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シリーズ:トランプ2.0 の動向と対応 ~その⑥関税措置の一部を違法と判断した控訴審判決の内容と今後の展開~
2025.10.28
一審判断を是認するも、差止めに異論。決着は最高裁へ
2025年8月29日、米国連邦巡回区控訴裁判所(U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit 、以下「CAFC」)(注1)は、トランプ大統領が「国際経済非常事態権限法(International Emergency Economic Powers Act)」(以下「IEEPA」)に基づきすべての輸入品に課した、相互関税と薬物・不法移民の流入防止を目的とする追加関税措置(以下「本件関税措置」)について、IEEPAの法的枠組みを逸脱した違法な措置であるとの判断を下した国際貿易裁判所(United States Court of International Trade、以下「CIT」)の判断(注2)を是認した(注3)。ただし、CAFCは、本件関税措置の差止命令についてCITの判断を一部破棄して差し戻した。
本判決に対しては9月3日に上訴が申し立てられ、9月9日に上訴が受理され、11月5日に最高裁判所による口頭弁論が予定されている。迅速な審理がされれば、2025年末までに最高裁による判決が出される可能性がある。以下、本控訴審判決を概説した上で、末尾に今後の見立てついてコメントする。
IEEPAは大統領に無限定の関税賦課権限を与えていない
CAFCは、合衆国憲法が議会に「租税、関税、輸入税および物品税を賦課し、徴収する」権限(合衆国憲法第1条第8節第1項)と「諸外国との通商…を規制する」権限(合衆国憲法第1条第8節第3項)を付与していることを出発点に(判決12頁、30頁参照)、諸外国に対する関税賦課の歴史的経緯を説明し、原則として関税賦課権限が議会にのみ属することを説明した(判決12頁-15頁)。
次に、CAFCは、関税賦課権限を大統領に委譲する場合には通常、明確な手続きと実質的な制限が付されることを確認した上で(判決20-21頁)、IEEPAは大統領が外国の財産に関わる輸入を「調査、規制、指示および強制、無効化、取り消し、防止または禁止」することを承認しているが、「関税(tariffs)」や「課税(duties)」、「税金(taxes)」といった用語は一切使用していないことを指摘した(判決26-27頁)。また他の法令等にも鑑み、CAFCは、IEEPAの制定にあたり、議会が大統領に無制限の関税賦課権限を与えることを意図していたとは考え難いと結論づけた(判決30頁)(注4)。
主要問題の法理(Major Questions Doctrine)に違反する
CAFCは、本件関税措置が「前例がなく」「変革的」なものであり、「主要問題の法理(Major Questions Doctrine)」(注5)が適用されるため、トランプ政権は本件関税措置の権限が「議会の明確な承認」によって行われたことを立証しなければならないことを指摘した(判決33-34頁)。
そのうえで、CAFCは、①IEEPA制定以降約50年間もの間、IEEPAが金融取引制限等に適用されたことはあるものの、関税賦課や税率の調整のために適用されたことは一度もなかったこと(判決35頁)、②関税賦課権限は憲法上議会に排他的に付与された核心的な権限であるところ、IEEPA上政府が「輸入を規制する(regulate…importation)」ことができるという文言しかないことを理由として、議会の明確な承認は認められないとした(判決36頁-37頁)。
政府としては、IEEPAの前身であるTrading with the Enemy Act(対敵通商法)に関する判例(United States v. Yoshida International, Inc.(1975))が、IEEPAと同一の文言である「輸入を規制する(regulate…importation)」権限に関税賦課を含むと認めたことを根拠として主張していた(判決39頁)。
しかし、CAFCは、United States v. Yoshida International, Inc.において適法とされた関税は、一時的で、範囲、金額及び期間が限定されていたが、本件関税措置は、範囲、金額、及び期間において無制限であるとして、IEEPAによって委任された権限を逸脱していると結論付けた(判決40-42頁)。
CITによる差止命令の差戻し
CAFCは、本件関税措置の違法性を是認したものの、本件関税措置の差止命令についてCITの判断を一部破棄した(判決42頁)。CITが発した本件関税措置の差止命令については、全国的に差止すべきであるのかという点につき、最近の最高裁の下級裁判所による「全米差止(universal injunction)」を制限する新たな基準(Trump v. CASA, Inc.(2025))の検討ができていないことを理由として、CITに差戻しを命じた(判決42頁-44頁)。
政府側は上訴、判断は最高裁へ。無効が確定すれば払戻しに伴う経済的な影響も。
上記のように、政府の上訴が受理されたことから、最終的な決着は最高裁に委ねられることとなった。なお、最高裁では上記の事件と、玩具・教育用品の会社等が提起した別の訴訟も同時に審理されることが決定されている(注6)。
報道によれば、最高裁においても関税措置の違法性と無効が確定されることになれば、トランプ政権下でIEEPAに基づいて課された相互関税の大部分は撤廃され、輸入業者はこれまで支払った追加関税の払い戻しを受けられる可能性が高まる。これにより、企業の輸入コストの低下につながるが、判決直後からの移行期には国際的な貿易サプライチェーンの混乱もありうる。但し、今回の判断の対象はIEEPAに基づく関税に限られており、通商法301条や通商拡大法232条など他の法令に基づく関税措置(注7)には影響しないことには注意が必要である。
トランプ大統領は、最高裁においても米国政府が敗訴すれば、米国は重大な損害を被り、日本、EU、韓国などとの間で締結した関税に関する合意を巻き戻す(unwind)と発言しているため、日米間の合意への影響も注視する必要がある。現在の最高裁裁判官は、リベラル派3名に対し保守派6名とされており、最高裁判所においては、トランプ政権に有利な判断がなされることも予想される。
迅速な審理がされれば、2025年末までに最高裁による判決が出される可能性がある。今後の最高裁判所での口頭弁論や、最終判断の時期や内容について注目される。
※注1:CAFCは、国際貿易や関税、知的財産権に関する訴訟の控訴審等を専属管轄とする裁判所である。
※注2:CITの判断については、「シリーズ:トランプ2.0 の動向と対応 ~その④関税措置の一部を違法と判断した国際貿易裁判所の内容と影響~」(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2025/17104.html)で紹介しておりますので、こちらもご参照ください。
※注3:11人の裁判官中、7人による多数派(per curiam)意見である。残る4人の裁判官は反対意見として、本件関税措置がIEEPA上許容されるとした。なお、本件はワイン等の中小企業の輸入業者が原告となっているV.O.S. Selections, Inc v. Trump事件であり、オレゴン州など複数の州の訴訟も同時に審理された。
※注4:なお、4人の裁判官の追加的観点(additional views)として、課税権限は議会に帰属するものであるところ、かかる権限の無条件の委譲は「非委任の原則(nondelegation doctrine)」を侵害するものであり、IEEPAは関税賦課権限を大統領に与えるものではないとしている。
※注5:主要問題の法理(Major Questions Doctrine)とは「極めて経済的・政治的に重要な問題(“vast economic and political significance”)」を行政機関の判断に任せる場合、法令(authorization)による明確な授権が必要であるとするものであり、長年にわたる判例の積み重ねにより発展し、West Virginia v. Environmental Protection Agency(2022)において明確に言及された法理である。
※注6:Learning Resources, Inc. v. Trump。なお、他にも、カリフォルニア州及びモンタナ州の住民によって提起された訴訟、テキサス州で提訴された訴訟等、複数の事件が係属中である。
※注7:通商法301条や通商拡大法232条など他の法令に基づく関税措置については、シリーズ:トランプ2.0の動向と対応 ~ その②関税賦課の法的根拠~(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2025/16786.html)をご参照ください。
TMI総合法律事務所 弁護士
上野一英、近藤僚子、石原慎一郎、櫻木伸也、富井湧、山田怜央、岩井原雅人
■ 過去のトランプ2.0の措置に関するブログもご参照ください。
その① 相互関税・自動車関税等の最新動向(2025年2月21日)
その② 関税賦課の法的根拠(2025年3月18日)
その③ トランプ政権による相互関税等の動静(2025年5月7日)
その④ 関税措置の一部を違法と判断した国際貿易裁判所の内容と影響
その⑤ トランプ関税の最終局面と企業の法的リスクマネジメント
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