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【速報】【米国】【特許】スキニーラベルによる誘引侵害の基準を厳格化 ― Hikma v. Amarin判決が与える日米欧ジェネリック戦略への影響
2026.06.12
2026年6月4日、米国最高裁はHikma v. Amarin事件において、スキニーラベル製品に対する誘引侵害の判断基準を厳格化する全員一致の判決を下した。本稿では、最高裁が示した「行為基準型」の判断枠組みを解説するとともに、日本や欧州(ドイツ・UPC)の総合評価基準との構造的差異、および今後のグローバル製薬企業の実務対応について考察する。
事案の背景
本件は、複数用途を有する医薬品に関するスキニーラベルと誘引侵害(35 U.S.C. §271(b))の成否が問題となった医薬品業界の実務に大きな影響を与える重要判例である。
先発医薬品企業Amarinは、有効成分icosapent ethylを含むVascepa®を販売しており、2012年に重度高トリグリセリド血症(以下「SH適応」)、2019年に心血管リスク低減(以下「CV適応」)についてFDA承認を取得した。CV適応については用途特許が存在していた。これに対し、後発医薬品メーカーHikmaは、特許対象であるCV適応を添付文書から除外し、特許のないSH適応のみに限定したいわゆるスキニーラベルに基づいてANDA承認を取得し、2020年に製品を上市した。ここでいうスキニーラベルとは、先発医薬品の効能・効果のうち特許が存続する用途を意図的に削除し、非特許用途に限定して承認を得る仕組みを指す。
もっとも、実際の医療現場においては、医師の裁量により承認された適応症の範囲外で薬剤が使用されることがあり、これがいわゆるオフラベル使用(off-label use)と呼ばれる。オフラベル使用自体は違法ではなく、医療上の合理性に基づき日常的に行われているが、特許法の観点からは、当該使用が用途特許の範囲に含まれる場合、後発医薬品メーカーによる関与の程度が問題となり得る。
このようなオフラベル使用および薬局における自動代替調剤の実務を前提とすると、スキニーラベル製品であっても、結果的に特許対象用途に使用される可能性がある。本件では、この現実の使用状況を踏まえ、Amarinは、Hikmaの表示・情報提供行為が全体としてCV適応への処方を誘導していると主張したのである。
すなわち、Amarinは、Hikmaのジェネリック薬の添付文書の記載に加えて、患者向け説明文書、ウェブサイトおよびプレスリリースの内容、「Vascepaのジェネリック(generic version of Vascepa)」という表示や「AB-rated(FDAが先発品と効果も安全性も完全に同等であることを確認)」という格付けの提示、さらには先発品の売上情報を引用したマーケティング手法などを総合し、これらが医師に対してCV適応への処方を想起させるものであるとして誘引侵害を主張した。特に、「generic version of Vascepa」や「AB-rated」といった表示は、日本語でいえば「Vascepaのジェネリック」や「治療上同等」といった意味合いを有し、先発品全体との同等性を示唆する点が問題とされた。
デラウェア連邦地裁は請求を棄却したが、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、これらの事情を踏まえれば少なくとも誘引侵害の主張は「もっともらしい」として判断を覆したため、最高裁が審理を行うに至った。
最高裁判決の概要
2026年6月4日、米国最高裁は全員一致でCAFC判決を破棄し、Amarinの請求は誘引侵害を十分に主張するものではないとして却下した。
まず最高裁は、誘引侵害の成立には、第三者による直接侵害、被告によるその認識、そして侵害を促す積極的行為の存在という三つの要件が必要であることを確認したうえで、本件の争点はもっぱら第三の要件、すなわち「積極的行為(active steps)」の有無にあると位置付けた。
そのうえで最高裁は、CAFCが採用した「医師がどのように受け取るか」という観点を明確に退け、問題は医師の側の解釈可能性ではなく、被告自身が侵害を積極的に奨励したかどうかにあると判示した。すなわち、評価の対象はあくまで被告の行為そのものであり、第三者の理解の仕方や推測に依拠することはできないとされた。
さらに最高裁は、誘引侵害が成立するためには、行為が明確かつ積極的でなければならず、曖昧な表現や、他者がどのように行動するかについての推測を組み合わせたにすぎない主張では足りないと強調した。
この基準のもとで本件の事実関係を検討すると、まずスキニーラベルそのものは特許用途を明確に削除したものであり、むしろ侵害回避のための合理的行動と評価された。また、「Vascepaのジェネリック」といった表現や、治療上の同等性を示すAB格付けについても、いずれも規制制度および業界慣行に基づく通常の表示にすぎず、それ自体から侵害を積極的に誘導する意図を導くことはできないとされた。さらに、特許対象用途について積極的に言及していないという点についても、それは単なる不作為にとどまり、積極的な誘導行為とは評価できないとされた。
以上を踏まえ、最高裁は、Hikmaの一連の行為を総合しても、特許侵害を積極的に奨励したとまではいえないと結論づけた。
実務への影響
本判決の意義は、スキニーラベルに関する誘引侵害の成立要件をより厳格に明確化した点にある。これにより、後発医薬品メーカーにとっては、規制に従った通常のラベル表示や「ジェネリック」「同等性」といった一般的なマーケティング表現を用いること自体から直ちに責任が導かれることはないという点が確認され、スキニーラベル戦略の法的安定性が高まったと評価できる。
これに対して先発医薬品メーカーにとっては、ラベル外の情報や市場実態をもって誘引侵害を立証するハードルが上昇し、今後は被告によるより明確な積極的誘導行為の存在を具体的に示すことが不可欠となる。
比較法の観点からコメント
日本法との比較においては、米国が行為中心の厳格な基準を採用しているのに対し、日本では間接侵害や共同不法行為の枠組みにおいて、用途、認識、流通形態および情報提供の内容といった諸要素を総合的に評価する傾向が強い。このため、「ジェネリック」といった表示や製品の位置付けも、文脈次第では侵害関与の根拠として考慮され得る点で、米国よりも柔軟かつ権利者寄りの判断に至る可能性がある。
さらに欧州、とりわけドイツおよびUPC(統一特許裁判所)実務においては、製品が特定用途に客観的に適合しているかという点や、市場における実際の使用状況、さらには当該用途への「向け方」や業者側の予見可能性といった要素が重視される。
米国最高裁が「被告(後発薬メーカー)自身の明確な積極的誘導行為」のみを厳格に評価し、特許用途への言及がない不作為を侵害不成立としたのに対し、欧州(独・UPC)では、スキニーラベルによって形式的に特許用途を削除していても、市場実態としてその用途に使用されることが予見可能であれば、メーカー側がそれを認識しつつ「適切な侵害防止措置(医師・薬局への注意喚起など)」を講じない限り、間接侵害や直接侵害の幇助が成立し得るという特徴がある。
このように、形式的なラベルの記載にとどまらず、市場の現実やメーカーの予見可能性・不作為までを総合考慮するアプローチを採用している点で、欧州(独・UPC)の実務は米国に比べて権利者(先発メーカー)保護に手厚く、後発薬メーカーにとってはよりハードルの高い(権利者優位の)市場である一方、新薬メーカーに十分なイノベーションの報酬を確保する魅力的な市場であると考えることができる。
総括
Hikma v. Amarin判決は、誘引侵害における「積極的行為」要件を厳格に再定義し、受け手の解釈可能性に依拠したCAFCの判断枠組みを是正するとともに、スキニーラベル制度との整合性を明確にしたものであり、Hatch-Waxman制度のバランスを再確認する重要な意義を有する。
また比較法的には、米国が被告の行為それ自体に焦点を当てる「行為基準型」を明確化したのに対し、日本および欧州は用途や市場実態も含めた総合評価を維持している点で、各法域の間に構造的な差異が存在することが改めて示された。
したがって、グローバルに製品展開を行う製薬企業にとっては、同一のラベル表示やマーケティング手法であっても、各法域における評価が大きく異なり得ることを前提に、戦略的な対応を検討する必要性が一層高まったといえる。
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