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【裁判例】令和2年(行ケ)第10103号 多色ペンライト事件
2022.04.28
判決の内容
無効理由1の相違点1についての容易想到性の判断には誤りがある等として,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした無効審決が取り消された事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和3年10月6日判決(判決全文)
令和2年(行ケ)第10103号(知財高裁第3部 東海林保裁判長)
無効審判請求成立審決に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「多色ペンライト」とする特許第5608827号(本件特許)に係る無効審判請求事件において,特許庁が,本件発明1及び2について訂正を認めた上で進歩性を否定し,無効審判請求は成立する旨の審決をしたことに対して,特許権者である原告が取消しを求めた事案である。
本件判決は,甲1発明(甲1は「[レビュー]ボタン電池でフルカラー:カラフルプロ110」と題したウェブサイト記事)には,甲2(特開2005-235779号公報)に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められず,そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあるとは認められないなどとして,審決を取り消した。
主な争点に対する判断
(1)結論
相違点1に係る本件発明1の構成は,甲1発明,甲2に記載された技術事項及び周知の課題に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとは認められず,本件審決の,無効理由1の相違点1についての判断には誤りがある。
(2)理由
ア 技術分野相互の関係と採用の動機付け
進歩性の判断においては,請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明又は周知の技術事項があり,かつ,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を適用する動機付けないし示唆の存在が必要であり,そのためには,まず主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項との間に技術分野の関連性があることを要するところ,主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず,近接しているにとどまる場合には,技術分野の関連性が薄いから,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず,それが容易であるというためには,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて,相応の動機付けが必要であるというべきである。この点,甲1発明と甲2に記載された技術事項は,いずれもLEDを光源として光を放つ器具に関するものである点で共通するものの,甲1発明は筒全体が様々な色で発光するペンライトに係るものであるのに対して,甲2に記載された技術事項は,白色光又は可変色光を提供する照明装置に係るものである点で相違するから,近接した技術であるとはいえるとしても,技術分野が完全に一致しているとまではいえない。そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して新たな発明を想到することが容易であるというためには,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することについて,相応の動機付けが必要である。
イ 本件審決の容易想到性の判断(相違点1に係る本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」の容易想到性)
本件審決は,相違点1に係る本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」の容易想到性について,「してみると,『イエロー』及び『ライトイエロー』の各発色の色の違いを明確に識別することができず,少なくとも『イエロー』とされる黄色の発色自体に問題が内在している甲1発明において,その演色性の向上を企図して,上記の甲2に記載された技術事項を参考とし,『R(レッド)』,『G(グリーン)』,『B(ブルー)』,『White(白色)』の『4つのLED』に加え,さらに,黄色の発光ダイオードを設けることは,当業者にとって格別困難なことではない。」と判断した。
上記によれば,本件審決は,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があり,演色性を向上させるという課題も内在しており,甲2に白色及び黄色の発光ダイオードを含めてLED照明装置を構成するという公知の技術事項が記載されており,甲2には演色性を向上させるという技術事項が記載されていることから,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して,黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたと判断したものと認められる。
ウ 本件判決の容易想到性の判断(相違点1に係る本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」の容易想到性)
(ア)上記アのとおり,甲1発明と甲2に記載された技術事項は,技術分野が完全に一致しているとまではいえず,近接しているにとどまるから,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を想到することが容易であるというためには,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用するについて,相応の動機付けが必要であるというべきである。
(イ)本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を容易に想到することができたと判断する前提として,①甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があり,②甲1発明に,演色性を向上させるという,甲2と共通の課題があると認定した。
しかし,上記①について,甲1には,「イエロー系」,「イエローとライトイエローの違いが分かりづらいです。」と記載されているが,色の相対的な判別の問題と,一般的に各色の基準とされている色(色票の該当色)にどれだけ近い色を出しているかという発色の問題は異なるから,「イエロー」と「ライトイエロー」の色の相違が判別し難いという上記の問題は,「イエロー」が一般的に黄色の基準とされている色にどれだけ近い色を出しているかという発色の問題とは異なる。したがって,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があるとはいえず,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があるとする本件審決の認定は誤りである。
また,上記②について,本件審決が甲1発明の課題に関して認定する「演色性」は,発色のバランスを崩れないようにすることや,全体が綺麗に光るようにすること,多くの色彩の選択肢を提供することであり,甲2に記載された技術事項として認定された「演色性」,すなわち,照明された物体の色が自然光で見た場合に近いか否かという,一般的な意味での「演色性」とは異なる。したがって,甲1発明には,甲2に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められない。
(ウ)そうすると,本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機を基礎づける甲1発明の課題の認定を誤っているものであり,また,甲2に記載された技術事項の内容,甲1発明と甲2に記載された技術事項の技術分野相互の関係を考慮すると,甲1発明には,甲2に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められず,そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあるとは認められない。
(エ)したがって,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題(本件審決は,少なくとも,赤色,緑色,青色の三色のLEDを用いた照明装置において,演色性を向上させることは,このような技術分野の周知の課題といえると認定した。)を採用して,黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたとは認められず,これを容易に想到することができたとする本件審決の判断は誤りである。
(オ)本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題を採用して,黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたという判断を前提として,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題を採用し,本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」を容易に想到することができたと判断するところ,その前提とする判断が誤っているから,本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」を容易に想到することができたという判断も誤りである。
コメント
本件判決は,黄色の発色,及び,演色性に関する本件審決の各認定が誤っており(上記4(2)ウ(イ)参照),甲1発明に,甲2に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められないから,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する「相応の動機付け」(上記4(2)ア参照)が存在しているとは言えないと判断した。本件判決は,特に、(ⅰ)主引用発明と副引用発明との技術分野の関連性,(ⅱ)主引用発明の課題の認定(内在している課題の認定),(ⅲ)主引用発明と副引用発明との課題の共通性,及び,(ⅳ)それらを考慮した上での動機付けの有無の判断について,実務上,参考になると考えられる。
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