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【知的財産ランドスケープ】宇宙ビジネスにおける特許情報を用いたランドスケープ分析④ ロケットビジネス(技術)
2025.01.15
前回のまとめ
前回の第3回(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2024/16499.html)では、宇宙ビジネスの中でもロケットエンジンやロケットの製造・運用を含む「ロケットビジネス」に着目し、主にオーナーの観点からランドスケープ分析を行いました。今回は、同じロケットビジネスにおける技術の観点からの分析を行いましたので、その内容についてご紹介します。
IPCランキング
技術観点からの分析では国際特許分類(IPC)を用いました。IPCは特許出願された発明を技術領域毎に分類するため国際的に統一された分類であり、各特許公報の初めの頁に表示されています。IPCは階層構造を有しており、階層を上位から下位に展開していくことで、その特許に関する大まかな技術領域から、より詳細な要素技術まで把握することができます。
IPCの構造
出所:INPIT知財総合支援窓口(熊本県ポータル)
https://chizai-portal.inpit.go.jp/madoguchi/kumamoto/consultation/support/patent/class/
以下はIPC別特許ファミリー件数のランキングを示したものです(オーナー別のときと同様、中国およびロシアにのみ出願された特許を除外し、且つ、特許が生存しているもの限定)。IPC(技術)としては、ロケットエンジン、宇宙航空体(主にロケット本体やロケット部品などのハードウェア)に関するものが上位にランクインしています。また、ミサイルに関するものも多く見られており、これはロケットとミサイルとの技術的な類似性を反映したものといえます。
IPC別特許ファミリー件数
これをオーナー別に見ると、ロケットエンジン、宇宙航空体のいずれかに注力している企業と、両方に注力している企業が見られます。例えば、SafranやAirbusのような多国籍企業は両分野に注力しており、エンジン技術とハードウェア技術の両方で競争力を高めています。同様に、IHIも幅広い技術開発に取り組んでいます。一方、Korea AerospaceやAgency for Defense Development(いずれも韓国)はロケットエンジン技術に集中しており、特定分野での優位性を追求しています。米国では、RTX(旧レイセオン・テクノロジーズ)がミサイル関連技術に多くの特許を有しており、軍事用途の分野で強みを発揮しています。
IPC×オーナー
特許スコア
続いて、前回と同様に、技術的価値を示すTRを縦軸に、過去5年の出願割合を横軸に取ったバブルチャートを作成し、各IPCのポジショニングを確認しました。以下のバブルチャートの見方としては、TRが高いほど技術的注目度が高く、過去5年割合が高いほど近年のトレンドであることを意味します。したがって、右上の象限にポジショニングされるものは、技術的注目度が高く、かつ、近年のトレンド、ということになり、要注目のオーナーや技術であることを示唆しています。
技術スコア(TR)×過去5年割合
このバブルチャートにIPCの上位1~15位をポジショニングしたのが以下の図です。B64G5「宇宙航空体のための地上設備」はファミリー件数はそれほど多くはないものの、TRと過去5年割合の両方が最も高く、注目度の高い技術であるといえます。
技術スコア(TR)×過去5年割合(IPC別1~15位)
以下はIPCの上位16~30位をポジショニングしたものです。B64G3「宇宙航空体の観測または追跡」は直近5年割合が最も高く、近年の要注目技術であることが示唆されます。また、B33Y80「付加製造により製造された製品」、B33Y10「付加製造の工程」については、両方を合わせるとファミリー件数が最も多く、TRと過去5年割合についても比較的高いことから、注目度の高い技術の一つであるといえそうです。
技術スコア(TR)×過去5年割合(IPC別16~30位)
以下、上記のバブルチャートで注目度の高い技術としてポジショニングされたB64G5「宇宙航空体のための地上設備」、B64G3「宇宙航空体の観測または追跡」、B33Y80「付加製造により製造された製品」、B33Y10「付加製造の工程」について、特許のミクロ分析によりさらに深堀しました。
G06G5(宇宙航空体のための地上設備)
G06G5は全52ファミリーのうち、TRが高いものとしては、ロケット輸送起立システム(JP7209871B2)、ロケット支援油圧サポート装置(JP7541086B2)、海上ロケット輸送および打ち上げ方法(US11987399B2)など、ロケットの輸送や打上げのための起立に関する特許が多く含まれています。これらはいずれも中国のLandSpace社の保有する特許になります。
JP7209871B2は、ロケットを安全かつ効率的に輸送・起立させるロケット輸送起立システムに関する特許であり、スタンドアーム、自走式油圧モジュラートレーラー、発射台から構成されます。ロケットは、支持ハグ装置や補助液圧装置によって前部や中部を支えられ、後部は支点調整装置により起立時の回転と発射台との位置調整が行われるという技術的な特徴を有しています。このシステムにより、ロケットに不要な負荷がかかることを防ぎ、複雑な輸送・ドッキング作業が効率的に行われ、発射準備時間が大幅に短縮されるとされています。
JP7209871B2の図面
US11987399B2は、海上でのロケット輸送および打ち上げ方法に関する特許であり、ロケットを輸送ケージに水平または垂直に固定し、陸上および海上で輸送した後、発射台に設置し、打ち上げを行うものです。これにより、輸送中にロケットが外部環境の影響を受けにくく、打ち上げまで良好な状態を維持することが可能であることや、また、輸送から打ち上げまでのプロセスを簡素化し、効率を向上させることができるとされています。
US11987399B2の図面
上述した3件の特許の出願人であるLand Spaceは2015年に設立された中国のスタートアップであり、北京市に本拠を置くほか、浙江省に中大型液体ロケットの組み立て・試験工場を含む複数の航空宇宙インフラ施設を保有しています。同社は2023年7月にはSpaceX社よりも早く世界初のメタンロケット(液体酸素とメタンを燃料とするロケット)「朱雀2号」の打ち上げに成功しており、このニュースからも世界的に見ても技術力が極めて高い宇宙関連企業の一つであることが窺えます。
LandSpace社のロケット打ち上げに関するニュース
出所:Science Portal China
https://spc.jst.go.jp/news/230702/topic_5_04.html
B64G3(宇宙航空体の観測または追跡)
B64G3は全19ファミリーのうち、TRが高いものとしては、ロケット打ち上げ方法、ロケット打ち上げ制御装置、軌道投入方法、衛星コンステレーション維持方法、デブリ除去方法、ロケット回収方法、回収型ロケット、ロケット発射場、ロケット再利用システム、ロケット、衛星コンステレーション、および、地上設備(JP2023018220A)、衝突回避支援装置、衝突回避支援方法、衝突回避支援プログラム、宇宙状況監視事業装置、デブリ除去事業装置、および、宇宙交通管理事業装置(JP7261312B2)などが挙げられます。これらはいずれも三菱電機の保有する特許であり、ロケット打ち上げの際に、ロケットと衛星との衝突を回避する技術に関して多くの特許が出されています。
JP2023018220Aは、ロケット打ち上げ時にメガコンステレーションの衛星との衝突を回避するための制御方法に関する特許であり、ロケット打ち上げをコンピュータによって制御し、ロケットが衛星群の軌道を通過する際、ロケットの速度ベクトルを衛星群の軌道速度に合わせ、衛星の通過タイミングをずらして衝突を回避するものです。これにより、衛星コンステレーションが密集する軌道においても、安全かつ効率的なロケット打ち上げが実現可能となるとされています。
JP2023018220Aの図面
近年、衛星コンステレーションの構築により人工衛星の数が急増しており、スペースデブリ(いわゆる宇宙ゴミ)の問題が深刻化しています。このような背景から、ロケットを打ち上げる際にすでに宇宙空間に存在している衛星やデブリとの衝突を回避する技術については、今後ますます重要になってくるといえます。
スペースデブリ関連の記事
出所:LIGHTSHIP
https://www.lightship7.co.jp/posts/54355161/
B33Y80(付加製造により製造された製品)、B33Y10(付加製造の工程)
B33Y80及びB33Y10は全46ファミリーのうち、TRが高いものとしては、ロケットエンジン推力室、インジェクター、およびターボポンプ(US10527003B1)、3Dプリントされたロケットモーターにおける内部弾道の調整および付加製造プロセス(US11852101B1)など、ロケットエンジンやその部品、燃料などを3Dプリント技術により製造するものが多く見られます。
US10527003B1は、ロケットエンジン用のスラストチャンバー、インジェクター、ターボポンプなどを、直接金属レーザー焼結(金属粉末にレーザーを照射して層ごとに焼き固め、物体を形成する3Dプリンターの造形方法)技術を用いて製造する特許であり、材料の粒子サイズやレーザー強度を調整することで、これらの部品を効率的に製造でき、且つ、性能の向上も図ることができるとされています。
US10527003B1の図面
US11852101B1は、ロケットエンジンや燃料の製造における3Dプリント技術を用いた新しい手法に関する特許であり、特に、ロケット燃料の多層構造を3Dプリンティングで製造し、燃焼中の推力や燃焼速度をリアルタイムで調整することを技術的な特徴としています。また、燃料内部にセンサーを埋め込み、製造過程や燃焼中の状況を監視しながら制御する機能を持つことで、ロケット推進システムの性能向上やコスト削減、さらには環境負荷の低減が期待できるとされています。
US11852101B1の図面
上述の特許に関連するニュースについて調べたところ、特にエンジン開発に3Dプリンターが活用されているという記事が多く見られました。3Dプリンターは、複雑な形状のものであってもデータを基に自由に作成できるため、素材開発や人件費、時間といったコストを削減できるという点で優れています。莫大な費用がかかるロケットエンジンという分野において、品質を担保した低コスト化の需要は大きく、今後、ロケットエンジンの開発・製造における3Dプリンター活用は世界のスタンダードとなることが予想されます。
3Dプリント技術関連のニュース
出所:ShareLab
https://news.sharelab.jp/cases/aerospace/rocketengine_220526/
ロケットビジネスの小活
以下、第3回および第4回でご紹介した「ロケットビジネス」に関するランドスケープ分析の小活になります。
- 2010年以降、中国からの出願が突出して多く、1980年以降の累計でも米国の約9倍、日本の約20倍の特許ファミリー件数となっている。
- 特許のオーナーとしては、中国の国有企業であるCASCの技術スコアが高く、ロケットエンジンの耐衝撃性の予測や、3Dプリンターによるエンジンの製造、燃料の組成など、エンジン関連の特許が多く見られる。近年は火星の大気から燃料を生成する技術など、将来的な火星探査や移住を見越した特許も出願されている。
- Blue Originは直近5年割合が最も高く、ロケットの軽量化(ペイロード容量増加)や、ロケットの再利用を課題とした特許が多数出願されている。
- IPC(技術)としては、地上設備に関するものの技術スコア・直近5年割合が高く、中国のスタートアップであるLandSpaceのロケット起立やロケット輸送に関する特許が多く見られる。LandSpaceはロケットの起立や輸送技術に加え、世界初のメタンロケット打ち上げにも成功しており、世界でもトップクラスの技術力を有していることが示唆される。
- 近年伸びている注目領域としては宇宙航空体の観測・追跡に関するものがあり、衛星の増加に伴うロケットと衛星との衝突回避技術に関するものが増加している。その他、3Dプリント技術を用いた燃料やエンジン、ロケット部品の付加製造に関するものが増加しており、ロケットエンジンやロケット部品に関して効率的かつ低コストな製造プロセスが求められている。
第1回~第4回では、衛星ビジネスおよびロケットビジネスのそれぞれの領域において、オーナー別および技術別にランドスケープ分析を行いました。次回以降は宇宙ビジネスにおける一般的な特許戦略の考え方と、特にスタートアップに着目したビジネスカテゴリ別の特許戦略についてご紹介します。
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