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応用美術の保護~欧州CJEUの最新判決(Mio/USM事件)
2025.12.09
はじめに
2025年12月4日、欧州連合司法裁判所(CJEU:Court of Justice of the European Union)は、いわゆる「応用美術」の著作権法による保護について新たに重要な判決を下しました。
実用に供されあるいは産業上利用される美的な創作物、いわゆる「応用美術」が、著作権法でどのように保護されるのかについては、世界中で議論がされています。日本でも、応用美術の保護に関しては、著作権法上の位置づけも不明確であり、裁判例も様々な基準で様々な判断がなされ、混迷を極めています(注1)。
そこで、今回は、Mio事件 (C-580/23)及びUSM事件 (C-795/23)におけるCJEUの判決の内容を概説し、日本の裁判例の考え方等との比較を行います。
判決に至る経緯
(1)背景
EUでは、著作権法と意匠法との重畳的な保護が、規則及び指令によって法制度上認められており、CJEUの裁判例においても著作権法による応用美術の保護について積極的な判断がされていました。CJEUの裁判例では、パブリックドメインとなった意匠について著作権法上の保護が認められるとされ、応用美術の著作物性についても、他の著作物とは異なる厳格な基準で判断する必要はなく、実用性によってその形状が一部限定されるデザインの応用美術においても保護の対象となることが明らかとされていました(注2)。
もっとも、応用美術に関する意匠権保護と著作権保護の関係、応用美術の著作物性に関する考慮要素や判断基準、侵害の判断基準といった点は明らかにはなっていませんでした。
そのような状況において、2023年9月にスウェーデンの裁判所から付託されたMio事件 (C-580/23)、2023年12月にドイツの裁判所から付託されたUSM事件 (C-795/23)において、これらが争点となっており、実務家の間ではこれらの事件に対するCJEUの判断が注目されていました。
今回、CJEUは、これらの二つの事件を、一つの判決にまとめて判断を下しました(以下「Mio/USM事件判決」といいます。)(注3)。
(2)Mio事件とUSM事件
スウェーデンの裁判所から付託されたMio事件 (C-580/23)もドイツの裁判所から付託されたUSM事件 (C-795/23)も、いずれも家具の著作物性を巡る訴訟です。
スウェーデンのMio事件では、Asplund(原告)とMio(被告)との間で、Asplundの「Palais Royal」シリーズ(注4)のダイニングテーブルの著作物性が問題となりました。第一審は著作権侵害を認めましたが、控訴審において裁判所は、応用美術の著作物性や侵害の判断基準に関してCJEUに対して付託を行うことを決定しました。
一方、ドイツのUSM事件では、USM(原告)とKonektra(被告)との間で、USMの「USM Haller」シリーズ(注5)のモジュラー収納システム家具の著作物性が問題となりました。第一審は著作権侵害を認めたものの、控訴審では著作物性が否定されました。そこで、上告審において、裁判所は、応用美術に関する意匠権保護と著作権保護の関係性や著作物性の判断についてCJEUに対して付託を行うことを決定しました。
Mio/USM事件判決の概要
2025年12月4日のMio/USM事件判決においては、Mio事件とUSM事件で付託された法的論点を3つにまとめ、それぞれについて判断を示しています。以下、3つの論点とそれぞれに対するCJEUの判断を整理します。
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論点① 欧州情報社会指令(2001/29/EC)(注6)は、意匠保護と著作権保護が「原則と例外」の関係に立つと解釈すべきか、すなわち、応用美術である対象物の創作性(originality)を判断する際には、他の著作物よりも厳格な要件を適用する必要があるのか(第46段落)。 【CJEUの判断】 |
CJEUは、まず、意匠権による保護と著作権による保護は異なる性質のものであることを明らかにしています。判決文では意匠権が新規性(novelty)と独自性(individual character)を要件としているのに対して、著作権は創作性(originality)を要件とするものであって、この点は区別されなければならないとも述べられています(第54段落)。
そのうえで、応用美術の創作性の判断においては、他の対象物と異なる厳格な基準を適用する必要はないというCofemel事件(C-683/17)でなされたCJEUの判断を改めて確認しています。
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論点② 欧州情報社会指令(2001/29/EC)の第2条(a)、第3条(1)及び第4条(1)は、応用美術である対象物の創作性の判断において、創作者の創作過程や意図に関する要素を考慮する必要があると解釈すべきか、それとも、対象物自体に知覚可能な要素のみを考慮する必要があると解釈すべきか。また、既存の形状の利用、既存の対象物からの着想、独立して類似の創作が行われる可能性又は専門家による認知といった追加的要素が、独創性の判断においてどのような役割を持つのか(第59段落)。 【CJEUの判断】 |
応用美術についても、他の対象物と同様に創作性を判断すべきであり、技術、規制その他の制約等から導かれる形状には創作性は認められないものの、自由で創作的な選択の結果としての作品には創作性が認められるべきとしています。
CJEUは、創作性の判断要素としては、創作者の意図、着想の経緯(既存の作品から着想を得たかなど)、類似の創作が独自にされる可能性、専門家からの高い評価といった要素は、決定的な要素ではないとも判示しています。
なお、判決文では、Brompton事件(C‑833/18)を引用して、創作性の判断は、創作時を基準として判断すべきとされています(第77段落)。
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論点③ 欧州情報社会指令(2001/29/EC)の第2条(a)、第3条(1)及び第4条(1)は、著作権侵害を判断するにあたり、まず、創作性を有する部分が対象物において認識可能なかたちで再現されているかどうかを判断すべきなのか、それとも、視覚的な全体の印象が同一であることだけで足りると解すべきか。また、原作品の創作性の程度や類似した創作の存在を考慮すべきか(第83段落)。 【CJEUの判断】 |
著作権侵害の判断においては、創作性を有する部分が再現されているかどうかが重要であり、再現された部分が一部であっても著作権侵害が成立しうるものとしています(第85段落)。
また、著作権侵害の判断は、全体的印象が同一であるかという意匠権侵害の際の判断基準とは異なる判断基準によるものであることを示しています(第87段落)。
さらに、創作性の程度は、著作権侵害の判断には影響を与えず、他に類似の創作が存在する可能性を示したとしても、著作権侵害の成立が否定されるものではないことも示しています。
今回のCJEU判決は、応用美術の著作物性や著作権侵害の判断基準についての解釈を示すものであって、Mio事件、USM事件で問題となった個々の対象物についての創作性や著作権侵害の成否について判断するものではありません。
今後Mio事件についてはスウェーデンの裁判所が、USM事件についてはドイツの裁判所が、それぞれ今回のCJEUの示した判断基準に基づいて著作物性及び著作権侵害の成否を判断していくことになります。
日本法との比較
日本では、応用美術は、意匠法と著作権法の保護の境界線上にある知的財産として長年に亘って議論されてきました。
著作権法において、応用美術の保護範囲は明らかにされておらず、応用美術の保護の範囲を巡っても様々な裁判例があります。裁判例では、応用美術が一定の範囲で著作物として保護されることに争いはないものの、どのような範囲で保護が認められるのかという点については、その判断基準や基準の適用方法に差異が見られます(注7)。
もっとも、総じていえば、日本の裁判所は、CJEUと比較すると、応用美術の保護について消極的又は謙抑的な立場をとっているといえます。そこで、以下では、Mio/USM事件判決で示された応用美術の保護に関する考え方と、日本の裁判例の考え方を簡単に比較してみることにします(注8)。
まず、Mio/USM事件判決では、意匠法と著作権法の関係は原則と例外の関係にはなく、応用美術である対象物の創作性を判断する際に、他の著作物よりも厳格な要件を適用する必要はないとしています。
応用美術について他の著作物と同様の基準により著作物性の有無を判断する立場を日本では「非区別説」などといわれていますが、日本で非区別説を採用する裁判例は一部に限られます(注9)。応用美術に関する裁判例の多くは、純粋美術と同視できるものや高度の創作性を有するものに限って保護されるという説(純粋美術同視説)(注10)や、実用品において鑑賞の対象となる部分が実用的な機能や構成と分離して把握できる部分のみ保護されるという説(分離可能性説)(注11)の立場をとっており、著作権法による保護と意匠法による保護との調和の観点から、応用美術の保護に関しては他の著作物とは異なる厳格な基準を適用しています。
このような日本の裁判所の考え方は、Mio/USM事件判決で確認されたCJEUの立場とは明らかに異なります。
また、著作物性の判断においても、Mio/USM事件判決では応用美術について他の著作物と異なる厳格な要件を適用すべきではなく、創作性の程度は問題とはならないとしていますが、このような考え方は、創作性の程度を重視する純粋美術同視説や、分離可能な部分について創作性を判断する分離可能性説とは異なるものといえます。
さらに、Mio/USM事件判決では、実用的な機能に係る形状であってもそれが技術的な制約等から導かれるものでなく、自由で創作的な選択の結果であれば著作物性が肯定されます。一方、日本の裁判例の分離可能性説の立場からは、実用的な機能と分離される部分のみが著作物性の評価の対象となりますので、自ずとその保護範囲はより狭いものとなります。
加えて、日本の裁判例では、応用美術の著作物性の判断に際して創作後の類似品等に関する事情を考慮しているものもありますが(注12)、これも創作時を基準に、類似の創作の可能性を考慮せずに著作物性を判断するCJEUの立場とは異なるものです。
おわりに
Mio/USM事件判決は、応用美術に関する従前のCJEUの判断を基本的に踏襲するものであり、本原稿執筆時点において公表されている欧州の実務家のコメント等を確認する限りでは、概ね想定の範囲内の結論であると受け止められているようです。
このように、EUにおいては、応用美術が他の著作物と同様の保護が受けられるという解釈が定着しているようであり、Mio/USM事件判決はこの方向性を改めて確認するものといえます。一方、日本では、応用美術の保護について裁判例が統一されておらず、法的安定性を欠く状況にあります。
CJEUが応用美術の保護に関する議論を深めていく中で、日本の最高裁判所は、今後、応用美術の保護範囲について、どのような判断を下していくのか(又は下さないのか)が注目されます。
(注1)。日本の制度沿革や裁判例、欧州や米国の状況については、過去のブログ記事でも4回に分けて取り上げてきたところです。「応用美術の保護①~欧州での保護」、「応用美術の保護②~米国での保護」、「応用美術の保護③~日本の保護制度の沿革」、「応用美術の保護④~関連する裁判例」を参照ください。
(注2)欧州における応用美術の保護に関する法制度やこれまでの裁判例については、過去のブログ「応用美術の保護①~欧州での保護」を参照ください。
(注4)https://www.asplund.org/palais-royal-table-large/
(注5)https://www.usm.com/ja-jp/collections/usm-haller-system
(注7)日本における応用美術を巡る制度的沿革や裁判例の状況は、過去のブログ「応用美術の保護③~日本の保護制度の沿革」と「応用美術の保護④~関連する裁判例」を参照ください。
(注8)米国における応用美術の保護については「応用美術の保護②~米国での保護」を参照ください。
(注9)知財高裁平成27年4月14日判決(TRIPP TRAPPⅡ事件)など。
(注10)東京高裁平成3年12月17日判決(木目化粧原画事件)など。
(注11)知財高裁平成26年8月28日判決(ファッションショー事件)など。
(注12)知財高裁令和6年9月25日判決(TRIPP TRAPP Ⅲ事件)では、裁判所は、対象創作物(子供用椅子)と、創作後に販売された同種製品とを比較して、対象創作物の特徴的な部分を抽出し、その特徴的な部分の著作物性を検討しており、創作後の事情を考慮したものといえる。

