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【労働法ブログ】企業におけるカスタマーハラスメント対策について
2026.04.02
はじめに
近年、顧客等が過度な要求や暴言・脅迫行為をするといった「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題になっており、従業員の精神的・身体的負担を増大させ、人材の流出や企業イメージの低下など、企業活動にも深刻な影響を及ぼしています。
東京都では、2025年4月1日から「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行され、企業におけるカスハラ対策が定められていましたが、あくまで努力義務にすぎず、また、法令上も、カスハラ対策について定められたものはありませんでした。
このような状況を受け、2025年6月4日、労働施策総合推進法等の一部を改正する法律(以下「改正法」という。)が制定されました。かかる改正法により、2026年10月1日から、事業主には、職場におけるカスハラを防止するために、雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられることになりました。
そのため、かかるカスハラ対策の義務化に備え、企業としては、早急にカスハラ対策のための体制整備を進めていくことが必要不可欠となっており、その一助として、本ブログを執筆します。
カスハラとは
改正法において、カスハラは、職場において行われる①顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③当該労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいうとされています。かかるカスハラの定義については、2026年2月26日に公表された「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号。以下「カスハラ指針」という。)において詳細な解説がなされています。
上記カスハラの定義によれば、顧客等からの苦情が全てカスハラになるわけではなく、「社会通念上許容される範囲」を超える言動のみがカスハラとなるところ、カスハラ指針によれば、「社会通念上許容される範囲」を超える言動の典型例として、以下のものが挙げられており、カスハラの判断基準として参考になります。
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イ 言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの
② 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
③ 対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求
④ 不当な損害賠償要求
ロ 手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの
② 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
③ 威圧的な言動
④ 継続的、執拗な言動
⑤ 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
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カスハラ防止のために講ずべき措置
改正法及びカスハラ指針において、事業主は、職場におけるカスハラを防止するため、雇用管理上、次の措置を講じなければならないとされております。
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(1) 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
(2) 相談対応体制の整備 (3) 事後の迅速かつ適切な対応
(4) 対応の実効性を確保するために必要なカスハラ抑止のための措置
(5) 上記と併せて講ずべき措置 |
自社の労働者が行ったカスハラに関する協力
また、事業主は、当該事業主が雇用する労働者等による、他の事業主の雇用する労働者に対する職場におけるカスタマーハラスメントに関して、他の事業主から、事実関係の確認等の雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合は、次の措置を講ずるよう努めなければならないとされております。
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カスハラ防止のために望ましい措置
さらに、事業主は、上記3の措置に加え、以下の取組を行うことが望ましいとされています。
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(1) カスハラの原因や背景となる要因を解消するための次の取組を行うこと
(2) 労働者や労働組合等の参画を得つつ、雇用管理上の措置の運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めること (3) 業種・業態等の状況に応じた必要な取組を進めること (4) 他の事業主が雇用する労働者に対してカスタマーハラスメントを行ってはならない旨の方針を示すこと |
カスハラに係る改正法施行に向けて
前述のとおり、改正法が施行される2026年10月1日以降、企業には、カスハラ対策を講じることが求められることになりますが、実務上の対応としては、例えば、以下のような準備・対応を行うことも検討に値すると考えられます。
(1) マニュアルの策定
実際にカスハラが発生した場合に、迅速かつ適切な対応が取れるよう、対応マニュアルを作成しておくことが有意義である。カスハラに対する対応方法は、業種や業態、企業文化、顧客等により異なることから、これらの要素を踏まえたうえで、企業の特徴に合わせた独自のマニュアルを作成する必要があります。
マニュアル作成の際には、各企業の実際のカスハラ事例を調査し、現場で発生している問題についてのQAを作成する等、具体的な対応方法を記載することが望ましいといえます。また、マニュアル作成後も、実際のカスハラ事例を踏まえ、記載を随時アップデートすべきです。
ご参考までに、マニュアルで記載しておくべき項目の一例を紹介します。
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(2) 研修の実施
カスハラ対応のスキルを身に着けるため、日頃から効果的な研修を実施する必要があります。研修の際には、例えば、基本方針の内容を確認することや、マニュアルの確認、ロールプレイ、実際の事例の検討等が考えられます。
その他、相談対応者に対し、社内基準や対応手順についての研修を行うことや、経営層向けに安全配慮義務等の研修をすることで、より実効的なカスハラ対応体制を構築することができます。
研修内容についても、業種や業態、企業文化、顧客等の要素を踏まえたうえで、独自の研修を検討する必要があります。研修内容の一例として、以下のようなものが考えられます。
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なお、研修に加えて、例えば、全従業員がアクセスできる情報共有のためのデータベースや、共有フォルダを作成することも有用です。具体的なカスハラ事例の対応にあたって、他の類似事例での対応が参考になるケースもあるものと考えられます。
(3) 労働者に対する配慮
顧客等が暴力行為やセクハラ行為を行っている場合には、従業員の身体の安全を確保する必要があります。また、カスハラ対応は、一般的には大きな事案ではなくても、従業員からすれば深刻な負担がかかっている場合も少なくありません。そのため、企業としては、当該事案の対応のみならず、従業員のメンタルヘルスへの配慮をする必要があります。具体的には、ストレス調査や、産業医による面談、医療機関への受診勧奨等を行うことが考えられます。
また、従業員1人で対応をさせた場合には、暴力行為に対する対応が不十分となるおそれや、当該従業員がストレスを抱え込んでしまい、従業員のメンタルヘルスに支障が生じるおそれがあることから、複数人体制で対応するべきです。
実例
(1) 企業の動き
カスハラ対策に対する企業の動向として、様々な業界で、カスハラに対する基本方針を定める企業が増加しています。明るい職場応援団ホームページでは、カスタマーハラスメント対策企業事例と挙げられておりますので、ぜひ参考にしてください(カスタマーハラスメント対策企業事例|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-)。
(2) 裁判例
カスハラについての裁判例は多々出てきていますが、その一例として、企業の安全配慮義務違反について判断した一般財団法人NHKサービスセンター事件(東京高判令和4年11月22日、労働判例ジャーナル133号36頁)を紹介します。
カスハラは、顧客等による、事業者が雇用する労働者に対する不法行為に該当しますが、仮に、事業主が必要な対策を講じていなかった場合には、当該労働者から、安全配慮義務違反や、不法行為に基づく損害賠償請求を受ける可能性がある点に留意が必要です。
ア 事案の概要
同事件は、会社が、「①ホームページで告知をする、受電した際にハラスメント電話を警告するアナウンスを流すなど、入電者に対しハラスメントを警告し告知する義務」、「②セクシャルハラスメントやカスタマーハラスメントの入電を繰り返す入電者に対し現場のコミュニケーターに電話を受けさせない義務」、「③コミュニケーターに電話を切断させる権利を与えるべき義務」等を怠ったことから、安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求を行った事案です。
イ 判旨
判旨は、(a)わいせつ電話や対応困難になりそうな入電がないかを常にチェックしていること、(b)ルールを策定・周知し、対応者がわいせつ電話と判断した場合には上司に転送することを認め、同日・同一人物からの2回目以降のわいせつ電話に対しては、独自の判断により即切断可能としていること、(c)電話を保留やミュートにしてそのまま席を離れ、直接、上司に転送の依頼をすることも可能としていること、(d)相手方が大声を出すような場合には、へッドセットを外したり、転送をしたりする対応を認めていること、(e)実際にも、1日100件を超えるような入電があった際には、自動音声に切り替えることも認めているほか、転送を受けた上司が今後架電しないよう抗議したり、対応者の席まで行って電話を代わって注意したりすることも行っていたことから、前述①ないし③の義務が当然に義務付けられるような具体的な状況にあったとは認め難く、義務の違反があったとは認められないと判断しました。この事例は、企業における迷惑電話などによるカスハラ対策の参考になる裁判例といえます。
おわりに
企業においては、職場におけるカスハラ防止のため、上記改正法やカスハラ指針の内容を踏まえた対応を進める必要がありますが、それは、単に法令上の義務を履行するという観点にとどまらず、労働者が安心して働くことができる職場環境を確保する観点からも極めて重要です。
今回の改正を職場環境の改善のための機会としてとらえ、弁護士等の専門家にも相談しつつ、早急な準備を進めることが企業に求められていると考えます。
以上

