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【下請法ブログ】第5回 公表資料から見る下請法の執行傾向
2022.08.23
はじめに
公正取引委員会では、毎年、前年度の「下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」を公表しており、今年も、令和4年5月31日に公表されています(以下「本公表資料」といいます。)。
公正取引委員会 令和4年5月31日 「下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」
今回は、本公表資料のうち下請法の運用状況を概観し、公正取引委員会の下請法の執行傾向をデータから検討したいと思います。なお、中小企業庁も同様のデータを公表していますが、今回は、公正取引委員会による本公表資料を検討いたします。
勧告件数及び自発的申出件数(勧告相当案件)の推移
過去5年間の勧告件数及び自発的申出件数(勧告相当案件)の推移は、図表1のとおりです。
図表1
(令和4年5月31日公正取引委員会「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」より抜粋)
公正取引委員会は、違反親事業者に対して違反行為の是正やその他必要な措置をとるべきことを勧告することができるとされており(下請法7条)、勧告した場合は、原則として事業者名、違反事実の概要、勧告の概要等を公表することとされています。
公正取引委員会による書面調査や立入検査等により、下請法違反が発見された場合には、行政指導が行われることとなりますが、下請事業者に対する影響が重大であると思料された案件(一般には、下請代金の減額事案等において、減額金額が総額で1000万円を超える親事業者や、下請法違反を繰り返し行った親事業者になされる傾向があるとされています。)に対して、公表される行政指導として勧告がなされています。
勧告の件数について直近2年は少ないものの、概ね、年間10件程度の勧告がなされています。
ここで、図表1の「自発的申出」とは、一定の要件を満たす場合には、下請法上の禁止行為を行った親事業者が勧告を受けることを免れることができる制度であり、平成20年12月に導入されました。自発的申出制度の要件等の詳細は、公正取引委員会のウェブサイトをご参照ください。
公正取引委員会 平成20年12月17日「下請法違反行為を自発的に申し出た親事業者の取扱いについて」
過去5年間の自発的申出件数の推移は図表2のとおりです。
図表2
(令和4年5月31日公正取引委員会「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」より抜粋)
図表1によると、令和3年度においては、自発的申出がなされた案件のうち、1件が勧告相当の案件であったということとなります。一方、図表2によると、令和3年度において自発的申出は32件なされていることから、そのほとんどの案件は勧告相当ではないにも関わらず、親事業者の判断により自発的申出がなされていると思われます。
勧告がなされた行為類型
過去5年の公表資料をもとに、勧告がなされた禁止類型をまとめたものが、図表3となります。
図表3
(公正取引委員会の各年度の下請法の運用状況の発表資料より筆者にて集計)
表3を見てすぐにご理解いただけるかと思いますが、勧告件数のほとんど、実に9割以上が下請代金の減額(下請法4条1項3号)の事案となります。一度合意した下請代金額について、下請事業者の責に帰すべき事由がないにも関わらず減額された場合、下請事業者への影響が甚大であることから、その影響が特に大きい場合には、勧告がなされる場合があります。
その他、ここ5年間においては、不当な経済上の利益の提供要請(下請法4条2項3号)や返品(下請法4条1項4号)を理由とする勧告が数件見られます。
また、非常に珍しいのですが、下請代金の支払遅延の禁止(下請法4条1項2号)の事案(令和2年2月14日勧告案件)もあります。この点、下請代金の支払遅延の禁止に対し勧告がなされるのは、支払遅延を「している」場合であるところ(下請法7条1項)、通常は、調査等で支払遅延の指摘を受けた場合には、措置がなされる前に、親事業者は下請事業者に対して、下請代金や遅延利息(年14.6%)を支払うことから、勧告がなされることはありません(指導はなされます。)。しかしながら、当該事案では、措置時点まで下請代金が支払われなかったため、下請代金の支払遅延の禁止も勧告における違反法条の1つとして挙げられたものと思われます。
以上の傾向を踏まえますと、親事業者にとって一番注意すべき類型は、下請代金の減額の禁止となります。
指導件数の推移
過去5年間の指導件数の推移は、図表4のとおりです。
図表4
(令和4年5月31日公正取引委員会「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」より抜粋)
公正取引委員会による親事業者に対する調査等の結果、下請法違反が認められたものの、勧告に至らない事案については、指導が行われています。このような下請法違反の指導は、公正取引委員会の他、中小企業庁によってもなされています。このうち公正取引委員会による指導は、毎年、8000件程度行われています。
指導の内訳
指導(勧告を含みます。)の内訳は、図表5のとおりです。
図表5
(令和4年5月31日公正取引委員会「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」より抜粋)
下請法では、4つの親事業者の義務と11の禁止行為が定められていますが、このうち、書面交付義務や書類保存義務に違反する場合を手続規定違反といい、また、11の禁止行為違反を実体規定違反といいます。
手続規定違反としての書面交付義務違反、いわゆる3条書面の交付義務違反を理由とする指導は、令和3年度で5401件あります。令和3年度の新規着手件数が8464件であることからすると、前年度からの継続案件や次年度に持ち越される案件があるとしても、調査がなされたうち6割強のケースで、3条書面の交付義務違反の指摘は受けてしまう、ということとなります。
次に、実体規定違反について見ますと、11の禁止行為のうち、勧告リスクが一番高い類型は下請代金の減額の禁止でしたが、指導については、圧倒的に支払遅延となります。令和3年度には、4900件のケースで支払遅延の指摘がなされています。これは、調査等での発覚しやすさという観点が大きいものと思われます。下請代金の支払サイトが、物品等の受領から起算して60日を超えるようになってしまっている場合には、支払遅延が生じる場合があることが明らかであることから、指導を受けてしまうこととなります。例えば、「同月末日締め翌々月末払」という支払サイトが設定されている場合、当該支払サイトどおりに支払ったとしても支払遅延が起こることになります。
実体規定違反の第2位は、下請代金の減額の禁止となります。勧告件数も一番多かったのですが、指導件数も多く、令和3年度には1195件の指導(勧告を含みます。)がなされています。
実体規定違反の第3位は、買いたたきです。政府は、下請等中小企業の取引条件改善に向けた取組を従前より進めており、その動きを受けて、平成28年度以降買いたたきの禁止の指導件数が大幅に増えています。平成27年度の買いたたき件数が631件であったのが、平成28年度には1143件と急激に増え、その流れは現在まで続いています。
まとめ
以上、公正取引委員会が公表している下請法の執行状況に関するデータから、執行傾向を概説しました。
まとめますと、勧告リスクが一番高く、かつ、指導数も多いのが、下請代金の減額の禁止です。そのため、下請法コンプライアンスを整備するにあたり一番注意すべきは下請代金の減額であり、下請事業者との間での取引においては、下請事業者の責に帰すべき事由がないにも関わらず、一度決められた下請代金を減額しないようにする必要があります(名目は問いません。)。
また、支払遅延も要注意です。ただ、支払サイトの問題は、下請法に沿った支払サイトとすることで解消できるケースが多いので、製品等受領後60日以内に下請代金が支払われるようになっているか、今一度ご確認いただければと思います。
最後に、本下請法ブログの第1回でも解説しましたとおり、政府は引き続き中小企業の取引条件改善に向けた取組を進めていることから、買いたたきも要注意です。そのため、一方的に通常支払われる対価よりも著しく低い額を定めることのないよう、下請代金を合意するにあたっては十分に注意する必要があります。
以上
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