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【労働法ブログ】ジョブ型雇用ってどうなの?(1)
2023.03.17
近時、新聞やニュースなどにおいて、「ジョブ型雇用」という言葉をよく見かけるようになりました。「ジョブ型雇用」を日本の大企業が導入したとの報道も見受けられます。そこで、今後、複数回に分けて、「ジョブ型雇用」を法的に検討してみたいと思います。
ジョブ型雇用とは
一般に、「ジョブ型雇用」とは、労働契約において職務が特定された雇用形態と説明されます。「ジョブ型雇用」のもとでは、会社があらかじめ定義した職務ごとに従業員を採用することが想定されており、会社は、それぞれの従業員に対し、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)によって、当該従業員が担当すべき職務や必要なスキルを示した上で、その対応するポジションに当該従業員を割り当てることになります。このような雇用形態は欧米では一般的ですが、日本ではあまり多く見受けられるものではなかったように思います。
日本においては、従来、新卒一括採用・終身雇用といった日本型雇用のもと、多様な職務を経験させることで人材の能力開発を行う考えが広く普及していたため、職務に限定がなく、使用者の命令によって職務が変動する雇用契約が一般的でした(このような雇用形態は、ジョブ型雇用に対応する概念として「メンバーシップ型雇用」と呼ばれます。)。
しかしながら、日本でにわかに「ジョブ型雇用」の導入が増えてきている理由としては、新卒一括採用・終身雇用と共に長年採用されてきた年功序列型賃金制度の維持が、少子高齢化による従業員構成の変化によって難しくなり、その見直しの時期に来ていることや、新型コロナウイルスを契機として広がったリモートワークにおいて成果の達成度が評価しやすいこと、労働市場が流動化する中で職務ごとに適任と思われる人材を採用する必要があることなどが挙げられます。
現状では、日本において「ジョブ型雇用」と呼ばれる制度の中には、メンバーシップ型雇用の枠組みを基本的に維持したまま、管理職や専門職といった一部の役職のみにジョブ型雇用を導入するものや、従業員自身が希望するポジションへの社内公募制を設けジョブ型雇用を導入しつつも、会社の裁量で異動させる余地も残しているものなど、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用のハイブリッドのような制度も多く見受けられますが、いずれにしても「ジョブ型雇用」にシフトしていくことの法的なメリットやデメリットを考えておくことは有用と思われます。
解雇
では、解雇の場面を想定した場合、ジョブ型雇用制度を採用することにより、どのような法的な意味があるでしょうか。この点、ジョブ型雇用を導入すれば、ジョブ・ディスクリプションによって一人一人が果たすべき職務が明確化されることから、その職務の不達成時に解雇が容易になるのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。したがって、ジョブ型雇用によって解雇が容易になるのかを最初に検討したいと思います。
日本における解雇は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は権利濫用として無効と判断されます(労働契約法第16条)。また、経営上の理由から行う人員削減である整理解雇は、労働者に帰責事由が認められる解雇の場合に比して更に厳格に判断され、いわゆる整理解雇の4要件・要素(人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の妥当性)を基準に解雇の有効性が判断されます(なお、整理解雇の4要素は4「要件」とも言われるように、相当厳格に判断されてきましたが、令和4年9月30日に上告棄却がなされたユナイテッド航空事件に見られるように、近年の裁判例では整理解雇の4要素を総合的に考慮することによって柔軟に判断する傾向があるとも言われています)。
それでは、こうした解雇の有効性の判断に、ジョブ型雇用制度の導入が何らかの相違を生じさせるでしょうか。
まず、整理解雇について検討すると、労働契約において職務が限定されているジョブ型雇用のもとでは、当該職務が不要(消滅)になったことを理由とする整理解雇は理論的には自然な帰結と言えます。ジョブ型雇用のもとでは、職務を前提に労働者が雇用されるため、当該職務が不要になったとすれば、当該職務を前提に雇用された労働者も解雇されてしかるべきという結論が導かれるからです。
従来のメンバーシップ型雇用の労働契約では、労働者の職務が限定されていませんので、例えば対象となる労働者の職務がもはや事業上不要になったとしても、まずは他の職務に配置転換することを検討しなければならないのに対し、職務が限定されているジョブ型雇用ではそのような必要は本来ないはずであり、その意味でジョブ型雇用と整理解雇は理論的には親和性があるといえるかもしれません。
また、ジョブ型雇用による普通解雇を想定したとき、その従業員が職務を遂行することができなかったことを理由とする解雇(いわゆる能力不足解雇)が容易になるような印象を受ける方も多いのではないでしょうか。これは、ジョブ型雇用のもとでは、特定の職務を前提として雇用している以上、その職務を履行することができなかった場合、能力不足を理由とした解雇の有効性が認められやすいのではないか、という発想であろうと思います。
しかし、ジョブ型雇用では特定の職務を前提として雇用しているため、採用時に職務に必要な能力を備えているかどうかは判断されていてしかるべきという考え方から、能力不足を理由とする解雇は理論的にはむしろ難しいとの見方もあり得ます。
もちろん、現実的には、実際に就労を開始させたところ、採用時に見込んでいた能力を有していなかったことが間もなくして発覚したという場合もあると思われます。例えば、ある職務に適任であると判断して雇用した従業員が、試用期間中に職務遂行に必要な能力を有していないことが明らかになったような場合、ジョブ型雇用においては、配置転換の可能性を検討する必要はなく、また、メンバーシップ型雇用のように将来的な成長可能性などを考慮する必要性も低いため、理論的には解雇が認められる可能性が高まる側面はあるように思われます(ただし、例えば、採用後、職務遂行上の問題点を指摘することなく長期間が経過してしまったような場合は、職務能力に問題がないことを黙示に認めていたものとして、能力不足を理由とする解雇は難しくなると考えられます。)。
以上のように考えると、整理解雇の場合であっても、能力不足を理由とする普通解雇の場合であっても、ジョブ型雇用の方が理論的には解雇が認められやすくなる側面があるように思われますが、裁判例上は、労働契約上職務が一応限定されている場合であっても、特定の職務遂行能力がどの程度期待されていたのかということや、他の職務に配置することの難易度などが考慮される可能性がある点に留意が必要です。
例えば、「タクシー運転手」を業務内容として雇用された者について、交通事故の後遺症によって普通自動車第二種免許を喪失したため解雇がなされた事例において、裁判所は、当事者の合理的な意思として、免許を喪失した場合に当然退職することまでは想定されていなかったと解し、また、二種免許は格別高度の専門性を有するものではないことや、会社の事業規模から他の職種の提供も困難でないことなどを踏まえ、結論として解雇を無効と判断しています(東京地判平成20年9月30日労判975号12頁)。
したがって、ジョブ型雇用を導入し、労働者との間でジョブ・ディスクリプションを定めて雇用したとしても、例えば、就業規則又は雇用契約書において、職務の変更又は配置転換をする場合があることを定めるなど、そもそもジョブ型雇用と抵触する条項を定めますと、ジョブ型雇用であると認められない場合もありますので、注意が必要となります。また、当事者間の合理的な意思解釈として、当該職務に限定して雇用する意思(つまり、その職務遂行が困難であれば労働契約を終了する意思)が認められない可能性もありますので、「ジョブ型雇用=解雇しやすい」という認識は必ずしも正しいものとは言えず、あくまでもケースバイケースの検討が必要と考えられます。
なお、能力不足以外を理由とする普通解雇(例えば、企業ルール違反や勤怠不良、協調性欠如を理由とする解雇など)の場合は、職務が限定されているかどうかが解雇理由と関係しませんので、ジョブ型雇用制度を導入しているか否かが解雇の有効性の判断に影響を及ぼすことはないと考えられます。