もこの事態を憂慮していて、反対の「日弁連会長声明」を発令する準備をしていました。この事態を速やかに収集すべく、本林会長に会長声明の猶予をお願いし、かたや裁判所の林道晴委員や法務省の深山卓也委員(両名とも現最高裁判事)に打開策を模索しましたが功を奏せず、やむなく委員会において前記の前代未聞の無謀な所作に及んだ次第です。
ご承知のとおり、民事再生法の罰則は、2004年5月制定の新破産法において犯罪類型を分類・整理した規定の一部に集約されました。これが私の「最大の修羅場」です。
そして「最後の修羅場」は、2004年1月6日に最高裁判所判事に任命され、弁護士任官判事として“権力に対抗する立場”から“権力を行使する立場”にコペルニクス的転回をしたことです。
任命の翌日、朝日新聞朝刊の“ひと”の欄に【最高裁判事に就任した倒産事件エキスパート弁護士】と題して前述の最大の修羅場の余話が次のように報道されました。
『けんか上手でもある。法務省案に「再建への努力を委縮させる」と反発。「こんな案を通せば退席だ」と圧力をかける一方、日弁連には反対のむしろ旗を立てないよう説得を重ねた。正面衝突を避け、「現状維持」を巧みに勝ち取った。』
言い得て妙な今は昔の史実です。
完
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