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【知的財産ランドスケープ】MOF(金属有機構造体)_後編
2026.04.08
前回のまとめ
前編(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2026/18153.html)では、MOFに関連する特許について、国別の観点から分析を行いました。今回の後編では、プレイヤーの観点から分析を進めます。
プレイヤー(中国単独出願を除く)
以下は特許ファミリー件数の多いオーナー上位20を示したものです(ここでも中国単独出願は除いています)。
プレイヤー別特許ファミリー件数/特許スコア

上位20のうち1位はカリフォルニア大学、2位はKRICT(韓国化学研究院)、3位はエクソンモービルであり、日本企業としては、積水化学が7位、パナソニックが14位、日東電工が16位、トヨタ自動車が17位にそれぞれランクインしています。国別で見ると外国勢に押され気味であった日本ですが、プレイヤー別に見ると多くの日本企業が健闘していることがうかがえます。また、上記20位の顔ぶれを見ると、海外では大学や研究機関が多いのに対し、日本では民間企業が多くランクインしています。このことは、海外の大学や研究機関は基礎研究段階での特許を多く保有している一方、日本企業は、より商業化に近い実用的な内容の特許を多く保有していることを示唆しています。
次に、特許ファミリー件数が上位の日本の3プレイヤーについて、詳しく見ていきます。
◇積水化学
積水化学の全26ファミリーについて、個別特許スコアが高いものは、大きく「MOFを活用した新規材料の開発」と、「ガス製造・製鉄システムにおけるガス分離材料としての応用」の2つに分けられます。
1.新規材料の開発
MOFそのものの製造方法の改善や、樹脂と組み合わせて使いやすい形態(成形体)にする技術などが記載されています。
WO2019/039509:従来のMOF合成で必要だった密閉・高圧環境(ソルボサーマル法など)を用いず、熱や光などの「刺激」を与えることでMOF(結晶体)を生成できる組成物および成形体の製造方法が記載されている。
特開2019-56055:金属有機構造体(MOF)と樹脂を含む複合材料からなり、MOFが表面に露出した成形体とその製造方法が記載されている。
2.ガス分離材料としての応用
CO2を還元して一酸化炭素(CO)を製造する装置や製鉄システムにおいて、水や水素、COなどを分離・精製する「分離筒」の材料として、耐熱性の高いMOFが用いられることなどが記載されています。
特開2021-54704:CO2からCOを製造するガス製造装置において、反応器を通過したガスから水や水素、一酸化炭素、二酸化炭素を分離する「精製器(分離筒)」の構成材料として、金属有機構造体(MOF)が記載されている。
特許6843489:製鉄システムにおいて、ガス成分を分離・精製するための「分離筒」に優れた耐熱性を付与できる材料として、MOFが挙げられている。
特許スコアの高い特許ファミリー(積水化学)

◇パナソニック
パナソニックの全21ファミリーについて、個別特許スコアが高いものとしては、主に以下の3分野が見られます。
1.ガスの吸着・脱硫・化学的変換
MOFの微細な孔を利用して、特定のガスを効率よく吸着・分離・変換することなどが記載されています。
特開2015-77594:極性有機化合物を用いたMOFに電場や磁場を印加し、二酸化炭素などを吸着・脱離させ、この吸脱着に伴う熱を利用して冷却・加温を行ったり、アルコールからアルデヒドを合成したりすることが記載されている。
特開2019-181452:高価な配位子の一部を安価なイソフタル酸に置換したMOFを用いる。三次元骨格を維持したまま、低コストで燃料ガス中の硫黄化合物を除去する脱硫剤として利用することが記載されている。
2.センサ・デバイスへの応用
MOFの構造変化や、他の物質を保護・安定化させる能力をセンサに応用することなどが記載されています。
WO2025/033415:バイオセンサにおいて、標的物質を検出する酵素をMOFと複合化して電極に固定し、MOFを用いることで酵素活性を安定化させ、酵素の補充なしで連続的な検出が可能になることが記載されている。
WO2025/249444:ガス中の物質を吸着した際に生じるMOFの骨格構造の広がり(体積増大)を利用し、この体積変化に伴う電気抵抗値の変化を検知することで、ガス検出器として機能させることが記載されている。
3. 高周波通信向けの絶縁材料
MOFが持つ本質的な「低誘電率」という特徴を、5Gなどの通信部品向けにさらに改善することなどが記載されています。
WO2025/134760:MOFの表面に結合性ポリマーを複合化させて表面の金属イオンの配位環境(結合状態)を変化させ、これにより電荷の偏りを低減し、高周波通信で求められるより低い誘電正接を実現することが記載されている。
特許スコアの高い特許ファミリー(パナソニック)

◇日東電工
日東電工の全20ファミリーについて、個別特許スコアが高いものとしては、分離膜の性能(耐久性や透過速度など)を向上させるための「フィラー(添加剤)」としてMOFを利用する技術が多く見られます。
WO2022/059369:分離膜の「分離機能層」に添加するフィラーとしてMOFが挙げられている。特に水に対する耐久性の観点からMOFを含むことが好ましく、水の透過速度を高めるためにZIF-90やUiO-66などのMOFが適していることが記載されている。
WO2025/197415:分離機能層を保護する「保護層」に添加するフィラーとして、MOF(特にZIF-8などのZIFs)が好ましい材料として挙げられている。
WO2022/196306:分離機能層と多孔性支持体の間に配置される「中間層」に添加するフィラーとして、MOFを含んでもよいことが記載されている。
特許スコアの高い特許ファミリー(日東電工)

まとめ
MOF(金属有機構造体)は、カーボンニュートラル実現の鍵となる「魔法のスポンジ」であり、2025年のノーベル化学賞受賞を機に、いよいよ社会実装のフェーズを迎えています。本ブログの特許分析からは、以下の現状と今後の指針が示唆されます。
グローバルな視点で見ると、特許出願件数では中国が圧倒的ですが、その大半は中国国内のみに出願された中国単独出願です。これを除外すると米国が首位、日本は3位となります。米国がグローバル市場を広く意識した出願を行う一方、日本は重要案件を厳選して海外出願する「選択と集中」の傾向にあります。課題は特許の「質」であり、日本の特許は他国に比べて被引用回数が少なく、技術的影響力が相対的に低い点が懸念材料であるといえます。
プレイヤー別では、海外勢は大学・研究機関が基礎研究を牽引しているのに対し、日本は積水化学、パナソニック、日東電工といった民間企業が上位を占めています。これは、日本企業が製造プロセスやガス分離、センサ、通信材料といった「商業化に近い実用技術」において世界的な競争力を有していることを示唆しています。
以上の現状を踏まえると、日本企業がMOF市場で主導権を握るためには、以下の3つの観点に基づく知財戦略が重要になると考えられます。
- 特許の「質」の向上:単なる自社技術の保護にとどまらず、後続の技術開発の基盤となるような、他社に引用される質の高い特許網(パテント・ポートフォリオ)の構築を目指すこと。
- グローバル知財戦略の強化:将来の市場となる国々で広範な権利を確保し、海外勢による基本特許の包囲網に対抗すること。
- 用途の多角化:環境・エネルギー分野に加え、高周波通信やバイオセンサなど、MOFの物性を活かした高付加価値な新領域を積極的に開拓すること。
MOFは複数の産業に波及するプラットフォーム技術であり、それに関連する特許は単なる権利にとどまらず、産業主導権を左右する戦略的資産であるといえます。日本企業は、自らの強みである実装力を活かしつつ、知財戦略を「守り」から「攻めのグローバル展開」へと進化させることで、この新たな産業競争において主導的地位を確立することが期待されます。
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