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シリーズ:トランプ2.0 の動向と対応 ~その④関税措置の一部を違法と判断した国際貿易裁判所の内容と影響~
2025.06.03
「無制限の非常権限」行使に対する司法判断
2025年5月28日、米国国際貿易裁判所(United States Court of International Trade, 以下「CIT」)(注1)は、トランプ大統領が「国際経済非常事態権限法(International Emergency Economic Powers Act」(以下「IEEPA」)に基づきすべての輸入品に課した相互関税や薬物や不法移民の流入防止を目的とする追加関税措置について、IEEPAの法的枠組みを逸脱した違法な措置であるとの判断を下した(注2)。
本判決により、トランプ氏が本年に入り政権へ復帰後、IEEPAを根拠として発動したカナダ、メキシコ、中国、そしてほぼすべての国に課した関税措置は、すべて法的根拠を欠くものとして無効とされ、10日以内の措置の恒久的な差し止めが命じられた。
これに対して米司法省は、翌29日には、上訴審にあたる米国連邦巡回区控訴裁判所(U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit)に控訴したうえで、この命令を一時停止するように申し立て、同日中に当面(少なくとも6月9日まで)の一時停止が認められた。報道によれば、より長期的な停止を求めて、連邦最高裁(U.S. Supreme Court)に対して緊急救済を求める意向も示されている。
以下、判決を概説した上で、今後の影響について若干のコメントを加える。
IEEPAは無制限の関税賦課権限を認めるものではなく、相互関税は違法
CITは、まず、すべての立法権は議会に付与されていることからすると(憲法第1条第1節)、IEEPAが大統領に対して無制限の関税賦課権限を与えたと解釈することはできないとした(判決28頁)。その上で、対敵通商法 (TWEA)に代えてIEEPAを立法した経緯として広範であった大統領権限を制限する目的があった指摘した(判決28-31頁)。
また、立法経緯として、IEEPAは他の法律の所掌について大統領権限を与えていないと考えられるところ、相互関税については、貿易の不均衡に対する措置として、緊急ではない場合に課されたものであり1974年通商法第122条の所掌に入り得るものであるから、IEEPAの委任の範囲外であるとした。
なお、同122条は、深刻な国際収支の赤字がある場合に、150日間に限り、15%の課税を可能とするものであり、本件の相互関税はその枠内にも収まらないとした(判決34-36頁)。
違法薬物や移民への対抗措置としてメキシコ、カナダ、中国に課された関税も違法
トランプ政権は、違法薬物や移民への対抗措置としてメキシコ、カナダ、中国に課された関税についてもIEEPAを根拠としていたが、CITは本関税についてもIEEPAが大統領に与える権限を越えるものとした(判決48頁)。
本判決は、IEEPAはあくまで国家によって宣言された緊急事態に関連する「異常かつ緊急の脅威」への「対処(deal with)」を目的とした法律であるところ(第1701条)、本関税は当該事態に「対処」するものでなく、当該事態に対処するための交渉力(レバレッジ)を与える措置であるとした。そして、相手国からの譲歩を得るために課す負担を、上記の意味における「対処」であるとすればあらゆる措置が許容されることになってしまうのであり、議会がそのような解釈を意図していたとは考えられないとした(判決45-46頁)。
特に、「外交戦略として合理的に構想された措置であっても、それがIEEPA上の『対処』にはあたるとはいえない」ことを示し、「『圧力』がIEEPA上、許容されるとは考え難い」とした(46頁)としたことは、今後、トランプ政権が安易にIEEPAを根拠にディールに有利となるような措置を講じることを防ぐ効果を持つことも考えられる。
政府側は控訴、通商交渉への波及も懸念
判決直前に、USTR(米国通商代表部)のグリア氏によれば、IEEPA関税の撤廃は、現在進行中の複数の通商交渉に壊滅的影響を及ぼすとのことであったことからしても(2025年5月23日付陳述書)、すでに交渉されている英国との自由貿易協定(FTA)や、対中貿易交渉における関税カードの喪失、日本政府との交渉への影響も無視できないと考えられる。
また、米国司法省によれば、本判決では明示的に示されていないものの、IEEPAに基づく関税を課す大統領令の運用を禁止することにより、同じIEEPAを根拠とする、中国からの800ドル以下の少額輸入品に対する免税措置(いわゆるデミニミスルール)を撤廃する大統領令(5月2日より適用)及びその後の修正内容も無効とするものであるとしており(注3)、IEEPAに基づくその他の措置や訴訟への影響もすでに生じている。
したがって、先のとおり、今後連邦控訴裁判所等でどのように審理が進み、判断がなされるかについては引き続き注視が必要である。
なお、今回の判決の対象は、あくまでもIEEPAに基づく措置に限定されたものであることには留意する必要があり、他の法律である通商法301条や通商拡大法232条を根拠にした関税措置など(詳細は、「ブログ~その②関税賦課の法的根拠~」を参照)、トランプ政権による貿易政策は当面継続されることになるため、今後も注視が必要である(注4)。
※注1:CITは、関税法その他の国際貿易関連法に関する民事事件を専門的に扱う米国連邦裁判所の一つであり、ニューヨーク市に所在する。CITは、米国政府の通商措置に対する輸入業者・州政府等からの異議申立てを審理し、その適法性を判断する機関である。
※注2:本判決は、以下の二件の訴訟を併合して審理した結果として言い渡された。そのほかにも多数の訴訟が提起されている。
・V.O.S. Selections他 v. Trump(日本酒・ワイン輸入企業等による提訴)
・State of Oregon他 v. Trump(複数州の司法長官による提訴)
※注3: 米国法法務省は、Axle of Dearborn v. Trump(自動車部品輸入業者によるデミニミスルールの撤廃に対する提訴)の差止を求める理由の一つとして、本判決でIEEPAに基づく大統領による関税賦課を違法としたことから、デミニミスルールというよりIEEPAに基づくより細かい措置につき、少なくとも本判決の緊急停止についての判断が出るまでは審理を進める必要はないとした(米国司法省による5月30日の申立書)。
※注4:本稿の作成にあたっては、判決文に加えて、福永有夏教授(早稲田大学社会科学総合学術院社会科学部)のブログも参考にさせて頂いた。
https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/514202/0451cd2b72db8d2760bd13745f402fa5?frame_id=1026212
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■ 過去のトランプ2.0の措置に関するブログもご参照ください。
シリーズ:トランプ2.0の動向と対応
その① 相互関税・自動車関税等の最新動向(2025年2月21日)
その② 関税賦課の法的根拠(2025年3月18日)
その③ トランプ政権による相互関税等の動静(2025年5月7日)
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