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【中国】信頼できないエンティティリスト組み入れによる対抗措置事例
2023.02.20
2023年2月16日、信頼できないエンティティリスト業務機構[1]は、「信頼できないエンティティリスト規定」(以下「本規定」といいます。)[2]の関連規定に基づき、台湾への武器売却に関与したロッキード・マーチン社(Lockheed Martin Corporation、以下「ロッキード社」といいます。)とレイセオン・ミサイル&ディフェンス社(Raytheon Missiles & Defense、以下「レイセオン社」といいます。)を「信頼できないエンティティリスト」に加え、対抗措置を採ることを決定し、公告しました(以下「本公告」といいます。)[3] 。
中国では、外国の組織、個人による中国の組織、個人への対抗措置に関する法令として、本規定のほかに「反外国制裁法」[4]、「外国の法律及び措置の不当な域外適用の阻止弁法」[5]が制定、施行されており、反外国制裁法に基づく制裁は既に発動事例がありましたが、本規定による対抗措置は、2020年に本規定が施行されて以降、これまでに実例はありませんでした。
その意味で、今回発動された対抗措置は、今後の台湾、香港といった地域を含む中国ビジネスを行う上でも注目しておくに値するものと考えられます。
対抗措置の内容
(1) 信頼できないエンティティリスト
米国においては、米国商務省産業安全保障局(BIS)により、取引制限リストであるエンティティリスト[6]が発行されており、米中対立の先鋭化を背景として多くの中国企業が同リストに掲載されています。
他方、中国においては、2019年5月に信頼できないエンティティリスト制度の構築が発表された後、2020年9月19日に、商務部が本規定を公布、施行しました。公告上、今回の対抗措置は本規定の第2条、第8条、第10条等の関連規定に基づくものであることが示されているところ、これらの条文の内容としては次のとおりとなります。
項目 |
規定内容 |
対抗措置の要件 |
国は、信頼できないエンティティリスト制度を構築し、国際経済貿易及び関連活動における外国エンティティ(外国の企業、その他の組織又は個人を含む。)による以下の行為に対し、相応の措置を講じる。 (1)中国の国家主権、安全、利益の発展に危害を及ぼす場合 |
考慮要素 |
業務機構は、調査結果に基づき、以下の要素を総合的に考慮し、関連する外国エンティティを信頼できないエンティティリストに加えるか否かの決定を行い、且つ公告する。 (1)中国の国家主権、安全、利益の発展に及ぼす危害の程度 |
追加決定 |
関連する外国エンティティの行為事実が明らかな場合は、業務機構は本規定第7条の規定する要素を総合考慮して、信頼できないエンティティリストに加えるか否かの決定を行うことができる。追加決定を行った場合は公告する。 |
対抗措置の内容 |
信頼できないエンティティリストに加えられた外国エンティティに対して、業務機構は、実際の状況に基づいて、以下の1つ或いは複数の措置を採ることを決定し、且つ公告することができる。 (1)中国に関連する輸出入活動に従事することを制限或いは禁止する |
(2) 今回の対抗措置の内容
本公告で公表されている、ロッキード社とレイセオン社に対する対抗措置の内容としては次のとおりです[7] 。
① 上述企業が中国と関連する輸出入活動へ従事することを禁止
② 上述企業が中国域内で新規投資を行うことを禁止
③ 上述企業の高級管理人員の入境を禁止
④ 上述企業の高級管理人員の中国域内で就労許可、停留及び居留資格を承認せず、且つ取り消す
⑤ 上述企業それぞれに対し、「信頼できないエンティティリスト規定」の施行以来、各企業の台湾への武器売却契約金額の二倍の過料を科す。上述企業は、本公告公布の日から15日以内に関連法律法規に基づいて支払わなければならず、もし期限を過ぎても本決定を履行しない場合は、信頼できないエンティティリスト業務機構は、法に従い追加の過料等の措置を採る。
上記①から④の対抗措置は、過去に反外国制裁法に基づく対抗措置事例においても行われていましたが、⑤の過料制裁は従来の対抗措置に比べてさらに踏み込んだ措置といえます。万が一、制裁対象の2社が過料を支払わない場合に中国政府としてどこまで、そしてどのように執行するのかという点問題となり得ます。上記2社は中国において直接投資又は関連企業を有しているところ、これらの主体自体は今回の直接の制裁対象ではないものの、本規定の「その他の必要な措置」というキャッチオール規定に基づき、場合によってはそれらの中国国内企業や、これが保有する資産に対して執行される可能性もあるかもしれません。この点は、今後の動向を引き続き注視したいと思います。
対抗措置の背景
商務部のスポークスマンは、今回の米国企業への対抗措置は米国が中国の気球を撃墜した事件[8]と関係があるのかという記者の質問に対して、ロッキード社とレイセオン社が中国の強い反対にもかかわらず、台湾へミサイルや戦闘機等の武器を売却し中国の国家安全に重大な損害を与えていることが今回の対抗措置の理由と回答しました[9]。
近時、米国は台湾への武器売却を拡大し、米中関係の緊張が高まりを見せており、その中で、米国が2022年2月7日に、台湾に対して総額約1億ドルの武器売却を行う計画を発表したことに対抗して、中国は2022年2月21日に、長期にわたり米国の台湾への武器供与に関与してきたロッキード社とレイセオン・テクノロジーズ社に対して、反外国制裁法による対抗措置を講じることを発表していました[10]。
その後も、米国が2022年9月2日に、台湾に対して総額11億ドル相当の武器の売却計画を発表したことに対し、中国は、同月16日に「台湾への武器の売却は「1つの中国」の原則に違反し、中国の主権と安全保障上の利益、中国と米国の関係と台湾海峡の平和と安定を著しく損なうものであり、中国は断固反対し強く非難する」とした上で、武器売却に参画したレイセオン・テクノロジーズ社とボーイング社の防衛部門の幹部を制裁すると発表しましたが[11]、2022年12月23日に、2023年国防権限法に組み込む形で、米国が台湾強化弾力化法(Taiwan Enhanced Resilience Act)を成立させ、5年で最大100億ドルの台湾軍事支援予算の確保、台湾からの武器購入要請への優先的対応、米台合同軍事演習の実施、米国政府職員を毎年5人から10人程度台湾に派遣する等の外交措置を定めるなど、米国の台湾有事への干渉は継続されてきました。
このように、中国政府としては、これまでに台湾有事に干渉したことを理由として、既に制裁を行ってきたにもかかわらず、これへの干渉を継続する米国に対して、過料も含めた制裁を発動することで、米国をけん制する狙いがあったものと考えられます。
企業への影響
商務部のスポークスマンは、信頼できないエンティティリストの適用範囲は厳格に限定されており、ごく一部の違法な外国エンティティを対象にしており、多くの外商投資企業においては心配する必要がなく、高度な対外開放をこれからも推進することはゆるぎない旨を述べています[12]。
これまでに反外国制裁法や本規定によって対抗措置の対象となってきたのは、いずれも軍事企業や政府の高官等に限定されており、一般の民間企業が制裁対象となる可能性は低く、その意味で今回の制裁が中国への投資、中国でのビジネスを躊躇させたり、重大な影響を及ぼす事由になるとはいえないように思われます。
もっとも、今回の例を契機として、今後更に本規定による対抗措置が講じられることも予想され、その動向が中国でのビジネスに影響をもたらすことも十分あり得るといえますので、引き続き動向に注視する必要があるといえます。
[1] 中国語正式名は「不可靠实体清单工作机制」
[2] 中国語正式名は「不可靠实体清单规定」(http://www.mofcom.gov.cn/article/b/fwzl/202009/20200903002593.shtml)
[3] 不可靠实体清单工作机制关于将洛克希德·马丁公司、雷神导弹与防务公司列入不可靠实体清单的公告(http://www.mofcom.gov.cn/article/zwgk/gkzcfb/202302/20230203391289.shtml)
[4] 中国語正式名は「反外国制裁法」
[5] 中国語正式名は「阻断外国法律与措施不当域外适用办法」(http://www.mofcom.gov.cn/article/i/jyjl/l/202101/20210103030172.shtml)
[6] Entity List( https://www.bis.doc.gov/index.php/policy-guidance/lists-of-parties-of-concern/entity-list)
[7] 不可靠实体清单工作机制关于将洛克希德·马丁公司、雷神导弹与防务公司列入不可靠实体清单的公告(http://www.mofcom.gov.cn/article/zwgk/gkzcfb/202302/20230203391289.shtml)
[8] 中国政府は、米国に対して、当該気球は民用のもので、不可抗力により米国に入ってしまったもので完全に意外な状況であるとする声明を発表している(https://www.fmprc.gov.cn/zyxw/202302/t20230205_11019861.shtml) 。
[9] http://www.mofcom.gov.cn/article/syxwfb/202302/20230203391508.shtml
[10] https://www.mfa.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/202202/t20220221_10644054.shtml
[11] https://www.fmprc.gov.cn/fyrbt_673021/202209/t20220916_10767035.shtml
[12] http://www.mofcom.gov.cn/article/syxwfb/202302/20230203391508.shtml