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【危機管理・刑事】施行された電磁的記録提供命令と秘密保持命令 ─ 企業法務担当者が今すぐ確認すべき三つの実務対応
2026.06.08
はじめに
令和7年5月16日に成立し、同月23日に公布された「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律」(令和7年法律第39号。以下「本改正法」といいます。)について、令和8年(2026年)5月21日付で、改正法第1条(刑事訴訟法の改正)の主要規定が施行されました。
本改正法は、民事手続において先行していた司法手続のデジタル化について、刑事手続きの分野でも実用化していくために、複数の手続きについて電子化の規定が定められています。中でも、企業法務実務にとって特に影響の大きい電磁的記録提供命令及び秘密保持命令が、この施行により運用開始されました(書類等の電子化など、本改正法第2条以降の規定については、令和9年3月31日までの間で政令で定める日に施行されることが予定されています。)
捜査機関が企業に対してデータ提供を強制できる制度については、これまでも通常の差押え及び記録命令付き差押えといった手続きがありましたが、今回の改正は新たな制度と罰則を伴う大きな変化を伴うものであり、企業法務担当者としては、その改正内容を認識し、自社で対応すべき事項を検討・実施する必要があります。
電磁的記録提供命令の概要
⑴ 制度の趣旨
電磁的記録提供命令とは、検察官、検察事務官又は司法警察職員が、犯罪の捜査のために必要があるときに、裁判官の発する令状に基づき、被処分者に対し、必要な電磁的記録の提供を命ずる強制処分です(新刑訴法218条1項、102条の2第1項)。
従来から存在した「記録命令付差押え」(旧刑訴法99条の2)は本制度に包含される形で廃止され、より強力な制度として再構成されました。最大の特徴は、罰則を伴うことで真の意味での強制処分となった点にあります。
⑵ 二つの提供方法
電磁的記録提供命令の提供方法は、以下の二類型が用意されています。
ア 記録媒体提出方式 電磁的記録を記録媒体(USB、DVD-R等)に記録・移転させて、当該媒体を提出させる方法です。
イ オンライン移転方式 電気通信回線を通じて、命令主体である捜査機関の管理する記録媒体に、直接記録・移転させる方法です。この方式は、有体物の移動を伴わずに電気通信回線経由で完結する点で画期的であり、クラウド上に保管された大量のデータを、捜査機関のサーバに直接送信させることが制度上可能となります。
秘密保持命令 ── 通知義務との抵触
電磁的記録提供命令と一体となって機能するのが、秘密保持命令です(新刑訴法218条3項)。捜査機関は、裁判官の許可を受けて、被処分者に対し、1年を超えない期間を定めて、当該電磁的記録提供命令を受けたこと及び提供を命じられた電磁的記録を提供し又は提供しなかったことを、みだりに漏らしてはならない旨を命ずることができます。なお、秘密にする必要がなくなったときは、捜査機関において命令を取り消す義務があります(同条7項)。
この秘密保持命令は、企業法務実務上、極めて重要な論点をもたらします。すなわち、顧客・取引先データを第三者(捜査機関を含む)に提供した場合の通知義務を契約上負っている事業者は、秘密保持命令により当該通知義務の履行が法律上制限される可能性があるという点です。特に、グローバル展開する事業者の場合、各国の法令が第三者提供に関して本人通知義務を課している場合にはその関係でも複雑な問題が生じます。秘密保持命令期間中は通知できず、命令取消後に遡って通知すべきか、その通知時期・方法はどうあるべきか等、ケースバイケースの判断を要する論点が多数存在します。
罰則 ── 1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金、両罰規定あり
電磁的記録提供命令違反及び秘密保持命令違反に対する罰則として、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金が定められています(新刑訴法124条の2、222条の2)。さらに、両罰規定が置かれており、法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、当該法人又は人に対しても罰金刑が科されます。
両罰規定の存在は、企業として、自社の役職員が命令対応を誤って違反となった場合に、企業自身が処罰される可能性があることを意味します。これは、対応マニュアルの整備、関係部門への周知、対応窓口の一元化等の社内体制構築を、法令遵守上の積極的義務として企業が負っていることを示唆するものといえます。
企業法務実務における対応 ── 三つの観点
施行された以上、企業法務担当者は、以下の三つの観点から、自社の対応状況を直ちに点検する必要があります。
⑴ 社内対応フローの整備・見直し
捜査機関から電磁的記録提供命令を受領した際の社内エスカレーションフローを、令和8年(2026年)5月21日以降、現実に機能する形で整備しておく必要があります。具体的には、命令受領窓口(多くの場合、法務部門又はカスタマーサポート部門)、法務部門への即時連絡、外部弁護士への速やかな相談、情報システム部門との連携、経営層への報告等の一連のプロセスを文書化しておくことが望まれます。
特に、オンライン移転方式(上述1(2)イ)への対応は、技術的な体制構築を要します。捜査機関のサーバへの直接送信を求められる場合に、自社のシステムからどのようにデータを抽出し、安全に送信するかという技術論を、平時から情報システム部門と協議し、対応について整理しておくべきでしょう。
⑵ 契約条項の総点検
顧客・取引先との既存契約に含まれる、データ取扱いに関する条項を直ちにレビューする必要があります。点検すべきポイントは以下のとおりです。
ア 第三者開示時の通知義務条項 「法令又は捜査機関の要請に基づく開示」が例外として明記されているか、秘密保持命令により通知不可となる場合の取扱いが規定されているかを確認します。この規定が存在する場合、秘密保持命令を受けた際にどのような理屈によってどのような対応をとるべきか、また、重要な取引先に対して、提供命令や秘密保持命令を受ける前に何らかの通知(法改正により法令上開示義務を履行できない場合があることの通知など)が必要かなど、有事に備えた対応を検討する必要があります。
イ データ保管・処理に関する善管注意義務条項との関係 電磁的記録提供命令により提供したデータについて、顧客に対する責任の所在を明確化しておく必要があります。
ウ 命令取消後の通知履行手順 契約上ないし社内規程上、命令が取り消された後に行う通知の履行手順について整理しておく必要があります。
⑶ 不服申立て(準抗告)の検討体制
電磁的記録提供命令の範囲が、被疑事実と関連性のない部分にまで及んだ場合、被処分者は準抗告を提起することが可能です(新刑訴法420条2項、430条1項)。
この点については、いわゆるベッコアメ事件(東京地決平成10年2月27日判時1637号152頁)が重要な先例となります。同決定は、ISPであるベッコアメに対する差押えの事案において、被疑事実と無関係な顧客データの部分について差押えの必要性を否定し、当該部分の差押処分を取り消したものです。クラウド事業者・SaaS事業者・通信事業者等、他人のデータを保管する立場にある事業者は、利用者のプライバシー保護義務を理由として、自社が直接の被処分者でなくとも、データ主体の権利保護のために準抗告を提起すべき場合があり得ます。
加えて、原状回復の制度として、命令により提供したデータについて複写の交付請求が可能です(新刑訴法123条第3項、123条の2第1項)。通常、データを捜査機関に提出する場合には写しをもって提出することで足り、事業継続は可能である場合が多いですが、事案によってはPCやサーバごと差し押さえられてしまい、手元に通常の業務遂行に必要なデータが残らない場合があり得ます。そのような場合において、事業遂行上必要なデータが提供対象となった場合には、これらの制度を活用する選択肢を常に視野に入れておく必要があります。
おわりに
本改正法に関しては、令和7年5月の成立・公布以降、多くの企業が「施行までにはまだ時間がある」と認識し、対応を後回しにしていた可能性があります。しかし、令和8年(2026年)5月21日付で施行された以上、捜査機関は同日以降、現実に電磁的記録提供命令を発することができ、罰則を伴う運用が開始されています。
特に、デジタルサービスを提供する事業者、大量の顧客データを保有する事業者、クラウド上で他社の業務データを預かる事業者にとって、本改正の影響は無視できないと考えます。
弊所では、本改正法に関する企業向けのアドバイザリー、社内対応マニュアル策定支援、契約条項のレビュー及び改訂のサポート、有事における準抗告対応等、幅広いサポートを提供しております。お気軽にご相談ください。
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