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シリーズ:サステナビリティ開示の動向(その②) SSBJ基準とスコープ3開示義務化の企業への影響
2026.06.03
スコープ3開示対応における法的リスクの構造
前回のブログ記事(シリーズ:サステナビリティ開示の動向(その①)SSBJ基準とスコープ3開示義務化の企業への影響)では、SSBJ基準の概要とスコープ3開示義務化の企業への影響について概観した。特に、スコープ3開示がサプライチェーン全体にわたる情報収集・管理を前提とする点において、従来の開示実務とは質的に異なる対応を企業に求めるものであることを指摘した。
この点、スコープ3対応の本質は、単なる排出量の「算定・開示」にとどまらず、サプライチェーン上の多数の取引先との関係において、情報の収集・共有・活用を行う点にある。すなわち、企業は、自社の統制の及ばない第三者に関する情報を取得し、それを前提として開示を行うという、新たな実務領域に直面している。
このような構造を踏まえると、スコープ3対応には、①独占禁止法、②取適法・振興法(旧下請法・旧下請振興法)、③不正競争防止法(営業秘密)のような法領域におけるリスクが内在する。各リスクの具体的内容については、以下において個別に解説する。
独禁法上のリスク
グリーンガイドラインに基づく基本的枠組み
スコープ3対応に関連する独禁法上の評価においては、公正取引委員会が公表する「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(以下、「グリーンガイドライン」という。)(※注1)が参照すべき中核的な枠組みとなる。
※注1:公正取引委員会「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(令和8年1月1日改定)
同ガイドラインは、環境目的に基づく事業者の取組について、これらが新たな技術や効率的な取引を促進し、結果として消費者利益に資する場合が多いことから、原則として独占禁止法上問題とならない場合が多いとの基本的な考え方を示している。他方で、環境目的を掲げる取組であっても、その実態として価格、数量、顧客、取引条件といった競争の重要な手段に影響を及ぼし、事業者間の競争を実質的に制限する場合には、独占禁止法上の問題が生じ得ることも明確にされている。
この点は、スコープ3対応における実務に直結する。すなわち、排出量の算定や削減という目的の下であっても、企業間のデータ共有の範囲や方法、取引先に対する要請の内容によっては、競争制限的な効果が生じ得るため、環境目的の正当性のみをもって直ちに適法と評価されるわけではない点に留意が必要である。
以下では、グリーンガイドラインで示されている多岐にわたる想定事例のうち、代表的な論点を取り上げ、その考え方を解説する。
共同取組(データ共有など)に関する評価
スコープ3対応においては、排出量データの収集・共有が不可欠であり、複数の事業者が共同してデータを収集・分析する取組が想定される。このような共同取組について、グリーンガイドラインは、競争制限性の有無を判断するに当たり、①参加者の数、市場シェア等、②収集されるデータの性質、③データ共有の必要性、④対象範囲、期間等、⑤商品又は役務の販売分野における独立した活動(価格や数量等の情報交換・共有を行わないこと)、といった点を総合的に考慮すべきことと示している。
グリーンガイドラインで示されている検討フローチャートは以下のとおりであり、環境目的の共同取組についても一義的な基準によって適法・違法を判断するのではなく、まず競争制限効果の有無を検討し、競争制限効果が見込まれない場合には独占禁止法上の問題は生じないものと整理している。その上で、仮に競争制限効果が見込まれる場合であっても、より競争制限的でない代替手段の有無や当該取組の必要性・合理性等を踏まえた段階的な判断枠組みを示している点に特徴がある。特に、データ共有等の取組については、その内容次第で競争促進的にも競争制限的にもなり得ることから、個別具体的な設計が極めて重要であることが示唆される。

出典:公正取引委員会「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(令和8年1月1日改定)・7頁
例えば、一定の市場シェアを有する複数の事業者が、製品の利用段階における温室効果ガス排出量のデータを収集し、これを研究開発目的で共有するケースにおいて、共有されるデータが需要者等を匿名化・抽象化されたものであり、価格や販売数量等の競争上重要な情報が含まれておらず、かつ各事業者が研究開発や販売活動を独立して行うことが確保されている場合には、競争制限的効果は生じにくく、独占禁止法上問題とならないと評価され得る。
これに対し、同様に排出量削減を目的とする取組であっても、顧客ごとの価格や取引条件といった情報まで併せて収集・共有するような場合には、事業者間の協調行動を誘発し、競争を実質的に制限するおそれがある。このようなケースでは、環境目的が掲げられているとしても、独占禁止法上問題となる可能性が高い。
したがって、実務上は、排出量データの共有に当たっては、その対象を環境関連指標に限定し、個別の事業者や取引内容が特定されないような工夫を行うとともに、価格設定や取引条件に関する意思決定は各社が独立して行う体制を維持することが重要となる。
取適法・受託中小企業振興法(旧下請法・旧下請振興法)上のリスク
スコープ3に係る情報開示への対応においては、中小受託取引適正化法(以下、「取適法」という。)(旧下請法)及び受託中小企業振興法(旧下請振興法)の観点からも留意すべき法的論点が存在する。すなわち、SSBJ基準の適用対象となる企業が、スコープ3開示のために必要な情報の提供を取引先に求める場合において、当該取引関係が委託事業者(旧親事業者)と中小受託事業者(旧下請事業者)との関係に該当するときは、これらの法令に基づく規律が及ぶこととなり、その適合性を検討する必要がある。
取適法は、委託事業者が中小受託事業者に対し、自己の利益のために金銭、役務その他の経済的価値を提供させることにより、当該中小受託事業者の利益を不当に害する行為を禁止している(同法5条2項2号)。そして、提供を求める経済上の利益について、その負担額や算出方法、使途、提供条件等が不明確であり、当該提供が中小受託事業者の利益とどのような関係にあるのかが判然としない場合には、同規定に抵触する可能性があると解されている(※注2)。
※注2:公正取引委員会「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律の運用基準」・第4の7
そのため、スコープ3開示に対応する過程で、委託事業者が自社の開示義務を履行するために、中小受託事業者に対し排出量算定に必要な各種データ(例えば、原材料に関する情報、調達先に関する情報、製造工程に関するデータ等)の提供を求める場合には、当該データ提供に伴う負担の内容や条件が十分に明確化されていないまま対応を求めると、取適法上の問題を生じ得る点に注意が必要である(※注3)。
※注3:経産省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」(2023年3月)・50頁参照
また、受託中小企業振興法においては、経済産業大臣が定める振興基準(※注4)に基づき、委託事業者に対して、中小受託事業者の振興を図るために必要があると認められる場合には、主務大臣が指導及び助言を行うことができるとされている(同法3条及び4条)。
当該振興基準においては、委託事業者は、品質又は性能、仕様の変更、発注数量や納入頻度の変動、納期の長短、代金の支払方法に加え、運送費や保管費、電子的な受発注・決済に係るコスト、さらには環境対応コスト等の諸経費や市況の動向といった要素を総合的に考慮して取引対価を決定すべきものとされている(振興基準第4の2(5))。
※注4:経済産業省「振興基準」(令和7年10月1日)
したがって、スコープ3対応に関連して中小受託事業者においてデータ取得や管理に係る負担が生じる場合には、委託事業者として、これらの環境対応コストが適切に取引対価に反映されるよう配慮するとともに、その前提として価格設定に関する十分な協議を行い、当事者間で合理的な合意形成を図ることが求められる。
以上を踏まえると、委託事業者としては、データ提供依頼の背景及び必要性について中小受託事業者に十分に説明し、その理解を得るとともに、提供を求めるデータの内容及び範囲を明確化する必要がある。その上で、当該データ提供に伴うコストについては、取引価格への反映を含め、環境対応コストの分担の在り方について十分な協議を行い、一方的な不利益が生じないよう取引条件を設計することが重要である。
不正競争防止法(営業秘密)上のリスク
不正競争防止法において「営業秘密」とは、秘密として適切に管理されている生産方法や販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう(同法2条6項)。前述のとおり、スコープ3開示に対応する過程で取引先から取得する情報の中には、こうした営業秘密に該当し得る情報が含まれる場合がある。特に、製品の仕様や構成、原材料の調達先、製造工程、物流の詳細といった情報は、企業の競争力の源泉となる技術情報や営業上のノウハウと密接に結び付くことが多く、その秘匿性は高い。
このような情報について、不適切な方法により取得し、又は本来の目的を逸脱して利用した場合には、不正競争防止法に基づく差止請求や損害賠償といった民事上の責任にとどまらず、刑事責任を問われる可能性もある点に留意する必要がある。
例えば、当初の排出量算定という目的を超えて、例えば購買交渉における価格引下げの材料として利用したり、他の取引先の情報と比較・分析して取引条件の見直しに用いるような場合には、目的外利用として不正競争防止法上の問題が生じ得る。
したがって、スコープ3対応に際しては、取引先との間であらかじめ秘密保持契約を締結し、どのような情報を秘密情報として取り扱うのかを明確にしておくことが重要である。加えて、取得した情報の管理についても、社内における情報区分を明確化した上で、自社の情報と他社から取得した情報とを可能な限り分離して管理し、利用目的の限定、アクセス権限の設定、利用履歴の管理等を通じて、不正利用のリスクを低減する体制を整備することが求められる。
企業に求められるリスクマネジメント
以上を踏まえると、スコープ3対応においては、サプライチェーン全体にわたる情報収集・共有のプロセス自体が法的リスクを内包することを前提に、統合的なコンプライアンス体制を構築することが重要となる。
データ共有や業界横断的な取組については、その範囲や内容を適切に限定し、各事業者の独立した意思決定を損なわないよう設計するとともに、情報の性質や共有方法に応じたリスクを事前に評価し、必要な運用ルールを整備することが求められる。
また、取引先に対する情報提供の要請に当たっては、その目的及び必要性を十分に説明し、一方的な負担とならないようコストの取扱いの透明性を確保した上で、適切な協議を通じて取引条件に反映させることが重要である。
さらに、取得した情報については、その範囲及び利用目的を明確化し、機密性の高い情報を含む可能性を踏まえた適切な管理体制を構築することにより、不適切な利用や漏えいを防止する必要がある。
これらの対応を実効的なものとするためには、サステナビリティ対応の所管部門と法務・コンプライアンス部門が連携し、事前のリスク評価、ルール整備及び運用モニタリングを一体として実施することが不可欠である。

