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非財務情報開示の動向-日本,EU,アメリカ合衆国の状況について-
2022.10.25
はじめに
(1)企業の将来の成長の可能性を測定する場合,従来は,業務や財務状況を分析する方法が一般的なものでした。
ところが,近年,企業が安定して持続的に発展していくためには,所謂ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みが重要であるという考え方が,世界的な広がりを見せています。それに伴って非財務情報の重要性が高まり,企業に対してその開示を求める動きが加速しています。
これまでは,企業の将来の成長可能性といっても比較的短期のスパンで判断することが多く,投資家にとって財務情報がその判断材料の中心でした。しかしながら,昨今では,投資家の多様化が進んでおり,年金基金をはじめとした10年,さらには日本の年金積立金の管理運用を担うGPIFのような100年単位の超長期スパンで,企業の成長を判断する投資家も増えてきています。そうした長期投資家にとって,財務情報のみでは,企業の中長期な成長性を判断することができず,地球温暖化問題をはじめとした環境問題,企業の人的資本の状況,それらの対応を可能とするガバナンス体制といったESG要素を企業の投資判断として重視する必要性が高まっています。また,投資家以外のステークホルダーでも,企業のESG等のサステナビリティ活動に関心を持つようになってきており,企業としては,こうしたステークホルダーの多彩な要請に応えるためにも,非財務情報の積極的な開示が必要となっています。
(2)非財務情報に含まれる情報は多岐に亘っていますが,企業はこれまでも,環境報告書,CSR報告書,サステナビリティ報告書あるいは統合報告書といったレポートにおいて非財務情報開示を進めてきました。
一方,非財務情報開示には,財務情報開示と比べて,明確な開示ルールがなく,各企業がGRIガイドライン(GRIガイドライン第4版 | サステナビリティ日本フォーラム (sustainability-fj.org))等のレポーティングガイドラインを参照しながら,いわば自由に開示を行っていました。しかし,そうした開示では,企業や業界ごとの比較ができず,投資家その他のステークホルダーが投資や企業評価の際の判断基準としては使いづらいという欠点を有していました。
そこで,世界で非財務情報開示のルール化の議論が急速に進められています。特に,気候変動に関する情報開示については,ルール化が先行しています。令和3年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは,東京証券取引所のプライム市場上場会社に対して,気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に沿った気候変動リスクに関する開示が義務付けられました。他方で,その他の分野の非財務情報開示については,開示基準についての包括的な枠組みは未だ存在せず,開示基準が曖昧なことから,適切に開示すべきであるとされてはいるものの,必ずしも進んでいるとは言い難いところがあります。
日本,EU,アメリカ合衆国は,それぞれの地域において,非財務情報の充実に向けて,種々の取り組みを行い,その結果を公表しています。
日本における取り組み-金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告(令和4年6月13日)
金融審議会は,Ⅰ.サステナビリティに関する企業の取り組みの開示,Ⅱ.コーポレートガバナンスに関する開示,Ⅲ.四半期開示をはじめとする情報開示の頻度・タイミング,Ⅳ.その他の開示に係る個別課題について審議を行い,令和4年6月13日,その検討結果を発表しました。(01.pdf (fsa.go.jp))
非財務情報の開示充実の観点からは,以下の内容を有価証券報告書に記載するよう,提言されています。
全般:サステナビリティ情報の『記載欄』を新設
・「ガバナンス」と「リスク管理」は,全企業開示
・「戦略」と「指標と目標」は,各企業が重要性を判断して開示
人的資本:「人材育成方針」「社内環境整備方針」を記載項目に追加
多様性:「男女間賃金格差」,「女性管理職比率」,「男性育児休業取得率」を記載項目に追加
取締役会の機能発揮:「取締役会,指名委員会・報酬委員会の活動状況」の『記載欄』を追加
当該報告書は,投資家が重視する持続的な企業価値に関連する非財務情報開示の制度を整備することによって,企業と国内外の投資家との意思疎通の強化を図り,企業価値向上につながる市場の構築を示唆するものとなっています。
EUにおける取り組み
欧州委員会は,2021年4月21日,非財務情報の報告に関する改定案(企業持続可能性報告指令(案)(CSRD:Corporate Sustainability Report Directive)を公表しました(欧州委,非財務情報開示指令の改正案発表,対象企業が大幅に拡大(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ (jetro.go.jp))。従来,EUにおいては,非財務情報開示指令(NFRD:Non-Financial Reporting Directive)によって非財務情報の報告を規制していましたが,今回のCSRD(案)は,企業における非財務情報を,企業間での比較を可能とし,かつ信頼性の高いものとすることを目的とするものです。
適用対象は,EU域内の大規模企業(①従業員250名,②売上高4000万ユーロ,③総資産2000万ユーロという3基準値のうち,2以上の基準値を超えている企業)及びEUの規制市場に上場している企業となり,その数は49,000社に上ります。
その他の非EU企業については,EUで1億5000万ユーロを超える純売上高を生み出し,少なくとも1つの子会社または支店がEU域内にある場合が対象となります。
対象企業は,今後は,気候変動といった持続可能性に関わる事項が事業にもたらす影響や,事業活動が人や環境に与えるインパクトなどについて,報告が求められることとなります。
また,CSRD(案)では,サステナビリティ情報に関し,各国の保証基準や要求等に基づく第三者保証も要請されています。
なお,EU理事会と欧州議会は,2022年6月21日に,当該CSRD(案)について,暫定的な政治合意に達したと発表しました(EU理事会と欧州議会,企業持続可能性報告指令案に暫定合意(EU) | ビジネス短信 - ジェトロ (jetro.go.jp))。
サステナビリティ情報についての報告は,2023年1月1日以降に始まる事業年度から適用が開始される予定です。欧州委員会は,2022年10月31日までに全業種共通の開示すべきサステナビリティ事項や領域についての基準,2023年10月31日までに業種固有の報告情報についての基準の採択を目指しています。EU加盟国は,2022年12月31日までに本EU指令を国内法化する見通しです。
アメリカ合衆国における取り組み
米国証券取引委員会(SEC)は,2022年3月21日,米国において上場する企業に対し,気候変動に関連するリスクと温室効果ガス(GHG)排出量などの開示を求める規則案を公表しました(米証券取引監視委,上場企業に気候変動リスクとGHG排出量の開示求める規則案を公表(米国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ (jetro.go.jp))。
開示内容には,事業,業績,又は財務状況に重大な影響を与える可能性が合理的に高い気候関連リスクに関する情報,および監査済み財務諸表に対する注記における気候変動に関する特定の財務諸表指標等が含まれます。
GHG排出量については,Scope1,Scope2のみならず,Scope3(Scope1:燃料の使用等による自社による温室効果ガスの直接排出,Scope2:他社から供給された電気等の使用に伴う間接排出,Scope3:Scope1、Scope2以外の間接排出(自社の上流・下流の活動に関連する他社の排出)についても,それが投資家の投資意思決定・議決権行使の際に重要視される可能性が高い場合,あるいは,Scope3を含むGHG排出量に関する目標・ゴールを設定している場合には,開示が求められています。
また,SECの公開草案では,大規模早期提出会社と早期提出会社は,GHG排出量(Scope1,2)に対する第三者保証(SEC登録企業やその関係会社から独立性を有している第三者による保証)が必須となっています。
本規則案は,大規模早期提出会社を皮切りに,2023年度から段階的な適用が予定されています。最終的な開示規則は,早ければ年内にまとまる可能性がありますが,米商工会議所等の団体がSECの開示規則案を批判しており,要件の緩和を求めていることから,調整に手間取りそうです。
まとめ
非財務情報の開示への要請やルール化は,今後一層高まっていくことが予想されます。
開示される情報は,投資家の視点からのみ重要なものに限られるべきではなく,企業のすべてのステークホルダーにとって重要なものでなければなりません。
一方で,開示をするためには,開示情報の選択,集計範囲の確定,収集ルールの策定,収集の仕組みの検討,収集データの集計・分析,正確性・妥当性等の確認等のプロセスが必要であり,そのコストも膨大なものになります。また,開示情報に誤りがあった場合の対応も必要となります。さらには,昨今では企業が開示した非財務情報が訴訟の際の証拠資料として用いられる例もあり,開示には慎重な判断を必要とする場面も出てきています。また,開示した情報が期待していたほど読まれていない,投資判断に活用されていないのではという効果測定の手法についても今後より深い検討が必要になってくると思われます。
いずれにしても,「やっていないことは書けない」のであり,非財務情報の充実は,その情報に関連する活動の充実が前提となります。その中心となるのがサステナビリティ,ESG活動になります。
企業は,開示に伴って必然的に生じる種々の業務を負担と捉えるのではなく,むしろ企業の業務を見直し,健全に発展していくことで,社会に貢献できる好機と認識して,ステークホルダーの期待に応えていくことが望まれます。
以上