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【労働法ブログ】株式報酬の賃金該当性について
2026.06.25
はじめに
近年、優秀な人材の獲得・維持を目的として、労働者に対しても、役員向けと同様にインセンティブ報酬の一形態として株式報酬の付与を行うニーズが拡大している。もっとも、現在、会社法202条の2に基づき、上場会社の取締役に対する報酬等として株式を交付する場合に限り、株式の無償交付が認められている一方で、労働者に対して株式を無償交付することは認められていない。そのため、労働者に対しての株式報酬は、予め労働者に対して金銭債権を一度付与して、その金銭債権を労働者に現物出資させるという構成をとり、株式の交付を行う形で、株式報酬を付与するという技巧的な対応が採られている。
このような状況を踏まえて、法制審議会においては、会社法202条の2について、株式報酬の無償交付を労働者に対しても一定の要件のもと認める形での改正を行う方向で議論がなされている。2026年3月18日に開催された法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会第12回会議にて取りまとめられた「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」(以下「中間試案」という。)において、株式報酬の無償交付の対象拡大について具体的な枠組みが提示されている。もっとも、当該中間試案においては、労働者に対する株式報酬の無償交付を行う点について、「結論を得るに当たっては、使用人等に無償交付される株式の労働基準法(昭和22年法律第49号)上の「賃金」該当性について整理が必要である。」との記載もされているとおり、株式報酬の無償交付の前提として、労働基準法上の「賃金」該当性が重大な論点となることが示唆されている。
本記事においては、ストックオプションを含む株式報酬について、労働基準法上の「賃金」に該当するかという点について、現時点における整理を解説していくこととする。
賃金該当性の判断指標
そもそも、労働基準法の「賃金」に該当するとされた場合においては、労働基準法24条が定める「通貨払の原則」、「直接払の原則」、「全額払の原則」、「毎月払の原則」の遵守が求められることとなる。仮に株式報酬が労働基準法の「賃金」に該当するとされた場合には、「通貨払の原則」に抵触することとなるため、その例外である労働基準法24条1項ただし書に基づいて労働協約で定めを行うという対応を採らない限り、労働基準法24条に違反することとなるため、労働者に対して株式の交付は認められないこととなる。そのため、「賃金」に該当しないという整理が可能であるかが株式報酬制度を実行するにあたって、重要な論点となる。
労働基準法における「賃金」は、労働基準法11条において以下のとおり定められている。
| この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。 |
ここでいう「労働の対償」とは、広く使用者が労働者に支払うもののうち、労働者がいわゆる使用従属関係のもとで行う労働に対して、その報酬として支払うものであるとされており、抽象的な概念にとどまるものではあるが、①任意的、恩恵的な給付である場合、②福利厚生施設である場合、③企業設備の一環である場合を除いて、基本的には「労働の対償」に該当するものとして、「賃金」として扱われることとなると解されている。ただし、任意的、恩恵的な給付であっても、労働協約、就業規則、労働契約等で予め支給条件が明確である場合には、「賃金」に該当するとされている(昭和22年9月13日発基17号)。
また、株式報酬のうち、ストックオプションについては、厚生労働省の公表する平成9年6月1日基発412号(以下「ストックオプション通達」という。)において、以下のとおり、「賃金」該当性について示しており、一律で「賃金」に該当しないように整理されているようにも読みうるところである。
| 権利付与を受けた労働者が権利行使を行うか否か、また、権利行使するとした場合において、その時期や株式売却時期をいつにするかを労働者が決定するものとしていることから、この制度から得られる利益は、それが発生する時期及び額とともに労働者の判断に委ねられているため、労働の対償ではなく、労働基準法第十一条の賃金には当たらないものである。 |
加えて、労働基準法を所管する厚生労働省ではなく、経済産業省の公表する「攻めの経営」を促す役員報酬~企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引~(以下「手引」という。)のQ80においては、株式報酬について、以下のa~cの要件を満たす場合には「賃金」には該当しないという整理が示されている。
| a. 通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること。 b. 労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと。 c. 通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであること。 |
ただし、上記の要件は、「新たな自社株式保有スキームに関する報告書」(以下「報告書」という。)をもとにしているところ、企業が退職時に自社株式を付与することを前提とした基準となっており、a~cの要件が在職時における株式の付与に同様に妥当するかについての検討がどれほどなされているか不明である。
株式報酬の各種形態における整理
(1) 種別
上記の賃金該当性の判断基準がどこまで及ぶのかという点は、種別ごとに個別に検討する必要があると思われる。
実務上で活用されている株式報酬は、事前交付型と事後交付型のものに大別される。事前交付型とは、職務執行開始後速やかに譲渡制限の付いた株式を交付する形態のものを指し、在籍条件により制限を課す形のリストリクテッド・ストック(RS)や業績条件により制限を課す形のパフォーマンス・シェア(PS)がこれに該当する。一方で、事後交付型とは、職務執行期間が終了した後に株式を交付する形態を指す。事後交付型には、事前にユニットと呼ばれる株式交付を受ける権利を付与し、条件成就時に当該ユニット数に応じて株式を交付するリストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)やパフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)等が含まれる。
手引においては、いわゆる1円ストックオプションについても、その行使により労働者は株式を取得することのできる事後交付型の株式報酬として整理がなされているところであるが、ストックオプションについては、ストックオプション通達があることから区分して整理を行うべきである。
その他の株式報酬については、事前交付型、事後交付型のいずれについても交付時点に違いはあるものの、最終的に労働者に株式が交付されるという点に違いはないことから、同様の規範で考える形でよいと解される。
一方で、手引においては、株式の付与は実際には行わないものの、仮想的に株式を付与して一定期間経過後に株価相当の現金を付与するファントム・ストック、中長期の業績目標の達成度合いに応じて、金銭を付与するパフォーマンス・キャッシュ、一定期間経過後の対象株式の市場価格があらかじめ定められた価格を上回っている場合にその差額部分の金銭を交付するSARというような形態についても言及されている。この点、これらは、株式報酬と類似する制度ではあるものの、実際に支給される対象が金銭であることから、別途検討を要するものと考える。
以下、ストックオプション、ストックオプションを除く株式報酬、株式報酬に類似する金銭付与それぞれについて、簡単に整理を示す。
(2) ストックオプションの賃金該当性について
ストックオプションについては、前述のとおり、ストックオプション通達において一律に「賃金」に該当しないとしているが、1円ストックオプションのように、権利行使価格が低廉な価格で設定される形態についても「賃金」に該当しないという整理ができるかについては疑問が残る。
ストックオプション通達においては、ストックオプションが「賃金」に該当しないとする理由を「この制度から得られる利益は、それが発生する時期及び額とともに労働者の判断に委ねられている」としている。しかし、ここでいう「利益」は権利行使ができるようになってから発生する運用益を指すものと思われるところ、ストックオプションそのものを取得することにより生じる経済的利益についてまでも「利益」に含む趣旨であるかは必ずしも明らかではない(ストックオプション通達で示されている図からもこの点の検討がなされていないことが推察される)。具体的には、権利行使価格が低廉な場合において、権利付与時点の株価が権利行使価格を上回っている場合においては、ストックオプションを取得した時点において、その差額分につき、労働者は会社から経済的利益を取得しているものであり、当該部分については、「賃金」に該当するかについては別途検討を要するものと思われる。また、ストックオプション通達は、新株予約権としてのストックオプション制度が導入される以前の旧商法下の時代に発出されたものであり、現行のストックオプション制度(会社法236条以下)とは前提が異なるともいえる。もっとも、ストックオプション付与時点で一定の経済的利益を観念しうるとしても、株式報酬における株式取得による経済的利益の取得とストックオプション取得による経済的利益の取得は、制度として類似していることから、少なくとも手引の3要件を満たす場合には、「賃金」に該当しないと解する余地があるものと思われる。手引においてもいわゆる1円ストックオプションが事後交付型の株式報酬として整理されていることとも整合的である。
(3) 株式報酬の賃金該当性について
ストックオプションを除く株式報酬については、現時点において厚生労働省から賃金該当性に係る通達は出されていないところではあるものの、少なくとも現時点での公表資料に照らして、基本的には手引の3要件によることで「賃金」には該当しないという整理とすることでよいと思われる。ただし、手引の3要件は、報告書で示された要件を引用したものであるところ、前述のとおり、報告書においては、企業が退職時に自社株式を付与するものを前提として検討がなされており、それ以外の制度設計を想定して作成されたものではないことから、改めてより緻密な検討が必要なものと考えられる。
a. 通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること。
「減額することなく付加的に付与される」という点は、これまで支払ってきた賃金を代替する形となっているかという点がポイントとなると思われるところ、既存の労働者に対してこれまで支給していた賃金の一部を減額して株式に代えて支給するような場合にはaの要件に抵触することとなるだろう。従来行われてきたベースアップに代える形で、賃金は据え置かれて、昇給分が株式報酬となるようなケースについても、実質的には通貨による賃金を代替するものと評価される余地があり、aの要件との関係では慎重な検討を要する。
b. 労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと。
厚生労働省の公表する昭和22年9月13日発基17号において、就業規則等で支給条件が明確となっているものについては「賃金」とみなす整理となる旨、示唆されている。他方で、株式報酬に係る制度について規程等で支給条件を明確化しないことは想定しがたい。
したがって、この要件との関係では、支給条件が規程上明確であること自体が直ちに問題となるのではなく、当該制度が賃金の一部として位置づけられているかが重要であると考えられる。なお、規程にて株式報酬の支給基準が明確となっている場合であっても、手引の3要件を満たす限りにおいては、「賃金」には該当しないものと考えてよいだろう。
そのため、株式報酬に係る規程において、株式報酬が賃金ではないことを明記することを徹底するとともに、就業規則や労働条件通知書等において記載を行う場合であっても、賃金ではなく別建てのインセンティブ制度であることが一見して明らかとなる表現としておくことが望ましい。
c. 通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであること。
この要件については、何をもって「利益の主たるもの」と判断するか、株式報酬と比較する対象がどの期間における賃金なのかといった点が不明確である。この点は、報告書で要件が検討された時点では、広く株式報酬が用いられることが想定されていなかったことによるものと思われ、今後整理が必要となってくるところと考えられる。
これらの点については、中間試案でも「賃金」該当性について整理が必要とされていることからも、今後、厚生労働省より株式報酬の賃金該当性に係る整理が公表されることが期待される。
(4) 株式報酬に類似する金銭付与の賃金該当性
手引において例示されているファントム・ストック等については、株式が支給されることはないものの、株価に連動して金銭付与額が確定することに鑑みれば、手引の3要件により「賃金」に該当しないという整理も考えられるところではある。もっとも、手引において示されている3要件は、報告書に基づいているところ、この検討の出発点となっているのは、実物給与に係る通達(昭和22年12月9日基発452号)であり、金銭付与を想定しているこれらについては、手引の3要件を用いることは適切ではない。
前述のとおり、「賃金」該当性が主に問題となるのは、通貨払いの原則であるところ、金銭付与の場合には通貨払いの原則に抵触しないことからも、あえて「賃金」に当たらないと整理する必要性を欠く。株価に連動しているという性質を有するとはいえ、使用者から労働者への金銭支給が広く「労働の対償」に該当するものとされていることからも、「賃金」に該当するものとして整理するのが相当であると思われる。
おわりに
中間試案でも示されているとおり、株式報酬に係る「賃金」該当性については、改正案策定の前提となることから、一定の整理が示されることが予測され、今後の基準の明確化が期待される。労働法の観点からは、「賃金」該当性だけでなく、株式報酬の制度上、実務上設定されることの多いマルス条項やクローバック条項の有効性など、整理が必要な点も多く、裁判例の積み上げもないことから、適切な運用を図るためにも、今後の動向を引き続き注視する必要がある。
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