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技術管理強化のための官民対話スキーム ―重要管理対象技術の国外移転に係る事前報告制度の概要―
2024.12.20
経済産業省は、2024年9月6日、貿易関係貿易外取引等に関する省令の一部を改正する省令(案)等に対する意見募集を開始し、同年10月30日にその結果を公示し(以下「本パブコメ結果」といいます。)、貿易関係貿易外取引等に関する省令の一部改正及び令和6年経済産業省告示第178号の制定を公布し[1]、同年11月15日には、「順次改訂予定」としつつ、Q&Aを公表しました(以下「本Q&A」といいます。)[2]。
本省令の改正等は、同年4月24日付の、産業構造審議会通商・貿易分科会安全保障貿易管理小委員会の「中間報告」において提言[3]された「技術管理強化のための官民対話スキーム」を現実の制度とするために行われるものです。当該中間報告では、他にもキャッチオール規制の見直し、機動的・実効的な輸出管理のための重層的な国際連携、安全保障上の懸念度に応じた制度・運用の合理化・重点化等について提言がなされています。詳細については弊所の下記ブログ記事もご参照ください。
<ご参照>
日本輸出管理規制の動向-安全保障貿易管理小委員会「中間報告」と考察- | ブログ | Our Eyes | TMI総合法律事務所
新たな官民対話スキームは、安全保障上の観点から管理を強化すべき重要技術の移転に際して、外為法55条の8及び外国為替令18条の8第1項に基づく事前報告制度を設けるものです。本稿では、当該パブリックコメントで示された案に基づき、事前報告義務が発生する要件、報告すべきタイミング、報告による法的効果、及び報告をしなかった場合の罰則等について、概要を解説いたします。
報告義務が発生する要件
貿易関係貿易外取引等に関する省令の改正(以下「改正省令」といいます。)10条3項では、経済産業大臣が告示により指定する取引を事前報告の対象とすることが新たに規定され[4]、公表された告示(以下「本告示」といいます。)では、以下の4つの要件を全て満たす取引を指定する内容となっています。
(1) グループA国以外へ向けての技術提供取引であること
以下の(a)又は(b)に規定する技術提供取引のいずれかに該当することが第一の要件となります。
(a) グループA国以外の外国における技術を提供することを目的とする取引、又は
(b) 居住者による、グループA国以外の外国の非居住者に技術を提供することを目的とする取引
これらの行為類型は、外為法25条1項に規定する行為類型と同様に、外国における技術提供と日本国内における非居住者への技術提供(みなし輸出)の双方を含むものとなっていますが、相手国が「グループA国」の場合は対象から除かれています。
なお、「非居住者に技術を提供することを目的とする取引」という文言を、外為法25条1項と同様に解釈すると、特定類型に該当する者への提供も当該行為類型の想定する対象である可能性があると考えられますが[5]、本パブコメ結果No.49-7でも、特定類型に該当する者への技術提供が対象となることは否定されておらず、かつ、本パブコメ結果No.49-6で、用語の解釈は運用通達や役務通達に準拠することが明らかにされています。
(2) 「外国法人への出資、製造委託その他の事業活動に伴う」取引であること
上記(1)の取引が、「外国法人への出資、製造委託その他の事業活動に伴う」ものであることが第二の要件です。
「外国法人」とは「外国法令に基づいて設立された法人」を意味します(本パブコメ結果No.27-III-1(5)①)。
「出資、製造委託その他の事業活動」の具体的な定義は明示されていませんが、「海外子会社や現地合弁会社の設立、出資に伴うケースや、海外企業に対する製造委託に伴って行われるケース」が多いと想定されています(本パブコメ結果No.27-II-2)。
なお、上記要件の明確化の要望に対し、「Q&A等の充実を図ってまいります。」との回答がなされ、本パブコメ結果No.27-III-1(5)①によれば、「『外国法人への出資、製造委託』は例示に過ぎませんが、例えば、日本企業が海外に生産拠点となる子会社を設立したり、外国企業に生産委託をしたりするといったケースを指します。」と明らかにされています。また、公表された概要資料[6](以下単に「概要資料」といいます。)には、「取引の行為類型については、当面は、現地子会社・合弁会社への製造移転、他国企業への製造委託・ライセンス供与など、他国での製造、製品開発を可能とする技術移転に限定する」との記載があります。
(3) 提供する技術が「重要管理対象技術」である
上記(1)の取引の対象となる技術が、以下に定める「重要管理対象技術」に該当するものであることが第三の要件です。
イ 電子部品及びその製造に用いられるものの設計又は製造に係る技術であって、次に掲げるもの |
これら技術が事前報告の対象とされたのは、他国が獲得に関心を持ち、我が国が不可欠性や優位性を持つ技術であり、かつ不適切な管理により大量破壊兵器や通常兵器の開発等に利用されるおそれがあることがその理由となります。
「技術」とは、「貨物の設計、製造又は使用に必要な特定の情報」を指すと解釈されていますが[7]、上記の技術はいずれも設計、製造に係る技術、あるいは必要な技術とされていますので、使用(操作、据付(現地据付を含む。)、保守(点検)、修理、オーバーホール、分解修理)[8]に係る技術は除かれています。本パブコメ結果No.29でも、「使用」の技術は対象外であることが明らかにされています。
なお、意見公募時に公表された資料[9]では、本制度の対象技術は、他国の関心や我が国の優位性を踏まえ、制度開始時の対象技術として告示するものであり、「対象技術を適時に追加していく」ことが記載されていました。
(4) 除外規定に該当しない
本告示では、事前報告の対象となる取引から除外される取引として、以下の2類型が規定されていますので、これらの除外規定が適用できないことが第四の要件となります。
(a) (類型1)貿易関係貿易外取引等に関する省令2項各号(7号を除く)のいずれかに該当する取引
本Q&A1-2、本パブコメ結果No.46-1でも回答されているとおり、「いわゆる公知、基礎研究、出願など、現在も許可申請の例外となっている行為については、事前報告の対象外となること」が明確化されています。
(b) (類型2)以下の(i)(ii)の全てを満たす取引
(i) 専ら検査、試験又は品質保証を可能とする重要管理対象技術の提供を目的とする取引その他これに類する取引であること、及び
「製造」には「建設、生産エンジニアリング、製品化、統合、組立て(アセンブリ)、検査、試験、品質保証等のすべての製造工程」を含むと解釈されていますが[10]、除外規定が適用されるのは、そのうち検査、試験、品質保証の工程を可能とする技術のみとなります。
(ii) 技術が核兵器等の開発等又は通常兵器の開発、製造若しくは使用のために利用されるおそれが少ないことが明らかなものである
貿易関係貿易外取引等に関する省令第9条第2項第7号ロ及びニで規定するおそれ(技術が核兵器等の開発等又は通常兵器の開発、製造若しくは使用のために利用されるおそれ)が少ないことが明らかであることも要件となります。また、改正省令案では、かかるおそれに「その技術を提供した後にその技術の提供を受けた者がその技術を内容とする情報を適切に管理しない場合において生ずる当該おそれを含む。」ことが括弧書きで明確化されているため、需要者がかかる用途へ転用するおそれのみでなく、需要者が技術を適切に管理しない場合にかかる用途へ転用されてしまうおそれも含みます。
具体的な判断基準については、本パブコメ結果No.46-1で「一概に規定することは難しいため、個別にご相談いただきたいと考えております。その中で、一般化できる事例があれば、今後、Q&A等により、周知してまいります。」と説明されているところ、本Q&A1-5では「ビジネス上の取引の形態は様々であり、一概にお答えすることは難しいため、個別にご相談 いただきたいと考えております。一般化できる事例については、今後、本Q&A等により、周知してまいります。」と説明されています。
報告が必要となるタイミング
本告示に基づけば、前記01「報告義務が発生する要件」で報告義務の対象となる取引は、当該取引に係る契約を締結する前に報告を行う必要があります。
実務上は製造委託等の取引を検討する段階で、事前の打ち合わせや協議のために一定の技術情報を委託先、非居住者又は特定類型該当者に対し提供することも想定されると思われます。その際、書面はなくとも、観念的に契約があると判断される余地があると考えられます。パブコメ結果では「報告対象となる技術提供を決定する内容を規定する契約を想定しています。」(本パブコメ結果No.4-2)と説明され、NDA締結の段階でも、「NDAが交渉内容の秘密保持を約するものに過ぎず、具体的な重要管理対象技術の提供を約するものでなければ、直ちに報告の対象となるものではありませんが、当該NDAの締結により重要管理対象技術の提供が開始されるのであれば報告の対象となります。」と説明があり、実務上、注意が必要です(本パブコメ結果No.49-1)。
加えて、「重要管理対象技術の提供を目的とする取引に係る報告書」の記入例(令和6年11月15日付)では、記載すべき契約締結予定年月日について「契約書を交わす予定がない場合は、取引先との合意や社内の取締役会など当該技術移転について意思決定される予定日をご記入ください」との説明があります[11]。
報告をした場合の法的効果等
改正省令及び本告示においては、事前の報告義務のみが規定されているため、報告することによって何らかの法的効果が発生する建付けとはなっていません。
また、概要資料では、インフォームの発出は、所管原課と事業者の官民対話における技術管理の検討状況を踏まえ、事前報告から原則30日以内に判断されると説明されています。もっとも、公表された規則等の文言では、この運用は示されていません。すなわち、本パブコメ結果No.49-3でも説明されているとおり、その30日間の検討期間の間に技術提供を実行しないことを報告者に義務付けているわけでもなく、また、官民対話に応じる具体的な義務も規定されていないため、あくまで報告者の任意の協力を前提とした制度であると読めます。
他方で、本パブコメ結果No.49-3では「報告直後に契約を締結・履行するおそれがある場合には、技術流出対策の状況について十分な確認を行うことができないため、直ちに許可申請を求める通知を行う場合があります。」と説明されています。
なお、経済産業省において「技術流出対策の状況について十分な確認を行うことができない」ことを理由に、通知(インフォーム)を行う要件である「おそれ」を充足するのかについては、個々の事案によっては慎重な検討が必要であるように思われます。
加えて、改正省令及び本告示では、官民対話が終了し、報告から30日を経過した後も、経済産業省がインフォームを出す可能性は否定されていないように読めます。この点、本パブコメ結果No.27-III-1(6)では、「懸念が解消された場合や対話期間が延びる見込みの場合に、文書の形とするかは現時点で決まっておりませんが、官民対話の中で事業者にお知らせすることになります。」と説明されていますが(本パブコメ結果No.49-4参照。)、「官民対話により技術流出対策を検討してもなお、当該おそれがあると判断した場合はインフォームを行うこととなりますが、インフォームを行う必要が無いと判断した場合に、現時点で、何らかの通知を行うことは想定しておりません。ただし、官民対話を行うことを前提としているため、 経済産業省の認識は、実質的に事業者側にも共有されることとなると考えております。」との説明もあります(本パブコメ結果No.4-5参照。)。また、本Q&A2-3では、「官民対話の中で、事業者に対して適切にお伝えしてまいります。」と説明されています。
実務上は、本制度の対象となる技術提供を検討する際には、インフォームが発出されないことを技術提供の前提条件として契約書等に盛り込むケースが想定され、当該懸念が解消された際に受領できる前記「お知らせ」は、文書の形で受領することを求めていくべきだと考えられます。
インフォーム発出の要件
貿易関係貿易外取引等に関する省令第9条第2項第7号ロ・ニの改正により、需要者が核兵器等・通常兵器の開発等へ転用するおそれのみでなく、需要者が技術を適切に管理しない場合に核兵器等・通常兵器へ転用されてしまうおそれがある場合にもインフォームを発出することが可能となりました。
「情報を適切に管理しない場合」については、「第三者への技術流出について適切な対策が講じられないケースを指します。例えば、コア技術を特定してアクセス制限を設けたり、資本比率を高めてガバナンスを徹底したりする等の技術流出対策が適切に講じられているかといった点がポイントとなりますが、事業実態に応じて一律に定めることはできないため、こういった点も含めて官民対話を通じて確認してまいります。」と説明されています(本パブコメ結果No.48-5)。
また、「事前報告の対象となっていない技術提供であっても、何らかの情報により経済産業省が当該技術提供の予定を認知し、そこに時間的経過に伴う軍事転用懸念が存在すると判断した場合に、許可申請を求める通知を行うことは否定しません」との説明がなされているため(本パブコメ結果27-I-1(2)・(4))、新たにインフォームを発出することができるようになるのは、官民対話スキームにより事前報告対象とされる取引に限られないことが明らかにされています。
併せて、同号ロ・ニのみ改正されているところ、核兵器等開発等告示[12]などに基づくキャッチオール規制の運用への影響について、本パブコメ結果No.27-I-1(1)では、現行の客観要件の範囲については影響を受けないことが明らかにされています。
報告しなかった場合等の罰則等
外為法55条の8の規定に基づく命令の規定に違反して、報告せず、又は虚偽の報告をした者は、6月以下の懲役または50万円以下の罰金の対象となります(外為法71条9号)。
施行時期
本制度の施行時期は2024年12月30日となります。もっとも、前記04「インフォーム発出の要件」の通り、新たにインフォームを発出することができるようになるケースは、官民対話スキームにより事前報告対象とされる取引に限られないことが明らかにされているため、改正省令が施行された同年10月30日時点から、理論的には、改正後の省令に基づきインフォームが発出される可能性があります(貿易関係貿易外取引等に関する省令第9条第2項第7号ロ・ニ)。
前記02「報告が必要となるタイミング」のとおり、本制度における経済産業省への報告の基準時点は、対象となる取引に係る契約を締結する時点となります。この点、本パブコメ結果では、施行前に行われた技術提供に対して遡及適用がされないことが説明されていますが(本パブコメ結果No.37、No.48-2、No.49-2等)、具体的には遡及適用に似た状況が生じる場合もありうるように考えられます。
例えば、
- 「既に海外工場で生産を行っているものの、新製品の図面を提供するなど、施行前に提供されていなかった新しい技術を提供する場合」(本パブコメ結果23-2、No.48-2)、又は
- 「追加的に新製品の図面や製法に関する情報を提供するなど、施行前には提供されていなかった新しい技術を提供する場合」(本Q&A1-4)
には、事前報告が適用されますので、注意が必要です。
この点は、契約締結時点を基準に改正告示の適用の有無が決まる場合は、本パブコメ結果No.4-2 、No.49-1に記載されているとおり、形式的には契約関係が存在していた場合でも、新たに提供する技術情報に関して「提供について合意、意思決定を行う契約」「報告対象となる技術提供を決定する内容を規定する契約」が実質的に成立した時点を個別に判断する形になる可能性も想定されます。
上野一英・櫻木伸也・張壮壮・伏見純子
[1] e-gov「貿易関係貿易外取引等に関する省令の一部を改正する省令(案)等に対する意見募集の結果について」(2024年10月30日)。改正法令については、「「貿易関係貿易外取引等に関する省令の一部を改正する省令」の改正等について」を参照。
[2] 経済産業省ウェブサイト「技術管理強化のための官民対話スキーム」(https://www.meti.go.jp/policy/anpo/anpo08.html)
[3] 経済産業省「産業構造審議会 通商・貿易分科会 安全保障貿易管理小委員会において「中間報告」を取りまとめました」(2024年4月24日)
[4] 従前は、「通知」のみが規定されていたため、広く一般に報告義務を課すことはできなかったが、改正省令では「告示」による指定をすることができる内容となっている。
[5] 外国為替及び外国貿易法第25条第1項及び外国為替令第17条第2項の規定に基づき許可を要する 技術を提供する取引又は行為について(4貿局第492号(H4.12.21)、以下「役務通達」といいます。)1(3)サ
[6] 貿易経済安全保障局作成の令和6年11月付「技術管理強化のための 新たな官民対話スキーム」と題する資料(https://www.meti.go.jp/policy/anpo/241115_kanmintaiwa-gaiyo.pdf)
[7] 役務通達1(3)ア。なお、本パブコメ結果No.49-6で、用語の解釈は運用通達や役務通達に準拠することが明らかにされている。
[8] 役務通達1(3)オ
[9] 経済産業省貿易経済安全保障局作成の令和6年9月付「技術管理強化のための 新たな官民対話スキームの構築について」(https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000279429)
[10] 役務通達1(3)エ
[11] 経済産業省ウェブサイト「技術管理強化のための官民対話スキーム」(https://www.meti.go.jp/policy/anpo/anpo08.html)
[12] 貿易関係貿易外取引等に関する省令第9条第2項第七号イの規定により経済産業大臣 が告示で定める提供しようとする技術が核兵器等の開発等のために利用されるおそれがある場合(平成13年12月28日経済産業省告示第759号)