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【英国雇用法】雇用権利法(Employment Rights Act 2025)の成立― 主要改正点と実務対応のポイント(1)―
2026.01.22
本稿は英国の雇用法(労働法)について連載形式でご紹介していくものです。他の記事については以下のリンクをご参照ください。
・英国平等法(Equality Act 2010)に基づくセクハラ防止義務の導入と実務対応のポイント(1)
・英国平等法(Equality Act 2010)に基づくセクハラ防止義務の導入と実務対応のポイント(2)
・フレキシブル勤務(在宅勤務等)の申請権とは?制度概要と実務対応のポイント
・雇用権利法(Employment Rights Act 2025)の成立― 主要改正点と実務対応のポイント(1)―(本稿)
はじめに
2025年12月18日、英国雇用権利法(Employment Rights Act 2025、以下「ERA 2025」)が国王裁可を受け、正式に成立しました。ERA 2025は、2024年7月の総選挙で誕生した労働党政権が最重要課題の一つとして位置付ける雇用改革の中核をなす立法であり、2026年4月を最初の主要な施行時期として、今後段階的に施行される予定です。
ERA 2025は、日本企業を含む英国の雇用主に対し、企業規模や業種を問わず広く適用されます。不当解雇規制の大幅な見直しや、セクシャルハラスメントに関する防止義務・内部通報保護の強化など、雇用実務に重大な影響を及ぼす改正が数多く盛り込まれており、全体として雇用主の義務を厳格化し、労働者の権利を拡大する内容となっています。
もっとも、現時点ではすべての改正規定が施行されているわけではなく、不当解雇されない権利の付与時期の変更や補償上限の見直しなど、多くの制度変更の具体的内容及び施行時期は、今後制定される規則等の二次立法に委ねられています。しかし、ERA 2025による改正の幅広さと実務への影響の大きさを踏まえると、雇用主としては、施行を待って対応を開始するのではなく、段階的施行を前提に、早期から雇用契約書、社内ポリシー及び実務運用の見直しを進めることが求められます。
本稿では、ERA 2025のうち、特に実務への影響が大きい主要な改正点を概説します。
主な改正点
(1) 不当解雇(Unfair Dismissal)
英国では現在、従業員が不当解雇されない権利を取得するのは、原則として勤務開始から2年経過後です。そのため、勤務期間が2年未満の従業員については、差別や内部通報を理由とする解雇などの例外を除き、企業は比較的広い裁量で解雇を行うことが可能とされてきました。また、不当解雇が認められた場合の補償額についても、1年分の賃金又は法定金額(毎年改定。現時点では118,223ポンド)のいずれか低い方という上限が設けられていました。
ERA 2025により、不当解雇請求の資格期間は2年から6か月へ短縮され、あわせて補償額の上限は撤廃される予定です。これらの改正は2027年1月に施行されるため、2026年7月1日以降に雇用を開始した従業員が対象となります。経済界の反発を受け、当初案で検討されていた勤務初日からの不当解雇保護(Day 1 right)が見送られ、代わりに6か月の勤務期間要件が採用された形です。一方、同じく当初案で議論されていた、解雇要件を緩和した法定の試用期間(Probation Period)制度については、最終的に導入が見送られています。
今後、従前より短い勤務6か月というタイミングで不当解雇保護が発生することにより、不当解雇はもはや長期勤続者に限定されたリスクではなくなるといえます。比較的短期間の雇用関係であっても、紛争リスクや高額な補償責任が生じ得る制度へと変化するため、企業にとっては採用方針や人事運用の見直しが必要となります。特に、高額報酬の取締役(英国では、常勤取締役が従業員として雇用法の保護を受けることが一般的です)、管理職及び専門職については、補償額の予見可能性が低下し、解雇判断に伴う財務的リスクが拡大することになります。実務的には、こうしたリスクの増大が、解雇に伴う和解金額の相場にも影響を及ぼすことが想定されます。
現在でも採用に際して試用期間を設定する企業は多いものの、形式的な運用にとどまっているケースも少なくありません。今後は、採用時の明確な目標設定、継続的なフィードバック、及び文書化された一貫したレビュープロセスによる採用管理の重要性が、従来以上に高まると考えられます。
(2) ハラスメント対策
英国では、2024年10月から、雇用主に対し、職場におけるセクシャルハラスメントを防止するための合理的な措置(reasonable steps)を講じる義務が課されています。ERA 2025は、こうした既存の枠組みを前提として、ハラスメント、特にセクシャルハラスメント防止に関する雇用主の責任水準を段階的に引き上げる内容となっています。具体的には、2026年10月から、雇用主が負う義務は、あらゆる合理的な措置(all reasonable steps)を講じる義務へと拡大される予定です。今後制定される規則・ガイダンスにおいて、リスクアセスメントの実施、ハラスメント防止ポリシーや苦情処理手続の整備など、雇用主に求められる具体的な対応が示される見込みです。もっとも、現時点で2024年10月の改正に十分対応できていない企業も少なくありません。その場合にはERA 2025による義務強化を見据え、自社体制の早期の点検・見直しを行うことが実務上不可欠といえます。
なお、2024年10月の改正を踏まえた英国におけるセクシャルハラスメント対策の詳細については以下のブログ記事もご参照ください:
・英国平等法(Equality Act 2010)に基づくセクハラ防止義務の導入と実務対応のポイント(1)
・英国平等法(Equality Act 2010)に基づくセクハラ防止義務の導入と実務対応のポイント(2)
同じく2026年10月から、顧客や取引先など第三者によるハラスメントについても、雇用主の責任が明示的に拡大されます。対象となるのはセクシャルハラスメントに限られず、あらゆる種類のハラスメントが含まれます。雇用主は、合理的な防止措置を講じていない場合には責任を負うこととなり、実務上は、取引先との契約書への条項追加や、対外的な行動規範・ポリシーの整備が求められます。
また、2026年4月から、職場におけるセクシャルハラスメントの申告は、内部通報(whistleblowing)として保護されることになります。これにより、当該申告を理由として解雇や不利益取扱いを受けた場合、現行の被害者化(victimisation)に基づく請求に加え、内部通報を理由とする請求も可能となり、企業の紛争リスクは一段と高まります。
さらに、差別又はハラスメントに関する申立てについて、従業員が第三者と議論することを妨げる秘密保持条項やNDAを無効とする新たな規制も導入予定です。この点は、和解契約における秘密保持条項の設計や被害者対応の実務に影響を及ぼす可能性がありますが、施行時期は現時点では未定とされています。
(3) フレキシブル勤務(Flexible working)
英国では、2024年4月から、従業員は勤務初日から時短勤務や在宅勤務といったフレキシブル勤務を申請できるようになり、併せて年間の申請回数の上限引上げや、雇用主に対する迅速な対応義務が導入されました。他方で、雇用主は引き続き、業務への支障等の事業上の理由がある場合には申請を拒否することが可能とされています。
ERA 2025では、従前の枠組みを前提に、申請拒否に対する要件及び手続きが強化されます。具体的には、雇用主は申請を拒否する場合、拒否が合理的(reasonable)であることが求められ、どの事業上の理由に基づくのか、なぜ合理的といえるのかを説明しなければなりません。さらに、拒否前に従業員と協議(consultation)を行う義務が課され、その具体的手順は今後の規則で定められる予定です。これらの改正は2027年施行見込みとされています。
改正により、柔軟な働き方の申請対応は、単なる形式的判断では足りず、個別事情を踏まえた合理的判断と、その過程を説明できる運用が重要となります。企業としては、関連ポリシーや判断プロセスの見直しに加え、申請を受け付ける管理職への対応トレーニングを進めることが実務上有用といえます。
なお、2024年4月の改正に十分対応できていない企業も少なくありません。その場合には、ERA 2025による義務強化を見据え、早期に自社体制の点検・見直しを行うことが不可欠です。2024年4月改正を踏まえた英国におけるフレキシブル勤務申請権の詳細については、以下のブログ記事もご参照ください。
・フレキシブル勤務(在宅勤務等)の申請権とは?制度概要と実務対応のポイント
(4) 集団整理解雇(Collective Redundancy)
英国では現在、90日以内に同一の事業所(establishment)で20名以上の解雇を予定する場合に、集団整理解雇として従業員代表等との協議義務が発生します。協議義務に違反した場合、雇用審判所は、影響を受けた各従業員につき、最大90日分の賃金の支払を命じることが可能です。
ERA 2025により、2026年4月6日から、協議義務違反に対する制裁が強化され、保護裁定(protective award)の上限が90日分から180日分へと引き上げられます。これにより、集団整理解雇における金銭的リスクは大幅に増大します。また、現行の「一事業所単位」の基準は維持される一方で、雇用主全体における解雇者数を基準とする新たな協議義務発生基準が追加される予定です(具体的な基準は今後規則で定められ、2027年に導入される見込みです)。
これらの改正により、集団整理解雇の可否は、解雇の合理性そのものではなく協議義務の有無や協議プロセスが適切に実施されていたかという点がより一層重視されることになります。複数拠点を有する企業においては、拠点ごとでは少人数であっても、企業全体での累積により協議義務が発生するリスクが高まる点に留意が必要です。
さいごに
本稿では、ERA 2025のうち、日本企業の実務に特に大きな影響を及ぼす主要な改正点について整理しました。
次稿では、Statutory Sick Pay(法定病休手当)の見直し、家族関連休暇、ゼロ時間契約への対応、労働組合の権利強化、平等行動計画、労働法執行体制の再編など、ERA 2025におけるその他の重要な変更を取り上げるとともに、施行スケジュールの全体像を整理する予定です。
弊所では、日本企業の皆様に対し、雇用契約や就業規則・社内ポリシーの整備、病休やフレキシブル勤務請求への対応といった日常的な人事労務対応から、差別・ハラスメント、内部告発、懲戒・苦情申立(Grievance)、整理解雇・組織再編といった紛争・非常時対応、さらに駐在員・現地採用者向けのコンプライアンス研修まで、幅広い雇用法務を支援してまいりました。
ERA 2025を踏まえた英国における人事・労務対応や制度改正への対応をご検討の際には、お気軽にご相談ください。
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