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【中国】【商標】第5次中国商標法改正の注目点
2026.07.14
はじめに
2026年6月26日、中国において商標法の改正(以下「新法」といいます。)が可決され、2027年1月1日から施行されることになりました[1]。
2019年11月1日に改正が施行された現行の商標法(以下「旧法」といいます。)は、2023年1月13日と2025年12月27日にそれぞれ改正案が公表され、パブリックコメントが募集されましたが、新法では、旧法の全8章73条から全9章87条に拡充されました。
2026年6月15日時点で、中国における有効な登録商標件数は、約5197万件に達していますが、他人の商標を勝手に出願してしまう悪意のある先取り商標出願行為や、「心機商標」と呼ばれる意図的に紛らわしくして誤認させる商標の使用行為が非常に多く存在している現状があり、新法においてもこれらに対応するための規定が多く改正されています。
日本から導入が要望されることが多い、コンセント制度(先行登録商標権者の同意があれば後行の商標の併存登録を認める制度)や、商標の審査段階における情報提供制度は規定されませんでしたが、特に、悪意のある先取り商標出願行為や公衆を誤認させる商標の使用行為に対する規制が強化された点は重要であると言えます。
本稿では、新法の改正内容について、日本企業の中国における商標活動に重要な内容に絞って説明いたします。
[1] 中国語名:商标法(https://www.cnipa.gov.cn/art/2026/6/26/art_3686_206940.html)
商標登録の要件
1 概説
新法では、商標の定義について、「商品またはサービスの出所を識別し、区別するために用いられる標章をいい、商品商標およびサービス商標を含む。」と明記されるとともに(新法第2条第1項)、「商標登録の要件」という独立した章が設けられ、旧法では分散していた商標登録要件(絶対的禁止事由と相対的禁止事由に分かれます)が整理・集約されました。
2 動きの商標の追加
新法では、デジタル経済が発展し、デジタルマーケティングの重要性が高まっていることを背景に、非伝統的な商標の1つとして、「動きの商標」が出願・登録できることになりました(新法第14条)。なお、日本の商標法と異なり、ホログラム商標や位置商標は、規定されていません。
3 絶対的禁止理由の調整
(1)概説
絶対的禁止事由は、標章そのものの問題を対象としており、登録拒絶事由になるとともに、いかなる者もこれを理由として異議申立てや無効審判を請求することができます。
新法では、使用目的がない商標出願の拒絶事由が具体化され、また、欺瞞その他不正な手段による商標出願に関する規定と統合・整理されました。
(2)登録・使用禁止商標
商標法では、商標として登録・使用することができない商標が列挙されていますが、新法第15条では、実務上問題となることが多い2つの禁止事由の文言が以下のように修正されました。
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旧法 |
新法 |
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第10条 (七)欺瞞性があり、公衆に商品の品質等の特徴または産地について誤認を生じさせやすいもの |
第15条 (八)欺瞞性があり、公衆に商品の品質、製法、原材料等の特徴または産地について誤認を生じさせやすいもの |
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(八)社会主義の道徳的気風を害し、またはその他の不良な影響を有するもの |
(九)公序良俗に反し、またはその他の不良な影響を有するもの |
(3)使用目的がない、欺瞞その他不正な手段による商標出願
悪意のある先取り商標登録出願に関する商標登録の要件について、旧法では、「使用を目的としない悪意のある商標登録出願」が、登録拒絶事由(旧法第4条)、異議申立事由(旧法第33条)、絶対的無効事由(旧法第44条)として規定されており、また、「欺瞞的手段その他の不正な手段によって登録を取得した場合」が絶対的無効事由(旧法第44条)として規定されていました。
新法では、旧法のこの2つの規定が統合され、ともに登録拒絶事由(新法第19条)、異議申立事由(新法第36条)、絶対的無効事由(新法第50条第1項)、以下で詳細する行政処罰事由(新法第54条)となりました。
また、新法第19条第1項では、「悪意」の文言が、「通常の生産・経営上の必要性を明らかに超える」という具体的な文言に修正されました。
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旧法 |
新法 |
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第4条第1項 使用を目的としない悪意のある商標登録出願は、拒絶しなければならない。 |
第19条 使用を目的とせず、かつ通常の生産・経営の必要性を明らかに超えて商標を出願した場合は、登録を認めない。 |
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第44条第1項 欺瞞的手段その他の不正な手段によって登録を得た場合は・・・その登録商標の無効宣告を請求することができる。 |
4 相対的禁止理由の調整
(1)概説
相対的禁止事由は、他人の先行権利との抵触を理由とするもので、登録拒絶事由になるとともに、先行権利者または利害関係者が、異議申立て、または商標登録から5年以内に(悪意による登録の場合、馳名商標の権利者は、5年の期間制限を受けません)無効審判を請求することができます(新法第51条第1項)。
新法では、馳名商標や先行する合法的権益の保護が拡充されました。
(2)馳名商標の保護拡充
馳名商標(Well-known mark)とは、中国において関連公衆に広く認知され、高い信用を得ている商標をいい、日本の著名商標に相当する概念です。
一般の商標権の保護範囲は、指定商品または役務と同一または類似の範囲に限定されますが、馳名商標の確認を受けた場合には、指定区分を超えた特別な法的保護が与えられます。
旧法では、「中国ですでに登録されている」馳名商標が、公衆を誤認させ、登録者の利益が害される場合に、同一ではないまたは類似しない商品についても登録・使用が禁止されると定められていました(旧法第13条第3項)。
新法では、「中国ですでに登録されている」という文言が削除され、「登録者」が「権利者」と修正されました。これにより、中国で登録されていなくても、中国における長期にわたる使用により、関連公衆に広く認知され高い信用を得ていれば、馳名商標として確認されることにより指定区分を超えた保護を受けることができるようになりました。
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旧法 |
新法 |
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第13条第3項 同一ではないまたは類似しない商品について登録を出願した商標が、他人の中国ですでに登録されている馳名商標を複製、模倣、または翻訳したものであり、公衆を誤認させ、当該馳名商標の登録者の利益を害するおそれがある場合、その登録は認められず、使用も禁止される。 |
第21条 同一ではないまたは類似しない商品について登録を出願した商標が、他人の馳名商標を複製、模倣または翻訳したものであり、公衆を誤認させ、当該馳名商標の権利者の利益を害するおそれがある場合、その登録は認められず、使用も禁止される。 |
日本の商標法では、著名商標について、通常の商標登録よりも権利保護の範囲を広げるための制度として防護標章制度がありますが、中国の商標法では、関連公衆に広く知られている商標について、その権利者が権利の侵害を受けたと認める場合、馳名商標としての保護を請求することができます(新法第63条第1項)。
馳名商標の確認は、事件の審理に必要な範囲で行う必要があり、その方法は行政のルート、司法ルートの2つに分かれます(新法第63条第2項、第3項)。
行政ルートについて、商標登録の審査・審理、商標法違反事件の調査・処分、または不正競争事件の過程においては、国務院の商標管理部門が確認を行います。
司法ルートについて、商標民事事件、商標行政事件または不正競争事件の審理過程においては、最高人民法院が指定した人民法院が確認を行います。
不正競争防止法第7条第2項では、未登録の馳名商標を無断で使用して、他人の商品である、または他人と特定の関連性があると誤認を招く混同行為が禁止されているため、新法では、不正競争防止法事件においても、馳名商標の確認ができることが明記されました。
馳名商標の確認は、以下の要素が総合的に考慮されますが、新法では下線部の部分が追記されています(新法第63条第4項)。
(一)当該商標に対する関連公衆の認知度
(二)当該商標の使用期間、方法および地域的範囲
(三)当該商標に関するあらゆる宣伝活動の期間、程度および地域的範囲
(四)当該商標の保護記録、特に馳名商標として保護された記録
(五)当該商標の著名性に関するその他の要素
なお、生産・経営者は、商品、商品の包装または容器、広告宣伝、展示会その他の商業活動において、「馳名商標」という表記を使用してはなりませんが、新法では、これの違反に対する是正命令と10万元以下の過料の行政処罰が規定されました(新法第64条)。
(3)先行する合法的権益の侵害、一定の影響力がある商標の先取り登録の禁止
旧法では、他人の既存の先行する権利を侵害する場合には、商標を登録することができないとされていましたが、「権利」の文言が「合法的権益」に修正されました。これには商標権だけでなく、商号権、氏名権、肖像権、著作権、意匠権、地理的表示、ドメイン名、作品名、キャラクター名、一定の影響力を持つ商品名やサービス名なども含まれます。
また、「不正な手段を用いて」他人の一定の影響力を持つ商標を先取り登録することができないとされていましたが、「不正な手段を用いて」が「故意」に修正されました。
「故意」は、出願人と先行する合法的権益を有する者の間に業務上の取引、協力関係、競合関係、業界内で認知している関係が存在する場合に認定されると考えられます。これにより先取り登録出願を禁止できる範囲が広まるといえます。
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旧法 |
新法 |
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第32条 商標登録の出願は、他人の既存の先行する権利を侵害してはならず、また、不正な手段を用いて、他人がすでに使用しており、一定の影響力を持つ商標を先取りして登録してはならない。 |
第24条 商標登録の出願は、他人の既存の先行する合法的権益を侵害してはならず、また、故意に、他人がすでに使用しており、一定の影響力を持つ商標を先取りして登録してはならない。 |
5 悪意のある出願行為に対する行政処罰
新法では、以下の悪意のある商標出願行為について、不良な影響を及ぼした場合に、警告と10万元以下の過料の行政処罰が規定されました(新法第54条)。
(一)標識が本法第15条、第16条第1項の規定に違反することを知りながら商標として出願した場合
(二)本法第19条の規定に違反して商標出願をした場合
(三)故意に、本法第21条、第22条、第24条の規定に違反して商標出願をした場合
行政処罰事由には、上記で説明した以下の商標登録の要件が含まれています。
- 欺瞞性があり、公衆に商品の品質、製法、原材料等の特徴または産地について誤認を生じさせやすい商標出願(新法第15条第8号)
- 公序良俗に反し、またはその他の不良な影響を有する商標出願(新法第15条第9号)
- 使用を目的とせず、通常の生産・経営の必要性を明らかに超えた商標出願(新法第19条第1項)
- 欺瞞その他の不正な手段による商標出願(新法第19条第2項)
- 公衆を誤認させ、馳名商標の権利者の利益を害するおそれがある商標出願(新法第21条)
- 先行する合法的権益を侵害する商標出願(新法第24条)
このような悪意の先取り商標登録出願行為が発見された場合、異議申立て、無効審判の請求だけでなく、通報により行政処罰を請求することが重要になります。
また、商標代理機構が、上記の事由に該当することを知り、または知るべきであったにもかかわらず、商標出願の委託を受任した場合に、商標代理機関への是正命令や最大20万元以下の過料、その直接責任者に対する警告と最大10万元以下の過料等の行政処罰が定められており、商標代理機関を通じた規制も強化されています(新法第67条第1項第4号)。
異議申立期間の短縮
日本の商標法では、商標出願の審理により拒絶事由がないと判断された場合、商標公報の発行日から2か月以内に異議申立てを行うことができますが、中国の商標法では、商標出願の審理により拒絶事由がないと判断された場合、初歩査定が公告され、異議申立手続を経て、正式な登録公告がなされます。
新法では、異議申立期間が現行の3か月から日本の商標法と同じ2か月に短縮されました(新法第36条)。異議申立ては、商標登録を遅延させるために悪用されることもあり、商標出願の審査期間を短縮し、早期に登録するという点では有利ですが、一方で、第三者による冒認出願を発見した場合に、その商標権侵害リスクや登録要件の該当性を評価し、資料を準備して、異議申立てを行うまでの期間が短くなるため、モニタリングを強化して、早期に冒認出願を発見し、異議申立ての準備をできるようにする必要があります。
商標の使用管理の強化
1 概説
新法では、商標の出願登録から、使用管理への強化という方向性で、商標の使用に関する改正がなされています。
「商標の使用」とは、商標を商品、商品の包装または容器、ならびに商品取引文書に用いること、または商標を広告宣伝、展示会およびその他の商業活動に用いて、商品の出所を識別し、区別する行為をいい(新法第2条第2項)、新法では、「商標の使用」には、インターネット等の情報ネットワークを通じて行われる使用行為も含まれることが明記されました(新法第2条第3項)。
2023年1月13日に公表された改正案では、商標出願における商標の使用の誓約(2023年改正案第5条)、登録から5年ごとの使用状況の説明義務(2023年改正案第61条)などが規定されていましたが、これらの規定の導入は見送られており、新法では特に公衆の誤認を招く使用行為に対する規制が強化されています。
2 公衆を誤認させる方法での使用による行政処罰、登録取消
近時、中国では、「120W」という商標であるが、実際には12Wしか出力がない充電器や、「手打ち」という商標であるが、実際には機械で生産された麺などのように、効能や特性を表す言葉を商標として登録し、パッケージや宣伝において商標を使用して、製品の真の特性であると公衆に誤解させる「心機商標」が問題視されています。
上記のとおり、新法第15条第8号においても、「欺瞞的であり、公衆に商品の品質、製造技術、原材料等の特徴または産地について誤認を生じさせやすいもの」が拒絶事由、異議申立事由、絶対的無効事由となっており、登録拒絶査定や無効審判が下されることが多いものの、こうした行為は、商標登録後の使用段階で行われることが多く、規制が回避されてしまうことがあります。
そこで、新法では、公衆を誤認させる方法で登録商標を使用した場合に、期限を定めた是正命令と過料(違法営業額が5万元以上である場合は、違法営業額の5倍以下の過料。違法営業額がない場合、または違法営業額が5万元に満たない場合は、25万元以下の過料)の行政処罰が規定され、期限までに是正されない場合に、登録商標が取り消される制度が導入されました(新法第56条)。
日本の商標法では、品質誤認または他人の業務に係る商品・役務と混同が生じる行為をした場合に、登録商標を取り消す制度が規定されています(日本商標法第51条)。中国の商標法でも、公衆を誤認させる方法の使用行為に対して、登録商標を取り消す制度が導入されることになりましたが、登録商標が取り消されるのは、期限までに是正されない場合に限定されており、また、公衆を誤認させる方法の使用行為についてこれ以上の定義は示されておらず、「品質の誤認」を意味するのか、「出所の誤認」が含まれ、他人の業務に係る商品・役務と混同を生じさせる行為も含むのかは必ずしも明らかではありません。
2025年11月17日に、国家知識産権局弁公室から「商標の使用管理の強化に関する通知[2]」が公表され、公衆を欺き誤導する行為を厳しく取り締まるとして、登録商標を商品名、広告宣伝文句、商品の包装・装飾などと組み合わせて使用し、公衆に商品の品質、産地、製造工程などの特徴について誤認を生じさせる行為を重点的に取り締まることが規定されており、新法第56条の「公衆を誤認させる方法の使用」についても、「公衆に商品の品質、産地、製造工程などの特徴について誤認を生じさせる行為」を意味すると考えられます。
3 苦情・通報制度
同時に、新法第70条では、公衆を誤認させるように登録商標を使用することや登録商標の専用権を侵害するなどの違法行為について、いかなる団体または個人も、商標管理部門または執行部門に苦情申し立てまたは通報する権利を有すると規定されました。
4 三年不使用の職権取消制度
中国の商標法では、登録商標が一般名称となった場合、または正当な理由なく3年連続して使用されていない場合は、いかなる者も、商標管理部門に登録商標の取消審判を申し立てることができます(新法第57条第2項)。
従来は、当事者の申し立てにより、取消審判が行われていましたが、新法では、商務管理部門の職権により登録商標を取り消すことができる規定が導入されました(新法第57条第3項)。
明確な職権基準が定まっていない現状では、社会に重大な影響を及ぼす事案でない限り、職権取消しが行われることは多くないと予想されますが、商標が使用されていない場合に、商標の使用証拠の提出を要求され、提出できない場合に登録商標が取り消されるリスクが高まることになるため、使用証拠を保存する重要性が高まったと言えます。
5 三年不使用の抗弁
三年不使用は、取消審判のみならず、商標権侵害訴訟における抗弁においても問題となることがあります。商標権侵害訴訟において、3年以内に登録商標を実際に使用していたことを証明できず、侵害行為により侵害を受けたことも証明できない場合には、損害賠償責任を負わないことを抗弁事由として主張することができます。旧法ではこの抗弁の3年間の起算点が「それ以前」と規定されており、「侵害行為発生前」、「原告提訴前」、「抗弁の主張前」のいずれを指すかについて争いがありましたが、新法第78条では、「侵害行為が発生する前」の3年以内であることが明確にされました。
[2] 中国語名:国家知识产权局办公室关于加强商标使用管理的通知(https://www.cnipa.gov.cn/art/2025/11/21/art_75_202674.html)
商標権の保護
1 指示的正当使用
新法では、提供される商品の用途、適用対象、使用場面などの情報を示すため、または真正な出所を明示するために、関連する他人の登録商標を使用する場合は、登録商標の専用権者は、他人の正当な使用を禁止することができないことが規定されました(新法第73条第3項)。
完成製品の部品や消耗品を販売する事業者や修理サービスを提供する事業者を念頭に置いたもので、例えば、あるブランドの専用部品であることや、あるブランドの修理サービスであることを示すために登録商標を使用する行為を禁止できないことになります。
もっとも、混同が生じやすい場合はこの限りではないと規定されており、目立ちすぎる表現であったり、必要以上に登録商標を使用していたり、消費者に正規店等の関係性があると誤認させるような使用行為は商標権侵害となり得ます。
2 損害賠償規定の調整
中国の商標権侵害の損害賠償の算定方法は、①侵害により受けた実際の損害、②侵害者が侵害により得た利益、③登録商標の使用許諾料、④人民法院が侵害行為の情状に応じて決める500万元以下の賠償額(「法定賠償」という)の4つの種類があります。
旧法では、①の算定が困難な場合に、②の方法により損害を算定することができると規定されていましたが、新法では、①または②により損害を算定することができると変更され、権利者が有利な損害計算方法を選択することができるようになりました。権利者の利益率を開示したくないために②の方法を採るという選択がしやすくなったと言えます(新法第77条第1項)。
また、賠償金額には、弁護士費用等の権利者が侵害行為を抑止するために支払った「合理的な支出」が含まれますが、旧法第63条第1項では、①、②、③の後ろに、「合理的な支出」の規定が配置され、その後ろの旧法第63条第3項で④の法定賠償が規定されているため、法定賠償の場合は、合理的な支出を請求することができないとされていました。
新法では、①、②、③、④の後ろに、「合理的な支出」の規定が配置されることになり、法定賠償の範囲が適用される場合にも、合理的な支出を請求することができるようになりました(新法第77条第4項)。損害の金額を立証することが難しく、法定賠償が命じられることも多いため、法定賠償の場合にも弁護士費用等の合理的な支出が損害賠償金額として認められるようになったことで、損害賠償金額の増額に繋がると考えられます。
また、①、②、③の損害の最大5倍が認められる懲罰的損害賠償の適用要件について、「悪意」から「故意」に修正されており、認定のハードルが引き下げられています(新法第77条第1項)。最高人民法院の統計によれば、2025年に懲罰的損害賠償が命じられた件数は505件であり[3]、件数が年々増えてきていますが、新法により懲罰的損害賠償の判決数にどの程度の影響があるかが注目されます。
3 悪意訴訟
中国では、悪意のある知的財産権侵害訴訟が多く問題となっており、新法では、商標の登録出願・使用について、権利を濫用して、国家の利益、社会公共の利益、他人の合法的権益を害することができないことが規定されるとともに(新法第9条第1項)、悪意による共謀、基本的事実の一方的な捏造などの手段を用いて商標訴訟を提起した者については、人民法院が法に基づき処罰を行うだけでなく、相手方当事者に損害を与えた場合は、法に基づき民事責任を負わなければならないことが規定されました(新法第81条)。
2021年6月3日に、最高人民法院が公表した「知的財産権侵害訴訟における原告の権利濫用を理由とする被告の合理的な費用の賠償を請求する問題に関する最高人民法院の回答[4]」においても、「知的財産権侵害訴訟において、被告が証拠を提出して原告の提訴が権利濫用に該当し、自身の合法的権益を侵害していることを立証し、当該訴訟に要した合理的な弁護士費用、交通費、宿泊費などの費用の賠償を請求した場合、人民法院は法に基づきこれを支持する。また、被告は別途訴訟を提起し、原告に対し上記の合理的な費用の賠償を請求することもできる」とされています。
2026年6月29日に、最高検察院が公表した「知的財産権における悪意訴訟の典型案例[5]」では、3件の商標に関する悪意訴訟の事案が選ばれています。その一つの事案では、商標権者の会社の住所では生産・経営を行っている様子がなく、社会保険に加入している従業員の記録もなく、登録出願している商標の大半が会社の事業範囲ではない指定区分で出願しており、登録後すぐに1000万元の損害賠償を請求する訴訟を提起した事案で、検察の監督意見を経て、人民法院から「悪意訴訟」であると認定され、訴えが棄却されるとともに、10万元の過料が科され、72件の登録商標が無効とされています。
悪意のある商標を先取り登録した者から商標権侵害訴訟を提起された場合は、権利濫用や悪意訴訟であるとして、反訴や別訴において損害賠償請求をすることも対応策として考えられることになります。
[3] 中国語名:加大科技创新知识产权司法保护力度专题指导性案例新闻发布会答记者问(https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-5388.html)
[4] 中国語名:最高人民法院批复明确知识产权侵权诉讼中滥用权利的原告赔偿被告合理开支问题(https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-1319.html)
[5] 中国語名:关于印发检察机关惩治知识产权恶意诉讼典型案例的通知(https://www.spp.gov.cn/xwfbh/wsfbt/202606/t20260629_730692.shtml#2)
おわりに
以上のとおり、悪意のある先取り商標出願行為への規制強化を中心とする商標権登録要件の調整、公衆を誤認させる使用行為への規制強化を中心とする使用管理の強化、異議申立期間の短縮、損害賠償規定の調整、悪意訴訟の損害賠償責任の規定は、日本企業の中国における商標活動においても重要な改正内容となります。
2027年1月1日の施行までの間に、具体的な基準や解釈が公表される可能性があるため、引き続き動向が注目されます。
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