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アジア最前線から見る日本の可能性 ── 東証シンガポール支店 × TMIシンガポールオフィス── APAC Frontier Dialogue Vol. 2
2026.04.28
はじめに
本ブログシリーズでは、海外オフィスの日本法弁護士がサポートする業務分野や近年のビジネス動向などについて、国内の企業法務とは少し異なる目線から、多岐にわたるトピックをお伝えします。
第1回では、東証アジアスタートアップハブ(スタハブ)の全体像と日本市場参入・IPOに向けた法務実務について、東証上場推進部の後藤様とTMIシンガポールオフィスの佐藤弁護士の対談をお届けしました。
第2回は、舞台をシンガポールに移します。東証は世界の主要金融センターであるシンガポールに支店を構え、シンガポールや近隣諸国を飛び回り、IPO誘致・投資家向けアウトリーチ・日本経済活性化のための連携促進といった活動を担っています。
この回では、東証シンガポール支店の最前線で活動される東証シンガポール支店の孫様をゲストとする対談を通じて、シンガポールや東南アジア諸国の有力スタートアップ・VC・機関投資家と日々向き合い感じる日本の位置づけ・将来性・課題などについてお話を伺うとともに、TMIシンガポールオフィスの佐藤弁護士に加えインドネシア法弁護士のArvinも参加し、東南アジアで活動する弁護士のインサイトをお届けします。
対談者プロフィール

| 孫範受 東京証券取引所 シンガポール支店 副支店長 日本取引所グループにて長年にわたり資本市場業務に従事。現在は東京証券取引所シンガポール支店にて、東南アジア及びオーストラリア・ニュージーランドを中心に、海外企業の上場誘致や資本市場ビジネス開発を担当している。スタートアップ、ベンチャーキャピタル、金融機関等との対話を通じ、東京証券取引所へのクロスボーダー上場の可能性を広げるとともに、日本市場との中長期的な関係構築を支援している。IPOセミナーやスタートアップ関連イベントでの登壇・企画運営にも継続的に取り組んでいる。 |

| 佐藤竜明 弁護士・MBA(TMI総合法律事務所 シンガポールオフィス) 2014年TMI入所後、2016〜18年に日本取引所自主規制法人 上場管理部・上場審査部に在籍(上場関連審査・不祥事予防プリンシプル策定等を担当)。2022年にシンガポール国立大学ビジネススクール(MBA)修了後、現在はシンガポールオフィスに所属。東南アジアのスタートアップ案件、クロスボーダーM&A、コーポレートインバージョン案件を中心に取り組む。共著に「起業の法務」(商事法務)等。 |

| Arvin Raharja 弁護士(TMI総合法律事務所 シンガポールオフィス) 2024年TMIシンガポールオフィス入所。インドネシア弁護士(advocaat)、イングランド&ウェールズ及びアイルランド共和国のソリシターとして資格を取得し、インドネシアにおけるクロスボーダー取引、M&A、スタートアップファイナンスを中心に活動。東南アジア全域の多国籍クライアントに対し、コーポレート・トランザクションに関する法的アドバイスを提供している。インドネシアの有力法律事務所でのキャリアを積んだ後シンガポールに拠点を移し、インドネシア法の深い知見と英国法の能力を組み合わせたクロスボーダー業務を展開している。 |
東証シンガポール支店──現地駐在員の役割
── まずは素朴な疑問として、東証の従業員がシンガポールでどのような活動をするのか、なかなかイメージが付かない方もいるかと思います。東証がシンガポールに支店を構える意義と、孫さんが日頃取り組まれている活動について教えてください。

孫
東証シンガポール支店は、大きく三つの役割を担っています。一つ目は外国企業のIPO誘致です。海外の有力スタートアップやVCなどに対して、東証への新規上場のメリットを伝えるマーケティング活動です。東証アジアスタートアップハブ(「スタハブ」、第1回記事参照)の取組みの一環を、現地の最前線で担っていると言うこともできると思います。
二つ目は、アジアを拠点とする機関投資家やアセットマネジャーへの投資家向けアウトリーチです。日本株市場の制度改正、新指数などの最新情報を提供し、日本市場への投資を促す役割を担っています。
三つ目は、日本経済の拡大に向けた協調・連携の促進です。日本の上場企業とアジアの有力スタートアップのビジネス連携機会の創出や、アジア金融フォーラムの開催など、大局的な観点で日本経済全体を活気づけるための活動を継続的に行っています。
佐藤
三つの役割をお聞きして、それぞれが有機的につながっているように感じます。IPOを目指すアジアのスタートアップが東証に上場し、国内外の投資家がそこに投資し、さらに日本の上場企業がアジアのスタートアップとビジネス連携する——このサイクルが機能することで日本経済全体が活性化するという構造は、非常に理にかなった設計だと思います。
孫
まさにそれを目指しています。シンガポールというロケーションは、その意味で戦略的です。アジアの有力スタートアップ、VC、機関投資家、そして日本企業のアジア拠点が凝縮した一か所に集積しており、三つの活動を同時並行で進めるのに最適な環境が整っています。第1回でお話させていただいたスタハブのエコシステムを実効的に機能させる場所として、世界の金融センターの一つであるシンガポールは最重要拠点の一つです。
IPO誘致活動の概要──東証(日本)の競争優位性
── 実際のIPO誘致活動の内容と、他の証券取引所と比較した際の東証・日本の特徴について教えてください。

孫
日々の活動として、スタートアップの経営者やVCのパートナーと個別に面談し、東証上場のメリットをお伝えしています。その中で一貫して強調するのが、日本の規制環境の安定性と政治的基盤の確かさです。
外国企業にとって長期的な事業展開を考える上で最も重視するのは「予測可能性」です。日本は法的・規制プロセスの一貫性が高く、政治的な理由などにより事業環境が大きく揺れることも少ないです。こうした安定した基盤は、中長期的な成長計画を立てるスタートアップや投資家から非常に高く評価されています。日本市場への参入ハードルとして語られることが多い「複雑な規制」も、見方を変えれば「一度理解すれば変わりにくい、予測可能なルール」として機能する部分があると思います。
佐藤
事業環境の安定性という点は、弁護士の立場からも同様に感じています。昨今のVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)がより一層極まる情勢の中、日本とシンガポールの事業環境の安定性は、他国から見た魅力として十分説得力があると感じます。たしかに日本の法規制は歴史的沿革もあり簡単ではないものもありますし、そもそも細則やガイドラインなどの英訳がないなどといった基本的なポイントで問題が生じる場合もありますが、言語の壁がAI技術の進展などにより取り払われつつある中で、一度理解してしまえば比較的安定した環境の中で事業遂行できるという側面は、他国との比較という観点で指摘できるポイントの一つです。
── アジアのスタートアップが東証を選ぶ際に、ナスダックやSGXなど他の取引所と比較する場合の優位性についてはいかがでしょうか。

孫
まず規模の観点では、東証はアジア最大級の取引所であり、時価総額ベースでも世界有数の市場です。日本株市場への世界的な注目は昨今において高まっていると実感しています。
投資家層の厚みという点でも東証には強みがあります。個人投資家と機関投資家の双方が活発に参加しており、グロース市場は他国における新興企業向け市場と比べ、高い流動性を持っています。また、NASDAQは世界最大のテック市場として魅力的ですが、数百億〜数千億円規模のアジアのスタートアップにとっては上場・維持コストが高い上、アナリストからカバーされにくく上場後に投資家から十分な注目を集めることが難しいケースもあります。
さらに米国の投資家は、必ずしもアジア各国の事業環境や商流、成長機会に精通しているわけではなく、アジア企業の事業ストーリーが十分に伝わりにくい場合もあります。その点、日本は同じアジアに位置しており、アジア企業の事業展開や日本企業との連携可能性を、より具体的に理解しやすい市場だと思います。
したがって東証は、単に資金調達や上場の場というだけでなく、日本での事業展開や日本企業との協業も含めて、中長期の成長戦略を描きやすい市場の一つだと考えています。
Arvin
インドネシアの視点から見ると、東南アジアの起業家の間では「日本市場への参入」と「東証上場」は、今のところはまだ切り離して考えている起業家が多いように感じます。
ビジネスマターとして日本をマーケティング展開先としたり、日本企業をビジネスパートナーとすることを目指すことはあっても、上場取引所についてはまずニューヨークやシンガポールを想像する方が多いのかなと思います。
私の見解では、これは主に認知度の問題であり、東証上場を初期段階の選択肢として存在することが認知されていないことが多いと思います。これは海外の起業家がビジネス展開するエリアと上場を目指すエリアを切り離して考える傾向にあることも反映していると思います。
もっとも、今後の東証支店の方々のアウトリーチ活動を通じて、東証上場を将来の「現実的な選択肢」として認識する海外起業家が増えてくる可能性は十分にあると思います。
佐藤
Arvinが指摘する「気づきの端緒」を与えることは、非常に重要な取組みだと思います。日本での事業展開から「将来的な東証上場」に至る流れは、時間をかけて自然発生的に腑に落ちていくべきものであり、最初から「東証上場ありき」と無理に促すようなものではないと思いますが、他方で、気づきのきっかけとなる基本情報がなければ、そうした変化が生まれるチャンス自体を逃すことになりかねません。
また、海外スタートアップにとって、IPOとM&Aの比較でM&Aの方が主流と捉えられる場合も多いですが、東証IPOは海外企業にとって実現可能性のある選択肢の一つとして存在します。日本とのビジネスのつながりを持たせつつ、将来の選択肢として東証上場があることをインプットしておくという活動は、スタートアップファイナンスにおける日系投資家からの資金調達の先々のロードマップを考えるときに、「東証IPO」という目標が、相互の自然な選択肢、目標の一つとなっていくのに機能する場合もあると思います。
APACビジネス最前線──現地で感じる日本の可能性と課題
── 孫さんが日々のアウトリーチ活動を通じて感じる、アジアの視点から見た日本の資本市場・ビジネス環境のポテンシャルと課題を教えてください。

孫
ポテンシャルという観点では、日本の「信頼性」や「安定性」は、アジアのスタートアップや投資家にとって一定の魅力があると感じています。
日本の上場企業と協業していることや、日本市場で事業展開していること、あるいは東証上場を目指していることが、対外的な説明においてプラスに働く場面はあります。数値化しにくい要素ではありますが、長期的な事業展開を考える上で、こうした信頼感が意味を持つケースは少なくないと思います。
一方で、課題という点では、日本市場への参入に際して「言語の壁」や「商慣行の違い」が依然としてハードルとして認識されています。
実際に、「日本に入りたいが、何から始めればよいかわからない」という声はよく聞きます。
スタハブのエコシステムは、そうした初期段階の課題に対応するための取組みの一つですが、今後もより使いやすく、実務につながりやすいサポートのあり方を考えていきたいと思います。
佐藤
「どこから始めればいいかわからない」という声は、法律事務所に勤める身としても、MBA在学中の日本事業に興味のある起業家友人からのコメントでも感じてきたところです。私のもとに日本への事業展開についてご相談に来る場合の多くにおいて、何から準備すべきかを把握できていないことがあります。こうしたときに私が大切にしているのは、最初の相談の段階で、日本のビジネス常識と他国のビジネス常識を切り分け、当たり前を当たり前と思わずに整理することです。法規制の問題だけでなく、事業戦略・資金調達・ガバナンス・税務など全体像を確認し、その中でどの論点が優先度が高いかを整理することで、スタートアップが限られたリソースを最も効果的に使えるようになります。
法務の観点に限っても、優先度が高いものから相対的に低いものまでバリュエーションがあります。リーガルプロフェッショナルの観点としては勿論どれも対応すべきと言いたいところですが、現実として、ビジネスが成長しなければ社内規程だけ揃っていても無意味ですし、売上が上がっても税務上の違いで最終利益が下がるようではビジネスが持続しません。管理面にばかり目が行き、本業がうまくいかなくなるようでは本末転倒です。そうした総合考量の上でビジネスが動いていることを念頭に、メリハリのあるリーガルアドバイスを行うことが重要であると心がけています。
Arvin
東南アジアの起業家との対話の中で感じるのは、日本に対して「難しい」という先入観を持ちながらも、「だからこそ一度中に入れれば参入障壁になる」という点を正しく評価している経営者が増えてほしいということです。規制の複雑さや商慣行の違いは、裏を返せば「簡単には真似できない差別化」につながります。インドネシアでも、日本市場で実績を持つ企業や日本の投資家の信認を得ている企業は、投資家の評価が高い傾向があると思います。
TMIでは日本と東南アジアの双方で活躍するクライアントをサポートしており、こうした違いを実務的にナビゲートし、支援することが重要な取組みの一つです。TMIシンガポールオフィスには日本法弁護士とインドネシア法弁護士が同じ場所にいることで、クライアントの両国での事業展開をワンストップでサポートできる体制があります。また、TMIはアジア各国にもブランチがありますので、事業展開を同時並行で進めるスタートアップにとって、使い勝手の良いローファームの一つだと思います。
── 「日本の既存の上場企業とアジアのスタートアップの連携促進」という観点では、どのような手応えを感じていますか。
孫
日本の上場企業にとっても、アジアのスタートアップとの協業は、新市場へのアクセス、デジタル化加速、若い人材の獲得という観点で大きなメリットがあります。一方、アジアのスタートアップにとっては、日本の上場企業のブランド力・顧客基盤・資金力を活用した急速な成長が期待できます。
スタハブの支援対象企業と日本の大手企業が業務提携を実現し、それをきっかけにビジネスが動いた事例が出てきています。こうした事例を積み重ねることで、「日本の上場企業×アジアのスタートアップ」というモデルの有効性を広く示していきたいと考えています。
佐藤
この「連携促進」がM&AやJV(合弁事業)の形で具体化するケースも出てきており、その際に法務面のサポートをさせていただくことも多くあります。デューデリジェンスや契約書レビューなどのプロセスに専門家が入ることで、両者の期待値のすり合わせが円滑に進み、連携が実際に機能する体制が整っていきます。
日本企業の海外M&A事例が増加しつつある中、シンガポールは件数ベースでアメリカに次ぐ2番目の買収先実績を有しています。既存の日本の上場会社による海外M&Aの活発化に東証支店の活動が一役買っているのだとすれば、日本経済活性化のための意義のある活動だと思います。
結び──日本とアジアをつなぐシンガポールの役割
── 最後に、シンガポールでの活動の意義と今後の展望についてお聞かせください。

孫
東証シンガポール支店は、日本の証券市場の外側で機能するアンテナの一つだと思います。日本の中からはなかなか見えないアジアのリアルな動きを肌で感じながら、それを東証の活動にフィードバックし、また逆に日本の魅力をアジアに伝える。そのブリッジ機能こそが、シンガポール支店の最大の価値だと考えています。今後も、アジアのスタートアップが日本市場を「自分たちの成長の場の一つ」として自然に選択できる環境づくりに貢献していきたいと思います。
Arvin
日系企業法律事務所のインドネシア法弁護士という立場から、私は自分自身が「東南アジアと日本をつなぐ架け橋」になりたいと感じています。インドネシアを始めとする東南アジアのビジネスコミュニティが日本市場をより深く理解し、日本企業は東南アジアの成長市場に積極的に関与していく——その両方の流れをサポートすることにやりがいがあると思っています。
TMIのように複数国の法律と商慣行を一か所で対応できる環境は、そうした連携を現実に動かす上で非常に有意義であり、多くの地域ビジネスが集積し繋がるシンガポールに拠点を置くことで、双方のクライアントをより効果的にサポートできており、今後もこうした活動に積極的に関与していきたいと思います。
佐藤
本日はありがとうございました。今回の対談を通じて、「シンガポールという場所から見た日本の可能性」という視点をお伝えできたらと思います。東証シンガポール支店とTMIシンガポールオフィスは、活動自体はもちろん異なりますが、「日本とアジアをつなぐ」というミッションを共有しています。
私個人、日本法弁護士×取引所出向経験者×MBA修了者の視点からも、シンガポールという現場に身を置くことの意義を日々実感しています。引き続き、東証シンガポール支店の皆様とも連携しながら、日本とアジア経済の成長の一助となれるよう、微力ながら尽力したいと思います。
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